2018/04/17

即宗院 春の法要祭に行ってきました

4月14日は、私が入る予定の・・・正しくは、私が骨となったとき入る予定の墓所の合同供養祭に行ってきました。

前回行ったのは、2016年の10月だった様です。

団塊世代の最後の争奪戦・・・墓場ラッシュ

その時、100人を超えた会員数だと聞いたように思うのですが、今年は約230名とのことです。
なかなか商売繁盛のようで、これからも、この形の終末産業は発展することと思います。

私としては、死後の始末ばかりは、自分で出来ませんので、誰かにして頂くしか無い。
火葬の後は、引き取りを断って、火葬場の灰にとして処理してもらったら、それで良いのですが、担当になった人は、それでは、ちょっと困惑なさると思い、この樹木葬を申し込んだのです。

ここはとても気持ちの良い、心安らぐ場所でもあるので、宗教心は無くとも春と秋に訪ねるには最高です。
ですが、いつも、供養祭は土曜日に当たっているので、授業をサボらなくてはいけません。
と言うわけで、2年に一度ぐらいの頻度で参加させて頂いているのでした。

東福寺の北の入り口から入って、通天橋からのながめです。

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方向音痴の私は、場所が分からなくなってウロウロと彷徨ってしまいました。
東福寺本堂の東側から、また小さい橋を渡るのでした。覚えておこう・

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橋を渡ると、突き当たりの横のお寺です。
非公開なので、観光での訪問は受け付けておりません。

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名前の入った石板が4基に増えていました。
私の名前は。前から2番目の柱に刻まれておりますぞ。

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このクマザサも区画割りしてあって、部屋番号ならぬ、場所番号札をもらっているのですが、まあ意味はありません。
それより墓所の上が小山になっており、植わっている大木が地震でもあると倒れてきそうで気になりました。

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この日の法話は、現と前のご住職、お二人のお話でした。
現住職様は、まだ若くて、初々しく、ちょっと緊張してお話をされているようにお見受けしました。
前住職様は、話の達人でありまして、下手な噺家よりも、うんと聞かせてくださいます。
この日は、現在NHKの大河ドラマ「西郷どん」も話しに取り入れ、人生何が幸せかについて話してくださいました。
このお寺は、島津家ゆかりの寺でもあります。
明治維新の10年前の、今から160年前に、この寺の離れにあった庵で、西郷さんが幕府転覆の密談をしたそうです。
西郷さんは、苦労人で人の痛みの分かる人だった。
彼の座右の銘 「 敬天愛人」 天を敬い人を愛する。
愛するとは、いとおしむ心のことです。
敬天とは、自然に畏敬の念を抱くという意味でないかと、ご住職のお話から考えさせられました。

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即宗院の壁に掲げられている、この額についてお話を伺い、次に、一服の軸を見せて頂きました。
カメラを向けるのは恐れ多いので、どんなお軸かというと、ネットから引用させて頂くのですが、こんなお軸です。
最後の将軍、徳川慶喜の書 「悠然待果報」(悠然として果報を待つ)
めっちゃ上手な字です。
政治のトップに立つ人は、字も上手で無いといけなかったのですね。
あ~、私はエリートにはなりたくない。

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慶喜は、自分が高官として、明治政府から招かれるであろうと思っていた。
財産もあって、不自由は無かったし、70数歳まで長生きしたが、満足感は無かったであろう。
西郷さんは、逆賊として、最後は切腹して死んでいったが、最後に、笑っって死んでいった。
彼に後悔は無かっただろう。
人の生き方として、慶喜の細く長く、西郷の太く短く・・・あなたなら、どちらを良しとしますか?
とのご住職の問いに、細く長くが、結構多かったのでビックリしました。
がしかし、答えは一つでは無い。
三つ目の答え 「太く長く」という道もあります。
太く長くというのは、伸びやかにおおらかに寿命を全うしなさい。そんな意味だったように思います。

実に、うなずくことの多いお話でした。

このあとは茶話会で、手入れの行き届いたお庭をながめながらお茶を頂きました。
ハナミズキが、ちょっと早めに咲き誇っています。

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目立たないけれど、カリンも花をつけていました。
ここのお庭は、前住職さんが、自分ですべてお世話をされているそうです。
「息子に木から落ちるな、気をつけろと言われてますわ。」と笑っておられました。

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帰路の橋の下には、シャガの花が群れとなって咲いていたのでした。

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2018/04/02

二つの美術館ーMIHO MUSEUM(ミホ ミュージアム) ・青山讃頌舎(アオヤマウタノイエ)

いつもの年なら、桜前線はどこまで来たのかと心躍らせる時期ですが、全国一斉に咲いてしまった感があります。
あっという間に散ってしまいそうです。
そこで、昨日は、桜と美を求めて(?) 二つの美術館をめぐってきました。

実を言うと、友達に誘われ、車にも乗せてもらって、ただボウッとして出かけた私でした。

忍者の里、甲賀にあるというミホ美術館。
「能や狂言で使う面の展示会をしてるのよ。どう?」
と言われて、また みほというかわいい名前に、こぢんまりした建物をイメージしていたのですが。

とんでもない、超巨大ミュージアムでビックリしたのでした。

MIHO MUSEUM(ミホ ミュージアム)

車を止めて降りたところが美術館かと思ったら、そこは、受付の建物でした。
この棟に、レストランと土産物売り場もあります。

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美術館はどこだ?
と思ったら、ここから、私の足なら、まだ10分ほどかかりそうということ。
シャトルバスが出ていると言うことでしたが、痛む膝を気にしてはいけない。
歩くことにしました。
しだれ桜の並木を歩くと、山を貫くトンネルがあります。
なんかすごい設計なので、「有名な人が作ったんだろうなあ~、ものすごいお金が掛かってそう!」と思いました。
設計者は、ルーブル美術館のピラミッドを設計したイオ・ミン・ペイ氏です。
この美術館の運営は、大きな宗教団体らしいですが、あまり宗教色はありませんでした。

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このトンネルを抜けると、光の世界に出るような気がするのです。

美術館の建物の入り口

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広大な建物で、常設館は南側で、北館に、今回の特設点が開催されていました。

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古典芸能、猿楽に使われた面を集めて展示してありました。
大和・近江および白山の周辺がメインとのことですが、九州や四の寺社の物もありました。
なかなか面白く、あっという間に1時間半が過ぎてしまい、その棟にあるカフェでランチにしました。

古代米と揚げた野菜を、オイルと柑橘系のドレッシングで味付けした一品とサンドイッチ。
すべて、種から作ってあるという無農薬の野菜だそうです。
優しい味の野菜・・・
根菜やフルーツのサンドイッチが混ざり、とても美味しく頂きました。
「サンドイッチで1200円は場所代だよね」と始めは思いました。
食べて納得。量も、ちょうど食べきれる量でありがたかったのです。
が、同行の友には、「ちょっと足りないわ。」とのこと。
一般的には、物足りない量のようです。

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帰り道は、こんな感じです。

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行きよりも、幾分花が開いた感じがするのでした。
桜を楽しみたい人は、今週中に言った方が良いでしょう。

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なんと、最新のしだれ桜情報まで、ここのHPには掲載されておりました。



次に向かったのは、伊賀市にある、青山讃頌舎です。
ミホミュージアムと比べると対照的な落ち着いた日本的な美術館です。
入り口横に茶室がしつらえてあり、予約したらお抹茶と菓子をいただけます。
春秋の2期、3ヶ月づつの土日だけオープンします。

青山讃頌舎(あおやまうたのいえ) 

2017年に亡くなられた穐月明画伯の意志を継いで、
今年から一般財団法人 東洋文化資料館青山讃頌舎として活動していくことになったそうです。

青山讃頌舎を、あおやまうたのいえと読みには、なかなか難しいですね。
デジタル大辞泉の解説の解説によると、
 讃 
 1, ほめたたえる。「讃歌・讃美/称讃・絶讃」
 2 ほめたたえる文。また、絵に添える詩文。「画讃」
 3 仏徳をたたえる言葉。「梵讃(ぼんさん)・和讃」

 発音は、ショウ、ジュのどちらかが用いられ、 
 じゅ【×頌】
  《〈梵〉gāthāの訳》梵語(ぼんご)やパーリ語の詩体の一。
  仏教では仏・菩薩(ぼさつ)の功徳(くどく)や思想などを述べた詩句をいい、
  漢訳されたものはふつう四言・五言の形をとる。偈(げ)。「頌を唱える」
  「頌偈」
 しょう【×頌】
 1 人の徳や物の美などをほめたたえること。また、ほめたたえた言葉や詩文。
 2 「詩経」の六義(りくぎ)の一。
   宗廟(そうびょう)で、祖先の徳をたたえる詩歌。
 3 キリスト教で、神をたたえる歌。頌栄。

まあ言うなれば、青山という地を、褒め称える詩の家という意味だと思います。

穐月明という画家は、生まれたときから仏教思想が値の中に流れていたような人だったのではないかと思います。
書と絵が一体となった作品も多く、そこに書かれている意味を、館長さんに読み解いて頂くも楽しいひとときでした。

館長さんは、画伯のご子息で、また、館長ご夫妻は、私の友人でもああります。
文化遺産とはいえ、それを保存し残していく大変さを、よくぞ引き受けたなあ~と、私は感心したのです。
「日本の文化を継承していくことには、価値があると思う。」と気負いなく言う、その自然体が、青山讃頌舎を揺るぎない物にしていくと思うのでした。
お茶室で交わされる、館長とお母上の哲学的、かつユーモアのある会話を楽しく聞かせて頂きました。

入り口
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茶室
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画像は2015年10月の物です。

桜が綺麗だったのに、写真を撮るのを忘れていました。


2018/03/29

たたけば開く・・・ F5キー

昨日、Internet Explorerが機能しなくなったと怒り狂っていた私です。
原因を探しているうちに夜になってしまいました。
パソコンで悩んでいる場合ではありません。
泳ぎに行かなくては・・・

水曜日の夜は泳法中級Bのクラスがあります。
4月から移動で、この日で受け持ちが終わりになるコーチが
「最後なので沢山泳いでもらいます」と先週、断言しておりました。

だから、1000mは覚悟していたのですが、
初動の、フリー25m6本の後、ただでさえ時間の掛かる平泳ぎを
脚を動かしながら手は別の動きで、クロール、背泳ぎ、平泳ぎを、それぞれ50mやれとのこと。

それは、平泳ぎ嫌いの私には地獄の時間でした。

その後、キック板を使ってのバタ足で、クロール、背泳ぎの練習をした後、片手バタフライを6本。
もうどれだけ泳いだか分からなくなりました。
最後に、バタフライを3本。
最終の25mはフリーで、好きな泳ぎ方をしてくださいとのことで、私はバタフライにしました。

コーチは「トータルで750mしか泳げてない」と、いささか無念そうでした。

教室が終わって、私は自主練習です。
バタ足を150mと連続クロール500m、平泳ぎの練習をなど100m
教室と合わせて、1500m 泳いで、ちょっとふらつきながら帰宅したのでした。

そういうことで、今朝になって、再度パソコンを開き、
《FC2で画像が消えた》という、同じ悩みの人がいないか検索しました。

あった、あった。
その人の質問の中に 「F5キーを押しても変わりません」という文言がありました。
そうか、F5キーを押してみると何かあるのかも知れない。

Internet Explorerを立ち上げて、画面を出し、確認しました。
やっぱり画像は、昨日のまま消えています。

思い切って、F5キーを押したら、ああら不思議・・・・
何回見ても出てこなかった、画像がちゃんと表示されました。


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嘘~・・・昨日さんざん苦労したのに、あれは何なんだったのだ!

ファンクションキーって、まず、私は使うことがなかったのです。

ファンクションキー5 は ウインドウ等の表示更新 なのだそうです。

ファンクションキー操作を勉強しなくてはなりませんね。

私にとって、パソコンはまだまだ魔法の箱です。
便利だけれど、それを使うには、魔法を開く呪文を知らなくてはいけない。

ハリー・ポッター君が入ったホグワーツの魔法学校も、IT情報学校みたいな所だったのかな?

としみじみ思ったのでした。

昨日、さんざんInternet Explorerに文句を付けた自分を反省しております。

でも、他のブラウザはでは、ちゃんと表示されるのだから、出来たらIEさんも自動対応して欲しいと願うのでした。

でもまあ、理由が分かって納得です。

朝ご飯を食べて、木曜日は、朝からアクア体操教室に参加してきました。


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今朝の朝ご飯: バターロール(糖質17.8g)水抜きカスピ海ヨーグルト、カフェオレ、ベーコンエッグ蒸し野菜足し)

10時から15分で、バタ足300m、
10:15からのアクア体操教室の後、
連続クロール500m、バタ足300m、背泳ぎ250m、平泳ぎの練習100m、最後にバタフライ25m2本。

明日から二日間の休館日なので、頑張らなくては・・・
でも3日分は泳げませんでした。

2018/03/28

Internet Explorerのせいでした

FC2が異常を出し始めた・・・と思ったのです。

今朝、私のブログを見直していたら、掲載しておいた画像が、かなり消されているのに気付きました。
ネットからダウンロードしてきた画像を加工して使った画像があるからかなあ?
と思ったのですが、自分のカメラで取り込んだ画像も削除されていました。

その上、テンプレートというのか、デザインというのか知りませんが、画面自体が崩れてしまいました。
しばらくしたら修復するのかも知れませんが、無料ブログの怖さを思い知りました。

シンプルなスタイルのテンプレートは、形が崩れずに維持しているようです。
ということで、このデザインに移行してみました。
まあ、これで明日まで様子を見てみます。

下の画像は、昨日、授業の報告で上げていた画像です。
なぜ、この画像が見えなくされていました。

画像の権利は、撮影者である私のものなのに !


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保存しておいた画像を、もう一度加工し直し、サイズを変更し、名前を変えてアップロードしたのが上の画像です。
今度は、ちゃん見える画像です。いったいどうしたのでしょう。 

次の画像は、鴨川の風景を撮した画像です。
昨日アップしましたが、先ほど、IE画面では、この状態になりました。

Internet Explorerでの表示

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画像ファイル名だけしか出ていない。
それをクリックすると  → 《 このページの表示は許可されていません》とのことです。

と出るだけです。

仕方がない。エキサイトブログに画像を上げてみました。

この写真のどこが悪いのでしょうか?

と、このように、猛烈に怒ってしまった私です。

でも、あきらめて、作業を止め、iPadを覗いたら、なんと、普通に画像が出ています。

ノートパソコンに戻って、Firefox で開らいたら、ちゃんと画像が出ていました。
マイクロソフトEdgeでも OK・・・

と言うことは Internet Explorer に問題がある・・・と言うことですか?

年寄りには、使い慣れた IE が便利なのですが、困ったなあ!

もういい加減に、新しいものを使いなさいという事でしょうか?


2018/03/27

春は未来形(futur simple)から

4週間の春休みが終わって、24日、授業が再開しました。
京都に出るのも一ヶ月ぶり、すっかり春めいた鴨川沿いです。

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桜のつぼみも、今にも開きそうな感じでした。来週は満開になっていることでしょう。

三条大橋の、早咲き桜は、すでに満開でした。

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この日、私は一番に教室に入りました。
と言うのが、我が家の近くに、特別養護老人ホームが出来て、そのオープン日だったのです。
地域の人も見学できるので、中を見せてもらって、早めの電車で出かけたのでした。

特養とはフランス語でなんと言ったら良いのかしら?と思い
l'établissement pour les personnes âgees qui ont handicapés
障害を持っているお年寄りの施設 
と言ってみたのですが、フランスでは EHPAD と言われているようです。

Établissement d'hébergement pour personnes âgées dépendantes
介護を要するお年寄りの収容施設

高齢者問題は、もはや世界共通なのだと実感したのでした。
「後10年後には、入らないといけないから、今から調べておかないと・・・」 
10年後・・・après 10ans と言ってしまいましたが、 dans 10ans が正しい言い方ですよね。

まあ、それまでに、もうちょっと勉強に励んでおきましょう!

今週の話題は、未来形での話で溢れておりました。
私以外は、現役の会社員ばかりですからね。
ある人は
J’aurai 2 personnes sous mes ordres.
私は二人の部下を持つでしょう
Je m'inquiéte , ça ira bien se passe .
上手くやれるか心配です。

他の人は
Le chef a interrompu la limitation des heurs supplémentaires.
上司は残業規制制限を外した。
 faire les 3 huit  ( 三つの8時間をする=三交代シフト)

また、ある人は
今まで、まったくタッチしたことのない分野の部署を受け持つことになった。
お客さんがフェイスブックやSNS(ソーシャルネットワーク=les réseaux sociaux)をどのように使っているかを調べる部署です。
ビックリしたけれど、
Je voudrais prendre du plaisir.
やるからには、楽しんでやりたい

仕方がないの言い方
C’est la vie.  Tant pis.   C’est comme ça.

未来形で、あれこれ皆さん、新しい仕事を説明してくれてました。
私が、仕事をしていた時代とは、労働形態も内容も、まったく違ってきてます。
ああ、21世紀!日本語で説明してもらっても、ついいけそうにありませんでした。

先生からのお土産です。
絵はがきを頂き、アルカッション砂丘や牡蠣小屋の説明を聞きました。
砂丘
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牡蠣小屋
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そして・・・じゃ~ん!

チョコレートの魚を

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割ると、お腹から出てくる
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貝殻、小魚、ヒトデ、卵 etc
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私には 、ショコラ 、パッケ という声が耳に飛び込んできて、チョコレートのパックなのねと思ったのですが・・・

Pâques

復活祭(イースター) のことで、 イースターの伝統的なお菓子だったのです。

私以外は、もちろんみんなよく知ってましたよ。

ワイワイと皆でお菓子を食べて大満足でした。
私も、この日ばかりは、血糖値を忘れて、チョコレートを食べてしまいました。

だが、我が先生は、ただ者ではない。
実は、このチョコレートは、授業の後半に続く鍵だったのです。

ということで、続く・・・・
2018/03/21

オランダの与作かな?

日本では、アムステルダムというタイトルで呼ばれている歌です。
オリジナルはLe Port d'Amsterdam (アムステルダムの港 )。

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Jacques Brel 
フランスでは、誰もが知っているシンガーソングライターでした。
49歳で亡くなっています。死亡原因は肺がんだとのこと。
タバコの吸い過ぎには気をつけましょう。

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1964年のオリンピア劇場での公演の後
ライブアルバム 【 Enregistrement Public à l'Olympia 1964 】 が作られました。
おかげで我々は今も聞くことが出来るのです。
ビデオでの映像が残されるようになったのも、その頃からなのでしょうね。

さて、この歌ですが、前回書きましたように、私は意味がよく分かりませんでした。
お師匠に、何度か訊ねて、やっと自分なりに、内容がつかめたような気がします。
私なりにですので、ここは違うぞと思われても、笑ってやってください。

その結果、思ったのが 「アムステルダムは、オランダの与作ではないのか?」と。

「与作」、若い人は知らないかも知れませんが (まあ、このブログを若い人は見ないでしょうし・・・)
北島三郎さんが歌っている
♪ 与作は木を切る~、 ヘイヘイホー、ヘイヘイホー ♪
あの歌です。

この歌詞の意味をと言われて、外国語に直しても、きっと 「それが何なの?」と言われそうです。
山奥に住む木こりの1日を、ただ歌っているだけです。
でも、日本人には、その哀調を帯びたメロディーと歌詞で、なんとなく分かりますよね。
彼は、自分の仕事に誇りを持っている。
妻を愛している。
日々の暮らしを愛しんでいる。
身体に染みついた日本の感性が伝わります。

私は、アムステルダムにも、似た感じを覚えました。
アムステルダムは、北の海に面する港町で生きる酔っ払いの船乗りの歌です。
飲んだくれて、酒場の女と夜明けまで踊り狂って、酔い覚めには、河(または海)に向かって小便をする。
そんな歌なのですが、彼らが、自分の仕事、生き方に誇りを持って生きてるのが伝わります。

décroisser という動詞は、辞書を探しても存在しないのですが、自然に意味が伝わるらしいです。
la lune(月)= クロワッサン(三日月)を引き裂く。 
décroisser la lune これも、ブレルの言葉遊びなのです。

と言うわけで、また拙い対訳をしてみました。



Le Port d'Amsterdam  
  アムステルダムの港
   
Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui chantent
Les rêves qui les hantent
Au large d'Amsterdam

アムステルダムの港には
歌っている水夫がいる
とりつかれた夢を、アムステルダムの沖で


Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui dorment
Comme des oriflammes
Le long des berges mornes

アムステルダムの港には
眠っている水夫がいる
陰気な土手沿いに、まるで旗のようになって


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oriflamme とは、こんな旗です。
土手に水夫がドテーと倒れ込んだら、この旗のように見えます。

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui meurent
Pleins de bière et de drames
Aux premières lueurs

アムステルダムの港には
死んだようにぶっ倒れている(←死んでいる) 水夫がいる
ビールとドラムのどんちゃん騒ぎで
夜明けの光が差し染めるまで


Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui naissent
Dans la chaleur épaisse
Des langueurs océanes

アムステルダムの港には
元気いっぱいの水夫もいる
海のけだるさから来る重苦しい暑さの中でも


Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui mangent
Sur des nappes trop blanches
Des poissons ruisselants

アムステルダムの港には
食べている水夫がいる
真っ白なナプキンの上で、汁が垂れる魚を


Ils vous montrent des dents
A croquer la fortune
A décroisser la lune
A bouffer des haubans

彼らは歯を見せて (歯をむき出してガツガツ食べるのは上品ではない)
運(または財産)をガリガリかじり
月を食いちぎり
舟の綱まで食っちまう


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haubanは舟の索具で、この部分の綱のようです。

Et ça sent la morue
Jusque dans le cœur des frites
Que leurs grosses mains invitent
A revenir en plus

そして、フライドポテトの芯まで
鱈の匂いを感じるそれ(料理)を
彼らの大きな手で呼びつける
もっとそれを持ってこいと


Puis se lèvent en riant
Dans un bruit de tempête
Referment leur braguette
Et sortent en rotant

次に、笑いながら立ち上がり
大音響を立てて (おならの音をさせて)
ズボンのチャックを閉め
ゲップをしながら出ていく


Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui dansent
En se frottant la panse
Sur la panse des femmes

アムステルダムの港には 踊る水夫がいる
女たちの丸い腹に太鼓腹をこすり付けながら


Et ils tournent et ils dansent
Comme des soleils crachés
Dans le son déchiré
D'un accordéon rance

そして、彼等は回り踊る、
車花火(クラッシュする太陽)のように
おんぼろアコーデオンのきしむ音の中で


180321-p04
ネットで見つけた画像をお借りしました

Ils se tordent le cou
Pour mieux s'entendre rire
Jusqu'à ce que tout à coup
L'accordéon expire

彼等は首をねじる
笑い声をもっと良く聞くために
突然アコーデオンの音が絶えるまで


Alors le geste grave
Alors le regard fier
Ils ramènent leur batave
Jusqu'en pleine lumière

もったいぶった仕草で
傲慢な目つきで
彼らは連れのオランダ女(バタビア女)を
明るい場所に連れ出す

語彙の欄で、バタビア共和国の説明をしています。

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui boivent
Et qui boivent et reboivent
Et qui reboivent encore

アムステルダムの港には
酒を呑む水夫たちがいる
呑んで呑んで、さらに呑み続ける


Ils boivent à la santé
Des putains d'Amsterdam
De Hambourg ou d'ailleurs
Enfin ils boivent aux dames


彼らはアムステルダムの、ハンブルグ
そして、その他の場所の娼婦達の健康を祝し酒を呑む
結局、彼等は女達の(健康を祝する)ために呑む


Qui leur donnent leur joli corps
Qui leur donnent leur vertu
Pour une pièce en or

彼女たちのきれいな体を彼らに与えてくれる
彼女たちの操を彼らに捧げてくれる
一枚の金貨のために


Et quand ils ont bien bu
Se plantent le nez au ciel
Se mouchent dans les étoiles

そしてたっぷり飲んだ後、
空に向かって(←天にむかって鼻を突き出す)
手鼻をかむ (← 星空のなかで洟をかむ)


Et ils pissent comme je pleure
Sur les femmes infidèles

そして、彼らは小便をする
移り気な女達の上で俺が泣くかのように


Dans le port d'Amsterdam
Dans le port d'Amsterdam

アムステルダムの港では
アムステルダムの港では


いろいろな人がカバーしていますが

イザベル・ブーレがアカペラで歌っています。

 




==============================

語彙

hanter 妄念などがつきまとう、 
oriflamme(旗、のぼり) berge(土手) 
morne 陰鬱な 、 lueur ほのかな光 、épais部厚い
langueurけだるい 、ruisselant したたり落ちる
croquerカリカリ囓る、
décroisser  三日月を食いちぎる (ブレルの造語)
bouffer食べる、
hauban ヨットのワイヤーロープ
morue真タラ、 en riant 笑いながら(rire)
tempête 嵐 (嵐のような)大音響 
pet「屁」、péter「おならをする」 tempêteとpetが重なる、これも言葉遊びでしょう
refermer 閉じる 、braguette ズボンの前開き
en rotant ゲップをしながら  roter ゲップを出す
frotterこすりつける 、 panse 太鼓腹
soleils 太陽、 (花火の)車火 = soleils crachés 火を吐く車花火 
cracher 吹き出す、唾を吐く、(ペンの)インクが飛ぶ
rance 古くなって悪臭がする
déchiré 裂けた 
expirer 息を引き取る、死ぬ、つきる、消える
batave バタビアの女
オランダ女性の意味ですが、ジプシーもそうですが、差別語として今では使われてないようです。
バタヴィア共和国、バターフ共和国(オランダ語: Bataafse Republiek、フランス語: République batave)は
1795年から1806年まで現在のオランダに存在したフランスの衛星国。
ネーデルラント連邦共和国の崩壊後に成立した。1806年にルイ・ボナパルトを国王とするホラント王国へと移行した。
    
putain 売春婦
infidèle 不誠実な、移り気な

2018/03/18

アムステルダムの最後は、立ち小便の事だったのか?

水曜日14日は、毎月1回あるフランス語の歌のレッスン日でした。

このところ、歌については、まったくやる気がなくなってます。
レッスン日のある週の初めの月曜日まで、先月持って帰ったファイルを開いておりません。
「これではいかん!」と思いました。

何がいかんのかと言うと、
ろくに練習もせず行くのは、熱心に教えてくれる師匠に対して失礼だと思うのであります。
練習用用にと、メロも入れて曲を弾いてくださったピアニストさんにも申し訳ない。
そこで、今月こそは何とかするぞと決意しました。

まずは、いつまで経っても辿り着けないアムステルの港に入港しなければ・・・

Le Port d'Amsterdam (アムステルの港) 
去年から、私が取り組んでいる曲です。
フランスの超有名なシンガーソングライターの一人であったジャック・ブレルの曲
下の映像には、彼自身が歌っている姿が分かります。
汗びっしょりで、一番前のお客さんにはつばが飛沫となって飛んできそうです。


私は、未だこの歌の最後まで、辿り着けておりません。

それは、二つの理由からです。
1, 心身のエネルギーがないと最後まで持たない。
2, 歌詞の意味が、自分の気持ちの中で、まだ全部理解できていない。

今回は、2回歌って、何とか、最後までは行ったのです。
師匠が 「出来たじゃない?」と言ってくれました。
「でも、最後のフレーズが、なんだかちゃんと意味がつかめてないのです。」
と言うと  「どこが、どこが?」と聞かれました。

ここなんです。

Et quand ils ont bien bu
Se plantent le nez au ciel
Se mouchent dans les étoiles
Et ils pissent comme je pleure
Sur les femmes infidèles


彼ら(船乗り達)が(酒を)飲んだとき
空に鼻を突っ立てる
星々の中で鼻をかむ
そして、僕が泣くごとく、彼らは放尿する
不実な女達の上に


すると、師匠は、言いました。
「飲んだ後に、店を出ておしっこをするでしょう。でも、こんな格好でしないでしょう。」と
まずは、ェスチャーで、うつむいてジッパーを引き下ろす様をして
次に 「下向かない。」と言い、上を向いて 「こうでしょう。」と
私は、答えいました。

「知らんやん。立ち小便はしたことないもの・・・」 
これでも、一応私は女やしね~。

180319-01


でも、この師匠の素晴らしい説明で、私は、すっかり状況把握が出来たのでした。
でも、立ち小便で画像検索したら、結構下を向いてしてるのもありました。
酔っ払ってやるときは、上を向くという事なんでしょうかね?

船乗り達は、酒場で、さんざん酒を飲んで、海辺にさまよい出て、夜の海に、もしくは河口かも知れませんが、盛大に放尿した。
つまり、立ち小便をする姿を、ジャック・ブレル特有の言葉の魔法で表現していたのです。

小便しながら空を見上げる( Se plantent le nez au ciel  鼻が上向きますからね)
ハンカチなどつかわず、手鼻をかむ (Se mouchent dans les étoiles  夜空の星の中で鼻をかむ)

私がすごい思い違いをしていたのは、
Sur les femmes infidèles (不実な女達の上)に来るのは  comme je pleure (私が泣く様に)であって、
ils pissent  (おしっこをする) ではなかったのです。

女達の上で、オシッコをぶっ放したら、なにやら怪しげな雰囲気に変容してしまうではありませんか!

「 comme (~のように)があるでしょうが !」 と怒られました。

不実な女を抱いて泣く俺のように、漁師達はオシッコを海に向かって放出する。

なんだ、ただ立ち小便をしてるだけのことなんや~

私は、すごく納得することが出来ました。

そして、我が師匠も 「えっ、それっ なんて言ったっけ?」 (日本語では)と聞くので
私も、ちゃんと教えてあげました。

タチションベン(立ち小便)です。」

なぜか、立ちがつくと、ショウベンと発音せずに、ションベンになりますよね。
 
私は、お師匠の、ジェスチャー入り説明のおかげで、すごく内容を理解することができました。
そして、お師匠は、私のおかげで、新しい日本語のボキャブラリーを知ることが出来たのでした。

目出度し、目出度し!

ということで、一応報告といたしまして、対訳は、また次に・・・・

お休みなさい。