断薬チャレンジ

とにかく、ダラダラと日々を過ごしています。

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先日、元野球選手の清原が、覚醒剤所持逮捕されたニュースを見て、薬物中毒の怖さを改めて思いました。
彼は今頃、取り調べの厳しさよりも、薬の切れた苦しさで、のたうち回っているのではないでしょうか?
彼の場合、きっと何度も「薬を止めなければ・・・」と思ったはずです。
「絶対使わんとこう!」とも何度も思い、きっぱり縁を絶とうとしたことでしょう。
でも、夜中を過ぎて、一人で眠られない夜を過ごす時、どうしても無くては気持ちが治らない。
そして、人はまた薬を手に取ってしまうのです。

と一般論にすり替えましたが、実は、夜ごとの私の姿なのであります。
もちろん、私の使っているのは覚醒剤ではありませんので、ご安心下さい。
 ごく一般的な睡眠導入剤、レンドルミンのジェネリックであるブロチゾラムという薬です。
2012年5月から、不眠外来で処方して貰ったマイスリーの効き目(4時間ぐらいの睡眠持続効果があると言われている)が1時間ぐらいしかもたないので、その後かかった心療内科の医師に訴えると、レンドルミン(6時間ぐらいの睡眠効果と言われる)に処方を変更されました。
が、やはり、今では効果は1時間半(90分)というところです。
効き目がないと、1錠の所を1錠半に、いや2錠までだったらと、量が増えていきそうでした。
「これではアカン!薬は止めよう」と昼間は固い決意をするのですが、夜になると「今夜だけ」と手が伸びてしまうのです。
抗うつ剤と睡眠導入剤に依存しているそんな自分が嫌で、抗うつ剤は、昨年10月下旬でストップしました。
医者様に相談しながらというのが建前ですが、相談すると、また処方されてしまうので、自主判断で打ち切りました。
しかし、睡眠導入剤は止めることが出来ず、内科でも処方してもらえるので続けていたのです。

家に残っていた20錠ぐらいを未練がましく捨てきれず 「いざというときのためのお守りに置いておこう。でも飲まないぞ!」と思っていたのですが、ほぼ毎日、服用していました。
「半量だけにしておこう」と1/2錠服用し、結局30分後に、また半分を飲んでしまう。そんな日々が続いていました。
そして、ついに日曜日、最後の1/2錠を使い終わりました。

さあ、どうする?
月曜夜、横になりトロトロと眠りかけては目を覚し、明け方、鎮痛剤イブ錠を大人量の半分服用して、6時頃まで眠りました。
次の火曜日は、明け方4時頃起き上がって、茶の間にある薬箱を全部ひっくり返して抗うつ剤を探し回っていました。
あるはずと思った抗うつ剤2種類は見つかりませんでした。止めようと思った時、考えに考えて、ゴミに出してしまっていたのでした。もし残していたら、私は、苦し紛れに抗うつ剤を服用してしまっていただろうと思われます。
その次の日は、1時間ほどまどろんで目覚めた2時頃、ワインを飲み、横になったまま文庫本を読んで5時頃まで。そして、身体の痒みが気になって、アレルギーの薬を5時頃服用してしまいました。

とやはり、日々何かしら薬に頼ってしまいます。まさに、薬物依存症そのものの姿です。

う~ん、本当に夜中を乗り切るのが苦しいのです。

でもなんとか止めないと、気力、意欲が何もかも無くなってきています。

そこで、この春休みの間に、薬から脱却しよう作戦を立てました。
何も出来なくても構わない、とにかく薬から脱却しよう!

とあるサイトにあったアドバイス
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長期休みを睡眠薬依存から抜け出る期間にしたいなら、この期間に予想される仕事はあらかじめ終えておきます。書類提出や家の掃除、整理などです。また買い物の外出ができないほど苦しい日々になるかも知れないので、家に冷凍食品や缶詰め、インスタントラーメンなどの蓄えもあった方がいいでしょう。後は意志の強さのみです。ゴールデンウィークが明ける頃には睡眠薬なしで快眠を取ってることでしょう。私はこうやって睡眠薬から抜けました。
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私は買物に行けないほどひどい状態までならないと思いますが・・・そのくらいの覚悟で向き合おう!

今日は、この1年毎週通っている、やながわ整骨院で、不眠に効くツボ、頭頂部と足の裏にお灸をして貰いました。
話しやすくて、なんでも相談できる、親切な先生です。
「熱いですか?」と聞かれるのですが、なかなか熱を感じることが出来ない足裏でした。
身体の芯が冷えているのでしょうか?お灸を4回付け替えて貰って、やっと少し暖かみを感じました。
足の親指と人差し指(足の指でも人差し指というのか?)の付け根の下に灸を据えると良いようです。
今夜から家で千年灸を使って自分でで試してみよう。

私はこうして止めましたと言えると良いなあ~・・・・
何かをしなくてはいけないと思わず、日々をやり過ごすことだけで、もうしばし過ごしてみたいと思います。

約1年前、友達からお見舞いに頂いた花が大きく育ちましたので2鉢に植え替えました。

私の心も、大きくやさしく育ってほしいものです。

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空を眺めて

雲になりたい・・・

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寝そべって窓からぼんやり眺める夏の雲です。
暑さは相変わらず毎日朝から30度を超えていますが、ここ数日、湿気が下がってきたのか、窓から入ってくる風が気持ちよく感じられるようになってきました。

湖に目を転じれば、お盆だというのに、湖面を走り回る船影が見えます。
お盆は、ご先祖様が里帰りをしてくる日、地獄の釜の蓋も開くとか・・・・
21世紀では、単に夏の連休と化してきているのかも知れません。

湖面を駆け抜けるモーターボート
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安倍総理の70年談話の内容が報道されましたが、これって一体何なのでしょう。
美辞麗句と悔恨の言葉をならべながら、これほど心の通っていないと感じさせる文章を書ける人は、まずいないと思います。
過去の文言を寄せ集めた、さしずめコピペ談話でしょうか。
底の浅さがすけて見えます。科学者、デザイナー、政治家までコピペ文化の時代なのでしょうか?

彼にとっての日本国民とは一体何なんでしょう。
きっと、立派な指導者(自分の事だとおもっている)が導いてやらなくてはいけない愚民だと思っているとしか私には感じられません。

70年前の8月15日、日本国民は突然戦争の終わりを告げられました。
1941年12月8日の開戦も、ラジオから突きつけられ、大戦争の渦に、庶民は巻き込まれていったのです。
もう騙され流されるのだけは止めましょう。

沖縄では、米軍と日本軍の共同演習で人身事故が出ても内容さえ知らせられず、演習による山火事が頻発しています。
国家機密法が、ドンドン拡大解釈され、私達の目に見えないところで、戦争に向っての準備がなされているのではないか・・・
若者達が気付き、行動を起こし始めているのが、救いだと考えるこの頃です。

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何とか動くからだと心を取り戻したいと思うのですが、焦ってはいけないとも思います。
なんだか、ややこしくねじくれてしまったような私の心は、素直に動いてくれないのです。
特に夕方がいけない。目蓋が落ちてきて意識が下がり、時々、頭を抱えて突っ伏してしまいます。
半分の自分が、もう半分の自分に、「頑張れ!いや、焦るな!」と言い聞かせながら動いているような感じです。

抗うつ剤パキシルと抗不安剤ワイパックを、現在、一日交替で服用しています。
睡眠導入剤レンドロミンを出来るだけ止めようと決意しましたが、まだ週に何回か服用してしまいます。
依存性が一番高いのが、睡眠導入剤だと思います。
眠くて横になったとたん、眠れないという意識が動き出すのです。
CDを聞く、本を読む、暗くした方がよいかと思ってキンドルで読むと、朝になって、なんでダウンロードしたんだろう思う本を購入していることがあります。
あげくに1時半か2時ごろ薬を飲んでしまう。
そんな繰り返しでしたが、ネットで
 不眠症を薬なしで改善・解消する方法 眠れない人が行うべき行動療法 
と言うサイトを見つけ参考に知ることにしました。
読んでいると、ちょっと笑ってしまいます。
寝室に何も持ち込まない、時計も置かない。そこで、睡眠日記をつける。
いつ眠って、どのくらい眠れなかったか記入する。
時計が無しで、それは難しいのではと思うのですが、眠れない時間というのは人は長く感じるものですし、いつ入眠したか、寝ながら書けますか?私は携帯を横に置いて時間を確かめてしまいます。
とにかく目が覚めたら一度おきて、布団の中で本は読まない。これは正解です。
眠たくないときは、いつでもおきて椅子に座る。横にならないを実行してみました。
そうすると、90分サイクルで起きて、しばしダイニングで本を読んだり、何か食べたりを、3回ぐらい繰り返すと朝が来る。
そういうパターンが分って来ました。
後は、その90分の眠りをいかにしたら良質の眠りにできるかですね。

玄関から見る、山の端に落ちる夕日です。
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日は昇り、日は沈む。
自然は、恐ろしくまた美しい。
人間は、その中で生かされ、時には災害に巻き込まれ死ぬこともある。
人間とは、助け合って、群れで生きる生態の生きものだと思うのですよ。
それなのに、人間が殺し合う世界は、いつまで続くのだろうか・・・・

追い込み健康法は失敗だった

暑い日が続いております。
近所で見かけたホオズキ棚
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色づく日はいつ頃か楽しみです。
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この暑さ、21世紀の異常気象なのだろうか?と思っていたところ、江戸時代も実は暑い歳があったようです。
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 この年、江戸は酷暑であった。
殊に三伏と呼ばれる盛夏の間は炎熱地獄のような日が続いて、日本橋では往来を歩いていた隠居が突然、倒れて、医者へ運んだ時はもう呼吸が止まっていたとか、品川の街道筋で瓜を売っていた女が暑さに当って意識を失ったなどと連日のように瓦版が書き立てた。
(平岩弓枝著 御宿かわせみ26 長助の女房 老いの坂道の始めの部分より)
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平岩弓枝さんの文章は、なんと優雅でたおやかなのでしょうか。
夏の日盛り、エアコンをかけて、だらしなく寝そべって読んでいる私ですが、こんなページに出会うと、粋な浴衣を着て、簾越しに隅田川を眺める気分になります。

さて、ここに出てくる【三伏】とは、調べてみると、
コトバンクに
夏の最も暑い時期。夏至後の第3の庚(かのえ)の日を初伏、第4の庚の日を中伏、立秋後の最初の庚の日を末伏といい、この三つをあわせていう
とあります。

そう言われても、私達には分かりにくいですよね。旧暦カレンダーを探して調べました。
夏至が、今年で言うと6月22日です。第3の庚の日というと、
7月13日が庚寅(かのえとら)で初伏となり、
7月23日が庚子(かのえね)の中伏、 
立秋9月8日の後の最初の庚の日は、9月12日庚申(かのえさる)、これが末伏です。

つまり三伏とは、7月なかばから9月の始め・・・・やっぱり昔も暑かったんですね。

熱中症は昔からあったようですが、私も、やや熱中症気味のようです。
6月中半から、激しい咳が続いていたのが、やっと治ってきたので、体力を取り戻し、ふやけた身体を閉めなくてはと思ったのです。
暇な時間に、ごちゃごちゃとつまらぬ事を考えるのが良くないと心療内科の医師に言われて、よっしゃ!と一念発起しました。
午前中、ヨガの後は筋トレをし、夜は早めにプールに行って2時間以上泳ぐ。
先週の土曜日も、授業の後に帰宅して、10分で着替え、泳法教室に駆けつけました。
水に入ると、やや寒気がする?でも、頑張らなくっちゃ!!
慣れない平泳ぎの練習で、太ももの後と、腰が引きつれて痛くなった。
帰ったら、まったく食欲が無くて、ごはんが喉を通らない。
欲しいのは水分ばかり・・・・後で思ったのですが、これが熱中症の症状ですね。

翌日曜日、朝4時ごろから、吐き気と腹痛で、身体が動かなくなりました。
「お腹が冷える」 湯たんぽを入れて温めるけれど、吐き気がひどくなるばかり・・・・
「これは病院に行った方が良いかも・・・・でも日曜だし、受け付けてくれる所は?」
友達にメールをしたら、日赤志賀病院に連れて行ってくれました。
そこでは「生卵を食べていませんか?」と食中毒の疑いをもたれたのですが、卵は無実です。
私がビックリしたのは、熱がないと思っていたのに、体温を測ったら36.5分あったのです。
私の平熱は、35.5分ぐらいなので、本人としては「微熱があるんだ!」とビックリしたのでした。
その日は点滴をして貰い、胃薬を出して貰って帰宅しました。

すぐに平熱に戻るわと思っていたのに、今日も、朝、計ってみたら体温計が、36度5分から37度あたりを示すのでした。
もしかしたら、毎日泳いだ成果で、私の基礎体温が向上したのかも知れない。
だって、頭痛はしてないんだもん。よっしゃ、今日も泳ごう! 
・・・・というのは、しばし止めておいた方が無難かなあ~・・・

体力のある人だと、追い込み健康法で、ダイエット出来るのでしょうね。
でも、私の場合、反動で、すぐ寝込んでしまうので、ちっとも体重が減らないのでした。

まあ、良いわ!
追い込まない健康法で、ボチボチ行く事にします。

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大腸検査 2015年

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27日は、5年ぶりの大腸検査です。
病気関係の検査で嫌なものベストワンを争いそうなものが、子宮癌検診か、この大腸検査でありましょう。
まあ、予約したんだし、今さらゴタゴタ言っても仕方が無いのです。
まな板の上の鯉、いや、診療台の上の大腸検査患者だ!
しかし、診療台に上がる前に、しておかなくてはいけないことがあります。
それは何かというと、腸の中を綺麗にしておくことです。
綺麗にと言う事は腸を空っぽにしろと言うことです。
前々日から繊維質の食品は控え、前日は検査食で朝昼晩をすませないさいと言う事です。
ですが、昔と違い、検査食も進歩しています。

朝昼晩の3食パック
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朝食は鶏と卵の粥
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袋を開ければ、こんなです。
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味はなかなかおいしいのですが、私には辛すぎました。それに量も少ない。
「エッ、こんなに塩分があって良いのだろうか?」
後で舌がヒリヒリ感じるほど辛かったのでした。

昼は二品、嬉しいな。肉じゃが and 鮭かゆ 

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う~ん、肉じゃがには糸蒟蒻が入ってて欲しい、まあ仕方が無いけれど・・・
ちょっと口寂しくて、食後、砂糖菓子をかじってお茶を飲んでしまいましたが、後でばれるかな~?

いつでも食べられると思うと、量が少なくても気にならないのですが、これだけしか食べてはいけませんとなると、食べたくなるのが人情です。
だから、一人っ子の食は細く、子だくさんの家の子供達は、我先にと争って食べ、食が太くなるのです。
我家は、子供6人の家庭でしたから、4人の兄ちゃん達の食べっぷりは凄いものがありました。
お菓子も滅多に食べられなかった昭和30年代の話です。
たまに、母が、善哉やおはぎを沢山作ったら、一人分の皿に6個も7個も盛られていたように思います。今だったら、一個か2個がやっとですね。
そして、まず、ご近所に配るのです。
「つまらないものですが食べて下さい」と言うのよ母に言われて、お皿を抱えてお隣に配達していた。
そんな時代がありました。お母ちゃんのおはぎは美味しかったなあ~!
ああ、急におはぎが食べたくなった。つまり、食事の量が物足りなかったのでしょうね。

夕食も二品
チキンクリームシチュークラッカー

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クラッカーが、ご飯代わりの主食かい?と、ちょうと悲しい!と思いましたが、このシチューは結構ボリュームがありました。

あまり早い時間に食べると、夜中にお腹が空くのでと思って、この日は泳ぎに行くのを早くして、17時45分から1時間ほど泳ぎ、20時に夕食。

寝る前に、ラキソベロンという液体をコップ1杯の水に溶かして飲みます。

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以前に何度か大腸検査をしていますが、薬の効き目が、だんだん弱まってきています。
初めて、このラキソベンを服用したときは、まさに下からシャワーという感覚に襲われビックリしたものです。
でも、今回は、夜中の1時頃もよおしてきて、1時間で4回トイレに通いましたが、普通の下痢感覚の強めといった感じでした。腸だって段々と老化して感度が悪くなってきてるのでしょうか。

翌朝
2リットルの水道水に、ムーベンという薬(下剤なんでしょうね)を溶かし、コップ1杯を10分おきに、1時間で、1リットル飲みます。
1時間で飲むのはきついな~・・・要するに、体内に残っている物を出し切ってしまうのです。

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最初の1時間半で半分ほど飲みます。
下剤1リットル飲んでも1度も排便がない時には、ご連絡下さい。と説明書きがある。
わあ~、1時間経ったけど、私のお腹は何ともないよ~!
電話をかけようかしらと迷いました。でも、電話をかけたらどうなるというのだ?
と疑問を感じて、30分待ったら、やっと待望の感覚がやって来ました。
3時間ほどかけて2リットルを飲み、5階のトイレ通いです。

さあ、これで準備万端整った。
午後からの検診で異常なしでした。

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画像で確認した腸は、ピンクに輝きすべすべでした。
「顔よりよっぽど綺麗ですよね?」と言うと、看護師さんは答えにくそうに「まあそうですね」と笑っておりました。
シミもシワもなく、湿気たっぷりの世界で紫外線にも当たってないからからですね。
人生後半は、顔と腸の場所を置き換えて暮らしてみたいものだと思ったのでした。

雨の日のミステリー・その謎は私が解く

26日は雨でした。午後になるにつれ雨脚は強くなってきました。
冬の雨ほど、気分の重くなるものはありません。
重いからって、どう出来るわけでもないのですが、私は、重苦しい気持ちで窓の外を眺めながら
「今日はそれでも、午前中けっこう歩いたよね」と思いつつ、携帯電話の歩数計の画面を眺めました。
携帯電話で、その日歩いた歩行数、距離、消費カロリーまで分かるのです。
見れば、6千歩ほどでした。ん?、たったこれだけ?
そんなはずはない。
私の頭の中でたどった行程はと言うと

自宅→病院A→薬局A→病院B→薬局B→自宅
これならば、絶対8千歩は以上歩いているはずなのです。
これは、おかしい、何だ?大きな謎が生まれたのです。

ゆっくり考え直すと、突然思い出しました。
私は家を出かけた時徒歩ではなかったのであります。自転車を使っていたのでした。
でもすっかり忘れて歩いて帰ってきていたのでした。
これで、ミステリーの謎は解けました。
でもまあ、毎度のこととは言いながら、また記憶を飛ばしていたのでした。
始めからの道順をたどって探しに行くと、病院の前に、雨に打たれながら、私の愛車が淋しく佇んでおりました。
ごめんなさい。私の可愛い自転車君。
私は、この病院の帰り、深く物思いに耽ってしまったので、君のことを忘れてしまっていたのです。
私は、何ていけないお母さんなんでしょう!
と、突然、反省する母性愛溢れる母親気分になってしまいました。
しかもその後、駅前の駐輪場の前を通り、写真まで撮りながら思い出さなかったのです。

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これは、駐輪場前に並べてある、事故よけの防護用具とでも言うべきものでしょうか?
自転車一台なら、無理なく通れる間隔でおいてあるのですが、運動神経の鈍い私は
「通れるかしら?」とひるんではぶつかりそうになるなるのです。
恐れなければ通過できるところを、自分から落ち込んでいくという、本当にどんくさい性格なのです。
私のこの所の体調不良の原因は、しょせん、このくらいのものに過ぎないのだなあ~
と思いつつ歩いていたのでした。

人生の最後の通過点も、この自転車置き場のガードと変わりはないのです。
でも、それを上手に通過できるかと、すごく気に病んでいる自分がいるのです。
まあ、心配しようがしまいが、生あるものは全て死ぬのだから、気にしなければ良いのです。
しかし、そこが、人それぞれの性格で、「人様にご迷惑をかけてはいけない!」とパニックになってしまったのです。
そんなことをお医者様に話しても仕方が無いので、この数ヶ月の体の異常を訴えました。

結果、抗うつ剤を試してみようと言う事になり、パキシル10mgを1錠ずつ服用することに・・・

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薬に依存してはダメだという思いの一方、残り少ない人生なんだから、薬で楽に過ごせるなら、それで良いではないか?
私に囁きかける二つの声があります。

うるさい決めるのは私じゃ!引っ込め!

世界が火を噴き出したような、こんな時に、自分の事だけで手一杯の私なんて、なんというつまらない人間だろう。
と思ってしまいます。でも、そう思うのがいけないだ。

「ほっといてちょうだい」迷惑目線の犬。
この犬のように、今ここが自分の場所だと思って、ドデンと人生を生きたら良いのですよね。

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五十肩の原因を考えたら

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このところ右腕が伸ばしにくいのです。
テーブルに置いたお湯のみに腕を伸ばすと、「痛たい!」
毛布をはたこうと、両手で持って振ると、右手だけ痛くて動かない。
泳いでも痛いのです。
クロールも、背泳ぎも腕が伸ばせない。
「ぐっと手を伸ばして!」と先生が、親切にも引っ張って下さるのですが
ありがた迷惑、余計なお世話です。
「止めて、痛いんです」
オバハン相手はやりにくいでしょうね。

「それは、五十肩よ。」と周りに言われました。

ほう、五十肩か。
これはいくらでも川柳ネタになりそうです。


五十肩言われてちょっと嬉しがり

五十肩?六十五肩とちゃうんかい

五十肩、ばあちゃんいくつと孫が訊く

まあ、私には子も孫もおりませんが、すぐにこのくらい浮かんできます。

肩だけでなく、腕、指先まで痛むのです。

マウスをクリックすると、指先から痛みが来るので、右手で使うのをやめました。
左手使用に変えたのです。
マウスの左クリックを右クリックに設定変更し、左手で使っています。
もともと、左利きなので、慣れたら、ぜったい便利だと思うのですが、今はウロウロしております。

キーボードとマウスを操作する正しい位置は

ひじから手首が机に置ける。
目線はパソコン画面より上になるようにして、背筋がまっすぐ伸び、足が床に着くのが正しい姿勢です。

ということですが、私は、まったく違っていました。

まず、椅子が低すぎました。
目線は下から、腕も指も下から持ち上げる感じでした。
なぜならば、そこまで椅子の高さを上げつと、足が床に下りないからです。

パソコン疲れも五十肩の原因の一つならば、その元を辿っていけば・・・
五十肩の原因は、脚の短さにあったのでした。

そこで、うんと椅子の高さを上げてみました。

いやあ、腕と指に関しては、これは絶対具合が良いです。

でも、これでは、地に足のつかない生活をしてしまう日常が問題ですが、それはそれ、解決方法はあります。
机の下に枕かクッションを置き、その上に足をのせる。
または、高下駄を買ってきて、机に座るときは履く。
今でも、室内は下駄履きで動いているので、これからは、もっと日本的な生活に変えていくことにします。

先月から、身体の治療方法も変えてみました。

我が家からバスで3分の所にある、小林鍼灸院に、先月から行っています。
バスで3分ですが、そのバスは、午前中に3本しかない。
はっきり行って、歩いた方が早い場所です。

この間から、本当の針治療をしてくれる所を探していたのです。
鍼灸にも色々な流派があるようです。
ここは「脉診流」という流派です。
ミャクシンと読むようです。

主に、てい針という、全く痛みのない鍼をつかいます。
今まで知っている、鍼を打って貰う感覚と全く違うので、初めての時、触診をしてるだけかと思ってしまったぐらいです。
劇的な効果はすぐに出ないけれど、だんだんと身体の気脈の流れを変えていく。という考え方です。

小林鍼灸院

先生の考え方に共感できたので、しばらく続けてみます。

今までは、痛いから効くのマッサージでしたが、これでは180度の方向転換です。


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血は下がり消費税は上がる

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もう少しで4月1日です。

消費税が8%になるので、昨日の日曜日、近所のスーパーはいっぱいのお客さんでした。
私などは、消費する量が少ないので、買い置きするのは無駄な抵抗だと思っているのです。
買い込んで、押し入れの奥にしまい込み、賞味期限切れが関の山です。
願わくば、一律に消費税を上げないでと言いたい。
食べ物、薬、日用品、そんな庶民の必需品と、そうではない贅沢品とは税率を返るべきではと思うのですが・・・

この5%最後の日、私はスーパーには行かず、毎年定期的に健康診断に行く診療所に行って来ました。
去年の10月に、検診を受けたとき、糖尿血がかなり高くなっていたのです。
薬を出すかどうかの境目ぐらいでした。
でも、私は「プールで、もうちょっと頑張ってみます。」と宣言したのでした。
「三ヶ月おきぐらいに様子を見た方が良いです」と言われながら、もう5ヶ月過ぎてしまいました。
冬の間は、3駅先の蓬莱まで、自転車で行く元気がなかったせいもあります。
じゃあ、今日は自転車で行ったのか?というと違います。
10日ほど前、マッサージをした後、脚がパンパンに腫れ、数日して今度は足首まわりが真っ赤に腫れ上がってきたのでした。
まあ、こんな具合です。

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つまずいたり捻挫した覚えがない、しかも痛みもあまりない。
でも、見た人がギョッとするぐらいの色なのです。
「大きい病院に行った方が良いよ。悪い病気が隠れてるかもしれないから・・」
でもねえ、良い病気っていうのがあるのかしらね?とも思うのですが・・・・

とにかく、あまり負担をかけない事と思い、そろりそろりと電車で行きました。

そして、血液検査ついでに脚を見て貰い、
「糖尿からなると言うことも聴いたので?」と心配を言うと
「それは関係ないと思います。」
じっくり見て
「血は下がるものだから。」と言われました。

そこで、やっと納得しました。
膝下で内出血したものが、しばらくし下がり、足首周りで溜ってしまったのでしょう。
だから、足首を痛めたわけではないので痛みがないのです。

まあ、原因に到着して、気分は治りました。
が、これ治るには、1,2ヶ月、時間が掛るでしょうね。

足腰というのは、大事にすると歩きづらくなってくるのです。

膝と股関節の痛みが、ややぶり返していますが、まあ、諦めずに歩きます。

29日の土曜日は、京都木屋町、桜がもう三分咲きです。
根性出して、授業には杖をついて行ってきました。

ああ、桜の季節というのに・・・

きっと、この1週間で満開の時期は過ぎてしまうのではないでしょうか?

まあ、なにはともあれ、春がまたやって来たようです。

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弱り目に祟り目、それとも泣きっ面に蜂?

晴れて暖かい日と思ったら、翌日は、震え上がる寒さと雨に変わる1週間でした。
21日、金曜日に、近くのJAに行くと、《蕗のとう》がありました。
近くの山際で摘んできたような、小さなつぼみでした。
「おお、春が来た!」
さっそく買って来て、この日は、私には珍しく天ぷらをしました。

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う~ん、美味しそうに見えないなあ~
でも、菜の花のお浸しと一緒に、モチモチの蕗のとうの天ぷら。
美味しかったのですよ。

この所、自分では頑張っているつもりですが、だんだんとスポーツジムに日参するのが辛くなってきています。
何であれ、始めたら一年以上は頑張って見る私です。
でも、1年半を過ぎた頃、たいていエネルギーが途切れてくるのです。

ヨガの先生が言いました。
「自分と戦わないでください。ヨガは、自分の身体の声を聞くのであって、戦うのではないのです。」
どうも、私には、自分に対して 
「こんな事でどうする。他の人は出来ているのに・・・」
と自分で自分を責めてしまう傾向があるのです。
例を挙げれば、ヨガ教室で、隣に並んでいた奥さんと話をしていて、その人が
「泳ぐ量が足りないので、最近、2km泳ぐようにしてます」
わあ~2kmかあ~!私も、せめて1.5km泳げるようにならねば・・・
この「ならねば・・・」がくせ者なのですね。
その日、必死になって泳いで、結局、1200mぐらいでダウンしたのですが、翌日は身体が痛くて、教室を休んでしまいました。

《 汝自身を知れ 》そんな言葉がありましたね。身にしみます。
この言葉、ギリシャの格言でソクラテスの座右の銘だったとか・・・
ソクラテスが聞いたら 「あんた、この表現の使い方間違うてるで」
と怒るのではないかと思いますが、もう彼から苦情は来ないでしょう。

生きているって、まあ、こんなものですよね。

焦らず、死ぬまで、ボチボチ行こうではないかと改めて思い直しているところです。

さて、話題は変わりますが、痛い目にあって、その上、また痛い目に会う。
日本語では、そんな表現を、どう表すか?
泣きっ面に蜂、それとも、弱り目に祟り目 ?
そうだ、踏んだり蹴ったり・・・と言う表現もありますが、これは、ちょっと違うかな?

2週間ほど前、私は、和室とリビングを仕切っている襖の敷居の角に、左脚の薬指を、もろにぶっつけてしまいました。
「痛い~!」
こういう時、目から火が出て、冷や汗が流れる。という表現を使います。
もし私が、日本語を学ぶ、外国人だったら 「何と難しい表現だろう!」と驚嘆するのではないでしょうか?
目から火が出るか~? 
日本人は目から発火するのか?火事になったどうするねん!・・・と

幸いにも、骨折はしてませんでしたが、指は紫色の腫れ上がりました。
その腫れも、かなり治ってヤレヤレと思った、22日のことです。

その日は、朝一番にマッサージに行って来ました。
昼から、出帰る予定があったからです。
服を着替えるときに、右脚に違和感がある。
「ちょっと痛いな?」と服をめくってみたら
大根足が、蕪足に変身しておりました。

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いつもと同じようにマッサージをしてもらったのですが、家に帰って、見る間にふくれあがったのでした。
これだけ腫れていると、ズボンの上からでも、しっかり目に着くのでした。
今は、腫れはかなり引いたけれど、内出血の跡が青い色となって残っています。

まあ、なってしまったものは、仕方がない。
そんなに痛みはないのですが、その後、反対側の左脚の股関節が痛くなっていました。
これは、きっと身体が均衡をとるために、左脚に負担を掛けるようになったからでしょう。

後10年ぐらいは、この住まいで元気に暮らしたいと思っていました。
が、そろそろ次の事を考える時期になったのかもしれません。

まあどうなろうと何所に住もうと、それなりに無理せず生きていくしかないですね。


黄斑上膜手術後4年半たって。

2009年8月13日から8月22日の期間、大津日赤で黄斑上膜の手術をいたしました。
珍しい病名のせいか、その後、どんな状態なのかと言う問い合わせを頂くことがあります。

そこで、現在2014年の状況を記載しておきます。

年相応の疲れ目で、涙が出やすくなったということはありますが、特に問題はありません。

黄斑上膜の手術をうけて、すでに4年半経ちました。
同時に白内障の手術も受け、水晶体をレンズに変えています。

その後、2012年9月に、後発性白内障手術というのを再度受けました。
http://ouestlac.blog104.fc2.com/blog-entry-863.html

では、しっかり完治しているのか?
と言われれば、不確かです。
まっすぐな線を、よくよく見れば、真ん中辺りでゆがみが見えるといえば見えます。

しかし、近視、乱視、老眼が併発している高齢者では、いちいち気にしていても仕方がないと思います。

黄斑上膜の手術後、1,2年は、以前より、文字は読みづらくなった様な気がしました。
それまで、老眼鏡無しで読めていた新聞や本が、眼鏡無しでは読みにくくなりましたから。
が、最近、また、眼鏡をかけなくても、新聞を読むのが苦にならなくなっています。

それは、2012年の、再度の白内障の手術の効果なのかもしれません。
人間の身体は、状況になれていく。復元力があるのだと思います。

黄斑上膜の手術をするかどうかは、迷いが大きいと思います。
痛みはない、それなりに、物ははっきり見えている。

ですから、自分が不都合だと感じた時点で、決断したらいいのではないでしょうか。

私の場合は文字がはっきりと見えるようにという希望からでした。
人によっては車の運転が怖くなった。
歩くときに不安を感じる。
等々の理由ではないかと思います。

ささやかな感想ですが、お役に立てば幸いです。

気が付けば赤目になって

先週、街を歩いていて、右まぶたに違和感を感じました。
「ゴミでも入ったかな?」
病院に行くほどでもないだろうな~と思いつつ帰宅して鏡を見たら。
な、な、なんと・・・・
血の海の中に瞳が浮いている状態でした。


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しかも隠れている部分は、上も下も、もっと黒ずんでいました。

何年か前にも,何度かなったことがありましたが,今回はひどい。

 結膜下出血(けつまくかしゅっけつ)と言うらしいですね。

青い瞳は悩ましい。でも、赤い白目(と言うのもおかしいか?)は、やっぱり不気味ですね。

とにかく眼科まで走り、診察を受けました。
「まったく心配はいりません。目の血管が切れて血が溜った状態ですが、自然に引きます。
でも、量が多いから、かなり日数がかかるかもしれません。」とのことでした。
どうしてなるかという原因もわからないそうです。
「若い人だったら、目の表面も張りがあるから、あまり広がらないけど、歳をとっていると、肌と一緒でたるみが出てるから、血も溜るのです。」
すごく分りやすく、有り難いような有り難くないような説明でした。
泳いでも大丈夫ですかとたづねると
「全く大丈夫。見た目は恐げだけれど、普通どおりにしてもらって結構です。」
薬は・・・
「これには,何の薬もありません。ただ自然に治るのを待つだけです。」

はあ~・・・歳をとったら,血管が切れやすくなるのかなあ~

「脳の血管も,こんな風に切れるのかもしれませんね?」と問うと
「目の血管は(体の)表面に出てるから、脳の血管は中だから・・・」
切れにくいのか,切れても分らないのか?それとも,切れたら諦めてくれなのか?
まあ、専門外も事を聞いても仕方がないのかもしれません。

しかし、原因は,無いわけではない。
勿論、第1は老化であります。
第2は、目を酷使しすぎている事でしょう。
パソコンやTV、夜中まで本を読まずに、とっとと寝るべきだと分っているのですが・・・

何かこれで一気に、この一年頑張って、毎日、泳ぎ、体操し、なんとか元気になろうと頑張ってきた気力が、どっと落ちてしまいました。

いくら頑張っても膝や腰はよい方向に向く気配が無く、歩けなくなってきたことを実感する,この一年でした。

しばし落ち込んでいましたが、やっと気力復活です。
100回転けたら、101回起き上がりましょう!!
ヨガ教室での先生の言葉
《 自分と戦わないで下さい 》その言葉が身にしみました。

我が人生、もう戦う時ではありません。
でも戦わないけれど、努力は続けようではありませんか。

とにかく、自転車に乗れるうちは、良しとしなければと思っています。
新車を買いました。

茶色のバスケットに後ろかごも茶色って,メチャクチャ目立ちます。



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まあ、そんな近況です。