デュポン エ デュポンの初CD・朝と夜

わサブローと溝淵仁啓のユニット Dupont et Dupont が、この秋に待望のCDを出してくれました。
二人による曲目解説と、わサブローさんによる日本語訳も着いております。

シックでシンプルなデザインのこのCD。
最近とみに視力が落ちて読み間違いが多くなった私は 「蛸と夜」と読んでしまったのであります。
蛸と夜なら、なんと言っても、日本の冬の夜のおでん鍋ですよね。
それだと、「ククククククク 、ハイク~・・」でおなじみの歌《俳句》になってしまいます。
わサさんのCD、俳句も大好きなのですが、このCD、タコと夜ではありません。

朝と夜ですので、お間違いのないように・・・
私の中では「タコ夜CD」として頭の中に定着してしまいましたが、まあ、間違えるのは、私ぐらいでしょう。

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そして、この蛸ではない、「朝と夜」のカバーの左端に、真夜中におひとりでお聞き下さい、と小さく書いてあります。
たしかに夜の静寂の中で聴くのにピッタリのCDです。

このCDが届いた夜は、私は疲れ切っていて、しかも真夜中だったので、音量をミニマムにして聴きながら眠ってしまったのでした。
その時、「わサブローさんの声が同じ曲の中で変わってるような気がするけど・・・?」と思いながら。
翌晩、改めて、音量を上げて聴き直しました。
すると、とても興奮してしまい、何度も繰り返し聞いて、朝まで眠れなくなりました。
興奮しやすい人は、夜聴かない方がよいかもしれませんね。

私の、このCDに対する印象。
一言で言えば 「なんと不遜な輩(ヤカラ)であろうか!」というものであります。
既製の歌(あえてシャンソンとは言いたくない)という概念への挑戦。
そしてまた、肉声とギターが渾然一体となって歌になると言うこの調和。
でも、この人達、絶対お互いに妥協せえへんねん。
あえて主張しあって、なおかつ、それが調和の美になってる。
これはいったい何やねん!
まさに、闘い!だけど、なんという嬉しい戦争なんでしょう。
こんな戦争なら、世界は幸せなんだけどな~と思ったのでした。

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まるで、呟きのようなギターの音で始まる
《プレリュード》
痛めつけられた心を、そっと包んでくれるようなギターの音の優しさ。
まあ、私の場合、たいして痛めつけられるような人生でもなかったのですが・・・
そして、続いて、そっと忍び足で歩いてくるような
 《朝と夜》
静かなメロディーなのに、なんとも不穏な感覚に襲われるのです。
わサブローの声に、フランソワ・ロゼの声が重なり、溝渕のギターが、静かに彼らをそそのかす・・・・
そんな感じを私は受けてしまったのでした。
朝と夜、とても綺麗な歌詞で綺麗なメロディー・・・
なのに、まるで夜から夜明けの隙間に忍び込んでくる物の怪の様。
心の闇の中から起き上がってくる得体の知れないものが呼び覚まされるようゾクゾク感が襲ってくるのでした。

《サンチマン》
前夜声が変わったようなと思っていたのは、ワンフレーズずつと言うか一言ずつ、わサさんとロゼが交互に歌い込んでいたからだと分りました。
はじめのフレーズEntre sentiments をわサさんが、それに被せるように、ロゼの声が 次のEt centimètre と続いて、交互に進行していく。
二人の声が、まるで少しずつ重ね合わせて織り込んでいく絹の横糸のようで、それを支える縦糸が、溝淵さんのギターなのではと私は思ったのです。「まるで西陣織やわ!」
やっぱり、わサブローの根っこは京都やわと勝手に思ったりして・・・
と言っても、私は機織りの現場を見た事があるわけでも、糸の見分けもつかないので・・・
勝手な想像ですが、ごめんなさい。

《聞かせて下さい愛の言葉》が終わると、空白の時がある。
空白の時があるCDってのが良いね友達が言ってました。
ああ、そうなんだ!私は、そんな意識もなく聞いていましたが、このCDには自然な間がある。
それが聴き手に、何とも言えない余韻をもたらすのかも知れません。

《風の囁き》
ギターが風の声になり、その風に乗ってわサブローが歌う。
ギターは風にも水の流れのようにも感じる。
それにトロンボーンが入ってきて、ギターとトロンボーン肉声ののバトル。色々やってくれますね。風の音が余韻を残す。

《行かないで》
押さえた激情を歌うこの歌ってすごく難しいと思うのです。
それをを美事に歌い切って、ギターは、静かに強く、自分の心の発露をグっと押さえ歌を支えるのです。
 こんなすごいne me quitte pas は初めてです。

《金色の麦の歌》
広大な金色の麦の畑の中で、風に吹かれる気持ちで聞いて下さい。
ここで、大きく息を吸っとかなくては・・・・・
CD聞くのにも体力がいるのでした。

《田園交響曲》
なんとも怪しく色っぽく不穏な気配が漂う歌であります。
ある意味では翻訳不可能な歌でもあると解説で言ってるように、日本語に置き換えても意味を成さないらしいのです。
たしかに、訳された歌詞を読んでも、私には言葉からのイメージが掴めません。
でも、なんとも面白い、背中がぞわぞわしてくる様な歌・・
それを一掃あおりかき立てるギターの音なのです。

《ラグリマ》
ラグリマ (Lagrima )とは「涙」の意のスペイン語。
セーヌの川辺、ノートルダム寺院のステンドグラスに差し込む光と聖堂に響(こだま)するギターが交錯するイメージ。
(CD解説より)

《さくらんぼの実る頃》
フランス人の血の中に溶け込んだような歌です。
自由、平等、博愛の精神は、沢山の血を流した犠牲の中から生まれ今があると・・・

《ユカリ》
願いが実現するという夢の島、そこには妖精が住み私達を招く。がしかし、そんな国はない。
求めて止まぬ憧れを歌うこの曲が、またバージョンアップしました。
海の泡が消え去っていくような最後の〆が印象的です。

《サンジャンの恋人》
何所に行っても聞こえてくる、もっともポピュラーな歌を、またなんとも玄妙な味わいに着せ替えてくれました。
デュポン エ デュポンでなくては聴けないサンジャンです。

《 秋 》
このCDの中で、唯一の日本語の歌です。出会いには別れがある。
しみじみと秋。私の人生は、もう晩秋かなと思ったり・・・
ギターのみならず、わサブロー溝淵の2部合唱が素敵です。

《時の流れに》
Avec le temps (アベック ル トン )
この曲も、歌詞が難解です。自分で訳して見ようとすると、何かいな~と思うぐらい難しいのです。
ご心配なく、わサブローさんが、ちゃんと訳してくれます。
レオ・フェレは、この歌の美しく感動的なと言う評に対して、それは大いなる誤解であり、これは歌でなく50数年の人生の中に積み重なった絶望、悲観、瀕死の魂の叫びだと書簡の中で書いている (CD解説より)

そうか、私は絶望や、瀕死の心持ちが好きな人間なのか!とはたと気付きました。
そういえば、いつも、死にそうと騒いでる人間だからなあ~と・・・
たとえそうであっても、このCDの中で、どれを選ぶかと言われたら、この時の流れが、私の中ではベストです。

《聖母と御子》
スペイン、カタロニア地方に伝わる民謡。溝渕さんのギターで締めくくられます。


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結局、全部について、またダラダラと書いてしまいました。

まだ、購入してなくて迷っているなら絶対買って下さい。
でも、注文するときに「タコ一枚」などと言わないでくださいね。

8月からワサブローの名前がわサブローとひらがなとカタカナ混じりの表記に変わりました。
と言うお知らせを頂きましたので、今回から 「わサブロー」で書かせていただくことにしました。
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Dupont et Dupont 今重屋敷2015


              

4月12日、Dupont et Dupont 今重能舞台2015 は午後4時半からでした。

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まずは、春にピッタリの、サクラ変奏曲、溝渕仁啓のギターから始まりました。
まるで降りしきるサクラの下で、琴の連弾を聴くような感じです。

溝渕さんの温かい人柄がにじみ出る挨拶の後、一面の黄色の菜の花の海を思わせる次の曲が始まりました。
ワサブローさんの声と溝渕さんの暖かなハモリに、私の心はさまよい出します。
「この歌のタイトルは菜の花だっけ?それとも入り日だっけ?」と頭の中で思い巡らす私でした。
正解は「朧月夜」です。

去年も感じたのですが、この今重屋敷とDupont et Dupont の相性は最高です。
能舞台の壁と天井が、歌声とギターの音を、伸びやかにしっかりと受け止めてくれるような気がします。
ここでは、アンプもマイクも必要がありません。
音が響きすぎず、かといって包み込みすぎず、結構なお点前ですと言うしかない。
「ホンマにエエわ~ 」 私は心から嬉しくなってきました。

私達が日本の唱歌を聴けば、言葉の美しさを素直にたどり、その景色が目の前に浮かび上がってきます。
外国語で歌われる曲を聴くときにはそれがない。
言葉が分からない上に、幼い頃からの原風景を見て聞いて共有できてるか出来てないかで大きな違いがあります。
今の社会で欠けているものは共有感なのかもしれないなどと、今チラッひらめいたのですが・・・
それは置いといて、共有できるものがない場合、伝える側にとっては難しいものがあるのだと思います。

そこで、と言うわけでもないのでしょうが、今回は、歌の背景を何時にもまして詳細に語ってくれた様に感じました。
話しで歌をつかませる。
たとえ言葉の意味は分からなくとも、利き手の中にイメージが形づくられ、その曲を受け入れ安くなるのであります。

日本とは異なる桜んぼの色、そのルビーの様な濃い色は、フランス人にとっては血の色を連想させる。
一九世紀の末から歌い継がれるこの歌には、1871年の、パリ市民が蜂起しそして多くの人が亡くなったパリコミューンの逸話があり、フランス人の精神の基盤ともなっている。
今に続く自由博愛平等の精神の元となった歌、もちろん、それを維持しようという強い意志と努力がなくてはあり得なかったことですが・・1970年頃には、夕食の前に起立し、この歌を歌って食事をする家庭も見られたとのことです。

桜んぼの実る頃
1番はフランス語、二番は日本語訳 最後は、フランス語で歌いました。
私は、この最後の歌詞が大好きなのです。
「桜んぼの実る頃を私は愛し続ける。開いた傷口を抱えながら、たとえ運命の女神が訪れても、けしてこの痛みを消すことは出来ない・・・」と歌ってます。
共に、自由を平和を自治を取り戻そうと戦った仲間を悼む歌なのです。
この歌を、甘い日本語の恋の歌詞に変えてしまったら、もうそれは違った歌になってしまうと私は思うのですが・・

金色の麦の穂の歌
これも19世紀末の歌のようです。
地平線まで続く広大な金色の麦畑に風が吹き渡り、麦の穂がサラサラと音を立てる。そんな歌です。
彼は、この歌を歌うとき、星の王子様とキツネの話を思い浮かべると語りました。
『君の髪の色を知ったら、麦の色を見るたびに君を思い出すだろう』という、王子様とキツネの別れの場面がありましたね。
歌詞の始めの、Mignonne(ミニヨン)というのは、恋人への呼びかけなのかしらと思いながら聴きました。
昼間しっかり畑で働いた若者が、夕風が吹いてくる頃、恋人に、黄昏れてきたよ、小鳥も鳴いてる、さあ麦の穂の歌を二人で聴きに行こうと誘いかける・・・・
ギターが吹き渡る風をかき立て、さわやかな歌声が風に乗って舞い上がる感じです。
なんと、のどかで愛しい時代であったことでしょうと思わせる歌なのでした。

3月の歌
日本の歌です。詩 谷川俊太郎、曲、武満徹。それをジャズ風にアレンジして、ギター伴奏でデュエット。
ものすごく格好いい歌なのです。これはわたしの一押し曲です。
Dupont et Dupont ならではの歌ではないかと思います。
それにしても、なんと伴奏者をこき使う歌い手であろうか!と感心するのでありました。

行かないで (Ne me quitte pas )
ジャック・ブレルの名曲です。行かないでと男性が女性にすがると言うので、有名になったとのことですが、この否定命令形、東京弁だと「行くな」京都弁だと「行かんといてえな~」となる。京都弁のはんなり感ですね。
歌全体の意味を凄く丁寧に話ししてくれました。
ギターソロかと思うような前奏をたっぷり聴かせてから歌が始まり、絶妙な歌とギターの絡み。
このコンビは、もう別れられない、まさに行かないでの関係だと思いました。

ユカリ
1930年代ぐらいにドイツ人のクルト・ワイル( Kurt Weill)が作曲した曲です。
ユカリという夢の島、ワサブロー曰く『西方浄土』とは日本人にピッタリの表現だと思いました。

第一次世界大戦お第2次世界大戦の狭間で、人々は心休まる場所が欲しかったのではないのかな。
そして、それは現在も一緒ですね。
溝渕のギターが小舟を漂わせ運ぶ波で、その舟に乗って西方浄土に行くのがワサブローでしょうか?
また、新しいユカリを聴かせて貰いました。

椅子
「椅子が好きだという男の歌」としか言いようのない歌なのですが・・・
聴けば聴くほど、回が重なるほどに好きになる歌なのだと思います。歌い手も聴衆も・・・

次に溝渕さんのギターソロが三曲です。
本当に近くに座ったので、ギター奏者とは利き手の親指の爪は少し長めにしてるんだなどと感心しつつ聞き入りました。

カボット Ⅰ・Ⅱ
バロック音楽でバッハのリュート組曲だそうです。優雅にという意味だそうです。
頭を結い上げ、裳裾を引いた貴婦人達が、優雅に踊っている様が目に浮かぶ曲でした。

タンゴ・アン・スカイ
去年の今重屋敷で初めて聴かせて頂き、エエなあ~と思った曲、やっぱりリクエストがあったようです。

アルハンブラ宮殿の思い出
スペインのアンダルシアという地方は、乾いて暑く、40度ぐらいになるそうです。
靴下はいりませんと言う事でしたが、それだけ乾燥してたら水虫の心配もいらないのかなと思った私でした。
アルハンブラ宮殿は、地下水を引いて噴水から水を吹き上げる。水の不足する地方では贅沢の極み。
その噴水の水が落ちてくるイメージを音楽にしたものがこの曲だそうです。
ギター曲の定番といいますが、やっぱり、何度聞いても良いものは良いのです。

パリの空の下
パリの街を歩いていると、この歌が、ふと口をついて出るという歌。
ギターの音色が、セーヌ川の流れを思わせます。

サンジャンの私の恋人
サンジャンの祭についても、また歌詞も一番から三番まで丁寧な説明がありました。
何度も聞いている人にはおなじみなのですが、飽きさせない話し上手なんですね。
この伴奏のギターが、また凄かった。どう凄かったとはよう説明できませんが・・・

私が一番きれいだった時
詩人、茨木のり子の『私が一番きれいだったとき』
よくぞ、この歌とワサブローがめぐり逢ってくれたものだと私は感じます。
「そんな馬鹿な事ってあるものか・・」 このフレーズに、今の社会を重ねてしまう私です。

アンコールに応えて
俳句 
そして最後に
琵琶湖周航の歌
長浜ならではの締めくくりでした。

毎度思うのですが、Dupont et Dupont はとどまるところを知らないと思います。
こんな歌い手に容赦をしない伴奏者って、他にいないのではなかろうか?
歌とギターが、それぞれ独立して自己主張し、なおかつ調和し、聴くものを魅了する、
何とも言えない妙味というか、ものすごさを感じます。
伴奏する方にとっても、「こいつ、次はどう出てくるや」という気合いの抜けなさがあるのではと・・・

今回の私の感想、これは、まさに名人戦だ!
その真剣勝負の面白さが、Dupont et Dupont の真骨頂なのだと思います。

ワサブロー琳派400年記念を祝して歌う

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3月15日、友達9人で、京都府民ホールアルティに行ってきました。
この日は、ワサブローの「京都、パリ、そして京都~ワサブロー琳派400年記念を祝して歌う」があったのです。

いやまあ、なんと言ったら良いのか・・・・
私の感想を、言葉にすれば 「メチャクチャ面白かった!」しかありません。
ボキャブラリーが貧弱な私には、こんな事しか言えないのであります。
面白かったという日本語には沢山の意味があります。
興味深い、おかしみがある、一風変わっているetc.
今回の、私の面白かったは何だったのでしょうね?
それは私にとって、エキサイティング、刺激的である、と言う意味が、一番大きかったように思います。
視覚に、聴覚に、身体全体で感じる雰囲気に、今まで知ってたイメージとまったく違うものがビンビン伝わってきました。

まず客席に入ったとき、最前列に、パリのカフェテラスのような椅子に囲まれた5,6客のテーブル席が設えてありました。
テーブルも椅子も綺麗な赤でした。
「う~ん、ここは特別席なんやなあ~、うちらの座れる場所と違うわね」
と横目で見ていたのですが、後から、ここに座った面々を見渡せば、
モヒカン頭でヒョウ柄のドテラをまとった兄ちゃん、しっとりとした和服を着た別嬪さん、お坊さんもいれば、モード雑誌から抜け出てきたよな真っ黒なシャツに真っ赤な革のブーツの美女、そして、あの、一癖も二癖もある顔をしたキーヤンの姿が・・・
キーヤン(木村英輝氏)の後での話によれば、この席に招かれた人は、出来る限りのお洒落か、それでなければ派手な格好をしてくるようにと指定されたそうなのです。客席も、舞台の演出の一部となっていたのです。
キーヤンのブログで、この日の舞台の模様が写真紹介されていますの見てください。

Ki-Yan BLOG 2015.03.16  ワサブロー コンサート

照明を落とした真っ暗な舞台の両端に丸いガス灯の柱が二つ立っています。
その下は2,3段の段になっていて、まるでセーヌ川沿いの歩道を歩いて川縁に下りようかなといったたたずまいです。
そこで、一息ついて座り込んでいるかのような姿の、ワサブローが歌い始めました。
Dupont et Dupont (デュポン・エ・デュポン グループ名、ギターの演奏は溝渕仁啓)の始まりです。

一部は、泣いている子供達で始まり、ミラボー橋、行かないで、金色の麦の穂の歌と続きます。
ああ、溝渕さんのギターとワサブローの歌の絡みがまた進化してる!
三月の歌は、まるでモダンジャズのようなギターに加えて、溝渕さんのハモリが絡むのです。
超テクニックを要する伴奏に、裏パートのハモリを一緒にさせるとは・・・
「何と伴奏者をこき使う男であろうか?ワサブローは!」と私は思ったのでした。
この後、中島徹のピアノが入って来て、朝と夜
「朝と夜」って、こんな曲だったのか!
何だろうこの感じは?一段とすごみを帯びたと言うしかないできあがりでした。
風の囁き、時の流れに(Avec le temps)で一部の終了でした。

休憩時間に「今回はプログラムがないわ!」とぼやいていた私です。
前の列に座っている友達が、一斉に新聞を開いて読んでいるので
「どうしたの ?」と聞くと
なんと、タブロイド判8ページの新聞が、すべて案内で、最終ページがプログラムとなっていたのでした。

表紙
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気が付かなかったら、そそっかしい私は、京都リビングかと思って、捨てちゃったかも知れません。

そしてプログラム。
いつものように順番が変更になってます。

最終ページ
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赤い線は、私が入れた物です。

そして、2部
舞台に出て来たのが、なんとマイケル・ジャクソンのダンス、そして鼓の演奏でした。
和と洋、古典とダンス、これが、また、すごくあってるんです。
日本古来の鼓の音色と、モダンなダンスの調和ってすごい。
400年前の、芸術家達が創り出そうとしていた物は、きっとこんな感じだったのではないかと思わせます。

このお兄さん、名前は,Masakiさんと言います。踊っている時は、ホンマにマイケル・ジャクソンでした。
帰りに写真を撮らせて貰った画像です。

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ダンスが終わり、ワサブローの2部の始まりは「ヌガ」でした。
彼は、この歌で客席中を踊りまくりたかった事だろうなあ~と思います。
しかしまあ、なんと言うことでしょう。
彼は、この1週間前にジムでバーベルを持ち上げていて腰を痛め、本日は立って歌うことが出来ない状態だったのです。
本来なら、ドクターストップですよね。
体脂肪3.8の彼であったから、舞台に立つことが出来たのです。でも、体脂肪3.8って信じられない数字です。
歌うことは格闘技ですと、昔聞いた覚えがあるけど、そこまでやるのかこいつは!と思ったのでした。
「ぼくが椅子に座って歌うなんてことは二度とあらしません」
そうあって欲しいものです。
しかし、まるでそれを逆手にとったかのような演出の変更が、また美事だと感じました。

2部のテーマは何かというと
「琳派を今に」と言うなら、こんな事や!
と言う事ではなかろうかと私は感じたのでした。

2部では、キーヤン(木村英輝 )の屏風絵を2回取り替え背景に使い、琳派を今に蘇らせる。
Masakiのダンスと籐舎成光の鼓の組み合わせの妙!古典って実は前衛なんだって思いました。
ビックリ仰天したのが、400年前の歌が出て来たことです。
西洋には、楽譜というものがありましたけど、日本にはありませんでいた。
ですから、日本では、歌詞を文献でたどることは出来ても、メロディーばかりは探し出すことが出来ません。
それを、復活させたのですよ。(正しくは創作です。)

《当時の貿易省で学者、書家でもあった角倉素庵はこの隆達小歌を俵屋宗達の金銀泥摺下絵に認め、同じく公儀呉服師として大富豪となった茶屋四郎次郎に贈っていて今もその断簡を個人が所有している》
(WASABLOIDより引用)

この屏風に書かれていた宗達節の中から選んだ数編に、溝渕仁啓が曲をつけたのです。

夢はへだてず、海山を、
こえてもみゆる、よなよなに

梅は匂いよ、木立はいらぬ、
人はこころよ、姿はいらぬ

此春は、
花にまさりし、君持(ち)て、
青柳の糸、みだれ候(そろ)
(WASABLOIDより引用)

私が思うに、イメージとしては、こんなでしょうか?
花見図・雲谷等顔

そして、キーヤンが書いた「りんりん琳派は綺羅きらら」という詩も曲がつきました。

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このキーヤンという人は、とても面白い人です。
永遠のガキンコとでも言ったらいいのでしょうか?
琳派なんて、ワシはあんなもん嫌いや!カキツバタばっかり書いてあって。自分が琳派と言われると腹がたつ。過去の物、済んだ物はワシにはいらん。前にある物だけが自分にとって意味がある。
本人が読んだら、ワシはそんなことしゃべっとらんぞ!と怒られるかもしれませんが・・・
話を聞くだけで、元気をもらえます。

続いて
桜の木の下で、私が一番きれいだった時、水に流して
アンコールに 愛の賛歌。
気が付けば、あっという間に3時間が過ぎていました。
いやあ~、素晴らしかった!

ワサブローさんにとっては、思わぬ身体の不調で、無念きわまりなかっのではと思います。
もっともっと、ビックリさせる舞台をと精進されていたであろうことが、バシッと伝わってきました。

一緒に来ていた友達が皆感激して、私に手を差し伸べて「素晴らしい物を有り難う」と握手を交わしたのです。
が、私が御礼を言われるのは筋違いですよね。

これを読んで、行けなくて残念だと思った人は、4月12日 長浜今重屋敷能舞館 でワサブローライブがあります。



琵琶湖一周 2 :Dupont et Dupont 今重屋敷能舞館

6月29日に長浜へ行った主たる目的は、観光ではありません。
ワサブローと溝渕仁啓(マサシ)のユニット・デュポンエデュポンのライブがあったのです。
その情報を聞きつけ、申し込んだ時のことです。
主催者の方に「まだ間に合いますか?」お電話をすると、
「狭い場所ですが、砂かぶり状態で聴けますよ。」とのこと・・・
砂かぶり・・・大相撲で、力士が転げ落ちてきそうな、真ん前の席のことですよね!
これは期待が出来そうとワクワクして行ったのであります。

今重屋敷とは、いったいなんなのだ?
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ここです。

前回のブログに載せた写真、安藤家と同じく、北国街道沿いにある古民家です。
その昔、1570年代ぐらいでしょうね。
羽柴秀吉が長浜の町の自治を預けた町年寄十人衆の一人が今村家のご先祖さんです。
今村家は、代々の造り酒屋の家で、平成23年7月18日に、古くなった家を修復再生し、蔵として使用されていた建物を新たに能の展示場『能舞館』として復活されたのだそうです。

で、何で、その今村さんの家が、今重って言うのだろうと疑問に思いますよね?
それは、今村家の当主は代々「重兵衛」を名乗っていたことからとのことでした。
つまり、今村重兵衛の屋敷で=今重屋敷という事なのでした。 

内部は、こんな作りになっています。(案内パンフより・・クリックしたら拡大します)

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その一階の二の藏を1/2サイズの総檜の能舞台にしてあったのでした。

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こんなチラホラの椅子の配置ではありません。
能舞台の周りに、ギッチリ椅子が並んで、まさに砂かぶり、いえ、音かぶり・・・
かぶりつきと言えるかもしれません。

溝渕さんの弦の擦れるかすかな音、ワサブローさんの息づかい・・・
音が響き過ぎず、籠り過ぎず・・・そこは、まさに音を生かす空間でした。
だから、マイクもアンプも、一切無しで、生の歌声と演奏を満喫できたのでした。

この日のプログラムと、地元に伝わる人形浄瑠璃・富田人形の案内パンフです。

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この日の曲目は
一部
グアラニア (南米組曲より、 ギター演奏)
サンチマン
ぼくたちの恋が残したもの
Yukali (ユーカリ)
風のささやき
月の砂漠
椅子
秋  (矢川澄子 作詞: 矢野顕子 作曲)
琵琶湖周航の歌

2部
アルハンブラの想い出
Tango en skaÏ (タンゴ アン スカイ)
私が一番きれいだった時
サトウキビ畑
Avec le temps (時の流れに)
俳句
哀しみのソレアード
アンコールに
話して下さい愛の言葉を
糸紡ぎ

一部
今年の法然院ライブで初めて聞いた2曲、また聞きたいと思っていたところでした。
ユーカリ
クルト・ワイルが作曲した1930年代の曲です。
古さを感じさせない、旋律が面白い。
よう分からんけど、韻を踏んでいる歌詞の美しさというものを感じました。

溝渕さんが、ギターを弾きつつ、ワサブローさんとのすばらしいハモリを聴かせてくれました。
でも、ギター伴奏をしながら、アルトパートをハモるのは、めちゃ難しいですと溝渕さんがおっしゃってました。
いやいや、君なら出来る。それに一度聴いたら病みつきになるすてきな声。
デュポンエデュポン、ますます進化していきそうです。

ワサブローさんが溝渕さんに話しかけていました。
「椅子があらへんねん。」
今度は椅子に座って歌う予定なのかしらと、私は思ったのです。
そうではなく、楽譜が見あたらへんと言う事だったのかな?
楽譜がなかったにのかもしれません。
でも、それにもかかわらず、「椅子」はメチャクチャ素晴らしい演奏と歌でした。
これは、ちょっと今までの歌では表現できなかった世界だと思います。
「一度、聴いていおくれやす」
なぜか、京都弁で言いたくなるのです。

琵琶湖周航の歌は、この日、長浜へ来て下さったお客様へのサービスでしょう。
「今日は今津か長浜か~~~~」と・・・・・

二部
アルハンブラの思い出がリクエストされて、トレモロの弾き方を
「ワークショップになりましたね」と話しながら指使いまで教えてくれました。
出来るものなら、やってみましょう! まず、無理です。
Tango en skaÏ (タンゴ アン スカイ)
は、空のタンゴでは無くって skaÏ は「~のような」「~もどきの」という意味だそうです。
作曲者が、ちょっと皮肉に題をつけたのかなと思いましたが、もどきどころか、すごく素敵な曲でした。
そして、私の大好きな曲が次から次へと・・・
まさに砂かぶり状態でした。
私が一番きれいだった時、戦争の愚かしさに対する、果てしない憤り。
続いて、サトウキビ畑。
沖縄の海の美しさと、砲弾の雨の凄まじさが目の前に浮かんできます。
言葉に出来ないけれど、胸一杯広がる思い・・・

こうして、あっという間に時間は過ぎ去ってしまいました。

舞台は総ひのき。
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主催者の澤村さん・ワサブローさん・溝渕さん
最後に、撮影の許可を頂いて撮させていただきました。
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素晴らしい一時を、実は、私は半分で感動しつつ、もう半分は怒り狂って過ごしていたのです。
「スマホを撲滅せよ!」と・・・・
皆が、舞台に向けて、スマホのシャッターを切る、その音の響くこと。
音響効果がよい室内に「バシャ、バシャ」と伝わるのです。
私は思いました。「まあ、初めのうちは仕方が無いわね~・・・」
ところがやん!
演奏が始まっても、止めはらへん人がいるのです。
私は下を向いて、怒りを必死にこらえました。
「こんなことで気持ちを乱したらアカン、舞台の二人は集中してやってはんねんから、私も集中して聴こう!」
あかん、あかん、昔のお坊さんは、心頭滅却すれば火もまた涼しと、悟りの境地を開いていたではないか!
ああ、私って、本当に人間の器が小さいなあ~と反省した日でありました。

そして、演奏とともに感動したのは、主催者澤村さんに対してです。
去年、この舞台でワサブローさんを聴いて、もう一度、ここで聴きたいと思いました。
問い合わせたけれど、予定はないと言うことなので、初めてのことですが、妻と一緒に、企画から人集め、何もかもやってしまいました。との事・・・

その飾らないさわやかさは、ワサブローさん溝渕さんと共通する物を感じました。
私がかれこれ言うよりも、この舞台に当たっての三人のコメントを紹介いたします。

歌は心、歌は人だと、改めて思ったのでした。

本日ご参集の皆様へ

2014初夏 長浜今重屋敷 ライブに際して

長浜のこの今重屋敷、能舞台で昨年に続いて、今年もまた歌える幸せを頂いた。
昨年同様、私の歌と溝渕仁啓のギターのユニット、Dupont et Dupont デュポンエデュポンとしての演奏をお聴き頂くことになる。
ギターと歌が自然の音としてマイクの音を通さず、そのまま、皆様のお耳に届く環境はそんなに多くない。
その多くない珍しい環境が、この能舞台にはある。
私たちにとっては、とても嬉しいことで、又ここに来たいと思う大きな理由になった。
この度も、フランスの歌、日本の歌、そしてギターのソロ演奏でこの能舞台一杯に色んな音楽スケッチを描こうと今、いつものように少しドキドキしながら出番を待っています。
この日の為に大きな骨折りを頂いた、澤村健太郎ご夫妻に感謝いたします。
                                                   ワサブロー


私の好きな言葉の中に、彼の喜劇王 C. チャップリンの「私は説明しなければ解らない様な美を信じない」と言うものが有ります。
とかく芸術と称するものの中には、その真贋の見分け難いものが多く存在していて、大いに我々を悩ませてくれるのですが、
スッと目を閉じて、耳を澄ませ、心を無にして、そのものに相対した時、俗とか聖とかに拘わらず何かが自分に語りかけてくる。その瞬間、私の今は潤沢になります。
今日、昨年に続いて再びこの長浜の地でコンサートさせて頂ける事が大変嬉しく有り難く、何とか僅かでもその語り掛けが出来ますように頑張りたいと思います。
このコンサートを催すにあたって、ご尽力頂きました澤村様ご夫妻はじめ関係各位の方々、またご来場頂きました皆様に、心より厚く御礼申し上げます。
                                                       溝渕仁啓


昨年の10月に、この今重屋敷で、ワサブローさんのライブがあった。
忘れもしない。あの感覚・・・。

そもそも、長浜にワサブローさんが来てくれるという事が、考えられないことだった。
長浜にも、頼んだら来てくれるんかいな。
そんなら、長浜の北の方、雨森芳洲庵でもやってくれへんかなと考えて、昨年12月に溝渕さんと演じて頂いた。
けれど、やっぱり今重屋敷。あの音の伝わり方、包み込まれるような「えもいわれない」感覚。
それを、もう一度、味わいたい。又、誰か昨年のライブを企画された方がやってくれないかな・・・
そして、その誰かが、自分になってしまった。
このライブ実現に向けて、ご協力頂いた皆様、そして本日お越し頂いた皆様方
そして、ワサブロー、溝渕さん、そして、今重屋敷さんに、深く感謝します。
                                                   ケンタロウ


日が暮れ落ちた頃、長浜の駅から、私は南に向う電車に乗りました。
山科で乗り換えて、出発地点、もちろん我家ですがに帰り着いたのです。
これで、私の琵琶湖一周の旅は終わりました。
澤村さんご夫妻、はじめ皆様。
そうだ、琵琶湖一周1で書いたスズキイチロー君も忘れてはいけない。
楽しい、素晴らしい一日を有り難うございました。

ワサブローが走る 東へ西へ

ワサブローさんの、全国ツアーが、もうすぐ始まります。

4月26日に、デュポン・エ・デュポンのライブが法然院であると知り、授業をサボって、急遽駆けつけました。

法然院の庭
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新緑のしたたるような法然院の建物の中で聞く音楽は、人の心を、また別の世界に誘ってくれます。
何百年も経た木造の壁や、屋根の梁は、音を包み込むのか、あるいは響かせるのか・・・
外から聞こえる小鳥たちのさえずりも、一緒に演奏しているのかと思わせます。
ギターの音が、壁に床に梁にしみ通り、ボーカルはマイク無しの生の声で・・・
初めて聞いた曲、Yukali 、1930年代の歌だそうですが、とても良い感じでした。
題がしっかり思い出せないけど、秋、もしくは、秋に・・日本の歌です。
もう一度、聴きたいものです。
演奏者も観客も、共に至福の一時を過ごせたと私は思いました。

そこで、全国ツアーの話は聞いていたのです。
が、その時は聞いたのは、たしか、「西に行きますわ。」
「その前に、東もあるんどす。」
とも言っていた様な気がします。

東ルート
5月28日 東京 5月29日 仙台 5月30日 盛岡 5月31日 八戸
西ルート
6月12日 京都 6月13日 広島 6月14日 福山 5月15日 博多

しかも、その前に、パリに飛んで、ギタリストの溝渕仁啓さんとのコンビ、デュポン・エ・デュポンでレコーディングをしてくるとのことでした。
音楽関係のお仕事は、なんと体力が必要なのだろうかと感心した次第です。

あの細い体の何所に、このエネルギーが潜んでいるのでしょうね?

京都のステージは、木屋町三条と四条の間にある、元立誠小学校です。
子供の人口が減少した為に廃校となりましたが、地域の文化発信地として活躍しているようです。
もっと昔は、土佐藩邸があったそうです。
坂本龍馬はじめ、勤王の志士、新撰組が、闊歩していた場所なのです。

木屋町通りから見た立誠小学校
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玄関は古い石造り。

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友達を案内していくので、私は下見をしてきたのです。
なかなか良い雰囲気の場所だと思います。


下記の案内が、ワサブローオフィシャルサイトに登場したのが、やっと連休前。
「ほんまに、宣伝する気のない奴ちゃなあ~・・・」
と、私は、やきもきしてしまいます。
それでも、満席になるんだから良いのではありますが・・・

ワサブロー情報を待っている方は、いそいでください。
お申込は 
tke.goyoyaku@gmail.com

ああ、何で私が言わんならんねん!と思うのですが・・・


東ルート

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西ルート

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ワサブロー二条城ライブ

9月半ばのある日の事です。
郵便受けを覗いたら、まっ黄色の封筒の真中に赤い色彩が踊っている封筒が目に入りました。
何か動物が書いてあるような・・・

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私の頭の中で「もう年賀状ソフトの案内が来たのか?」と言う思いが一瞬よぎりました。
ひっくり返して表を見ると、それは象の絵なのでした。
「来年って、象年じゃないよね?」
子・丑・寅・卯・・・象?
十二支の中に象はあったかいな?
記憶力だけでなく、私の脳味噌はアチコチ痛んできているようです。

で結局それは何かというと、ワサブローさんからのライブのご案内だったのです。
10月、4,5,6日と連続で、京都でのライブです。
場所は 二条城・台所と書いてありました。
『さすが京都やなあ!ライブハウスにも、こんな名前を使うのか?』と私は思ったのです。
しかし、よくよく見ると、何と!ほんまもんの二条城だったのでありました。
(二条城入場券を含む)と書いてあったのです。

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二条城って文化財、世界遺産ではないですか!!
いやまあビックリしましたが、とにかく、これは行かなアカン。
6日の最終日に行ってきました。

夕方5時からの開場です。
10月になると、日差しの傾きも早くなります。もちろん、この台所に電球などは付いていません。
二条城台所は、だんだんと薄闇に包まれて行きます。
真っ暗では、顔も見えないし、せっかくの絵とのコラボも楽しめません。
それでは、いくらなんでも困るので、照明その他すべて持ち込んだセッティングされたおりました。
天井が張ってない台所の屋根の下は、むき出しの太い梁と、白壁に刻まれた桟のみです。
下から見上げると、ライトに浮かんで実に幻想的でした。

二条城・台所は、昼間はこんな所です。
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それが、キーヤンこと木村英輝氏の襖絵で異次元の世界に変わりました。
どんな風にというと、二条城の空間に象が飛んでるんです。
こんな大きな屏風絵が12枚並びました。
それだけでなく、1部と2部の間に、それを何人かで持ち上げて裏返すと、また違う絵となって、全部で24枚の襖絵となります。
それらの背景の前でワサブローが歌い、溝渕仁啓がギターを奏で、トミーのトロンボーンが響く。
なんとも贅沢な空間と時間を味あわせてもらったのです。

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この画像は、許可を頂いてないので後で削除するかもしれませんが、とりあえず雰囲気だけ知って貰いたくて、これだけアップします。
キーヤンの works collection を見て、どんな作品を手がけられているのか鑑賞して下さい。

さて、ぎっしりとお客さんが詰まったところで、舞台の端から、見目麗しき着物姿の若者が現れました。
そして、デッカイ松の枝と手にとって舞台の上で生け始めました。
「二条城の松の木を切って来たんか!」とまたまた早とちりの私は思いましたが、さにあらずです。
その人はマイクを手にして挨拶をされました。
「ササオカリュウホです。松の枝と赤米で、実りの秋の表してみました。」
このめっちゃ男前の人だあれ? 物知らずの私は家に帰って、ネットで調べました。
なんと、華道「未生流笹岡」家元、笹岡隆甫という人だったのです。
そして次にマイクの前に立った男性が、キーヤン事、木村英輝氏とワサブローさんの略歴を読上げてくれたのですが、その渋くて低くてよく響く声に、これはただ者ではないと思ったのです。
誰だろう?きっと後で紹介されるよねと思ったのですが、誰も後から紹介しませんでした。
分らないままに謎の男として残ってしまったのでした。

さあ、舞台が始まります。

人々のざわめきの中からにじみ出してくるような曲、サンチマン。
溝渕さんのギターに乗って、ワサブローの歌が始まりました。
一部の衣装は、二人おそろいの黒いシャツです。
それにはキーヤンがデザインした模様が、光りの加減で浮かび上がる、何ともお洒落な物でした。

次のミラボー橋。
この日、ミラーボー橋の下を流れるセーヌ川の色は、まさに秋色でした。
堀口大学の訳詞の朗読も素晴らしかったのですが、続いてフランス語で・・・
曲の起承転結と言ったらいいのかな1番2番3番で歌の表情が次々に変わってく、そして、最後の盛り上がり・・・
今までにも何度も聞きました、ワサブローのミラボー橋。
そのつど、彼のミラボー橋は、絶えず流れ、絶えず変わって行くのです。
そしてまあ、溝渕さんのギターの素晴らしい事と言ったら・・・

川の流れの後に、明るい南国の海を感じさせるようなギターのささやき。
その海の泡立ちの中から、ワサブローの声が立ち上がってきます。
それは風の音のようにも聞こえるし、打ち寄せてくる浪の音のようでもありました。
「ザワワ、ザワワ、ザワワ・・・」
誰でもが知っている歌、サトウキビ畑なのです。
それなのに、初めて聞いた歌ような気がしました。
今まで私は何を聞いていたのかしら?、綺麗な歌優しい歌、心地よいだけで、その歌は通り過ぎてしまっていました。
今、ワサブローの口から出てくる言葉が弾丸となって私の胸に飛び込んできます。
まるで、目の前の見えない壁に向って、歌という鑿で、自分の思いを、そして戦で亡くなっていった人々の思いを刻みつけるように・・・
私は、完璧に圧倒されてしまいました。

続いて
聞かせて下さい愛の言葉を
糸紡ぎ
哀しみのソレアード
この哀しみのソレアードの日本語の歌詞が良いのです。
しっとりと馴染んで、ひとしずくずつ胸に染みこんで言葉がストレートに心に落ちて来ます。
(ソレアードとはスペイン語で「日だまり、日当たりの良い場所」という意味だそうです)

1部のと2部の間の、キーヤンの話の時に、羽織袴の京都市長さんまで出て来ました。
もし、この人が、Tシャツを着て、翌日二条城の周りを歩いててはっても、昨日会った人とだとは、思わないだろうなあ~。
着物のインパクトは強いよなあ~と思いました。
「リンパ400年をやってまして・・・」と話しておられました。
リンパ腺なら知ってるけれど、それなあに?
またまた、ネットで調べなアカンのです。

琳派400年記念祭プレフォーラムin京都

絵画や音楽を京都の街と一体化したいという趣旨に、この企画がピッタリ合うので、この夢の舞台が実現したようです。
いやまあ、本当に結構で有り難いことでした。
ぜひぜひ、続けてやっていただきたいと思います。
市長さんの後に、素敵な和服の目の覚めるような美女が出て来ました。
ひとみさん、その名の通り、大きな瞳が印象的でした。
その艶姿に、目の保養をさせて頂きました。
イベントの水先案内人、舞台回しは美女に限りますね。
美女に話しかける時、男達の顔は、なぜか(いや当然)ほころびます。
「京都の男性は、みなさん優しいですね~。」と彼女は観客に呼びかけました。
でもメインがオバハン達だったので、受けなかったなあ~。
「それは、あんたがべっぴんさんやからや。」
客席のオバハンの一人である私は、そうつぶやいたのであります。


2部は、背景も変わって、緑色の女体にウサギが跳ぶ、シマウマが、ヒョウが、キツネまで飛んでる、その上、歯を向き出したゴリラがいるという、インパクト溢れた絵に襖が変わりました。

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ワサブローは、ドテラというのか半纏というか、朽葉色の地に墨色で模様が描かれた裾短の着物をまとい、黒いストールに黒い足袋という衣装です。
2部からトミーさんのトロンボーンが加わりまして
パダン
ジャズ風、ギターとトロンボーンの絡みが、すごく面白く、ワサブローの声の伸びが一段とよく、ブラボー!
続いて
セシボン
ワサブローは、話の入り口にと、パリの日本レストランの看板の話をしました。
それを聞いた友達は「あんな事したらアカンわ。後で、ちゃんと言うとかな。」本気で最後まで心配しておりました。
ワサブローの話、全部本気で聞いてはいかんと言ってるのに・・・

私が一番きれいだった時
この歌は、ワサブローと共に、生き続け育ち続ける歌だと思います。
私はとにかく好きなんです。

ヌガ
高島屋のショーウインドウから持ってきたと言う、和傘をさして、所狭しと歌い踊りました。

月の砂漠
Ne dit rien、je viens de loin・・・・で始まってるのかな?
このフランス語の歌詞を知りたいのですが、まあ、これは個人的願望です。

愛の賛歌
「もしあんたが死んだかてかまへんねん・・・」思いを告げる言葉を京都言葉で話し出します。
まあ、男の言葉をまともに取ったら、あとでアレコレ揉める事になるに決まってはいるんですが・・・
それはおいといて、歌の頭の音の入り方に、「わっ!コレ何!」と思ったのは、私だけだったでしょうか?
このアレンジは、誰にも出来ない!
命がけの恋を見失った心の乱れ、不安定な精神状態を歌に入れたような・・・
そう思ったのは私だけでなく、帰りに、やっぱり話題になりました。
「あんな入り方、出来へんでえ~。すごかったなあ~」と・・

私は、ひたすら感性で聞くだけの人間ですから、すごく失礼な感想かもしれないのですが、とにかく、こんなすばらしく興味深い愛の賛歌を聴いたのは初めてです。

そして、最終日と言うことでアンコールに
俳句
哀感とユーモア一杯のこの曲は、聞いて貰うしかありません。

この日の舞台は本当にすごいの一言でした。
この二条城という、文化と歴史を吸い込んでしまっているような舞台で、たじろぎもせず、より輝いて存在感を増す。
「ワサブローって、こいつ、いったい何なんだ!」と私は思ったのです。
重圧とも言える、奥深い京都の文化の中で育ち、自分を磨き、磨かれ、絶えず、新しく生まれ変わろうとする人。
素晴らしいものに出会ったら、自分も、それによって、ますますバージョンアップする人。
60歳から絵の世界に入って行った、キーヤンとの共通性も、そこらにあるのかな、何て思います。

5月から、ワサブローのライブを聴いていなかったのですが、メチャクチャ、バージョンアップしてました。
最近、ブログも、あまり書いてはらへんので、私は心配していたのです。
「日本がイヤになったんちゃうやろか?」と・・・・

そうではなかったようで、ホッとしました。
忙しくて、忙しくて、パソコンの前なんかに座ってられへん・・・と言うことだったのか?

舞台終了後、帰りに、ワサブローさんから 「どないでした?」と聞かれました。
私は「違う違う、全然違う!」と意味不明なことを口走ってしまいました。

それに対して、
「そんなに、前は良くなかったですか?」と言わはりました。
「分ってるくせに、この京都人!」
と、思い返すたびに笑ってしまいます。

この二条城というバックを背負って歌うと言うことは、他とは違う。
私にとって、ワサブローは、他の歌手とは、全く違う。
それは、あくまで私にとって(pour moi)と言うことです。
好み、趣味の問題、他の方を誹謗しているわけではありませんので、そこの所、よろしく。
三つ目に
ワサブローの歌は、いつも違う。
日が照り、日が陰るように、季節の中で風景が変わるように、心が育ち、自分の中で発酵してきた物が浮かび上がってきたら、歌う中身も、それにつれて、色合いを変えてくる。
コラボする仲間、背景が変われば、それにつれて味付けが違う。
何よりも、彼は、自分が、同じ所に留まることに耐えられない人なんだろうなあ~。

私が、違うと言った中身を、分ってもらえたかしら?

最後に、今回感じたのは、
ワサブローの舞台に手抜きという言葉はない(いや、どっかあるのかもしらんけど、私には見えない)
その精進、その努力って、すごく重く苦しく辛いことではないのかと、こっちが心配になるぐらいでした。
でも、そうやって最高のステージを作ること、それが、彼にとっては、本当に喜びなんだなあ~と思ったのです。

ああそうか! それが artiste という事なんか。
そうなんか、そうなんや! やっと、分りました。

この企画の主催者: What's Art?!実行委員会 だそうですが

まさに答えは 「これだ!」という事だったのですね。




Dupont et Dupont 第4章

Dupont et Dupont 第4章は、京都の、植物園からほど近いアーズローカスで、3月31日に開かれました。
この日は、満開の桜日和でした。

この写真は鴨川から如意ヶ嶽(通称、大文字山)を、前の日に撮したものです。
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ワサブローさんと溝渕仁啓さんのユニット、 Dupont et Dupontは第4章を迎えました。
この4回以外にも、番外で去年の夏の法然院、今年2月の千里ヤマハホールを入れると6回目ですから、その息のあったステージをなんと言ったらいいのだろう?
ギターがあって歌があるのか、歌があってギターがあるのか?
渾然一体となった、出来上がったあやしい関係に2人はなっていたのでした!!

プログラムの前に、まずは、溝渕さんが、南米組曲からひとつを・・・
次に、日本の歌からと言われて、流れ出したメロディーは・・
ああ、これ知ってる・・菜の花畠に、入日薄れ、・・・でも題が出てこない。
ワサブローさんの歌声が入りました。最後まで行くと出て来ました。はい、朧月夜でした。

いつものように、「ようこそ、おいでやしておくれやした。」で、ワサブローの世界が始まります。
日本の春にふさわしい情景を目の前に描いてくれた後、こんどはフランスの春。
リラの花咲く頃
まるで、満開のリラの花びらが降り注いでいるような溝渕さんのギターの音色の中に、ワサブローさんの声が、花を咲かせるように響きます。
まず、このギターと歌の絡みの見事さに、私はビックリしました。
ロワン川の畔
フランソワ・ロゼがワサブローさんの為に書いてくれた曲とのことです。
モレ・シュール・ロアン(Moret-sur-Loing)と言う街に流れているロアン川の畔でたたずむみ、物思いにふける心境を歌ってるそうです。
こんな風景でしょうか?
Moret-sur-Loing

群衆、la foule(ラ・フール)、これは、私の大好きな曲です。
ラ・フールとは、単に人が一杯いるという感じでなくて、押し流されてしまいそうな勢いで恐いぐらいの感じだそうです。
その流れの中で、運命の人に出会い、また、流れの中で引き離されていく。
そんな歌を、ワサブローは、押さえた感じでスローに歌い出します。
そして段々と人波に押されてテンポが上がっていき、最後は狂乱の渦に飲み込まれて行く・・・
私は思うのですが、この歌は見果てぬ夢じゃなくて、見果てた夢、望んでかなえられなかったという怨念みたいな物があって、出だしは現在形になっているですが、主人公が見ているのは、過ぎ去った過去の情景の様な気がします。
それを心の中で噛みしめ思い出しながら歌い始めるような感じを受けるのです。
怨念を持った奴が、はじめにそこに居んねん!と私は言いたい。
( 単に親父ギャグを飛ばしたいだけなのです。 )
悔いと怒り、様々な思いを心に抱いて、過去の情景を思い出すかのように始まる・・・
そして、周りの人に突き飛ばされたところから、体が動き出し、流れが激しく動き始まる。
そんな感じを、まざまざと味あわせてくれました。
ああ、言いたいことを上手く言えませんが・・
こんな歌い方があったのか!やってくれたわね!!
なんともはや、唸ってしまった《群衆》でした。

君死にたもうことなかれ
もちろん、かの与謝野晶子の詩を歌にした物です。
明治の言葉は、もう死語になりかけているのかもしれませんが、日本語の美しさが体にしみてきます。
情熱の歌人の燃えるような思いが、ワサブローさん歌に乗り移ったかのように・・・
多くの人に、この歌を知って欲しい・・・私は思うのです。

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バラ色の人生の後に、溝渕さんが「季節商品ですが・・・」と話しつつ、桜をイメージして作ったという、とても綺麗なギター曲を聴かせてくれました。
満開の桜吹雪の下で聞いている気分になりましたよ。

朝と夜
「僕たちが大好きな曲で、リクエストが一番ない曲です。」とのこと・・・
なぜでしょうね?

さて、プログラムには載っていませんでしたが、椅子に続けて俳句、二曲続けて歌ってくれました。
この2曲は、去年CDとして発売さております。
これです。
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面白いデザインでしょう。
中を開けば、こうなってます。
これは、去年の11月だったので、サインと、楽しいクリスマスを!と書いてくださっています。

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椅子という歌。
どんな歌かと言うと、椅子が欲しい! それだけの歌です。 
どんな椅子やねん?というと、樫で出来た、しっかりした、座り心地の良い椅子が欲しい。
最後まで聴いても、そんな内容の歌です。
これをなんと言おう?・・一言で言うと、無駄のない歌だと、私は思ったのです。
歌の中に、恋も、涙も、怨念もございません。
ただ、ひたすら、椅子が欲しい・・・・それだけなんです。
良い小説とは、無駄をそぎ落として、なおかつ、じっくりと重みを感じるとか・・・
この歌も、そう言う物ではないだろうか、と私は思うのです。
この人にとって、探しているは、いったい何だろう?
私にとっての椅子は、人生の中で何だろう?
そんな思いが、私の頭の中を駆け巡ります。
まあ、いったいどんな歌なんだ?と知りたくなった人は、ぜひ、このCDを買って聴いてみてください。

そして、俳句。
NHKの俳句王国という番組のテーマソングで、チラッと流れているそうですが、
「僕、見たことありませんねん。」と本人が言ってどうする!
月に2回の不定期な番組ですので、私も見たことがないのですが・・・
この歌も、どんな歌かというと
私は時々、俳句を作りますと語りだし、そこに、お父さん、お母さんを偲んだ俳句が、入って来るのですが、笑わせて、しんみりさせて、心の中がほのぼのしてくる・・・
そんな歌なのであります。
知りたくなった人は、やっぱり聴いて貰うしかありませんね。

今回初めて聴いた曲、哀しみのソレアード
聴いてみたら、よく知ってるメロディーです。何時か何処かで聴いた事があるなあ~という。
ソレアードって、どういう意味なのか?歌詞の中に一度の出て来ませんとのことで、調べてみました。
ネットて便利ですね。下記でどうぞ。
哀しみのソレアード 

原題は「ソレアード(SOLEADO)」。「ソレアード」とはスペイン語で「日だまり、日当たりの良い場所」という意味だそうです。
でも、「哀しみの日だまり」と言うのもおかしいですね?

アンコールに、私の大好きな「糸紡ぎ」で、この日のDupont et Dupontは終わりました。

Dupont et Dupont
次にあるのは、6月19日 福山だそうですよ。
どうぞお楽しみに!
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ワサブロー&溝口仁啓ライブ: 千里ヤマハホール

2月14日、大阪の千里ヤマハホールであった、ワサブローさんのライブを聴きに行く事が出来ました。
今回はDupont et Dupont の番外編とでも言うところでしょうか?

お洒落なチケットです。

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場所は、同じ関西なのですが、大阪をよく知らない私です。
千里が何所にあるのかも知らず、ネットで路線検索をして、やっとたどり着いたら、こんな所でした。
駅前風景
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ワサブローさんとギターの溝渕仁啓さんの名コンビでの舞台を聞かせて頂くのは、これで4回目です。
しかし、Dupont et Dupont第4章ではありません。
第4章は2013年3月31日、アーズローカスで予定されております。
ワサブローを千里で聴いた大阪の人が、どっと押しかけると思われますので、早めに申し込んだ方が良いと思いますと。

いつものアーズローカスと違い、ワサブローを聴くのは初めて、という人も多かったのではないでしょうか?
「ようこそ、おいでやしておくれやした。」で始まる彼の話に、さっそく笑いがわき上がっておりました。

この日のプログラム

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休憩無しの、とても充実した時間でした。
溝渕さんとワサブローさんの息がピッタリあって、何とも言えない歌とギターの絡みが絶妙でした。
ミラボー橋が、また進化している!
ワサブローは、同じ歌を、けして同じに歌わないのです。
それは、同じに歌えへんだけなんとちゃうのん?
と文句を言う人がいるかもしれませんが、私は言いたい。
「一度ワサブローを聴いてみてくれ!」と・・・
中原中也の「生い立ちの歌」
ギターが、降りしきる雪を思わせ、目をつぶれば、雪の中に立つワサブローさんが見えます。
静かに語り出す「私の中に降る雪は・・・」
私は、CD「エトランゼ」に入れてある、日本語の歌も、どんどん、歌って紹介していって欲しいのです。
次のアーズローカスで与謝野晶子の《君死にたまふことなかれ》を聴かせてもらえたら、どんなに嬉しいことでしょう。

そして、群衆
何というアレンジ・・・まさに群衆に押し上げられ、流され、最後は流されていく。
ライ・ライ・ライ・ライとジプシーの踊りを思わせる終わり方に、ため息でした。

《そして今は》と《ヌガ》を歌って踊って、休憩無しでは、歌い手さんがきついですよね。
さすがに息切れしながら、ゴエモン(海藻の名前)の説明を、ゆっくりしてくれました。

ゴエモン=五右衛門 を私たちは、どうしても連想してしまいます。
ゲンズブールが、この曲を作った時、まさか、日本でこんな話をされるとは思いも寄らなかったことでしょうね。
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ひとつひとつ、紹介したくなるのがワサブローさんの歌ですが、何度も言うなと言われそうで、遠慮しなくてはと反省しています。
が、言いたい。
《聴かせてよ愛の言葉を》
私は、女性の歌だと思っておりましたが、ワサブローに掛かっては、甘い女の言葉に心を蕩かされてしまう男の歌なのです。
そして、パダン
イントロが「あれ、この暗さ、昭和枯れススキか?」(何所から枯れススキが出てくるのだ)
暗く重い出だしに、あれこれは何?すごいと思いました。
それが、ジワジワと激しさに変って、波のように盛り上がりの最後に突入する!!
歌とギターの絡みの面白さ・・・
こんな、パダンは初めてだ~・・

はい、もうこれ以上、言いません。

アンコールに、《俳句》と《愛の賛歌》を・・・
この愛の賛歌も、12月にモジュウエスト祇園で聴いたときから、また進化していたのです。
それはどうかというと・・・・
いや、もう言葉は必要ないですね。

この日は、バレンタインでした。
チケットに《お花等のお持ち込みはご遠慮下さい》と書いてあったので、チョコレートも《等》に類するであろう。それに、きっと、こんな風習は好みではないであろうと思って、私は持ち込みを遠慮したのです。
がしかし、男心と言うものは、下らんことやけれど、やっぱり無いと淋しいわ~・・・
という感じなのかもしれません。
ちゃんと、かなりのチョコレートが集まっていたようです。

終わって、一緒に行った仲間と、喫茶店で、2時間以上、ワサブロー談義をして帰って来ました。
お陰様で、当分、幸せ気分に浸っていられます。
禁断症状が起こらない期間は、せいぜい2ヶ月でしょうか?
アーズローカスを、楽しみにしています。

ワサブローライブ: Dupont et Dupont 第3章

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11月25日に、京都洛北のアーズローカスで、ワサブローさんと、ギターの溝渕仁啓(マサシ)さんのコンビ、Dupont et Dupont(デュポン・エ・デュポン) の第3回目の舞台がありました。
このDupont et Dupont と銘打たれたライブはシリーズになっていて、第1回目は3月17日だったのです。
私は残念ながら、その日は行けなかったのです。
2回目は7月22日、そしてこれで3回目です。

その案内で頂いたチラシに、髭を生やした小父さんの人形とDupont et Dupont の文字が掲載されておりました。
私は「どういう意味があるんだろう?」と思い、アントワーヌ先生に尋ねた方が手っ取り早いと思って、授業がある日に持って行ったのです。
すると、先生が来る前に、そのチラシを見た、一番若いクラスメートが
「あら、タンタンに出てくる、ドジで間抜けな刑事じゃないですか!」と叫んだのでした。
彼女は、まだ20代ですが、彼女が小学生だった頃には、すでに、日本でも絵本といて出版されていたそうです。

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そして後から教室に入ってきた先生は「綴りが間違ってるね。」と言って
Dupond et Dupontと黒板に書き、その子供向けコミックと登場人物について話してくれました。
タンタンの冒険について詳しく知りたい人は下記でどうぞ。

タンタンの冒険シリーズ・福音館書店

これが少年探偵タンタン
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そして 二人のデュポン氏(Dupond et Dupont)

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この二人にちなんで命名したのがDupont et Dupontという訳です。

ワサブローさんは、Dupond et Dupontをそのまま使うと差し障りがあるといけないから、あえてDupont et Dupontと命名しましたと舞台で話して下さったと思います。

私は、とにかく、ドジで間抜けなというニュアンスが、なんとも気に入りました。
お二人がドジで間抜けだと言いたいのではありませんが・・・
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いや、ちょっと、言いたがっているかも・・・・
なんとなく、それらしい雰囲気が漂うかもしれないと思い、この写真出してしまいました。
ゴメンなさい。以前、それぞれ、さる所で、直接撮らせていただいた写真です。
肖像権の侵害ということで、削除要請がありましたら、すぐにどけますので、ご連絡下さい。

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この日のプログラムです。
初めて聞かせて頂いた曲、朝と夜
「僕、個人的にこの曲大好きですねん」と言ってはった様に思います。
うん、ワサブロー好みの曲だなあ~と思いました。
これが日本の歌手だと「これはお客さに受けそうにない」と没にしそうな気がします。
(でも、それは私の、個人的見解ですので、怒る人がいたらごめんなさい。)

しかも、これだけではないのです。
番外が多い!!
まず始めに、溝渕さんのギターで「ナナ」
スペインの子守歌だと、説明されていたように記憶しております。

そして、ミラボー橋
ギターのゆるやかな音色が、川の流れを思わせる。
ワサブローさんの声が、「ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる」堀口大学の詞がつぶやかれます。
そして日本語の歌詞の後に、フランス語で静かに語られ、歌に移っていく。
何と素晴らしい・・・・唸ってしまいました。

アンコールがあるかもしれませんとなっていますが、
アンコールは
聞かせて下さい愛の言葉を
時と共に(Avec le temps)
糸紡ぎ

どれもこれも私の大好きな歌でございました。







 ヌガ(Le Nougat )という歌

私の大好きな歌い手、ワサブローさんの舞台で欠かせない歌に「ヌガ」という歌があります。
はじめて、この歌を聴いたときに「何て歌なの?」とメチャクチャビックリしました。
内容も、はっきり言って、何が何だか分らない!
この歌をフランス歌っているブリジット・フォンテーヌは、アバンギャルド・ミュージックの歌手であると書いてありました。アバンギャルドって、前衛的なという事らしいです。
前衛的って、ビックリするような事なんですね。

朝目を覚ましたら、象が風呂場にいてシャワーを浴びていた。
そんで、言うことが「ヌガ欲しい。ヌガをくれ。」
そんな歌です。
ワサブローさんは、素晴らしい京都弁に翻訳して歌っております。

で、ヌガというのは何やねん?
すごく甘いお菓子なんです。
私としては、そんなもん象が食べたら、糖尿病になるんじゃないのか?
それに象にやるほど買えへんやん・・・などと色々、妄想してしまうのでありました。
結構、エエお値段のお菓子なんだそうですよ。

この記事を掲載したら、フランス語のアントワーヌ先生が、ヌガをバラで買ってきて「Voilà」と、皆に食べさせて下さいました。
なんでも、書いておくものですね。

nougat1

フランス語のヌガ、と日本語のヌガをYou Tube で見つけました。
フランス語はブリジット・フォンテーヌ、日本語はワサブローで聞き比べてください。
まったく、新しい世界にぶつかりますよ。
原詩も、載せておりますので、じっくり読んでみてください。

Brigitte Fontaine(ブリジット・フォンテーヌ)



ワサブロー


Le Nougat (ヌガ)
Je me réveille avec entrain,
Je branche la cafetière électrique,
Je me rue dans la salle de bain
Et je deviens paralytique.
Sous la douche y a un éléphant
qui me regarde tendrement,
je balbutie en rougissant
d'un air gaga probablement :
« mais comment donc êtes vous entré
Puisque la porte était fermée? »
il me sourit et il me dit :
« t'occupe pas, donne moi du nougat !
t'occupe pas, donne moi du nougat ! »

Je bondis sur le téléphone,
je fais le 17 et je tonne :
« j'habite au 1 d'la rue Bidouche
y'a un éléphant dans ma douche »
Le flic me dit « vas-y toi-même
ça résoudra tous tes problèmes »
déboussolée je re déboule
là où j'ai laissé ce maboule.
La douche est vide il est parti ;
le voilà couché dans mon lit,
il me regarde et il me dit :
« écoute, toi, donne-moi du nougat,
Ecoute, toi, donne-moi du nougat ! »

Je dis « je vais vous en chercher,
C'est dans la cuisine à côté »
J'y vais et puis je change de cap,
J'enfile un manteau et une cape
Pour recouvrir ma nudité,
Et je m'enfuis dans l'escalier,
Je traverse la ville à pieds
En cavalant comme une damnée.
J'arrive enfin chez un copain
Qui va m'accueillir dans son sain.
Il ouvre la porte et il me dit :
« Assieds-toi, donne-moi du nougat,
Assieds-toi, donne-moi du nougat ! »

J'ai galopé chez Marina ,
Qui est plus qu'une sœur pour moi,
Elle m'a tout d'suite donné à boire,
Je lui ai raconté l'histoire
Elle a dit « alors, t'as fait quoi ?
Moi j'lui ai donné le nougat. »
La d'ssus je vais m'faire un pétard
Et partir pour Montélimar
Elle me fait « Je viens avec toi !
Moi aussi je veux du nougat !

Moi aussi je veux du nougat,
Moi aussi je veux du nougat !

Moi aussi je veux du nougat,
Moi aussi je veux du nougat ! »