ある日の悲しみ

10年以上の闘病期間の後、兄が亡くなった。
26日は葬式だった。

かって、伊丹十三監督の映画「お葬式」というを見た記憶のある人はいるだろうか?
本来は、故人を悼む、哀しみの場のはずだが、実際は、銃器なき戦場である。

ドッと親戚、ご近所、会社関係者が、寄り集まり、何が何だか分からないが、やるしかない状態になる。
「人に後ろ指をさされるような事があってなる物か!」
喪主となる人が、人付き合いが良ければ良いだけ、気合いが入ってしまうのだ。

落胆と哀しみのピークに、なぜ、こんなドタバタをやらなければいけないのだ?

が、この緊張!この忙しさが、アドレナリンをぐっと持ち上げ、哀しみにつぶされそうな心を、戦闘態勢にして、よみがえらせるのかも知れないと思ったのだった。

その中で、人の心に塩をすり込むような無神経な人間がいて、私は、心底腹を立ててしまった。

私は冷たい人間なのだろうか?
その人間に対する怒りで、哀しみも吹き飛んでいた。
その日は、夜遅く家に帰り着き、眠ってしまった。

翌朝、顔を洗おうとしたら、突然、哀しみが押し寄せてきて、一人号泣してしまった。
誰が見ているわけでもない。
 泣いてしまえ!泣いてしまえ!

向き合うのは、鏡の中の自分だけだ。

人が亡くなると言うこと、命は必ず消え去る物であるということ。
頭で分かっていても、本当に、それが腑に落ちるのは、もっともっと、先のことなのかもしれない。

兄ちゃんは、もう居ないんだ。
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まいどご一行様

そういえば、うる星やつらという漫画が昔ありましたね。

昨夜、山の会50周年準備会議という名目で、我が家の宴会にやってきたまさに腕白坊主、腕白娘達9人はそれでした。
そうは言っても、実質年齢は20代から60代なのですが・・・
共通項は、何処でも眠れて、なんでも喰って、すぐに走り出したがる、そう言う輩です。

本来の趣旨は編集会議。
担当メンバーの集まる予定時間は5時のはずだったのです。
だが、第1弾に到着したのは、20代Kちゃん「遅くなって済みません」と5時半。
「いえ、いえあなたが一番早いのよ」

続いて、ピョンピョンとやってきたのが、ウサギさん。(もちろんニックネームです)
まあ、これで三人寄った事になるし、文殊の知恵で何とかなるかあ~と三人で原稿の突き合わせをし、相違点を書き出すという作業を始める。
次々と、問題点を洗い出し、私は、ここらでもいいんじゃんと思っていたが、この二人は、意外と細かい。
詳細をあわせるか、流れを採るか、A型対B型の戦いだ。

やがて、次々と宴会命組が、やってきたので、気もそぞろになり、一応の結論を出して、8時前に宴会以降となる。

君たちは、酒を見ると抑えが効かないのか!!

寒くなったので、おでんを昨日から作っておいて、タコ酢、レンコンのきんぴら、大豆の煮豆、それに、新登場、和風オムレツを用意したのだった。
和風オムレツというのは、京都の創作料理の店で食べたものの真似なのです。
簡単で、かつ豪華に見えて、おすすめですよ。
参加者持参の、イカの一夜干しや鮭トバ、豆餅まで出てきて、ビールに焼酎がどんどん減っていく。

それでも、朝は、小父様二人が、6時朝食で、2時間の走りに出かけていった。

琵琶湖大橋を越えて走ってきたらしい。
何と元気印の人達よ。

では、また次回の会議は3月に・・・

私は、これから昼寝をします。

ラストダンスは私に

「ラストダンスは私に」有名な曲ですね。
もともとは、アメリカのジャズナンバー『Save The Last Dance』だそうです。
ネットで検索してみたら
 
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/msuisei/personae/docpomus2.htm

ドリフターズというのが、アメリカのバンドだったというのも始めて知ってビックリ。
いかりや長介のバンド名はパクリだったのね。

、「ラストダンスだけは君を抱いていたい」という切ない男心を歌ったものですが、フランス語でも、恋人に待ちわびる女心として歌われています。

Va danser tout's les dans's que tu veux dan les bras de celles que tu entrines au loin
踊ってらっしゃい!あなたが踊りたい全てのダンスを、女達を夢中にさせながら
Va sourire des sourie merveilleux pour les dansseuses dont tu tiens la main
素晴らしい微笑みで笑いかけてあげなさい!あなたが手を取るお相手達に
Mais n'oublie pas que ce sera toi qui conduira ce soir chez moi
だけど、忘れないでね、それはあなたなの、今夜私を家に送ってくれるのは・・
Garde bien la dernére dans' pour moi
ちゃんと残しておいてね、ラストダンスは私のために

Iy ya quelque fois des refrains plus fort que le vin qui vous tourn'nt la tet'
ダンスにはあなたの頭をボッとさせるワインより強いリフレインが時々あるわ
Chante et ris , mais je t'en supplie pou un' autr' qu' moi ne donn' pas ton coeur
歌いなさい、笑いなさい!でもお願いだから、あなたの心を他の人に移さないでね。
Et n'oublie pas que ce sera toi qui coduira ce soir chez moi
そう、忘れないでね、それはあなたなの、今夜私を家に送ってくれるのは・・
Garde bien la dernére dans' pour moi
ちゃんと残しておいてね、ラストダンスは私のために

Comprends moi chéri , je t'aime trop
分かってね愛しい人、とても愛してるのよ
Et je n'ai plus qu'un désir
そして私には一つの願いしかないわ
C'est empècher un jour de partir ,
それはあなたが去っていく日を妨げること
Notre amour est trpo beau
私達の愛は美しすぎる

Va danser tu peux t'amuser, j'attendrai le jour pour notre retour
楽しんで踊ってらっしゃい。私は私達が帰る時を待ってるわ
Si quelqu'un veut qu' tu l'accomagnes jusqu'à la maison,dis-lui bien que non
もし誰かが家まで送ってと望んでも、ノンと言ってね
Car n'oublie pas que ce sera toi qui coduira ce soir chez moi
だから、忘れないでね、それはあなたなの、今夜私を家に送ってくれるのは・・
Garde bien la dernére dans' pour moi
ちゃんと残しておいてね、ラストダンスは私のために

Oui, n'oublie pas que c'est dans ces bras que ce soir tu mu serreras
そう忘れないでね。腕の中に、今夜私を抱きしめるだろうってことを

Garde bien la dernére dans' pour moi
ちゃんと残しておいてね、ラストダンスは私のために
Garde bien la dernére dans' pour moi
ちゃんと残しておいてね、ラストダンスは私のために

この曲は、1,2,3番とも出だしのテンポが違うので、始め焦りまくりました。
そして、微妙に、また楽譜と音程がずれてしまう私です。もうフェイクということで、通してしまいましょう。へへへ

家に帰って風邪を引いてしまった

3日は、博多でブイブイ遊んで帰ろうぜ~と出かけには思っていたのに、飛行機が福岡空港に着くと、もう草臥れきっていた。
まっすぐ帰ろうということになり、新幹線のホームにまっしぐら。
おかげで、夕方までに我が家に帰り着いた。

そうして、この日は、同行した友達の家(それも近所)に対馬から届いた魚やサザエ、イカを、彼女の家で料理して貰い、美味しい美味しいと、そこで頂いて、それから家まで送ってもらう。
私って、なんという贅沢な人でしょう。
それもこれも前世に良いことをしていたのでしょうね。

がしかし、故事に曰く「人間万事塞翁が馬」なのだ。
良いこともあれば、悪いこともある。悪いこともあれば良いこともある。

将にその通りで、翌日起きたら、すっかり風邪を引いてしまっていたのだった。
それもこれも、二人で過ごした、あの夜の、あのベットが悪かったのかしら???
そう、部屋がないと言うことで、無理矢理頼んで、二人一緒に止めて貰ったあの夜、彼女は風邪を引いて一晩中咳き込んでいたっけね・・・・
あ~あ、それにしても、なんと色気のない話だであろうか!

14日は、夜の手話講座に頑張っていき、15日水曜は手話サークルの交流会、16日木曜は歌のレッスンなのに・・・
明日は、我が家で山の会の会議があり、10人ぐらい来て泊まりそう。
もっとも、会議というのは名ばかり、宴会なのだが・・・

料理に苦手な私は、またこれで頭が痛い・・・そうは言っても、人生「塞翁が馬」なんだから、こんどは私が作らなくっちゃね。
元気を出して、頑張ろう。

なんと言っても、人が集まってくれると言うことは、有り難いことだ。

11月12日下対馬巡り

fuka

夜中に雷鳴が聞こえていたので、今日は雨だろうと、すっかり諦めていたら、なんとまあまあの天気。曇りでも可とするかと思っていたら、日が差して、すっかり快晴になってしまった。これも日頃の行いがよいせいだ。

今日は、9時半から始まるという港の朝市に、まず車を走らせる。
こぢんまりした湾にある高浜漁港の突堤に朝市が立つとのこと。
行ってみたら、テントもなく魚箱を台に並べただけの市が立っていた。
が、取れたての魚が、次々と並ぶのだ。水イカ、サザエ、サワラ、鰺、鯛、赤鼻(カンパチのことだそうだ)ヤズもぶりの子供だと言っていたかな。黒鯛?どれもこれも、とれたて新鮮なのでビックリする。

アレも欲しい、これも欲しいと思うが、持って帰るわけにはいかない。
が、なんと、クロネコヤマトが、ちゃんと、その市場の横にトラックで待っているのだ。
昨日は海が荒れて、午前の船はないけれど、午後なら出るからということで、明日着くように冷蔵便で送ってもらった。う~ん、満足!

上の写真は、鯛と共に泳ぐ、鱶(フカ)の写真なのです。
フカは鮫より小さい。ジョーズの孫とでも言えるかな?

今日は白嶽(シラタケと竜良山(タテラサン)のよく見えるところに連れて行って貰い、登山口も案内してもらった。

それもこれも、私の希望なのだが、場所を覚えておけない、この頭脳、困ったものね。
あちこち廻って、島の西側を下り、豆酸崎(ツツサキ)まで行く予定だったが、曲がりくねった道に、一人ダウンで、美女塚に立ち寄り、島特産の「ろくべえ」(サツマイモを原料とする団子)の入った、善哉を3人で一椀食べて帰る。
なんちゅう客や!塩を撒かれそうだが・・島の人は、あくまで親切でした。

夜は、友の家で、朝市で買ってきた魚を料理し美味しい鍋を作ってもらった。

あ~あ、まさに、至れり尽くせりである。

感謝感謝の、対馬巡りでありました。

11月11日上対馬巡り

紅葉


前回書いたが、高校の同級生だった友人が対馬に、仕事で赴任している。
昔から温厚、誠実、超親切な人だったが、今もその通り、風邪気味にも関わらず、車で島を案内してくれた。

11時頃に厳原を出て、明治33年に作られたという上対馬と下津志摩の境の万関橋を越し、舟志(シュウシ)で蕎麦を食べる。
対馬蕎麦というのは、濃いめの出汁で野菜や鶏を煮込んで食べる、入り焼きという独特の食べ方なのだ。

翌日は、紅葉祭りがあるという場所を案内して貰った。

それが上の紅葉です。
北の端まで行ってみたいと言う私の要望に異国の見える丘展望台のある千俵蒔山まで車を乗り入れてくれた。

すぐそこのように見えたのに、山道に入って延々と細い道が続き、バックが出来なくなるのではないかと心配したが、無事到着。




快晴ではなかったので、残念ながら韓国は見えなかった。

巨大な風車が2基建っていた。

車に出遭うこともすくない道を、帰路につく。

やはり静かな島だと思う。

11月10日 対馬

慶雲寺


我が家の墓がある、お寺です。

対馬はお寺の多い島で、狭い厳原の町を歩けば、あそこもここもと行った具合に寺がある。
この慶雲寺は、厳原港を見下ろす山際にあるのです。
お墓までたどり着くには、坂道を登ってお寺の玄関を入り、墓地は、またその後ろの山道を登らなくてはいけない。

しかし、眺めは抜群で、昇ってくる朝日を浴びて、海を見下ろす良い場所にあるのです。
が、しかし、高齢になると、そこまでたどり着くのがおぼつかなくなりそうだ~。

猪や鹿が出るとのことで、「今朝も、うり坊と母猪がお墓の横から覗いていたよ」とご住職がおっしゃる。

猪よけに漁網で柵を作ってあったのを、通るのに邪魔だからと、私が外して後で戻そうと思ってたら、さあ大変。
絡んでしまって、戻せなくなってしまった。
どうしようもないので、お詫びして許していただいたが・・・

それもこれも、なかなか墓参りにも行かず、ご先祖様をないがしろにするバチなのかもしれない。
そんなこんなで、お墓に、5年ぶりのご無沙汰をお詫びして来た。

町に戻り、一足遅れてやってきた友達も一緒に、4人でサザエづくしの夕食を食べる。

奇遇だが、高校時代の友達が保健師として、この地で働いている。
そこに遊びに来ていた、もう一人の友達との同窓会ともなった旅であった。

友人が泊まる予定の所が都合が付かなくなり、同じホテルに空きがないか聞くが、土曜日で満室とのこと。
私の部屋のベットがダブルサイズだったので、二人一緒のベットで構いませんしとたのんで、宿泊した。<
こんな寝方は、高校の修学旅行以来だね、と笑いあう 。

11月9日・不夜城・キャナルシティー

canal

11月9日、博多。
法事で故郷対馬に帰るのが旅であった。
その前に、入院中の姉を見舞って博多に一泊する。
博多は幼い頃過ごした街なので、懐かしく、夕食を中州で食べようとの兄の意見で博多駅前から歩いて中州に行く。
兄は大学を卒業するまで博多にいたので地理に詳しい。
もっとも、大人になって、仕事でも再々訪れたのだろうと思うが・・・
「川端通り」沿いに歩けばいいのだと主張するが、昔歩いたというその記憶は、いったい何時のものだろう?

町はすっかり様変わりで、突然、キンキラキンの巨大建物が出てきた。
その名はキャナルシティー。
キャナルって、どういう意味なんだろう??
おそらく、canal 英語でもフランス語でも同じ意味だと思うが、運河、水路の意味だろう。
中州にあるから、canalなのか~。

とにかく飾り立てた、年中クリスマスモードですといった感じで美しいとは思えない。

どうにか中州にたどり着き、お酒大好き博多人の谷間で、美味しい魚を食べて、その日は駅前の八百治ホテルに泊まりました。

そのホテルはには、1階に温泉があり、部屋着も浴衣と違ってガウンの形で、楽だった。

鶴見11月3日 その3 愛犬クロ

黒


人家の少ない鶴見に来て飼いだした犬だそうだ。

まだ子犬で、雑種だそうだが、可愛がられすぎた犬は猫化してしまう。

まず、見知らぬ人にも、ほとんど吠えない。
夜中に獣の気配がするのか吠えるらしいが、初対面の私達にも、すぐに笑顔を向けてくれる。

「おいおい、それでいいんかいな?」と思うが、愛想には愛想でかえしてしまう。

そこで、ますます、密着した関係が・・・・

スリスリ、なでなですると、背中を下に、お腹を上にのホールドアップ状態。

まあ、よしよし、明日は、散歩に行こうね。

可愛がられて、きっと幸せな犬の一生をおくるだろうな。

鶴見11月3日 その2 柿

kaki1

そこで「奴隷3号」が収穫したのが、このバケツの中。
いや本当は、もっと採っていたのですよ。
家の近くにある大きな鶏小屋は、友人がここに移住してきて、自分で作ったとの事。
なにしろ大きな立派な小屋で、鶏にしてみたら「天井の高い家に住める幸せ」とつぶやいていることだろうと思う。
日が暮れると、一斉に、大人の背より、うんと高い鍼に飛び上がって眠りにつくのだ。

養鶏所でよく見かける白い鳥と違って茶色の大きな鶏達だ。
網で作ってある入り口から勝手に出入りして、そこいらを悠々と歩き回っている。
なんとなく、鶏の中の女王様の風格があるのだ。

そこで私は、各ニワトリに名前を付けた。
「ベアトリス、家にお帰り。エリザベス、そっちに行っちゃあ駄目よ」
と追いかけ回し一日が過ぎた。。 

だがベアトリスちゃんもエリザベスちゃんも、私を無視。
『誰がベアトリスやねん』と言う目で、「コッコッコッ、フン」と泣くだけだ。
まったく、私を相手にしてくれない。