早すぎたかな?夜桜

27日から清水寺と高台寺がライトアップと言うことで、友達3人が集まって夜桜見物としゃれ込んだ。
仕事を引退した私と違い、二人は現役のサラリーウーマン。
時間をやり繰り、うるさい上司から残業を押しつけられる前に会社を飛び出して、大阪から駆けつける。
五条坂の途中にある蕎麦屋「柴崎」で、まずは腹ごしらえ。
食いしん坊の我々は、あれもこれも食べたい。
薬味アラカルトの大盛り蕎麦を二つ、蕎麦寿司、蕎麦豆腐・・分けて食べるからと取り皿をお願いする。
こうなると、単に厚かましい、大阪のおばちゃんをやってるのかも・・・
食べながら、あれこれ職場の鬱憤、女性差別に満ちた職場の話をしてしまう。
今NHKで夜の11時台にしているドラマと状況は一緒だと言う事になった。
が残念なことには、TVの様に、小気味よく、男どもにバシッと言うことは出来ない。
ただ、心の中で「だから私が言っていたのに・・」と思いながら
「はい、分かりました、しておきます」と彼らの尻ぬぐいをするのだそうだ。
定年延長が時代のシステムになりつつあるが、60になって、同じ仕事を半額の給料でやらされるなんて、もう沢山、金さえあれば早く辞めたいとの叫び!!
一人で生きる女にとって、益々生きにくい時代ですね。

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長話をして、店の人に、やや白い目で見られたかな?
すいません!でも、これが心の健康法なの!
京都検定2級の友の「こちらに行けば茶碗坂、そっちが清水坂、どちらから行く?」の言葉にひたすら付いていく。
茶碗坂を登って行く。
人通りが少なく、紅色の提灯が家ごとに吊されてなまめかしい雰囲気なのだ。
暖冬で、桜が早いだろうという予想も寒波のぶり返しで、つぼみはしっかり衣を着込み、なかなか開花予想が難しかったようだ。
でも昨日からの温度の上昇で、咲いています、チラホラと・・・
今度の土日から本格的に咲き出し来週が満開でしょう。
桜が少ないのは残念だったけれど、ライトアップで幽玄な姿を見せる東山のたたずまい。
そこそこの人出と、春の夜風を吸い込んでご機嫌でした。
『子安堂が綺麗に見えるわ』(字が違ってるかも)と言うので、
「なぜ子安堂が、此所にあるのかというと。藤原道長が・・・」とまた得意のでたらめを並べだしたら、
「清水さんは藤原家とは縁がないのよ。また思いついたのを、ありったけ並べてるでしょう」と突っ込まれる。
彼女は根っからの京都人、清水寺とは言いません
『きよみずさん』というのですぞ!
そうです、京都検定クリアーの彼女には騙しが効かないのでした・・・

久しぶりに楽しい夜遊びとなりました。
 でも、昼間は一ヶ月分の疲れが溜まっていたので、集合前に鍼を打ってもらいに行き治療をして貰ってきたのです。

「左の膝が、かくかく音がするんです」
「緩んでるねえ~、このまま行ったら、あと10年か15年で手術が必要になるかも知れない」
ううむ~~~その頃まで命があるのだろうか?
膝が先か命が先かと言うところですね。
それにしても、そんなに歳を取って手術するより早めにした方がましなのではと思ったりするが、膝悪仲間のHさん「手術は遅ければ遅いほどいいです」
つまり、なるべく壊れるまで自力で持たせるのが一番なのだろう。
首、肩、腰、病院で、あれこれされて良いことは、滅多にない!
私には、今通っている鍼の先生が一番向いてるようだ。
もう10年来のお付き合いになるだろうか?
「毎晩、片脚ずつ、ぐっと伸ばして、ゆっくり10数える。それを交互にやること」と運動のアドバイスもしてくださった。
自分にあった治療法を何か探すすかないということでしょう。
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想い出のソレンツァラ

この曲を聴いたのはついこの間、それが40年前だったとは、我ながら恐い感覚だ。

3月のクラス、ジョルジュさん希望の「想い出のソレンツァラ」懐かしい40年前に聴いた曲だ。
 このメロディーなら誰でも知ってるだろうと思ったら大間違い。
先生は 「知りませんでした。今回初めて聞きました」 とのこと、その頃はきっと一途に勉強に励む少女だったに違いない。
元々はイタリアのコルシカ島の歌だったという。
コルシカ方言で書かれて1962年に楽譜が出された。
フランスでは、エンリコ・マシアスが歌い、1966年に流行したとのこと。
日本では岸洋子さんが歌っていて、私の乙女心をキュンとさせた曲だ。
水野汀子さんの訳詞は本当に上手に歌にあっている。
だけど、コルシカ方言なののか、原曲にイタリア語だけでなく、意味不明歌詞が・・・
勉強家の先生は「この部分、誰か分かる人がいたら教えてください」
分かるわけ無いじゃん。
それは、日本語の訳詞では「恋の浜辺~」になっている部分
Piu be nun si po sta となっているのだが
おそらく日本の歌でも、方言が入ってる部分ってあるではないですか。
たとえば、島原地方の子守歌「・・・がつれにこらるばい」 てなもんだろう。
私は nun というのが夜じゃないのかな、なんて思うのだが、インターネットで探しても分からなかった。
でも、それ以外は、メロディーも歌詞も、割に入りやすい曲だと思う。
ただ、私の声では、皆さんと一オクターブ離れて歌うしかないのだが・・・・
ああ、なんという、おっさん声なんだろう

Solenzara

Sur la plag' de Solenzara Nous nous sommes rencontré
ソレンツァラの浜辺で         私達は出遭った
Un pécheur et sa guitare Chanteaient dans la nuit d'été
  漁師と彼のギターが    夏の夜に歌っていた
Cette douce mélopée
この甘いメロペーを(メロペーは古代ギリシャ朗吟を伴った節から、単調な旋律をいう)
Sur la plag' de Solenzara   Chaque soir on a dansé
ソレンツァラの浜辺で       夜ごと私達は踊った
Et le jour de ton dé part J'ai compris que je t'aimais Et je ne t'ai plus quitté
君が旅立つ日      君を愛していることに僕は気付き   そしてもう離れられなくなった
A Solenzara Oh! chidolce felicita A solenzara Piu bé nun si po sta
  ソレンツァラで   おお、なんと甘い幸せ  ソレンツァラで  ?????  
  (このときの Aは場所を示す Oh! chidolce felicita はイタリア語 最後が不明)  

Quand j'entend la mélodie Qui m'a donné tant de joie 
    私に沢山の喜びを与えてくれた  このメロディーを聴くとき           
Je sais que cette nuit-là Notre amour a pris sa vie Au cœur de Solenzara
あの夜 私達の恋がその命を宿らせた事を知った  ソレンツァラの中心で
A Solenzara     J'y reviendrai tous les étés
ソレンツァラに       僕は夏ごとに来るだろう
A solenzara     Piu bé nun si po sta
  ソレンツァラに      ???????

 やっぱり恋の浜辺  夜の浜辺と言いたくなりますが、本当は何でしょうね?
ご存じの方がありましたら、教えてください

阿部さんは、なぜ歴史に目を背けるのか?

さっき流れていたニュースで、官房長官・・ええと、下村さんって言ったっけ。
「従軍慰安婦問題に日本軍の関与はなかったと認識してる」とかなんとか述べている画面が出ていた。
「うっそー!」と思ったら、その次に、阿部首相が、またぞろ、それを肯定した意見を述べていた。
なんでも、アメリカの新聞で、拉致問題を云々するなら、従軍慰安婦問題を、まず日本がちゃんとしろとかあったらしく、それに対して「拉致問題は今の問題だから、それとこれはちがう」と、そこの所はハッキリ聞いたよ。

いやあ、それは、あんたの言ってることの方がおかしいよ・・と私は思う。
従軍慰安婦問題はなかった、もしくは日本軍は関与してなかった。
この人達は、本当にそう思ってるのだろうか??いや、そう思いたいのだろうか?
でも、ちゃんと調べれば、多くの証言、今ほどではないがフイルム映像、写真等etc、事実は認識で来るはずだ。

過去をちゃんと認識しないと、まともな未来を考えられる訳がない・・・・
どうしてなの、阿部ちゃん?本当に分からないの?じゃあ、総理大臣なんかしない方が良いんじゃないの?
国会議員ってのも辞めといた方がいいと思うんだけれど???

あなたに日本の未来を触って貰いたくない。
だって、戦争はしませんという今の憲法を変更して、戦争しますって憲法に変えるのが、唯一の願望みたいに見えるんだもん。

この人達は、賢いはずなんだけれど、どんな勉強をしてきたんだろう?
ご先祖様を見てみたい・・・・<
そやそや、2代前のご先祖様は・・・岸信介という人・・・・
あの安保条約をごり押しで通したお爺ちゃんよね。やっぱ家庭の教育かしらねえ!
ちゃんとした教育がなされてないと道を誤るという見本ではないのかな?

美しい国という前に、正しく歴史を見る目を養ってくれ!!

2007春の発表会

暖冬の今年だというのに、この発表会の日、朝になって窓の外を見ればなんと雪ではないですか!ただでさえ、お客さんがすくない発表会。これでは、ますます人は来ないわね・・・
ま、ま、それはそれで構いませんよ・・・・

今回は、リハの順番も昼前なので、やや遅めの9時過ぎの電車で出かけることが出来た。朝一番9時に間に合うように行こうと思うと、7時台に行かなくてはいけないので、それはかなり辛い。
でも先生は、9時から、本番最終までピアノを弾きっぱなし・・・大変だあ

お客さんは少なくても、個人レッスン、ジャズ、カンツォーネ、シャンソンといつもは分かれているクラスが合同で集まる発表会だが、6回目になるとアットホームな雰囲気が醸し出されて、安心して聞いていられる。
上手下手は、さておいて、いやみんなドンドン上手くなってきてる。
「本当に歌うのがすきなんだなあ」という気持ちが伝わってくるのが、嬉しい。
72歳から18歳までと幅が広いけれど、一生懸命は一緒だ。
いつも硬い表情で下を向いて歌うYさんが、サングラスにGパンで「ブルージーンと革ジャンバー」「イザベル」を歌った。
アズナブールの「イザベル」はものすごく難しい歌なんだけれど、4番ある歌詞を流れるように、しかも1,2,3,4番ぜんぶ変化を付けて、感情込めて・・・感動!
スゴイ変身だ。形だけでなく、気持ちがチェンジしたなあ!と思う。
彼女はすごい才能と情熱を、ずうっとフリーズさせてきた、「彼女、弾けましたね」後の打ち上げ会でも話題となったから、みんな同じ事を感じるんだね。
前回、カンツォーネ教室の貴公子が「こんどは、変わったことにチャレンジしたらどうだろう」と言った一言で、、ジャズ教室の若いTさんは、現代の曲だと思うけれど、ものすごくテンポの取りにくい、歌詞の難しそうな曲を、しかも楽々と歌ってたなあ!
シャンソン教室は私とジョルジュさんがデュエットでラストダンスを歌ったが、ハモり部分は全部ジョルジュさんにお任せで、私は楽なものだ。
彼が、舞台の中央に出てこないから、歌いながら腕をを取って引っ張り出した。が、実は、彼は、上着を脱いで、赤いベスト姿に変身したのはいいがボタンを掛け違っていることに気付き、マイクを持って歌いながら左手で必死になってボタンを直そうとしていたのだ。
会場は爆笑の渦!!渦!!
歌いながら直そうと必死の努力!
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最後の締めにつなぐのに、前の晩から少し考えて、漫才の手法を取り入れてみた。
相方に人に私が話しかけても「はあ、はあ」「まあ、まあ」「そうそう」「そんなアホな、しゃあないなあ」とだけ返事してねとだめ押しをする。
これは先週、都蝶々物語で、主役の久本が相手役にやらせていたのをいただいたのだ。
笑いの基本は、間の取り方ね!ギャグで笑わそうなんて邪道だよ!と私は思ってる。
それも、笑いの中に【愛】が入ってなければ笑いじゃない。それは嘲り・・・
と常日頃、思ってることを、つい言ってしまった・・・

今回、この間の取り方を分かって受けてくれる人、○浦さんにお願いして、彼は、しっかり受けてくれた。
さすが営業マンだ~。私は、いつも彼の話の巧さ、暖かさには勉強させて貰っているのです。

さて、お客様のお帰り時のことば

「歌より、お喋りが良かったわ~」

あのお、心から言ってくださってるのは分かるんだけれど、それって、私にとっては、致命的ダメージなんだけれどね・・・・・

次回は、歌で褒めていただけるよう、頑張ります

獅子舞が通る

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 14日の手話サークルに参加するため和邇公民館に自転車を止めて受付の人と話をしていたら、「トントコトン」と太鼓の音がして、なんと獅子舞が通っている。
「珍しい!」
走っていって写真を撮らせて貰った。

昔は笛に太鼓の行列が練り歩くものなのだろうけれど、今では軽トラが後について、お兄さん達が4,5人。獅子の役は一人だ。
公民館の人の話では、この地域では毎年で、事前に電話で回っても良いかどうか確認があるらしい。
昔と違って核家族で、親は夫婦共働きという家も多いのだろう。
玄関から玄関にと流していくのだが、むかしだったら近所の子供が付いてきて行列ができたものだが・・・
なんて思うのは、すっかりお婆ちゃん感覚だなあ。
今では子供達も、保育園に幼稚園と用事があり、家で遊んでいられないのです。

そこで、子供の代わりに、私が「写真取らせて!」とつきまとってあげたのでした。

お獅子のおにいちゃん、大きな口を開けて「ハイ!チーズ!」

諭鶴羽山・・・そして、中ジョッキが飲めた!

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3月11日
淡路島の最高峰と言っても高さは608mの諭鶴羽山((ゆづるはさん)です。
低いと言っても山は山ということで一応山岳会の例会として行ったのです。
でもこれは例会と言うより例外と言うべきでしょうね。
当会には足腰故障で山は歩けません、という3人の我が儘な美女がおります。
そのボロボロの膝を労りつつ行ける場所を、しかも一応山と名が付いているところをと、リーダーが苦心惨憺して企画して探したそうです。いやあ、ご苦労様・・

さてその内容はと言うと、登り1時半、そして下りも1時間半ぐらいでした!
おかげさまで、楽しく登ってきました。
登るのは良いけれど下りがイヤという3人。最後がちょっと辛かったけれど、強力うさぎ(リーダのあだ名)の歩荷力で、この1年間歩くのも苦労でリハビリに励んだT姫様も無傷で下山できました。
膝の水を抜きながら1年間、自転車で筋肉を作りながら回復を図ってきたT姫様の意志の強さには感心しました。

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上の写真はアカガシの樹林帯です。
照葉樹林の林ということで山道は明るく、木々の合間から四国側に面した海が姿を見せてくれました。
朝は雨が残り、急激にぶり返した寒波のため寒さは厳しい。粉雪が横殴りに吹き付けるかと思えば、明るい日差しが差し込むとめまぐるしく天気は変わる。遠くの海には雨が降っているところ晴れているところと両方が見える・・・
なんとも、カラフルな天気。またカラフルなメンバーでもありました。

山頂の神社の境内につくと、裏千家師範のS様がリュックから取り出したのは野点のセットではありませんか?
山用の鍋で湯を沸かし柄杓に茶杓に、お薄に羊羹という優雅な一時を過ごしました。
お茶碗は木製の椀に塗りをかけた軽い器を使った優れもの。
彼女は海外に行くときも持って行くそうで、さぞや周りはあっと言うでしょうね。

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日差しが当たると暖かさを感じるが日が陰り風が吹くと震え上がる寒さです。
一行は、下山すると車に飛び乗り、一路鳴門海峡に向かうのでした。
風が強いせいか、干潮時間間際の渦潮はしぶきを飛び散らせながら目の前に渦巻いていました。
観光船に乗ると2千円だって、そんな勿体ないことはしない一行は展望台から防波堤の淵まで下りて観潮してきました。
写真が、その渦潮の見える場所です。しかもスゴイのは自動販売機。
なんと渦潮模様なのであります。
此所で、鳴門金時の干し芋やタコせんべい、タコの塩から等、思い思いに土産を買って、次に行くのは、天然温泉なのでした!
旅館街は無視して、まるで地元の公民館の様な温泉、見つけるのに苦労をしてしまいました。
肌がすべすべする、効能あらたかな温泉に浸かり、なんだか、ものすごく充実した1日を過ごしてしまった気がしました。

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風呂から出た時点で6時。一行はドタバタと、一路京都に向けてとって返します。

ラッシュ時間を過ぎたせいか、渋滞も無事やり過ごし8時半に京都に帰り着きましたが、さあてレンタカーを満タンにして返さなくてはいけないのにガソリンスタンドが8時で閉まって要るではありませんか。
「日曜日だしなあ!探しに引き返さないと行けないかも?」と心配しましたが五条通で、やっと給油が出来て最後の難関は越える事が出来ました。

掛かった費用はレンタカー交通費、高速も全部含めて一人三千円!
最後に駅前の「醉心」で打ち上げ・・・・
私も、中ジョッキを1杯飲みました!美味しかったな~。

私の胃袋くん、最近丈夫になってビールを飲んでも大丈夫になってきのです。
でも1杯が限度かな?
日帰りなのに2泊3日ぐらいしたような満喫感のある日でした。

5月のパリを思う

昨日音楽教室が終わって、みんなでお茶を飲みお話しをした。
見学で参加された方は、昔々、ご主人の仕事で6ヶ月ほどパリで生活されたとか・・・

「子供が小さく、幼稚園の送り迎えだけで終わってしまったので」とおっしゃっていたが、
「サクランボの実る頃」の話をしたら 
「思い出しました。5月にはサクランボの花が一斉に咲き、サクランボも日本のように高価ではなく、おじさんがスコップですくって袋に入れて渡してくれるんです」
と懐かしそうに教えてくれた。
フランスは、結構緯度が高いから5月に一斉に花が咲いて春が来るらしい?
私は行ったことがないからね
春のよろこびとか、5月をテーマにした歌は多い。
冬から春に変わる季節を、訪ねてみたいなあとしみじみ思った。
なんでフランス語でフランスの歌をやるの?って言われても、私にも分からない。
もっと他にやるべき事があるでしょう!と叱られそうな気もするが・・・

がしかし、私はシャンソンにのめり込んで行ってると自分でも思う。
もっとも、雑用も多くて、この頃は前と比べて自習の量が少ないと思う。
これでは行けないと重いながら、ちょっと壁にぶつかってるのかもと悩みもある・・・・

練習できてないよなあと思いつつ行ったレッスン(ホントにしてないんだけれど)
いつも直らなくてチェックのはいる「ある日恋の終わりが」・・・
「直ってますね、ちゃんと声が上がってる」ってうっそ~という感じだった。
先週悪戦苦闘した、インシャラーの最後も
「だいぶ良いです。間の開け方をもっと長くとって、お客さんに気を持たせるぐらいにすること。後は自信を持ってください」って
発表会が18日と近いから、ちょっとおだてモードに入ったのかな?先生・・とも思うのですが、嬉しいなあ・この褒め上手の先生。そして、このおだてに乗り上手の私。
名コンビいや迷コンビかも・・・
久しぶりに、「枯れ葉」と「ラ・ボエーム」も歌って、いつも先生が言う「お腹の支え」という感覚が少し分かってきたのだろうかという気もする。
でも、まだまだ精一杯という感じで聞き苦しいだろうなあ~

余裕のよっちゃんで歌える日が、いつか来るのだろうか???

3月の雪、そして人のぬくもりとは

今年の異常気象は冬がないのかと思っていたら、一気に寒さがぶり返しましたね。
通常の年なら三寒四温で、寒さが徐々に緩んで来て、「ああ、春だ!」と顔も花もほころんでくるのだが・・・
6日の午前中は、まだそんなに寒くないと思って、自転車を走らせ、耳鼻科に花粉症の薬をもらい行く。
この日は、昼から電車で出かけるので何を着ていこう?もうダウンジャケットでもないよなあ!とさんざん迷った。
あげく、ハーフコートを着ていったが、冬の帽子とスカーフを持って出て正解だった。
1時から2時半までのカルチャー教室が終わって外に出たら、「寒~い!」

教室仲間と、教室を見学に来た人も一緒にお茶を飲んで話をする。
一人の人は、「声を出さなくなったから声を出したいと思って」と見学の動機を話すされた。
「だから謡曲とどっちにしようかと迷ってる」とのこと。
シャンソンと謡曲ってジャンルの飛躍が面白いと思ったのです。

夜は山の会の集会だしたが、寒いせいか参加者は、今度入会した3人も含めて10人しか来ない!なんちゅうこっちゃ!

お陰で、私は、またもや郵便屋さんとなって発送作業にいそしむのでした。
帰宅は11時過ぎとなり、震え上がりました。

翌7日は、手話サークル、総会の日。
1年間続けた代表をやっと交替して貰えるます
「そんな顔をしてたら駄目よ。楽しいから誰でもやりましょうという雰囲気を出さなくては」と言われてしまったが・・・
でも根が正直なので、「しんどかったわ~」と顔に出てしまうのであります。
なにがしんどいのって、気がしんどいだけなのですがねえ。
お役所の手続き、公民館の掃除当番、ファックス案内を作っての会員への連絡、出欠と議事記録等の雑務は大丈夫なんだけど、しょせん平社員向きの私は代表という名前が重かったのです。
4月からは事務局の役に変わるから、少しは気が楽になるヤレヤレ・・

ところで「バベルに字幕を」の内容に署名の賛同を申し出てくれた友達がおりました。
おかげさまで、と私が言う立場ではないが、ネット関係でもかなり数は上がってるらしく、署名は3万を超えたようです。
下記の所を参照してください。
http://kiirogumi.net/babel/pc.html

インターネットがなかった時代なら、こうも早く伝わらなかったと思います。

携帯とネットの普及はろう者にとって画期的な時代の変革だと思うのです。
でも一番大切なのは、顔と顔を合わせて話をすることだねと総会の後、昼を一緒に食べながらの話で出た意見です。
ネットや携帯は便利だけれど、一方通行なんだよなあ?
返信があるといっても、実際にあってその場で反応し合うというのとは、まったく違う次元だから、ひとつ行き違うと、恐ろしいズレが出てきて溝が深まるのです。
人間の温かみが伝わる距離にいるという嬉しさ・・・
いや、その距離がうっとうしいと思う人が増えてきているのかも知れないけれど・・・・

さて、あなたはどちらでしょうか?

さまよえる心 (Errante du Coeur)

これはジャンヌ・モローが歌っていた曲です。
ジャンヌ・モローといえば、死刑台のエレベーターが有名ですね。アランドロンやジャン・ギャバンが銀幕に踊っていた頃の、スター。退廃の巷に咲く妖艶な花という感じの女優さんでした。

でも歌声は、思ったより可愛い。淡々と歌う歌詞の意味は、ものすごい情念を含んだ歌で、これは日本人の感性では歌えないなあ~と思いました。
NHKの教室で今、教えていただいているので、とにかく覚えてしまいましょう。
もっとも、5月に向けては、寄り道をしてる場合ではないのですが・・・・
人生、無駄はないと思って・・・・やっぱり、ど根性精神の日本人かしら私って・・


題は  Errante du Cœur
が正当だが oにeがくっつくという仏語独特の文字は、このウエブリブログのタイトルに書くと文字化けしてしまう。

さまよえる心  Errante du Cœur


Errante du cœur Toujours voyageuse
    さまよえる心     いつも旅人
Chargée de bagages Beaucoup d'excédents
   荷物を積んで     超過するほど沢山
Couverte de fleurs Souvent amoureuse
   花々に覆われ   しょっちゅう恋をして
Tous mes paysages Sentent le printemps
   私の景色は すべて春を感じるの
Errante du cœur Bonjour au revoir
   さまよえる心   こんにちわ さようなら
Mais entre les deux Des mains qui se serrent
    でも、まあまあ  お互いの手を握り合い
Un peu de bonheur Un peu de savoir
    ちょっぴり幸せ  ちょっぴり分かり合って
Des rires joyeux Des jeux dans la mer
    楽しい微笑み  海での遊び
Errante du cœur Les étreintes douces
     さまよえる心    甘美な抱擁
Les grands lits pillés Regards éperdus
     乱された大きなベット   狂おしい視線
Rencontres et peurs Et coule la source
     出会いと恐れ     流れる泉
Corps déshabillés Épaules mordues
     服を脱ぎ捨てた体    肩の噛みあと
Érrante du cœur Mais les larmes coulent
     さまよえる心   でも涙は流れ
Nuits de solitude Les non les refus
 孤独な夜    否定と拒絶
Perdues les saveurs Souveniers en foule
     味気ない    想い出の数々
La longue habitude Des visages nus
     長い習慣     裸の顔
Érrante du cœue Douce bête folle
    さまよえる心      甘く 愚かで 狂おしい
Qui t'épinglera   Comme un papillon
   あなたをピンで留めるかも    一羽の蝶のように
Pleine de liqueur Forte qui m'affole
   逆上して   強いリキュールに浸し 
Je resterai là Loin du tourbillon
  私はそこに残るだろう    旋風から遠く離れて

Je reconnaîtrai Enfin ta prison
  そして私は認めるだろう   ついにあなたの牢獄を

あなたの虜になって、逃れることの出来ない心。
そしてけして他の女に渡したくないという狂おしい情念!
でも、ジャンヌ・モローの歌声はあくまで静かで涼やかなのです。
それって、恐いでしょう!!

粟津温泉

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粟津の斜塔です。たまには温泉にでも行ってみようという話が出て、主婦二人と共に出かけたのが粟津温泉。
同行の二人の家族持ちとは違い、毎日が日曜日の私に特に休暇があるわけはないのですが・・・
日頃したことのない、金曜と土曜日にかけての温泉ツアーをしてみました。
不景気で集客がままならぬ温泉地と交通社のタイアップで、交通費、食事、税金込みで一泊2食 9950円という(湯快リーゾート)バス旅行。

補助席まで満席という、老若男女ごたまぜのバスは、おしゃべり付きのツアー慣れした小母様の賑やかな声、後の座席に座った見知らぬ人から「奥さん達、これ食べて」と差し出されるお菓子。休憩場所で乗ったり下りたりの度に、和やかさの度合いが深まる。『ううん!これが日本のババちからか!』と改めて恐れ入る。

私は、何処に行くのかも、他人任せの人間で、この日も、朝の電車で友人達と合流したのです。
芦原温泉にいくのだと思っていたら、粟津温泉の間違いでした。
5時間ほどバスに乗って、山中温泉を通り越し、たどり着いたのは石川県になるのか?
そこは、これぞまさしく温泉街だけという所でした。
温泉以外にあるのは、スーパーと小さな飲み屋ぐらい・・・
これではならじと思ったのか、ゆっくり歩いたら1時間ほどで廻ってしまえる散策路を開発中であった。
これは、その途中にあった石塔で、私が名付けました「粟津の斜塔」・・

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北陸は寺社も結構多いので歴史に詳しい人なら蘊蓄を傾けることが出来だろうが、怠け者私は、いつもその場で情報を仕入れる泥縄式なのです。
白山神社の裏から遊歩道になっていて径沿いにお地蔵さんが並んでいるのですが、お地蔵様と言うより観音様のように女性的な石仏が、ちょっと斜め虫の姿勢で33体ほどおわしました。
なぜかみんな襷を掛けていて、赤い襷と白い襷があるので、私にとって、これは「尽きせぬ粟津の謎」として残りそうです。

軽く散歩をして温泉に浸かって、バイキング形式の夕食をいただくが、貧乏性の私としては、勿体ないが先に立って、入らないお腹に無理に詰め込んでしまい。「く・くるしい~」
しかし、バスで同乗していた高齢であろうと思われる奥様達は、慌てず騒がず「前行った何処何処より美味しいわね」と次々と平らげていく。ここでも、また、日本のババパワーに圧倒的に完敗してしまったのであった。
日本の将来は、若者よりの、この逞しい老人力が担っていくのかも知れないと思ってしまった。

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これはお地蔵様に混じっておいてあった石像ですが、最近誰かが岩を彫り込んで作ったものらしく新しい感じでした。
千年も経てば国宝と変化するかもしれませんが、まだ何百年か待たないと行けないでしょうね・・・
だが、それまで日本と地球が持つのかしらと、私の心配は時空を超えて膨らむのでありました。

翌日は、歩いて15分ほどの場所に、開墾されたという表現がふさわしいかもしてない「湯の森」に行ってみました。
なんと入場料がいるのです。《生意気な!!」と思ったのですが、土産物屋と、蕎麦打ちや焼き物、和紙の紙漉やガラスの体験工房と色々並んでおりました。
そこを巡って、お土産を買い込んで帰ってきたのです。

そこで、海の色のイヤリングとブローチを見つけ、気にいって買ってきましたが、カメラでは、その色が出せないのでありました。

午後、またバスに乗って京都まで、家にたどりついて、「我が家が一番」と思うのが、旅の良さなのかも知れません。