春三題。そして自然を見て思うこと

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我が家の近くの、住宅街は、どこのお宅も花壇に、植木鉢にと春の花を一杯に咲かせている。お手入れが良いのだろう。あまり綺麗なので、ちょっと写させて貰いました。
月曜日は京都まで出かけて、語学教室を1科目。火曜日は、友達宅で食事を頂き、夜は、公民館の手話サークル。水曜、午前も別口の手話サークルがあり、その中の一人が手話通訳者に合格されたので、お祝いにみんなでランチを食べてかえる。
そうなんです。これで分かるように特別忙しい訳でもないのに、鍼に行って1ヶ月近く経つと、体のあちらこちらが痛み出し、眠れなくなってくる。
しんど~い!右の脇腹から疲労の固まりのようなものが、ドッと全身に向けて押し出してくる感じ。また肝臓が悪くなって来だしたかな?などと不安を感じる。
どうしてなんだろう??でも、これは昔から続いてる症状だから、仕方がないのだけれど、このところ夜になると目も開けていられないぐらい疲れて、昨日の朝電話を入れて、午前中の治療をお願いして飛んでいった。
肩は凝っていない積もりだったが「すごく鍼が効いてるね」つまり、肩凝

070424_2.りを通り越して麻痺状態だったと分かった。夜寝付いては、1時間ほどでマッサージ機に掛かりに行き、うつ伏せに寝てみては腕がしびれている、夜明けにまたマッサージ機の上にの繰り返しが、この1週間ほどつづいていたから・・・
花粉症の薬も、これ以上飲むのが恐くて昨日から止めている。
代わりに鼻の洗浄と吸入でしばらく過ごしてみようと思う。
それにしてもガッカリしたのは、このごろ歩くと腰に来ると言ったら「少し腰にも曲がりが来だしてる」と言われたこと・・・・「エ・エ・エ・!」
前も「背中に猫が来てるよ」ようするに背中が曲がってきていると指摘されたわけだ。なんかショックで、落ち込みながら帰ってきた。
はっきり言えば老化現象ということですか?
ただ、私としては、同じ症状が20代から、ずうっと続いているというのは何なんだ?
と言いたい。
若いときは自律神経失調症、歳長けては、更年期障害、そんで老化現象かあ?
ええいクソ!廊下でも磨いておこう・・・


070424_3命あるものは、生まれ育ち死んでいって当然なのに、人間だけは、なぜかいつまでも元気でいたいと願う動物なのであります。
頭脳の発達状態から言うと、死の摂理を一番分かっていても良さそうなものだが・・
ちょっと、「葉っぱのフレディー」くんを見習わなくてはなどと、あれこれ思いながら治療から帰ってきた。
平知盛は、壇ノ浦の戦いに敗れ、自決するときに「見るべきものは統べてみた」と言って海に飛び込んだそうだけれど、なにしろ21世紀は、見るべきものが多すぎて、死ぬまでにとうてい全部は見られそうにないわ[:びっくり:]
だから、これから、せいぜい厳選して、見たいものを選ばなくてはね?

それにしても、春の花、そして木々の新緑は綺麗だ。
その若さ、その瑞々しさは、そこはかとなく感動を呼ぶ。
赤ちゃんの笑顔が、可愛いのも同じ感覚かも知れない。
だからこそ、生まれてくる命達に、安心できる自然と環境を送らなければ・・・・
それが、この世から去っていくものの自然な願いだと思う。魚や、鳥や、草花は、その理を黙って行い、去っていく。
人間も、少しは見習いたいものだ。

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東京探検2

18日朝、京王プレッソイン新宿の朝食は1階でセルフサービス。コーヒー、オレンジジュースを少し、クロワッサンが美味しい。食べ放題なので二つ戴いてしまった。
さあ、腹ごしらえをして、今日は、一人で東京を歩いてみるのだ。
昨日は新宿駅からホテルまでが、分からなかったので、しっかり歩いてみることにした。
そこで気がついたのだけれど、昨日はホテルの玄関を出て、右と左を間違えていたのだ。
これでは、たどり着けるはずがない。
今日はフロントの人に、ちゃんと聞いて歩き出したから間違いない。
少し歩いた交差点の近くは、なんと都庁があるというではないか?
石原慎太郎がふんぞり返っているのだろうか?
せっかくだから見ておこう(もちろん建物の方をです)と行ってみると、すごく高いツインビルなんですねえ~、これが!
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六本木ヒルズみたいだ。見学とかさせてくれないのだろうかと思って、正面玄関を入っていったら、制服を着たガードマンが寄ってきた。さすが都庁用のガードマンだ。
体格ガッチリ、頭脳明晰、口八丁、手八丁、という感じですね。
「あのお、見学させて貰えますか?」 私、田舎から出てきた小母さん風。
「後の建物なら見学できるところもあります、ここからはいけませんので一度、1階に下りて下を廻って」と結構親切に教えてくれた。でも道路から入ったのに、なんで此所が2階なの?とにかく、言われたとおり建物の1階におりて後の建物に向かうと、広報という腕章を付けた人がいて、それを囲んで数人が集まっているので『都庁ツアー』とかしてくれるのかなあ?と思ったら、違いましたTV局が取材に来てる見たい。
入口でめげてしまって、もういいや!「都民の広場」という所を通って、なにやらパスポートを発行する係の前に来た。
そこでWCを使わせて貰ったが、なんと、ゴミ箱にビックリ。

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これが透明な箱になっているのですね。テロ防止策なのかあ~!東京ってスゴイ!
と変なところで感心してしまった。
それから新宿駅に向かったのですが、なんと都庁の前から駅まで、すごく長い歩く歩道が続いているのです。それも駅から都庁に向けて流れている。夕方になったら反対向きに動くのだろうか?
新宿駅まで出たら、次は山手線に乗るのだ!でも、どこに山があるんだろう?と電車に乗って目を皿のようにしてみたが、ないじゃん!
本当は、1周したかったが渋谷で下りて、東横線に乗り換え自由が丘に行ったのです。理由は「ラマンダ」という店に行ってみたかったから。
インターネットで、シャンソンの楽譜や、カラオケCDの作成をすると出ていて、オシャレな喫茶店もあると載っていたから・・・・
天気は崩れだし、少し寒くなってきた、まだ10時過ぎなので、時間つぶしに町を歩くと「アンケートに答えてください」と20mごとに声が掛かる。
時間があるので聞いてあげたら、一人暮らし独身は対象外だって「醤油ラベルのデザインを選ぶため」「夫と二人暮らしの主婦ということで書いて貰えませんか?」
なんやねん?それは!!関西のおばちゃんは怒るのであった・・・いや、本当は、怒って無いんだけれど・・・・
自由が丘は不思議な街であった。
ラマンダはシャンソンの話が分かる人がいなくて、お店の若い女の子とお喋りして、ビーフストロノガフを食べて帰ってきた。
教室で欲しがっていたアズナブールの「戦争の子供達」と「再会」のCDと楽譜が探せるかと、渋谷でもう1軒探してみたが、そこもアウト!
もうすっかり草臥れきって、「帰りたい!」
こんどは東京駅まで戻って、お土産に「東京イチゴケーキ」銀座のイチゴクッキー」自分用に「東京限定キットカット」を買って、お仕舞い。
東京限定キットカットは、チョコの間にイチゴクリームは挟んであった。
何で、東京はイチゴなんだろう?石原慎太郎の方針なんだろうか?
一人で知らない街を歩くのは、迷子、いや迷婆にならないかハラハラドキドキする。
帰りの新幹線の中では膝が痛んでうたた寝で過ぎてしまった。
ううん、すごく冒険してしまった気がする。

東京探検隊1

17日、午後の教室を、ひとり2時に抜けて、京都駅から新幹線で東京に向かう。
一人で行くと言うだけで、もう緊張!
一人で旅行をするなんて二十歳の頃に南紀一周をしただけで、自分には向いていないと認識し、それ以後は、人のお尻に付いていくというのが、もっぱらだった。
今回、17日の夜に、記念すべき祝賀会があるのでそれに参加するために出かけた次第だ。
知る人ぞ知る、
4・28闘争。その昔、スト権ストで処分された郵便局の青年労働者が、変節した組合からも排除され、裁判を続けて28年。
なんと最高裁まで行って、勝利を勝ち取ったのです。
この話は、前に書いたと思うんですが・・・
さあ、その原告全員がそろう「原告団勝利集会」
なにはなくとも、それだけは行くぞ!と思っていた。
でも夜だし、きっとこれは首都圏対照で考えてるんだろうなあ~
泊まらなきゃあ、日帰りは無理だし、会場になる、京王プラザホテルに泊まってみようか?
と思ってネットで調べたら、高すぎる[:冷や汗:]
こりゃあかんわ・・
近くの京王プレッソイン新宿をネット予約して行くことにした。
そこまで行くのが私には大仕事、品川で下りて、駅員さんに「山手線の外回りの乗り場は」と教えて貰って新宿まで行き、バス乗り場でアタフタ!どうにかたどり着いたホテルフロントのお姉様が天使の笑顔に見えたわ[:楽しい:]
荷物を置いて徒歩10分も掛からない場所にある会場に行くのに、まず方向感覚が反対になっていたので、こりゃアカンと思ってタクシーで連れて行って貰う。
原告の皆さん、いるいる。四国から出てきたKさん。確か無口な人だったと思ったんだけれど、楽しそうにお喋りしてる。
みんなの纏め、裏方で頑張っていてくれたSさん、病気もされて気分も落ち込んでいるのではないかと気になっていたが元気そう。
司会はお酒に弱いTさんが、ミスらないよう緊張してやっている。
現場復職した人も、それぞれの職場で復帰してたり、介護休暇をとっていたり、労働条件で交渉中だったりと、まだまだ問題は山積してるようだ。
元気一番のKさんは、残業で遅れてみんなからヒンシュクの嵐を受けている。
でもまあ、今日は全員笑顔!
乾杯の音頭を、私にって!!!
くそお、うんとしゃべりたかったのに始めに長々としゃべるのは野暮だよ!
しゃあない、タイム2分ぐらいで締めて「かんぱ~い!!」
それにしても、こんな豪華ホテルは、我々には似合わない。
2次会は、居酒屋宴会場に移動、40畳ぐらいの畳に長い机を並べて、焼き鳥が出てくると、「おう、これがいつもの雰囲気だ」と納得する。
それにしても、労働運動をしてる男どもはたばこを吸う人が多い。煙幕の世界だ!
これだけはなんとかならないかと思うよ!となりで数少ない女の子が咳き込んでいる。
隣の声も聞き取りにくい騒音の中で、あっちもこっちも議論してる。
そうだ、そうだ!こんな世界に、かって私はいたのだ~と半分懐かしく、半分、これはおっさんの世界だぞ~と感慨が入り交じる。
労働条件、人権と言葉が飛び交ってるんだけれど、どうも家庭は置き去りで、家事、育児、介護等は女がするものと、思ってる人達が多い気がするんだよなあ~?
そこらへんは大臣と一緒・・・・
私が女だから、そうかんじるのかな?
それは、それとして、原告の3人と3次会に移行して、また話をし、旧交を温める。
でも、さあ、シンデレラの門限お時間よ!
ホテルのフロントは12時で玄関は鍵をかけますと言ってたっけ?
ルームキーで解錠できるとは聞いていたけれど、そんなに遅くなるつもりはなかった・・
一人では帰り道が分からないよ~[:泣き顔:]と難儀なお姫様なのです。
そこでホテルまで、3人のナイトに同行して貰い、お姫様は帰っていったのです。
お騒がせで申し訳ない・・・
続く・・

カタクリの花

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7日、カタクリの花を見に行こうと、6日と同じメンバーで朝から北陸にむかう。
場所は秘密だ。
それにしても、前日の帰宅は11時半。
お風呂に入って1時過ぎに寝て、朝は6時台の電車に間に合うよう出かけるので、意識朦朧としている。
ちょっと頭痛も来ているが、ど根性・・・で行くのだ。

車1台に4人乗って走る。
運転する人、ナビをする二人、なのに私は、ウツラウツラと睡魔の虜となっている。
一番楽しているのに、なんで草臥れるんだろう?
そうしてたどり着いたカタクリの群生地。
昨年は大雪のせいで、倒木が多く、上まで行くことも出来なかったが、今年は、かなり手を入れて斜面が明るくなっていた。
それでも、年々、花が減少してきている様な気がする。
この一生懸命花びらをひらいてバンザイする姿。けなげではありませんか?

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こちらが、ちょっと離れて写したものです。
山の花は、どれも小さくて可愛い花が多い。
この根から片栗粉を取ろうとしたらどれだけの量が要るのでしょうか?
片栗粉と言うだけあって、大昔は、これが片栗粉になったのかな?
薄紫の花なのだが、中に白い花びらのものがあって、突然変異かしらと話をした。

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これが、「タムシバ」です。
花時を過ぎて、花びらが少し変色しだしている。真っ白な花なのに残念。

木蓮とにているけれど、花びらと共に葉がついてないのが「タムシバ」だと教えて貰う。
「虫歯で歯(葉)がないと覚えとけば良いのだ」と我が会の古老がのたまう。
ここで、昼を食べて下山をしたのだが、お腹の弱い私は、途中で恐怖の《お腹ガラガラ》がやってきた。
大変だ!トイレは駅までたどり着かないと無いかも?
「神よ」と祈ったら、なんと、目の前の神社に綺麗なトイレがあったのだ。

これから、私は神を信じるでありましょう。

高台寺夜桜

6日金曜日の夜、またまた夜桜を見に出て行く。

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ちょっと疲れ気味ながら、今が桜のベストシーズンだ
光陰矢のごとし、時間を惜しんでは駄目だ。気合いで行こう!

が、先週行った清水寺の入口まで来ると、ごった返す人の群れ・・・
これでは、桜を見るどころではないと、高台寺に行こう。
産寧坂が良いと京都検定2級クリアーの友達が勧める。
観光地にも花にも、まして地理にも疎い私は、全てお任せでついていくだけだが、しっとりと落ち着いた石畳の道で「いいわねえ。始めてきた」
「うっそ~!」とビックリさせてしまった。
さて、高台寺とは、豊臣秀吉の本妻、ねね様が大阪城を退いて、生涯を閉じたという由緒正しきお寺であります。
敷地も広いが、建物も趣のある落ち着いた雰囲気。
「わあ~、こんな所で老後を過ごせたら気持ちいいだろうな~」
と即、現実的な発言をしてしまう私。まあ、無理ですけどね。
平日は参観としている高台寺も、このときはライトアップして入場料600円をしっかりと徴収するのだ。
「ここの桜は、三本しかないんだけれど」
と始めに説明を受けていたけれど、さすが~お勧めだけあって見事なしだれ桜でした。



職場は戦場・・・今も続いている

久しぶりに元の職場の知り合いに電話をかけて話をした。
10時頃かけたのだけれど「今帰ったところ」とのことで、夕食もこれからだという。
そうだ、職場は戦場なのだ・・・
現場を離れて4年も経つと、感覚がずれてしまってきている。ゴメン!
当時、いつも私を支えてくれていた彼女も
「毎日ヘロヘロ、ただただ辞めたいだけ。でも今では、ユウメイトでしばらく来ますと約束しないと退職もさせて貰えない」とのことだ。
4,5年前は、まだ居るのかと言わんばかりのイジメで退職に追い込まれた人も多かったのだが?
なんで、そんな状態なのだ。?
それは、民間の景気が良くなり、条件の悪い「ユウメイト」を希望する人が無くなっているからだそうだ。

そうか、では世の中景気が上向きなのか?
そういう時代動向も分かってないなあ、私って・・・

4月は人事異動で、だいぶ動いたらしく、慣れない人が来るとお互いなれるまで気も仕事も負担が大きいだろう。
>話の中で、知っている人の自殺を知り胸が詰まった。
事情は分からない、残された家族も口を開くことはないだろう。
がしかし、職場の雰囲気だと私は思う。
それが労働者を追い詰めていく。
私が知っているだけで、去年から二人目だ・・・
死ぬぐらいなら辞めたらいい・・といえるのはそこから脱出して始めて感じることが出来る。
「アレもしなくては、このノルマもこなさなくては」
と、出来ていない自分が欠陥人間の様な気になってくるのだ。
他の仕事に就くというこも考えられなくなるのだと思う。
その結果、鬱になる・・少しずつ少しずつ、気付かないあいだに・・・・・

私にしても、「癌の疑いがあります」と宣告されたとき
「ああ、これで、もう生きなくてもいいんだ」とても嬉しい気持ちになったことを思い出す。
目の前が明るくなった気がした。
そ亡くなった人は、かって同じ労働組合の仲間だった。
青年部の役員から支部の役員に育って、特に政治的でもなく、ひたすら気の良い世話好きな人だった。
昔々、組合に入り立てで、青年部と女性部の全国大会に行った時、キャンプファイヤーを囲んで踊りまくったり、次の日、のんびりバトミントンをしていた姿を思い出す。
あのころはみんな職場の中でも「何々ちゃん」とちゃんづけで呼び合って、仕事はきつく、労使関係もバシバシ対立していたけれど、働く仲間の間は伸びやかとも言える人間関係だった。

あの日々は何処に行ってしまったのだろうね。
特に親しい付き合いはなかった人だが、今日は、悲しくてしかたがないよ。
労働組合は残った。
でも、その労働組合の形を維持するために、労働者が死んでいく。

真野川の桜もうすぐ開きます。

『春雷の音に目覚め花の散るを案じ心やすからず!
願わくば鶯鳥飛来し花の宴を楽しまんことを・・・』
てな、感じですっかり平安朝、春モードになってきておりまする。

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ぐずついた空模様の夕方、真野川沿いの桜を点検に行って参りました。
100本ほど川沿いに並んだ桜、どの枝も堅いつぼみから、少しだけ顔を覗かせています。
ダメダメ、触っちゃ駄目よ!
自分から開く時を、そっと待ってやってね、もうすぐ開くわ!という色っぽい段階に入ってきておりますのよ・・

でありますから、来週は、本格的なお花見週間になるでしょう。
暖冬暖冬と言っていても、桜が満開の頃に入学式・・
桜の下をランドセルをしょって・・
今の学校はランドセルじゃないのかな?
ああ年月の経つのは、何と早いんでしょうね。
人並み外れて小さかった私、ランドセルをしょって小学校に入学したときの緊張感を今でも思い出します。
入学式の翌日に、即クラス1番のガキ大将と喧嘩をして、というより意地悪で机の蓋を抑えこんで開けさせてくれなかった事を・・・
そいつには、前々から町内で会う度に「とうせんぼう」されて毎回、泣いて帰っていたのだ。
でも、その朝、私は泣かずに、心底怒った。
泣いてたまるか!
出しかけた教科書をランドセルに詰め直し、ギッと前を睨んで、一言も口を聞かずに家に帰っていったのだった。
そして玄関を開けたとたん、号泣!
その後、母に手を引かれて、また学校に連れて行かれた。
担任の先生は校内を探し回っていたっけ・・・

そうだ、あのときから、私には、男性社会との闘いが始まったのだ!

未だに覚えている、あのガキ大将の名前はカネコケンジだった。