さあ、気分転換、片付けだあ!

526-2 忙しいと言っては罰が当たる。通勤電車に乗って朝早く出かける日々ではない・・・
なのに、なんだかんだと雑用を持ち込んでは、テーブルの上と言わず部屋中、本や資料、CDにMDに楽譜、おまけに辞書にノート、新聞、雑誌が散乱して・・・
「うう~[:ショック:]いい加減にしろ!」って言いたくなる。
毎日キチンと片付けることの出来る人ってどんなだろう。
掃除機をかけても、夕方には、また色んなものを置き散らしてしまうのだ。
が、本当に今日は、限界を感じて、徹底的に[:?:]片付け始めた。


526-1上のソファーは、軽くて動かし安いので、時々位置を変えてみる。
今度は東の窓際に移動させた。お友達からいただいた物だが、私には無くてはならない一品だ。
なぜなら、布団であれ、ベットであれ、私は朝まで眠ることが出来ない。
仰向けに寝るのだが、しばらくすると首も背中も腰も痛くなって2時間ぐらいで眠れなくなる。こういうのって、私だけなのだろうか?
普通の人は、夜中の睡眠中に昼間の筋肉の疲れを解消していくのであろう。眠りの中で気付かないうちに・・・・でも私は、その時に目覚めるので痛みを自覚するのだろう・・・というのが私の推理である。
まあ、それが正解かどうか・・分かったからといって、この苦痛が解消するわけではない。
だから、このソファーに移動して背中を背もたれ部分に寄せて横向きに寝るのです。
そうすると、かなり具合が良い。
毎日、夜中の3時頃はマッサージ機の上、4時頃はソファーの上、と部屋の中を一人徘徊している。
一人だから、好き勝手に、部屋から部屋に移動しているが、同居人がいたら、さぞや、異様に感じるだろうなあ[:ひやひや:]
まして、これが老人介護施設だったら・・・
「お婆ちゃん!ベットから動かないで[:爆弾:]」なんて言われて、それでも歩き回ったら、ベットに縛り付けられるかも知れない[:唖然:]
ああ!思ったけでも恐いなあ[:冷や汗:]
老化現象と言わないでいただきたい。自慢ではないが、私は、20代から、ずうっと、同じ症状で今まで続いているのだから・・・
鍼があるから、なんとか生きて行けていると、つくづく思う日々であります。

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空豆の美味しい食べ方って

昨夜、岡山の北川農場から、野菜と卵のパックが届いた。
自給自足を目指して、岡山に移住し、無農薬で雑穀をと取り組んで2年。
着実に成果を上げている。元々が都会人、しかも、定年退職に少し早いとは言え60歳を間近に、チャレンジで、これまでにする実行力に脱帽する。
こう言うと「北川農場やて?俺とこは、そんなええもんちゃうで~」と恥ずかしがるに決まっているのですが[:楽しい:]
いえいえ、ありがとうございました。まだまだ、定期販売とまでは行かないでしょうが。頑張ってね!!
箱を開けると、豌豆、絹さや、空豆、蕗、ジャガイモ、タマネギ、etc春の野菜の香りが立ち上り「これが野菜だ」と実感。
根付きのブラックハーブは、早速プランターに植え替えた。
そして、このところの忙しさが落ち着いた今日。
早速ブラックハーブでハーブティーを入れてみた。
美味しい、さわやか・・・蕗も、アゲと炊いて煮物に。
空豆は、朝食に鞘を剥いて、軽く茹で、ほうれん草と一緒に卵と食べてみた。
我が家では、鞘付き空豆を料理した記憶がないんですねえ。
去年、料理上手の[:女:]友達の所に行って「旬の空豆は、必ず使うわ」
と聞いたが、どんな食べ方がいいんだろうとネット検索したら、私にぴったりのレシピ発見!
それは、魚焼きグリルで鞘ごと焼くのです。ネットから写真を拝借しました。
512-3
魚焼きグリルに水を張って火をつけ、5分予熱でグリル内を温める。
そら豆の皮の筋を取り、網に並べる。
中火くらいで、表面が焦げるまで焼く。焼く7分、この後、裏返して更に3分。
火を消した後もそのまま5分予熱を通せばできあがり~
熱々の皮を剥いて食べるのです。
これこれ私にぴったりだあ。今晩、これで食べてみよう[:あっかんべー:]
そうです、シンプルイズベスト!私の行き方一緒です。

520-2
こちらが、ハーブティー!さわやかなテイスト、心を沈めてくれますよ。葉を乾してからの方が良いのかなと思ったけれど、葉をつまんで熱湯をそっそいだだ、おいしいハーブティーができました。
これで、この1週間のドタバタを癒しましょう。

520-2お昼に炊いた、蕗と揚げの煮物でえす。
ちょと辛めに出来てしまいました。自然の物は、薄味が一番合いますね。反省。
大根はぬかずけに、タマネギは、ベーコンを炒めたスープで、丸煮にする予定です。
あ~あ、料理も、ちゃんとしたものが出来るようになるといいのだが[:怒り:]




私のK1奮闘記

歌は格闘技だって、前に書いたけれど・・・・
そうなのです。
だから私の「K-1」とも言うべき、5月12日のライブが、やっと終わったのです。

1部のhirokoさんは、さすがベテラン、歌で客様を酔わせましたが、私達2部の方は、何はなくとも、とにかく笑いで行こうかと・・・その通り、笑いの絶えない2時間でした。
私の結果は、ノックアウト[:冷や汗:] いやいや、結構頑張って、ボクシングで言えば、対に持ち込めたと言っても良いのではないかしら。
と自画自賛!! まあ、許してやってください。
二人で歌った歌は、アンコールも合わせて16曲。
まあ、良く覚えたと、褒めてあげよう。それにしても、前回は一人で、21曲歌った自分が信じられない。知らないときほど強いものなのですね。
とにかく、ドッと疲れました。
素人の悲しさ、緊張が続くと終わっても体が元に戻らないのです。
でも満身創痍ながらもノックアウトは、踏みこたえてリングを下りたと思ってやってください。

07512

お客様が60人も来て下さり、みんな、本当に楽しんで帰って下さったので、一安心だったのですが。
おお、私は小心者。その後、食欲は無く、眠られずが続いて、月曜日の14日、いつもの鍼の先生の所へ這うようにして行ってきた。
「先週来たのに、またですか?どうしました?」・・・まあ、私の体を見て下さい。
「これはすごい。」と先生に笑われ、たっぷりと鍼をうって貰って、ようやく生き返ったところです。
体力は年齢ではありませんねえ。
私の相棒となって下さったジョルジュさん。敬老パスを持っているお歳ではありますが、声は若者。まるでウイーン少年合唱団だわ!
元気いっぱいで、終わってもダンスを目一杯楽しんでいました。
男のような低音の私と、綺麗に澄んだジョルジュさんの声とのデュエットが、ことのほか好評でした。ハモりは、すべて彼にお任せし、私はひたすら主旋律を歌っただけなのですが。だって、私は、ハモれない人なのです。
このKAGUYAとGEORGESのお笑い系ライブを聴きたい人は、ご一報下さいませ。
ICレコーダーで録音した音源をCDに編集しました。
音質は悪いですが、内容がどんなものだったか聴くことが出来ますので・・・・
それにしても、歌って踊るどころか、歳を取ると、あまり派手な動きはしないこと反省しております。
最後の歌「インシャラー」で目一杯振りを付けて、グイーと腰をひねったら
「ァ!痛た[:どんっ:]」
顔には出さねど、腰を痛めちゃいました。[:泣き顔:] アハハハハ、馬鹿ね。
まあ、何もかも、後のなれば、笑い話に・・・・

2007年5月12日ライブ

5月12日、ジョイントライブをすることが出来ました。
場所は滋賀県大津市真野6丁目6-23 ぼうずホール でした。
半年以上かけて、なんとか、お客様に聞いていただける歌にと努力したものの、どうしても納得出来ないままに、この日を迎えてしまいました。

どうしよう!  でも先生から「落ち込むのは終わってからにしてください」とのアドバイス?
とにかく、この日を迎えました。
構成は
1部がジャズ HIROKOさん
彼女は余裕でした。
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       Georgia On My Mind
       Lately
       Open Arms
       Work Song
       I don’t want to miss a thing
       SUKIYAKI
       Tennessee Waltz

2部3部 がシャンソン 
で GEORGES さんと私 KAGUYA でした。
画像

シャンソンの部は、今回デビューのジョルジュさんと二人舞台だったので、幾分か、力を抜ける部分がもらえ助かりました。
結果は、また録音したものを聞き直すと、先生の言うとおり「落ち込みました」になるでしょうが、まずは自分で70点をあげましょう。
とちった部分が、まあ許せる範囲かなあ~。
お客様の、雰囲気も、まずまず、トークで爆笑で、歌はじっくり聞いていてくださる雰囲気が、こちらにも伝わり、とても、とても感謝しています。
    2部
      夢の中に君がいる
       ラ・メール(海)
      パダン…パダン…
      すみれの花咲く頃
      恋は一日のように
      小雨降る径
      ホテル・ノルマンディー

3部 も同じ二人で
     詩人の魂
     ある日恋の終わりが
     幸せを売る男
     シェルブールの雨傘
     恋心
     インシャラー

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振り返ってみれば、幸せ関係の歌はジョルジュさん、失恋と絶望は、kaguyaと分担が分かれておりました。歌は人生を表す。まさに、その通りですね。
きっと心配してくれていたあなたに・・・・
とりあえず、ご報告まで・・・今は、バテています。

パダン パダン (PADAM  PADAM)

作曲したノルベール・グランツ・ベールが引き出しに放り込んだままわすれていた楽譜をエディット・ピアフが見つけて、「パダンパダン」と口ずさんだことから、この題が付けられたと聞いた気がする。

ピアフは、楽譜が読めなかったとも聞くが・・・
有名になって、作曲家やピアニストに囲まれたら、いつの間にか、かなり読めるようになったのでしょう。
この私でさえ、読めますとは、まだまだ言えないが、楽譜って便利なんだと思えるようになってきましたから・・・・

さて、パダンパダンという題が先に出来、そこから作詞をしていった人はエライと思う。
パダンパダン、それは心臓を叩く音。
それも素手で叩くのではない、ノッカーでドンドンと叩く音にしてしまったのだろう。
昔のヨーロッパの家は、木のドアに、ノッカーが付いていて、それを叩いて訪問した。
日本の家だと、引き戸が多かったから、「パダンパダン」とはいかず、三味線の音で「チントンシャン」となってしまうだろうと思うと・・・・・???

PADAM  PADAM

Cet air qui m'obsèd  jour et nuit
昼も夜もつきまとう あのメロディー
Pourtant n'est pas né d'aujourd'hui
でもそれは昨日今日に生まれたものではない
Il vient d'aussi loin que je viens
私が生まれたときと同じくらい遠い過去から
Traîné par cent mille musiciens
幾十万の音楽家を引き連れてつきまとう
Un jour cet air me rendra folle
ある日そのメロディーは私を狂わせる
Cent fois j'ai voulu dire pourquoi
100回でも私はその理由を言いたいと思っても
Mais il m'a coupé la parole
言い訳の言葉さえ打ち消されてしまうのだ
Il parle toujours avant moi
いつも私より先に喋り
Et sa voix couvre ma voix
そしてその声は私の声をかき消す
Padam...padam...padam...
パダン・パダン・パダン
Il arrive en courant derrière moi
それは私を追いかけてくる
Padam...padam...padam...
パダン・パダン・パダン
Il me fait le coup du souviens-toi
それは「おまえは覚えているかい」と私を責める
Padam...padam...padam...
パダン・パダン・パダン
C'est un air qui me montre du doigt
それは私を追い詰める
Et je traîne après moi comme un drôle d'erreur
そして一生引きずっていくのだ、変な間違いのように
Cet air qui sait tout par cœur
過去を全て知っているこのメロディーを

Il dit: "Rappelle-toi tes amours
それは言う「おまえの恋人達を思い出せ」
Rappelle-toi puisque c'est ton tour
「思い出せ、こんどはおまえの番だ」
y a pas d'raison qu'tu n'pleures pas
「おまえが泣かなくて良いわけはない」
Avec tes souvenirs sur les bras...
「おまえが抱え込んだ数々の想い出とともに」
Et moi je revois ce qui restent
だけど私は残ったものを考える
Mes vingt ans font battre tambour
私の青春時代が頭の中で鳴っている
Je vois s'ent rebattre des gestes
あの身振り手振りが目に浮かぶ
Toute la comédie des amours
恋の喜劇のすべてが
Sur un air qui va toujours
そのメロディーを聞くときいつも
Padam...padam...padam...
パダン・パダン・パダン
Des "je t'aime" de quatorze-juillet
パリ祭の恋のささやき
Padam...padam...padam...
パダン・パダン・パダン
Des "toujours" qu'on achète au rabais
安請け合いの「いつまでも」
Padam...padam...padam...
パダン・パダン・パダン
Des "veux-tu" en voilà par paquets
「ほしいならほら」十把一絡げのキス
Et tout ça pour tomber juste au coin d'la rue
そしてそれらが全て街角で私の心に降りかかる
Sur l'air qui m'a reconnue...
私につきまとう、あのメロディーとなって
Écoutez le chahut qu'il me fait...
私に襲いかかるその騒ぎをお聞きなさい
Comme si tout mon passé défilait...
私の過去がすべて次々と現れるようだ
Faut garder du chagrin pour après
悲しみはずっと後まで持って行かなくてはいけない
J'en ai tout un solfège dan cet air qui bat...
私は私を責めるあのメロディーをみんな持っている
Qui bat comme un cœur de bois...
私の心が木の扉であるかの様に私を叩く

五月晴れとは

070505_1 たんぽぽも、花盛りが過ぎて綿毛の帽子になりました。
子孫繁栄のため、風に乗って種を運ぶために、変身するのであります。
でも、考えて出来るものではないし、自然の営みってすごいなあと思います。
人間が、アクセクと欲張って行動するのも、所詮は、大きな自然の流れに載せられてるだけなのだろうか?それにしては???なのだけれど・・・・
「五月晴れ」 この言葉は、五月のさわやかな晴天を表す言葉だと思っていたけれど、本来は、梅雨の合間の晴れた日を言うと聞かされて、ビックリでした。
五月雨というように、太陰暦を使っていた昔は、五月は、もう梅雨に入った状態だったのですね!
知らんかった!!知らんかった!!
それでは“五月の風の鯉のぼり"のイメージは、太陽暦を取り入れた明治以降の風物なのかしら?
その謎はさておき、昨日は、汗ばむほどの快晴。GWに行くところもなく「これでは太る[:豚:]」
少し歩こうと、徒歩30分ぐらいの図書館目指して散歩。
私のお気に入りの旧街道、浜商店街を抜けて図書館に行きました。
タンポポはその時に咲いていたものです。

070505_2.

浮御堂に向かうこの通りは、静かで古風な町並みを残し、何処の家も、手入れの行き届いた花が家の前を彩っていて、とても気持ちが良いのです。
図書館の貸し出しカードを忘れていったので、夕方まで、のんびり過ごしてきました。
漫画サザエさんの全巻が揃っていたので、第1巻を見ると、終戦直後の時代。サザエさんは独身で、配給、衣類をお米に替えに行ったり、ワカメちゃんを、闇市に行こうつれだしたり。引き揚げ者の慰労とか、私には、まだ分かるけれど、今の若者には、理解不能の古典教科書になりつつあるのかも知れない等と思いました。
でも帰りは、もう草臥れてきてしまって、根性なしなのであります。
人間だけが枯れること絵お厭い、若く元気にを追い求める。
老化も、自然に受け入れなくちゃあねと思いながら、やっぱり若作りをしてしまう私ではありますが・・・・体は正直です。
命ある日を、有り難いと感謝して生きましょう。
なんか、堅田の昔語りみたいな、結末に持って行ってしまいました。

すみれの花咲く頃 (Quand refleuriront les lilas blancs)

宝塚歌劇団の校歌(団歌というべきか)の用に思われていますが、原曲は1928(昭和3)年、オーストリアのフランツ・デーレが作曲したものだそうです。

ドイツでは、すみれの花ではなく「ニワトコの花」それがフランスに行って「リラの花」になり、
昭和5年に宝塚の演出家だった白井鐵造さんがパリで、その頃流行した歌を日本に持ち帰った中にあった1曲だとのこと。
リラでは、なじみが薄いので、すみれになり、歌詞が官能的で、当時の日本にはそぐわなかったので、ロマンチックな歌詞に苦労して書き直されという・・・・
時代を感じますね。昭和5年というと1930年ですもんね。
今のヒット曲の歌詞を知ったら、白井氏もびっくりでしょう。

と言うわけで、フランス語タイトルは「白いリラの花が咲く時」となります。

Quand refleuriront les lilas blancs
白いリラの花が咲くとき

Printemps , Printemps
春! 春!
C’est toi Qu’on guete dans les bois
森の中で待っている人 それは君
Où les amants heureux Vont s’en aller par deux
幸せな恋人達は 森の中に立ち去ろうとしている
C’est toi qui feras pâmer tendrement
君はやさしく、うっとりしてしまう
celle que J’aime éperdument
私が熱烈に愛する君
Printemps j’attends pour la tenir dans mes bras
春、私は君を腕に抱く日を待つ
La complicité des lilas
リラの花が助けてくれるだろう

Quand refleuriront les lilas blancs
白いリラの花が再び咲くとき
On se redira des mots troblants
困らせるような言葉を、また言ってしまうだろう
Les femmes conquises Feront sous l’emprise
女達は魅せられる うっとりするような春に
Du printemps qui grie Des bêtises
おろかな振る舞いをしてしまう
Quand refleuriront les lilas blancs
白いリラの花が再び咲くとき
On êcoutera tous les serments
全ての誓いを聞くだろう
Car l’amour en fête Tournera la têtes
恋に浮かれ 恋に酔ってしまう
Quand refleuriront les lilas blancs
白いリラの花が再び咲くとき

歌はこの歌詞を繰り返しますが、宝塚の「すみれの花咲く頃」では出だしの歌詞を後に持って行って、乙女チックムードを強調しています。

恋は一日のように (L’amour, C’est comme un jour)

作詞 イブ・ステファーヌ 作曲 シャルル・アズナブール です。
アズナブールの曲は、どれもこれも難しいけれど、これも大変でした。というより、未だ大変だあ~と言うべきでしょうか

人が歌っているのを聞いているだけだと、それほど難しく感じない。
「良い曲だなあ~、歌いたいな~」と思いましたよ・・・

でも、いざ歌ってみると、む、む、むずかしい~!
緩急の差というか、間の取り方と言ったらいいのか、何回やっても、上手く歌えない。
必ず、どこかで引っかかってしまう 「くそお~」
スローで歌うと息が苦しい、テンポを速めると味気ない・・・
去年から歌い続けて、やっと昨日
「ゆっくり歌いましょう、だいぶ実力がついたから」
と言われたときは正直、メチャ嬉しかったのです。
なにしろ、このところ自分の声に落ち込んでいましたから。
濁声、割れた声・・・・なんて汚い声なんだろう
ああ、死んでしまいたい!!と最悪の精神状態が続いていたところ。
濁声でも良い、とにかく自信を持って歌うのだ
ライブ前だから、自信を付けようと言ってくださったのかも知れませんが・・・
「落ち込むのは、ライブが終わってからにしてください」   
「はあ~い」 そうできれば良いのですが・・・・・
恋は一日のようでも、歌は一日にてはならずです。

L’amour, C’est comme un jour
恋は一日のように 

Le soleil brille à pleins feux
太陽が光り輝く
Meis je ne vois que tes yeux
でも僕には君の瞳しか見えない
La blancheur de ton corps nu
君の真っ白な体が
Devant mes mains éperdues
僕の取り乱した手の前にある
Viens ne laisse pas s’enfuir
おいで 逃がしてはいけない
Les matins brodés d’amour
愛に縁取られた僕たちの朝を
Viens ne laisse pas mourir
おいで 駄目にしてはいけない
Les printemps de nos plaisirs
僕たちの喜びに満ちた春を

※ L’amour,  c’est comme un jour
  恋  それは一日のよう
  Ça s’en va , Ça s,en va l’amour
  過ぎゆく 過ぎゆく 恋は
  C’est comme un jour de soleil en ripaille
   それは太陽が満ちあふれる昼のように
  Et de lune en chamaille
  喧嘩をしている月のように
  Et de pluie en bataille
  戦っている雨のように  
  L’amour , c’est comme un jour
  恋  それは一日のよう
  Ça s’en va , Ça s’en va l’amour
  過ぎゆく 過ぎゆく 恋は  
  C’est comme un jour d’un infini sourire
  それは限りない微笑みたたえた一日のよう
  D’une infinie tendresse
  限りない優しさのような
  D’une infinie caresse
  限りない愛撫のような
  L’amour , c’est comme un joue
  恋  それは一日のよう  
  Ça s’en va mon amour
  過ぎ去っていく 僕の恋が

Notre été s’en est allé
僕たちの夏は去っていった
Et tes yeux m’ont oublié
君の瞳は 僕を忘れるだろう
Te souviens- tu de ces jours
君は それらの日々を覚えているだろうか
Où nos cœurs parlaient d’amour
僕たちの心が愛を語り合った日々を
Nous n’avons pu retenir
僕たちには手に入れることが出来なかった
Que des lambeux de bonheur
幸せの切れ端しか
S’il n’y a plus d’avenir
もし 未来がないとしたら
Il nous reste souvenir
僕たちには 思い出が残るだけだ
 
 ※部分  繰り返し

郵便局の猫の目販売

5月3日の朝日新聞朝刊に、「個人国債鈍る販売」 郵政公社、計画の6割 と見出しがあって、郵便局で個人向け国債を勧めず投資信託に力点が入っているので、財務省が予定していた販売が達成できていないという事が報じられている。
当然だろう、今、郵便局の窓口に行って、大口の定期を解約したら「投資信託をどうですか」と必ず声が掛かるだろう。
国債のこの字も言わないはずだ。なぜなら、投信こそ、今のノルマであるからだ。
私が現業の時、国債がノルマの時は「国債、国債」貯金がノルマの時は「定額貯金」と言われるままに、お客さんに勧めるしかなかった。
が、それにしても、貯金には金利がつくし、国債には配当が付き、元本は戻ってくる確かさが、勧める側にいても、一縷の安心感があった。
投信だと、そうはいかない。リスクが多きい。
郵便局に来るお客さんは、多くは望まないけれど、安心と、出来たら少しでも良い利息をと望む庶民がメインだ。
大ばくちをして、一発当ててやろうという人は、あまり来なかっように思う。
中には「バブルの時に、株に全部つぎ込んでワヤにしてしもうた~」とか話をする人がいるには居たが・・・
そんなお客さん達に、「リスクは自分で選びなさい」という投資信託を、どう理解して貰うというのだろう。
私ですら、なけなしの退職金を定額貯金にしていて、出しに言ったら「こちらの窓口に」
と呼ばれて投資信託を勧められたことがあった。
ハッキリ言わせて貰って、説明になっていなかった。
郵便局が勧めるんだから安心ですよといった感じで、中身の説明になっていない。
もっとも、説明できるような代物ではないが・・・・
お客さんは、郵便局という器の中でなら、安心だろうと思って分からないまま購入する。
それが、悪く行って、元本が大きく減った時、説明責任ははたしているからと平然としていられる心臓は私にはない。
だから、早期退職したのである。
信頼を信頼で返せない仕事はしたくなかった。
もちろん、株、投信を専門に扱う会社もあるだろう。そこには、それなりの顧客と係員が集まるものだ。
郵便局を、庶民から乖離させないで欲しいと、つくづく思う。
そうして集まった金は、巨大企業をとおしてアメリカに流れ込んで行っている。
株価を上げ、利益を追求するために、他国の企業の買収に走り、世界の安定を壊すのだ。
幸せを作るって、どういうこと?・・・・改めて思ってしまう。

シェルブールの雨傘 (Les parapluies de Cherbourg )

Les parapluies de Cherbourg (シェルブールの雨傘)

Depuis quelques jours
数日前から
Je vis dans le silence des quatre murs de mon amour
私は静寂の中で生きている 私の愛の思い出に囲まれ
Deupuis ton départ l’onbre de ton absense me pour suitchaque nuit et me fuit chaque jour
あなたが行ってしまってから、あなたの面影が夜ごと私につきまとう そして朝と共に去っていく
Je ne vois plus personne j’ai fait le vide autour de moi
私はもう誰も見えない 今はもうひとりぼっち
Je ne comprends plus rien parce que je ne suis rien sans toi
私は何も考えることが出来ない。あなたなしでは・・
J’ai renoncé à tout parce que je n’ai plus d’illusions
私はすべてを諦めた どんな夢も抱けないから
De notre amour écoute la chanson
私達の愛が奏でる歌を聴くという夢を・・・
Non je ne pourrai jamais vivre sans toi
ああ、私はあなた無しではけして生きていけない
Je ne pourrai pas ne par pas j’en mourrai 
一瞬でもあなたがいないと私は死んでしまうでしょう
un instant sans toi et je n’existe pas
あなた無しでは、私は存在しない
Mais mon amour ne me quitte pas
だから 恋人よ 私から離れないで
Mon amour je t’attendrai toute ma vie
恋人よ 私は一生をかけあなたを待つわ
Reste prés de moi Reviens Je t’en supplie
私の側にいて お願い 戻ってきて
J’ai besoin de toi Je veux vivre pour toi
私にはあなたが必要なの 私はあなたと共に生きたいの
Oh! Mon amour ne me quitte pas
お願い 恋人よ 私から離れないで

Ils se sont séparés sur le quai d’une gare
彼らは駅のプラットホームで別れた
Ils se sont éloigné dans un dernier regard
彼らは最後に見つめ合いながら遠く離れて行った
Oh ! je t’aim’ Ne me quitte pas
おお、愛してるわ 離れないで~~~

改めて対訳を入れました
梅雨時に歌うには良いだろうが、秋晴れの時期に、歌ったら日傘になりそうだ。
これは、70年代に流行った映画の、主題歌?それとも挿入歌か?
それにしても、ここまで言うか!!という台詞である。日本人ではこうはいきませんね。

この映画、主役は、カトリーヌドヌーブで、歌は全部吹き替えだったそうだ。
17歳の女の子が、兵隊として戦争に徴用されていく恋人と別れる悲恋。
その場面が切なくて、という印象があるのだが、恋人の男の子が、さっぱり記憶にない。
悲恋に、どっぷり浸かっていたカトリーヌドヌーブの印象だけが、やけに強烈だ。
その時彼女は身ごもっていて、色々の事があり、他の男性と結婚し、何年も経った時に、町で、元の恋人とすれ違う・・・・・・
その時の、上からの映像で、開いた色とりどりの傘の波が・・・・

どうも私の記憶もかなりあいまいですが・・・

何時も耳にする、サビの部分
  「Non je ne pourrai jamais vivre sans toi 」
(あなたなしではけして生きることは出来ないわ~)

という割にはしっかり、女は生きていく。
それは良いとして、サビの部分前後が、難しいのですわ。
特に最後の、ナレーションのような、ピアノとの絡みが、どうしても入れなくって、さんざん手こずった。
音譜が読めないと言うことは、どこから入るか分からないときには、お手上げだ。それでも、オタマジャクシを追って、ここだ!と・・・まるで、身投げのような入り方をして、先生にビックリされる。「ピアノの頭がここからだと思ってました」楽譜を指さすと、先生は、たまらず爆笑!!
「分からないことは何でも聞いてください」
その~、何処が分からないかが、分からなかったのですが・・・・・・