鬱との戦い

070617-2
のどやかな琵琶湖の魚釣りの風景です。人間こうありたい物なのだが・・

先日NHKで「今30代に蔓延する鬱」の特集をしていた。
我が友人、長年同じ職場で共に生きてきた後輩は、まさに、その30代も終わりに近い。
先日来、どんな具合なのか気になり、会いたいと思ってメールで聞くが、どうしても人と会える状態ではないようだ。
メールを送るのも気持ちの負担になってはいけないと思い、絵手紙作戦で行こうと思ったが、私は絵も字も下手で、絵を描くどころか、お天気マークさえ上手く書けない。でもその拙さが返って面白かったようだ。
その効果が出てくれたらと「近くまで来ているけれど」とメールを入れたが「やっぱり無理です」との返信。仕方ない、諦めて家に戻る。
でも2時半頃「今どこにいるの」と携帯に声が入ってきた。
家に戻っているとは言わずに「帰る途中やから、会おう!」と言って飛び出す。
40分後に街で出遭うことが出来た。
一目見ただけでは笑顔もでていて元気そう。
でも10キロ体重が落ちているとのこと。
あれこれ話をしていたら、しきりに手を振る。じっとしていると手が震えてくる。それを紛らわすために手を振っているのだ。そして話をしていると、止めどなく涙を流す「もう出尽くしたと思ったのに、まだ出るのよ」と泣き笑いしながら・・・
ここまで、追い込んだ、今の職場の長に、私は猛烈に怒りを感じている。
診断書を出したとき「誰が鬱ですか?私から病院に問い合わせますよ」と言ったそうだ。
「構いません」と答えて、次の診察の時に「職場から問い合わせがありましたか?」と医者に聞くと、「本人の同意書がない限り回答はしないし、問い合わせもないです」との返事だったそうだが・・・・
鬱の職員に対して『おまえの言うことは信じられない』というに等しい発言ではないのか!管理者としてあるまじき態度ではないか・・・
そうして、病状の説明をして
「夜中に絞め殺されそうになる夢を見て大声を上げて目を覚ます日々が続くんです」
「それは私ですか?」と聞きかえされて「違います」と答えたけどとのこと・・・
ということは、虐めていたという自覚があるんだなあと、話を聞きながら思った。
鬱の原因には、まず第一に過労。
労働過多と果てしなく続く残業・・・でも彼女は今までも、忙しさの中大変さを乗り越えやってきていた。それが出来たのは、相互扶助と職場で笑いを生み出す雰囲気が合ったからだと思う。
次は人間関係だろう。これが一番大きいのではないかと思う。
次々と人事異動で、メンバーが替わり今までと、職場の雰囲気がすっかり変わってしまった。そして団塊の世代の先輩は退職、中堅どころ40代の上役は転勤。自分が最年長になると、仕事の責任が両肩に掛かってくる。気にしないでおこうと思っても気にならずにはいられない。事務作業も複雑化しミスが許されない上に、目標という営業ノルマも、今までと違い要求される。
忙しすぎて苛つくと何かにはけ口を求めたくなる。
彼女の職場の長は、その対象に彼女を選んだのだ。
「何をしても怒られる」と始めの頃は笑って言っていたが、1年ほどして職場に寄った時、彼女が職場の他の人に「これで怒られないと思う?」
と自分の服装について尋ねているのを聞いて仰天した。
出張の時に着ていく服を点検して
「駄目です。着替えてきなさい」と帰らされることが再々で音を上げてしまったらしい。
「服を買う金がないと言いなよ」というと
「給料の中に含まれているんですと言われるの。もう言い返すことに疲れた。髪も月に一度は切ってこいと言われるの。しんどいから言うとおりにしている方がマシ」
あのころから鬱の目がでていたのだろう、きっと・・・

滞りなく仕事をして、頑張って少しだけでも営業の成績を上げる。でも、けして褒められる事はない。出来てないことをしかりつけるのが先、それが辛かったという。
なんで、「よくやったね。」という言葉が出せないのだろう!
自分がおかしくなってきていると感じたのは1年前ぐらいからだという。
職場で辛そうにしていると、その長は
「何を言ってるんですか。私の方が何倍もしんどいんです。」
「民営化になるんです。土曜も日曜もなくて当たり前です。休みたいなんてとんでもない」
「負けず嫌いなのよねえ。でも管理職が下に当たるのはいけないのではないだろうか」
「なんで、民営になると忙しくて当然と、みんな受け入れるんだろうね」
と、それでも客観的に見てあげている彼女が健気で・・

一つ一つのことを取り上げると、笑えるぐらい下らない事なのかもしれないが、それが積み重なると、心が耐えられなくなってくるのだ。
なにより大きかったのは、リラックスして笑顔が出ると叱られるという事だと思う。
仕事中は私語禁止。お客さんとも長年の付き合いなので、話の中で楽しくなって会話がはずむと、必ず「言葉遣いが悪い」と後から注意を受ける。
「ため口になったり、確かに私は言葉遣いが下手ではあるけれど」と彼女は言うが、
私の長年の営業で知った一番大切なのは、誠意だよ!口の巧さでも何でもない。
相手のことをおだてるんではなく、人間として大切に思う気持ち。
嬉しいことがあったら一緒に喜んであげ、悲しいときは共に心配する。
その人間関係の中で、街の郵便局は地域と一緒に生きていたんだ。
わたしは、それだけは自信を持って言いたい。
笑いを取り上げると言うことは、人間の自我を殺してしまう事だ
毎日毎日、処理しきれない仕事の山。強ばった表情、偽りの笑顔で、うっかり気を抜くと、叱責が飛んでくる。
おそらく、日本中の職場で起きていることは、ほぼ一緒では無いかと思う。
まさにイジメの構造だ。
人間の弱さが、自分の辛さを人に当たることではけ口を求める。
人に当たれない、優しさのある人間は自分を痛め尽くしてしまう。
それでも
「私が出勤しないと、他の人が夏休みをとる事が出来ない。なんとしてでも1ヶ月で治そう。治るだろうと思っていたのに、自分が情けなくて・・・
病休を更新して9月になってしまうと、受けなくてはいけない講習に間に合わない。仕事に追いつけない。そうしたら人に迷惑をかけてしまう」
と良くならない自分を責めてしまっている。
「仕事は忘れろって、私が病気で長い入院を繰り返したとき、いつも言ってくれていたではないの!休んでくれても、ちっとも大変でないよって。大丈夫任せて、しっかり治してねといつも枕元で言ってくれてたでしょう。今度は、それが自分の番なんよ!」
「それでも他の人に負担が掛かって・・」
「なあ、あんたがそうだったように、まだ若いうちはそんなしんどさを感じない頑張れる時期ってあるんよ。それに、それでも本当に仕事が回らないぐらい忙しかったら、管理職が組織の上に図って何とかするもんではないの?それが本当の管理職の役目だろう!」
とにかく復帰を急ぐな!
という話が出来ただけよかったかも知れない。
人間関係が原因の場合、その環境に戻すと、もっとも再発しやすい。とNHK特集でも言っていたので、今の状態での職場復帰が一番恐い・・
「でも、局長さんは1ヶ月で出勤できると予定してはるやろうし・・・」
「考えるな! とにかく治ってしまったら、どんなにでも、他の人に休んで貰えるやんか」

どうして、こう真面目で律儀なんでしょうね。彼女、やっぱりA型です。

とにかく、あわてず騒がず、ゆっくりと病気と付き合っていこうね。
365歩のマーチだ。「3歩あるいて2歩下がる」
それでいいんだよ。

問題は、この状況の職員を邪魔だから追い出そうという動きが出てこないか心配なのだが・・・



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しまった話

070618-1
怪しげな男が二人?
いえいえ、窓の修理に来ていただいたのですよ。
16日の土曜日は窓が閉められないまま、翌朝を迎えたのですが・・
前日「いつでも良いのでお願いします」と電話を入れたものの、雨が降ったら部屋の中までびしょ濡れになってしまう。日曜日に悪いと思ったが9時頃電話して、事情を話したら、「とにかく見に行くわ」とすぐに来てくれて、グイッと押したら窓は閉まった。
あらら、それでは泥棒君でも大丈夫だったのかなあ~[:冷や汗:]
それでも何回か動かすと、止まってしまった引っかかりがあるようだ。
サッシの下に、ネジが挟まってレールを痛めていたのと、サッシを止めるネジのような物がおかしくなっていたようで、その日は、とにかく窓を閉めていただき、一安心。
なにしろ、その夜から明け方まで雨になりましたから[:あめ:][:小雨:]
そして月曜日、窓専門の人と一緒に来てくださったのが、上記写真です。
建物も家主と一緒で大分古くなってきているので、あちこち痛みが来ているそうな[:困惑:]
網戸の滑車も一つ無くなってるようで「網戸はあまり動かさないように、右側にしとくのが正当」だって・・
そんな、裏千家の作法みたいなことがあるとは知らなかった。
でも近くの工務店さんと知り合いになっていたので、今回すごく助かった。
この方は、先月ライブをするときに場所を使わせて貰った、ぼうずホールのオーナーさんなのです。
はじめ、ちょっと恐いかなと思っていたけれど、此所にも居たか「腕白坊主」というような、子供の心で、この歳まで(60代かな~)来てしまった小父様のひとりです。
音楽が好きで、自分が聞きたいために、壁、床、建物全部を自分で作って機材を買い込んで、演奏会が出来る会場を作ってしまった。
おまけに50台半ばからピアノを始められたとかで「嫁はんにグランドピアノを買ったと、よう言わんかって、はじめ借りてるんやと言っとったんや」と言う話を聞き笑ってしまいました。[:ムード:]
こっそり買って隠しておくには、あまりにも大きすぎる買い物ですねえ[:楽しい:]
自分も楽しんで、人にも楽しんで貰うのが大好き。なにより真っ正直な人柄で
「わしらの歳になったら、もう金はいらんのや。食えたらいいねん」
仕事の合間に、近所の包丁を研いであげて廻っているそうで、我が家も刺身包丁と小出刃包丁をお願いしてしまった。
「髭が剃れるで」という状態で戻ってきたら、さっそくお魚を捌いてみよう。
が手を切らないように気をつけなくては・・[:ハサミ:]
さあ、戸締まりをして、これで安心して眠れます[:拍手:]


しまらない話

6月16日、土曜日は、朝から出だしが悪かった。
4時頃目覚めたら、『頭が痛い!』喉もちょっとイガイガして風邪っぽい。
薬箱を取りに行って鎮痛剤とマスクを引っ張り出す。薬は空腹時には飲まない方が良い。とにかく厚手のマスクにガーゼを挟んで喉を防御し、マッサージ機に移動して、バリバリの背中をもみほぐす。
そのあとソファーに移って7時頃までウトウトするが、やはり頭痛は治っていない。
昨夜は、山科で最終電車の1本前だったので帰宅は、シンデレラタイムだった。12時滑り込みセーフぐらいね。
仲よし3人で、行きつけの三条河原町の「浜町」(安くて美味しい。感じが良い。お勧めです)で、一品物を分け合い、アルコールをグラス1杯ずつ。そのあと、長年お馴染みの喫茶店に行ったら、なんと1974年から続いた店の閉店の日だったのです。
最後の記念にと、貰ってきたコースターがこれです。
070617-1
右側の肩に鞄をかけて歩き回ったのが、敗因だったのかも・・・私の右肩は、ガラスの肩というか、ちょっと重たい物をかけただけで痛み出すみたいだ。長年の仕事で培った(そんな使い方ってしませんよね)疾患でありましょう。グタグタ言っても仕方がない。
まあ、そんな訳で朝から体調は最悪。起き出して洗濯をして、散らかった物を片付け、とにかく朝ご飯にトーストと野菜ジュースを飲み、鎮痛剤を飲んで11時すぎまでソファーで横になる。
昼だ!私は何があろうと「飯は食うのだ」[:食事:]と炊飯器の蓋を開けると、昨日の昼に炊いた16穀米の御飯が、ドロドロ状態になって居るではないか[:びっくり:]
一日ぐらい大丈夫だろうと炊きあがった御飯のスイッチを切って、そのままにしていたら[:たらーっ:]熱すぎる状態でほっておいたのが悪かったのだろうか?白米だけだったら大丈夫だったのかも知れないが、これから気をつけなくては・・これが、不幸の第2弾!
でも、とにかく今日は、日仏会館の仏語体験授業に行く予定なので、1時半には家を出なくてはいけない。
飯は諦め、でもパンを食べて出かけた。乗り換え3本で、かなり不便な場所。
それに、日仏会館は京大の向かいで、生徒には、やはり学生が多い、しかも、賢い子が来るので授業に付いていけるか、とても不安だ。
3時から1時間の体験授業で、20人ぐらいの女性が来ていた。小学生から60歳ぐらいまでで、なんと言ってもピカピカの可愛いお嬢さん達が多い。
嬉しいことに先生が、滅茶苦茶イケメンの若いムッシューなのだ。どんなって、そうね。髪を伸ばしていた頃のベッカムを小柄に、可愛くしたような感じ。鼻と言えば、ロバートレッドフォードの鼻ですよ。わあーい![:ときめき:]
その彼が、「ボンジュール、マダム」と言ってしっかり握手して廻るのである。「私、マダムちゃうんやけど」と思いながらもマドモワゼルと言えとは、さすがの私も言えません[:怒り:]
入門講座の体験だというのに、ぶっつけ本番の会話で、挨拶、自己紹介、私は左京区に住んでいます。あなたは?私はフランス人です、あなたは?どんどん展開する。まず先生が見本を見せて、生徒どうし隣り合わせでやり、その後、全員立ち上がって、3人以上の挨拶交換しなさいと・・・日本語は、使わず、分からないときは
「Qu'est-ce que ca veut dire 」(それはどういう意味ですか?)
「 Ça veut dire[:1:][:2:][:3:]」(それは1,2,3です)
と言う風に聞きなさいと・・・
とにかくテンポが速い。隣の若い子に後で聞いたら、「第2外国語はスペイン語なのでフランス語は初めてです」とのこと。19歳と20歳だってよ!
若い子の吸収力はとにかく早い[:拍手:]
語学はまったく駄目な高校生だった私、でもこの3年歌で暗記した言葉と1年間のラジオフランス語のお陰で、この体験では、なんとかついて行けた。
というか、若い子に「一番しゃべってたじゃないですか」と言われてしまった・・・トホホ[:あっかんべー:]
いやあ、問題は本番の授業に付いていけるかだ・・・・
が、此所まで来たら、恥という言葉を私は捨てている。入門講座を申し込んでみようかな?
この日に覚えたのは、
「それは簡単」C'est facil 
「それは難しい」 C'est dfficile 
難しいは知っていたが、簡単とかやさしいは知らなかった。
それと「OK」という意味の Par fair 
fair が「する」という様な意味だから出来ますというような感じの言葉かなと思った。
後で 正しくは parfait (完璧な)が正しいと分りました。
先生が質問し、答えが合っていると、我がベッカムちゃんは、にっこりと「Par fair 」と言うのだった。
そうそのベッカムの発音が日本とは全然違う。イギリス人の表現の時に「ムシウー、べキャーム」ってだれも分からなかった。
先生「En Japonais 」(日本語では)と聞くので・・
即座に「ベッ [:右斜め下:]カム」とべっが重たいのが日本の発音ね。
「ノンノン」(ちゃいますねん)
「べ[:右斜め上:]キャーム」と上がるのがフランスなのだった。
私達の知っているベッカム君どこに行ってしまったのだろう?という感じでありました。
そして、あとの野暮用をすませ、夕食は、スーパーで10%引きとなった弁当ですませた。
疲れているし手抜きはしゃあないよねえ・・・
10時、忙しい日は終わった。小母さんよくやったと自分で自分を褒めてやり、
寝る前に開けはなっていた窓を閉めるが・・・・う、う、動かん・・・
20㎝ほどの隙間を残して、押しても引いても窓がビクともしなくなった[:びっくり:]
どうしたらいいのだ・・・・どうしようもないではないか[:!:]
まさに不幸の第3弾。しかも大当たりではないか?
工務店の知り合いに電話をかけて、いつでもいいから見てくださいとたのむが、まさか夜の11時に来て貰えるはずもない・・・来て貰うのも、ちょと困るし・・・
隙間20㎝では、泥棒も入れないだろう。入ろうとしてこじ開けてくれたら助かるぐらいだし、その音で、眠りの浅い私は気がつくだろうからと、諦めてそのまま不安な眠りにチャレンジするのでありました。
ですから、その日は最終まで閉まらない一日となったのであります。

キャラバンサライ閉店となる

河原町御池を50m下がる西側に、キャラバンサライという喫茶店があった。
since1974と看板にある店で、京都の一等地にありながら、古めかしいソファーがだだっ広いフロアに、ゆったり並べてあって、コーヒー一杯で何時間過ごせる。水のお代わりを次いでくれて、嫌な顔をされないという奇跡的な喫茶店であった。
歌の教室の後のお喋り、山の会の編集会議、時には会報の折り込み作業まで、文書の山をテーブルに広げてしても、なんの苦情も言われなかった。
食事も、一つの注文で「スプーンは二つにしてください」と言ってもにこやかに持ってきてくれる。そこで、山の仲間は、食べ残しのカレーを廻し食いしたのであった。
ああ、何と古き良き時代だ・・・・
それが、先週まで続いていたのだ。
ところが、15日の夜に店を訪れると、閉店のご挨拶が、「6月の15日を持ちまして閉店させていただきます」と・・・
なんと、それは本日ではありませんか・・・
最後の記念にと、フルーツパフェ、抹茶パフェをみんなで頼んだら、お店の方も最後というせいか、山盛りの冷凍フルーツをてんこ盛りに出してくれた。
記念に「この敷いてあるコースターを下さいね」というと帰りに、残ったコースターをさらえて、「どうぞ」とくれたのだった。
ああ、良い店だったのに・・・・
こうしてまた、時代は移っていくのだろうなあ

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職場が鬱を招く

先日、後輩が「うつ」で病休を取って休んでいると知らせがきた・・・[:冷や汗:]
ええっ!あの病気知らずのMさんが・・・さんざん病気をして入院を重ねた私を、そのたびに励まし、毎日のように病室まで尋ねてきてくれていた、心やさしい人なのです。
心ない人から見れば、元気いっぱいで、強心臓と映るかも知れないけれど、私には、相手に気を遣わせないように持っていく彼女の繊細な心配りが、いつもよく分かった。
でも今の上司には、それが全く分かっていなくて、絶えず小言と注意の繰り返し。
何をやっても気に入られないのとほとほと腐っていたが、それでも始めは笑い飛ばしていた。
でも服装から髪型まで、あれこれ注意され、出張の日に来ている服が駄目だと「着替えてきなさい」「髪も月に一度は切りなさい」と言われ、「もう言い返す気もなくなった」と最近はすっかり元気がなくしてきていたが・・あまり顔を覗かせるわけにもいかず、連絡もないままに過ぎていた。
あわてて電話をするがでてくれない、心配は募る。携帯にやっとつながったが、やっと話しているような、だるそうな声が聞こえてくる。彼女は公正な性格なので、上司の事も客観的に「まあ普通はいい人なんだけど・・・」とあまり悪口雑言を並べたりしないが、忙しすぎる職場で、パニックになると、どうも当たり散らされているらしい。
でも病院行って医者に相談する気持ちを持っただけでも良かった。黙って抱え込んでいると自殺に繋がりかねない。
診断書を出したら「誰がうつですか!!!」と言われたわとのこと・・・
「それでも最後は気付かなくて悪かったと言ってくれたから」とまだ庇ってやるんだよなあ!
忙しいのに、1月以上休んで大丈夫だろうか?仕事に付いていけなくなるのではないだろうか?と、まだまだ気が焦っている・・・・
神様がくれた休息の時だと思って、ゆっくり休んで欲しいよ。Mちゃん・・・
それにしても、うつの予備軍は、まだまだ・・・・
他の友達もなりかけの気配を感じる。今、郵便局は恐ろしい状況になってきているのです・・・
Mちゃん。仕事は忘れて、とにかく、自力で気持ちよく目覚めることが出来る朝が来るまで、何もかも忘れて眠りなさいね[:zzz:]

職場の環境は、いろんな要素があるが、人間関係が一番大きい割合を占めるだろう。
労働は過酷でも、助け合って、笑いを作りながら保っていた職場が、転勤や退職で人間関係が一変してしまう。前だったら、「そこは私がフォローするわ」と助け合っていたのが、今は人のことは構っていられない状況になっいる。その中で、一番心優しい人から倒れていくのだ。でも、それではいかん。絶対駄目。
愛がなくなっている。何とかしたいが、今は様子を見るのみだ・・・

犬の足の祟りだ!

070614-1 これはアクリル毛糸で作られた犬の足です。
自分で作った物は写真を撮るのを忘れてきて、ネット上から見本を借用しました。
 どこが犬の足やねん・・・と思う人は
 犬と握手して、その手をひっくり返して、よくよく見てくださいな。
 それだと、足でなくって、犬の手ではないかと苦情が出るかもしれませんが[:くもり:]
 まあ、そう堅いことは言わずにおいてくださいな。
 13日、先週見学に行った「みみの里」で、アクリルたわしを作るのでボランティア募集と呼びかけがあり、その場で「来週のサークルは、これにしましょう」との意見が大勢を占め、ハッキリ言って、手芸が大の苦手の私としては、内心「ウエ~ン[:ぶー:]」だったのだが、上手な人が詰めかけるから、端っこで目立たなくしていればいいやと思って、集合場所に行ったら、なんと4人しか来ていないではないか[:ちっ:]
これは、まずい!サボれないではないか[:冷や汗:]
仕方がない、何とかなるだろう!と10時過ぎに行きました。
我々のグループだけではなく、全部で14,5人があちこちに固まっている。
会議室の机に、毛糸や見本が置いてあって、先生になる人が一人。説明を始めていたが、参加者は、私同様、「かぎ針編み?知りません」という人が多くて、説明に困っておられた。
私達のグループには、編み物が得意な人が一人いたので、見本を見て、彼女はすぐに納得。
その人の説明を聞きながら「わっかを作って、鎖編み3目立ち上げ、その輪の中に長編みを12目作りって端を止め、鎖編みで3目立ち上げて、今度は、編み目一つに長編み二つと、長編み一つを、交互に入れていく。それがすんだら、淵を細編みにして、途中で、一つの編み目に長編み7つを入れた物を3つ付けていって、しっぽになる分は鎖14目で編み込んでいく。本体が終わったら、肉球になる分を、大1、小3作って、それを縫いつける。
ハハハ・・・分かる?
まず、わっかを作るロープの向きがおかしいと、丸く絞れないのだわ。
私、山の会のザイルワークでも、絶対解けないはずの結び方で、いつも見事に、解けていた人でしたから・・・・
世界で一番不器用な人間だと思っていた私ですが、なんと、周りを見れば、「細編みって何?長編みって何?」という人ががウジャウジャ居て、みんな四苦八苦している・・・
何よりもそれに驚いてしまった・・
母や姉を見て育ってきたので、自分は出来ないけれど、他の女性達は、家事全般、上手に出来る物だと思いこんでいたが、若い世代は、私以上に出来ない人がいるんだなあ~!
どこでも何でも買える時代。手作りの物というのが、特別な存在になってしまっているのだろうか・・・
ちゃんと出来ない私が言うのも何だが・・・これは、ちょっとした日本の危機だぞ!
私は、正方形、長方形のものしか編めなかったが、高校生の時に、母に、モヘヤのショールを編んでプレゼントしたことがあった・・・・なんか、すごく波打っていたショールだが・・・でも、母は嬉しそうにタンスにしまっていたっけ・・使ったことあったかなあと今思い出す。
昼食を挟んで、2時までに、なんとか、犬の足を2個作ル事が出来た。
やらなければとなると必死になってしまうので、脇目もふらず頑張ったみたい・・・
夜になったら、背中が痛い、肩が痛い・・・・眠れなくて、夜中3時にマッサージ機の上で、うなっておりました。
これは、初心を疎かに、侮ってかかった事に対する、「犬の足」の祟りなのであります。

でも、嬉しいこともありました。
先週、隣に座っていた、盲ろうの人に話しかけようと思っても出来なかったけれど、今回は、自己紹介します。と言って、お喋りをすることが出来た。
盲ろう手話といっても、特別な手話ではなく、手話で話す手と指を、さわって読み取ってくれるのだ。
「先週、話しかけたかったけれど、手話が下手なので、恥ずかしくて、話できなかったのです」という私の手話を分かって貰えて、笑ってくれた。
外国旅行にもよく行くと聞いていたので年に何回行くのと質問したら、仕事もあるから、そんなに何回も行けない。今までに5回行きました。
読み取る能力のすごさに感心してしまう・・・・
私の手話表現能力はひどい物だからねえ~[:しょんぼり:]
私が分からなくてうろたえていると指文字で表現してくれるのだが、指文字をちゃんと、まだ覚えてないのです。
あらためて、勉強不足を反省しました。


Mr,サマータイム (UNE BELLE HISTOIRE 愛の歴史 )

私が教えて欲しいと教室で注文した新曲は、日本ではサーカスというグループが、かって歌った、「ミスター・サマータイム(夏物語り)」だ。
ミスター・サマータイムというぐらいだから原曲はアメリカと思ってる人が多いだろうが、れっきとしたシャンソンだ。
1972年に、ピエール・ドラノエ作詞、ミッシェル・フュガンが作曲したものなのです。

題も、「Une belle histoire」(ひとつの素晴らしい物語)なのです。
対訳には、愛の歴史と紹介されているが・・ histoireは歴史とも物語とも訳すことが出来るので、愛の歴史にしたものだろうか?
でも、直訳的かもしれないが、私は「ある素晴らしい物語」としたほうが合うような気がする。

さて、どのくらい素晴らしいかというと、ミスター・サマータイムの歌詞が、恋人がありながら、甘い誘惑に身を任せた一夏の恋の悲しさを歌っていたとおもうのですが・・・

こちらは、違うわよ!一夏なんて、まだるっこしい・・・
高速道路のインターで出会い、一目で恋に落ち、そこらの麦畑で一夜を過ごして、朝になったら、男は北に女は南へ、バカンスの旅に旅立っていく・・・
いいえ、何時に出遭ったなんて書いてないわさ・・au bord du matain で(matain)朝、 瀬戸際(au bord ) となってるから、ギリギリ昼前と訳したんだけれど~
一晩どころか、朝に出遭ったとしたら半日の恋なのかなあ~、夜を明かしたら麦畑は夜露でびしょ濡れじゃん、なんて、小母さんともなると着替えは持ってるのかいななどと、あれこれ想像を逞しくしてしまうのです。
これって、どこが、素晴らしい物語なのだ?
どっちかというと、危うい物語だよなあ
年頃の娘を持つような年代になると「ちょ、ちょ、ちょと待ってよ。そんなに慌ててやるんじゃない!(何をやねん )ゆっくりお付き合いして、よく理解してから、そのお、なんというか、それなりに・・・」
と言いたくなるのではなかろうか!
が、それで止まる事が出来るようなら、素晴らしい恋物語にはならないのである
しょせん、恋とは、自分で操れる物ではなく、事故のように陥ってしまう物かも知れないと思えば、納得できるだろうか
夏 、バカンス 、恋の季節 なのです。
そして始めて知った事ですが、「ロマンだわあ」「ロマンスね」とよく使うが
romanロマンは小説、 romance ロマンスは恋の歌という意味で、違うのですね。今までごっちゃに考えてしました。
いつもの事ながら、意味を知るとビックリです。
それにしても、難しい曲を選んでしまったみたい。
今度ばかりは、リズムだけも音符でつかめるようにしましょう・・・でないと、ちゃんと歌えません!
と先生のお言葉・・・・頑張ります。ひええ~

C'est un beau roman, c'est une belle histoire
それは素晴らしい小説、素晴らしい物語
C'est une romance d'aujourd'hui
それは現代の恋の歌
Il rentrait chez lui, là-haut vers le brouillard
彼は、あの北の上の方、霧の立ちこめる地方に帰るところだった
Elle descendait dans le midi, le midi
彼女は南仏へ、南仏へと下降していた
Ils se sont trouvés au bord du chemin Sur l'autoroute des vacances
彼らはバカンスの高速道路の道路沿いで出遭った
C'était sans doute un jour de chance
それはきっと幸運の日だったのだろう
Ils avaient le ciel à portée de main
彼らの手の届くところに天国はあった
Un cadeau de la providence
神からの贈り物
Alors pourquoi penser au lendemain
だから明日のことを考えても仕方がない

Ils se sont cachés dans un grand champ de blé
彼らは広い麦畑に隠れた
Se laissant porter par les courants
成り行きに身を任せ
Se sont racontés leur vies qui commençaient
身の上話を語り合った
Ils n'étaient encore que des enfants, des enfants
彼らはまだ子供に過ぎなかった
Qui s'étaient trouvés au bord du chemin Sur l'autoroute des vacances
彼らはバカンスの高速道路の道路沿いで出遭った
C'était sans doute un jour de chance
それはきっと幸運の日だったのだろう
Qui cueillirent le ciel au creux de leurs mains
彼らは手のひらに天国をつかんだ
Comme on cueille la providence
人が幸運をつかみ取るように
Refusant de penser au lendemain
明日のことは考えようともせず

C'est un beau roman, c'est une belle histoire
それは素晴らしい小説、素晴らしい物語
C'est une romance d'aujourd'hui
それは現代の恋の歌
Il rentrait chez lui, là-haut vers le brouillard
彼は、あの北の上の方、霧の立ちこめる地方に帰るところだった
Elle descendait dans le midi, le midi
彼女は南仏へ、南仏へと下降していた
Ils se sont quittés au bord du matin
彼らは昼前に別れを交わした
Sur l'autoroute des vacances
バカンスの高速道路で
C'était fini le jour de chance
幸運の日は終わった
Ils reprirent alors chacun leur chemin
彼らはそれぞれの道を再び歩き始めた
Saluèrent la providence en se faisant un signe de la main
別れの手を振りながら神に感謝を捧げた
Il rentra chez lui, là-haut vers le brouillard
彼は、あの北の上の方、霧の立ちこめる地方に帰っていくだろう
Elle est descendue là-bas dans le
彼女はあそこへ下って行った
C'est un beau roman, c'est une belle histoire
それは素晴らしい小説、素晴らしい物語
C'est une romance d'aujourd'hui
それは現代の恋の歌

ということなのですが・・・・
最後の4行で、彼については未来形で帰るだろうと想像、彼女については複合過去なので、去っていったという状況を報告。
つまり、この現実は、彼女の視線で描かれていたのかと分かったのです。
はたして女のロマンが、男に通じるのであろうか
ひたすら懐疑に陥っているところです。

みみの里見学

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午前10時に、琵琶湖大橋湖畔の米プラザに集合し、大人11人、子供一人、犬一匹という大部隊を車3台に分けて、みみの里に向かう。琵琶湖大橋を超したらすぐで距離的には近いが、幹線道路から少し入ったところなので、初めてだと分かりづらいと思う。
正面がカッフェになっていて、みみの里の入口は別です。
まず、見学ということで、優しそうな館長さんが手話と口話を両方併用して説明してくださった。
その口話とぴったり合った手話に、自分がスラスラと手話を読み取っているかのような錯覚を起こしてしまうが、手話だけだと、全然読み取れていないはずだ。

長年の念願が叶って、この4月にみみの里がオープンしました。
身体障害者通所授産施設ということで定員30名ですが、現在16人とのこと。
聴覚障害者に限られていないのだけれど、今までの流れの中で聴覚障害者の利用が多い。
自立支援法により、今まで各地で自発的にされていた施設の延長だが、事業として成り立たないと、国からのお金が出なくなるらしい。
ここで働いたら生活費をまかなえる事が希望だが、一人あたり、月1万円ぐらいの収入にしかならず、おまけに、その中から施設の利用費を出して貰わなくてはいけない。それでも全国的に見たら平均以上ではあるということだ。
事業内容として
1,自律訓練、2,就労継続支援、3,就労移行訓練を行う。
障害者の支援施設はあちこちあるけれど、やはり安心して通える雰囲気のあるところというのが一番だろう、今は近くからの人が多いが、JRを使って来る人が増えたら、その対策も考えねばということです。
ろう学校を出て、すぐだと職場の中での挨拶や、応対などもなれていないのでそんな訓練もするとのことでした。
色々話してくださったのに、ちゃんと紹介できない・・・くく、悔しい~。
食堂のような広々としたと会議室で話を伺い、それに繋がる畳の部屋も、仕切りがないので、とても気持ちが良かったが、館長さんによると「お金がないので、出来てないところが沢山あります。実は、そこもドアを作らなくてはいけないのですが、その費用が無くて・・・冬になったら、すごく寒いと思います」と・・・
また、ここは事業所なので利益を上げなくてはいけない。でも場所が、道路沿いではなく、知った人しか来て貰えそうにない。特徴を出さなくてはと、喫茶では特別のバームクーヘンを売り物にしようと考えた。そして、最近はペットで行けるお店も関心を持たれだしたので、普通の喫茶室でなくドッグカフェにしてみようと考えた。そうしたら、犬のカットやシャンプーのトリミングも入れたらどうだろう。話題性としても取り上げやすいですよね。このお話しで、なんで『ドッグカフェ』なの?という謎が解けました。作業室では、3人の通所者の人が、縫製のお仕事をされていて、仕事中に飛び込んできた我々に、親切に説明をしてくださいました。5㎝ぐらいの布をミシンで接ぎ合わせてキルティングにする作業でしたが、細かい作業で大変。でもつなぎ合わされると、とても綺麗です。バックなどをつくれるとのことでした。
カフェは、お客さんが一杯で、一段落した12時に、カレーとバームクーヘンのランチをみんなで食べました。カフェの横にはガラス張りのバームクーヘン作業場所があり、でっかいバームクーヘンを作るところが、よく見えました。・・・FAX予約の紙に1本、1万円と書いてあったので、ミスプリではないかと思っていたのですが、その理由が分かりました。とても大きい筒状の焼き菓子を、切り分けて、あの丸いバームクーヘンになるのですね。1本で13から14個のバームクーヘンが出来上がるらしいのです。1回、バッサバッサと切り分けてみたい物だと思いました。
ドッグカフェは、ワンちゃん達が椅子に寝そべったり、繋がれて床に座ったり。一緒に連れてきていた小型犬はトリミングルームから大きい犬が出てきた、大きい声で吠え、お漏らしをしてしまいました。きっと、すごく恐かったのでしょう。
大型犬が温和しくても、小さい犬には、やはり脅威なのかなあ~と身につまされる思いでしたね。[:冷や汗:]


女のランチタイムはお喋りの花盛り

070603-1 一応片付けたのに、一日経てば、もうこの通り。
 あっという間に机の上は散乱してしまいました。トホホ・・
 雑用を始めると机の上は何処もこの状態です。
 今日は、午前中手話サークル。
 私の手話は見込みがないと自分でも思う。かれこれ3年。
 でも読み取りが、さっぱりできてない。
 運動神経がまるで駄目というのは、目が動きについて行けない
 と言うこともあるのではないか?と思う。
 人間、得手不得手があるのだから、諦めなければいいのだ。
 と聾の友人は言ってくれるが・・・
それにしても、指を動かすのも鈍いし、私が自由自在に使えるのは、やはり口しかないようだ。
これだけは自慢じゃないが、本当によく動くと思う。
聾の友達2人と手話通訳者2人と一緒に昼を食べに行って、手話で自由自在に話してる友達を見ていると、意志が通じ合えるということが、どんなに貴重なことと、すごく感じる。手話がわずかしか通じない私と話すときには、丁寧に分かるようにと気遣って教えてくださるが、打てば響きように、視線と指と体と表情で話し合ってる時の、ノビノビした様子を見ると、早く冗談がパーっと言い合えるようになりたいと思うが・・・
そこで
「指だけを見るんじゃない。顔全体、口の動きも見て、そしたら分かるから」といわれつつ・・・つい、指、指、と思って、必死になって指先を見ていると、指文字が読み取れなくて、益々焦ってしまう。「そ」+「長音」+「れ」???「そーれ」って何?
「口を見なさい。口を」と指さされて口元を見たら「ソープ」!!
「いえっ!なんちゅう話をしてるんだ!」と一瞬で目が輝いてしまった?
話題が面白そうだと集中力が高まるというのがよく分かる。
ふふ聞きたい?女同士って恐いわねえ・・・いえ、色々地域の話をしていただけなのですよ[:怒り:]
さて、
帰宅して、勉強のため、ラジオ講座を1時間聞いて、サークルの案内ファックの原案をパソコンで作成し、明日の連絡をメールで何人かに送り。
次は昨日の教室の録音した授業を、不要な部分をカットしてパソコンに取り込み、CDに作り直す。昨日、風邪で休んだ人のために家で勉強できるよう送ってあげるのだよ。昔と違って、先生の言ったことが、家にいても聞けると言うことはすごいことだと思う。
がしかし、気がつけば、8時を廻っていた。
晩ご飯を食べなければ・・・このごろ、本当に夕食を食べたくない。[:ラーメン:]
歳を取ったら食べなくてもどうもないと、母が言っていたけれど
「嘘やあー」と思っておったが・・・今になって分かる「本当だ」
それでも、食べたくなくても、私はとにかく食べるのだ・・・エライ!誰が褒めてくれるという物でもないが・・・[:拍手:]
なんだか、この頃は親元を離れた学生生活を送っているような気分だ。
これで、体さえ元気であってくれたら、何も文句は言わないのだが・・・
そろそろ、鍼が私を呼んでいる。来週月曜日に行ってこよう。[:がく~:]

マルチ商法を見せていただきました

さてさて、久しぶりです。先週は、忙しく毎日出歩いてました。
5月から、またJR定期券を購入し、元を取り返しています。
月曜日、語学講座。火曜日シャンソン教室。
水曜日手話サークル。 木曜日、個人レッスン。
金曜日は名古屋に・・マルチ商法見学会[:びっくり:]いったいこれは何だと思うでしょう?訳は後ほどご報告しましょう。
土曜日は市民防災講演会、午後京都駅前でNHKの講座、夜は鮎を食べに行きました。
こうして私の1週間はドタバタと過ぎていくのです。
 さて、やはり気になるのは、マルチ商法の見学会でしょうね。
何かというと、下着を買ったのですよ。役にも立たないと知りながら・・・
すごくお世話になった友達から「下着を試着してみない?」と声を掛けられて・・
お金目当てに友達を勧誘する人ではないので『誰か義理のある人から頼まれているのかな?』と勝手に気を回してしまった私がそそっかしいのですが・・・
まあ、10万円はするなあ?でも世話になってるし、まあいいか[:たらーっ:]と思って
行ったら、まあ、それでは、とても足りない値段でした。[:びっくり:]
彼女は、本当に善意で声を掛けてくれたみたいで、断っても構わなかったと後で思ったのですが・・・結果は購入することに・・・私も断れない性格で[:冷や汗:]
それが、火曜日でした。
その下着を着れば、繊維でマッサージ効果があり、脂肪が引き締まってスタイルが変わってくる、胸のない人は3サイズくらい大きくなるし、大きすぎる人は小さくすることも出来ます。しかし正しい着方をしてください[:唖然:]
この説明をする人は、サロン長といって、講習会かなんか受けてなるのだろうが、元看護士をしていたとか?
こんな医学的に根拠のないことを、よく信じ込んで言えるなあ~と感心する。
最後に、金曜日に名古屋でイベントがあるので、まったく費用は要りません。美味しいランチを一緒に食べましょうと一生懸命なお誘いがあった・・・
『ふうん、これがマルチ商法の洗脳会ってやつだな?』と思ったが、同行の友は善意の固まりみたい人なので、「あなたが行くなら一緒に行くわ」と言う。
まあ、どんなものか一辺体験してやれと思って行くことにする。
金曜日、サロン長と鴨の二人が、朝から新幹線で名古屋、地下鉄に乗り換え、タクシーに乗り換え、新興住宅地の中の一軒に到着する。35,6人の女性が、年齢層は70代から20代まで幅広い。
その集団のトップを束ねる「先生」なる人が挨拶を始めた。
宝塚の男役のような背が高くプロポーションも良く、話術も巧みな女性だ。
「私は、もともと、バレー実業団で活動していたので下着なんて意識にもなかった。胸なんてAカップで、ひたすら大胸筋。それが今Fカップですetc・・・」
「勧誘っていやでしょう。自分もそうだった。だから勧めなくて良い、私の好きな先生にあって、話を聞いてごらん、きっとすごく気が合うよと話してくれたらいいのです。そして試着てみたら、自分から欲しいと言うんですよ。そして良いのが分かって喜ばれる。」という話法を、聞いている人達にジワジワとしみこませていく。
一番下の会員登録をし、友達に買わせたら10%声かけ料が入る。
セットはだいたい60万から15万円だから、たとえば35万のセットを友達が買ったら3万5千が、気がつかないうちに入ってくるわけだ。
それが3人に増えると、インストラクターという扱いになり、25%オフ+お世話料5% つまり30%の収入になる。
それっていくらやねん。10万5千円かあ!ということは買わされる方は、その金額が買値に入っているということだ。
「私もはじめ、夢は何と聞かれて、値段を気にせずに買い物をしたい。と言ったら、そんな小さいことを考えるな!4年で家が建つよ。と言われた」・・・
これって、どこかで聞いた文句だよなあ~佐川急便も、5年で家が建つとか言われてドライバーが走り回ってるけれど、5年で体を壊す率の方が高いのでは・・・
「ノルマとか、強制は一切ありません、ファミリーはすごく暖かいです」
 ファミリーという言い方、まったく新興宗教だ。
まさに宗教と一緒で、マルチ商法の会員は自分が良いことをしていると思いこんでいるから、本当は付随している金のほうに目がくらんでいる事を置き忘れている。
始めは、無理せず予想外の金が入って、大喜びをするだろうが、友達だけで維持できる物ではない。「あなたにとって親友と思える人に勧めてください。嫌な人に勧めなくてもいいんよ。良い物を親しくない人にまで教えてやらんでもいいんだから」
おいおい、友達関係なくすでえ~・・・と、もう腹の中は、煮えくりかえって来ているのだが、まわりは、うっとりと聞き入り、肯き、笑い包まれて進行していく。
「エステサロンをしていたが、今では下着専門です。」
「昔は銀行に勤めていましたが、今はすごく楽しい毎日です」
「不二家の販売店をしていてケーキを売っていましたが、不祥事で全く行き詰まり、これで目の前が開けた、今はパンツを売るのに替えました」って笑えない話だ。
はじめは強制されているわけではないが、それがないと生活が成り立たなくなってくると、自らを追い込み出す。サロンを持つと言うことは、どこかのマンションの1室を借りて試着の場所を作らなくてはいけないから、家賃、契約料も取り返さなくてはいけない。
「うちのトップ達は、みな億万長者です」 う~ん、あくどくもうけてるんやなあ~と思わないのかな[:?:]
そして最後に、売り上げが優良のサロン長が、みんなの前で褒美を貰い、拍手拍手!!
これも、どこかで見た風景だと思ったら・・
今では公社から民営になるという、郵便局のかっての、営業推進会の風景だ。
その年度に成績の良かった局が集められ、大イベント、訓辞の後は、コンパニオン付きの宴会。和太鼓の乱れ打ちに、酒とご馳走で、みんな舞い上がっていたっけ!
職場にやり手の人が転勤してき一挙に成績UPさせられたので、出席を命じられて、一生に一度出た会議だが・・・
『公費で飲み食いするのか[:びっくり:]』
コップを握らされて、局長達が嬉々としてついでまわっていた。
私は一切口を付けず、勤務時間終了の時間となったら「失礼します」と帰ってきたが・・

昔の思い出がよみがえり、最後には気分が悪くなってきた・・・・
そして疲れ切って帰ってきたのでありました。