三寺参りとは・・・

8月26日の日曜日、美味しい蕎麦を食べに行こうという話から、4人で石山寺、岩間寺、三井寺と3寺を廻り最後に三井寺入り口横の「開運蕎麦」に行くこととなった。
若き日々、わたしは、蕎麦が大嫌いだった。
「何が悲しくて、あんなまずい物を食べなくてはいけないのだ」
がしかし、寄る年月とは人間の嗜好も帰るのです。今では蕎麦が好きなのです。
がしかし、寺!!未だに不信心な人間で、お賽銭を上げない。頭を下げない!
この子供時代の反抗心が、まだまだ消えていないようです。
生意気なガキだったのでしょうね。今では、生意気なババアだって・・・・[:ちっ:]
敬虔な3人のうち二人は、御朱印帳なるものと、帷子(お寺の判子を押して集め、棺桶にはいるときに着ていくそうです)まで持ってきている。
まさに爺ババの、お寺参りを地で行くのでありました。

がしかし、緑に包まれ山の中にはいると、同じ暑さでも凌ぎやすい。
息が楽になってくるような気がする。
石山寺は、ボーと後を付いて歩いている内に終わってしまう。
なんでも、紫式部さんが「源氏物語」を書いた場所と言われていて、来年の大河ドラマで、ドッと人が増えるのではないだろうかと言い合いながら
「いやぁ、ここ涼しそう、でも夜は蚊が多いよね。」
「夜は書いてはらへんやろ。電気無かったし暗すぎるやん」
と紫式部が「ほっといてんか」と言いそうな会話を交わして次は岩間寺。

070826_1 岩間寺は、滋賀県と京都府の境にある標高445mの岩間山嶺上にあり、車で下をウロウロするが入り口が、すごく分かりにくかった。
徒歩で行くとかなりな競歩を強いられそうだが、エライ物です。
この炎天下に歩いて登っている人がいらっしゃいましたぞ!
もう、御利益は君に譲ろう!ほおれ[:パー:]
ここの御利益の第一は、雷よけなのでありました。
ほら、これで安心して歩けるでありましょう。
ご本尊千手観世音菩薩は「汗かき観音」「雷除観音」「厄除観音」と呼ばれているそうです。
まだまだあります。
ボケ封じ近畿十楽観音霊場第四番とかで、5月10月の17日には、ぼけ封じ祈願法要が行われるそうでありますぞ[:びっくり:]


070826_2 静寂に包まれた境内とキャッチコピーにあったが、なんと静寂の変わりに、延々と途切れることのないご詠歌がスピーカーから流れ続けているのであった。
大昔は、きっと美声で美男のお坊さんが、延々とご詠歌を詠い。信者の伯母さん達は、うっとりと聞き惚れていたのかもしれないね。
と思いながらも、横に立っている石碑
「古池や蛙飛び込む水の音」
松尾芭蕉の真筆だそうですぞ!それにしても読みにくいけど・・・
これじゃあ、水の音など聞くのは難しいのではね?と思ってしまう。
さあて、何はなくとも白姫竜神
女人が拝むと美人になると伝わる。
保障は出来かねますが、美人になるかもよと言うことよ・・・「拝んでおこう!」


さあ、お腹が空いた。次は三井寺前の「開運蕎麦」で美味しい天蕎麦を食べ、三井寺参りだ。
広い境内の中に沢山の塔頭があり、まあ、バーゲンで言えば選り取り見取りね。
070826_3 わたしのお気に入り
名前が微妙に素敵でしょう。
人に言えない微妙な悩みは、ここに持ってきましょう。
とここで、Mちゃんからメール
「今朝から気分がスッキリしてきました。」
おう、素晴らしい!お寺に参った甲斐があるではないか!
賽銭も上げずに、言える台詞ではないが・・・・・
そこで、「何か厄除けを買っていってあげるわね」と返信する。
すると「縁結びにして」と返ってくる・・・・・
本当に、調子が上向きだあ[:拍手:]
神よ!仏よ!謝金取りよ!何でも良いから治してくれ!
070826_4と言いたいのは山々だが、焦っちゃあいけないと思い返す。
ばっちり、何にでも御利益の、四つ葉のクローバーストラップをゲットして帰ることにした。
この3等親のお地蔵さんは、なんとなく親近感がわいてかわいいでしょう。
短足民族、日本人!
しかし、昨今、足より気が短くなりすぎて、「おえりゃあせんわ」
のんびり生きられたらいいのに・・・・
さて、しだれ桜で有名な三井寺ですが、しだれ桜と言うより
暑さで『しだれた桜』というにふさわしい有様でした。
雨が待たれますね。








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ろくでなし  Mauvais Garçn 

「ろくでなし」 (Mauvais Garçon )
日本では、岩谷時子訳、越路吹雪さんが歌った、あまりにも知られた歌です。
これも、作詞作曲は、サルバドーレ・アダモです。
越路吹雪さんのお陰で、アダモの歌は、まるで、元々日本で出来たかのように思われるぐらい定着しています。
この「ろくでなし」も Mauvais Garçon(不良少年)とでも訳すところですが、「ろくでなし」
言い得て妙だと思います。
始めのとき先生に「ムベー・ギャルソン」って歌ってる曲です。と言うと
「ムベーには聞こえませんね。モヴェ じゃないですか?」 
たいして変わらないし、いいじゃんと思ったものでしたが、いえいえ、正しい発音が大切だと感じるこの頃です
ちなみに、我が先生の意見では
「この歌は楽譜が読める人には歌いにくいと思います。音符と言葉を当てはめようとするから、その点あなたは大丈夫ですね」
楽譜が読めない強さというのもあるようで・・・




Mauvais Garçn   (ろくでなし)

Ce jour-là dans ce viex bistro
その日 その古い酒場で
Au bout du monde mes souvenirs
僕の想い出は遠くへ飛んで行ってしまった
J'avais bu un peu plus qu'il n'faut
僕は飲み過ぎてしまった
Ça m' faisait mal de réfléchir
それで何も考えられなくなったのさ
J'etais rond j'en avais le droit
僕は酔っぱらったさ、仕方ないんだ
Elle me quittait à tout jamais
彼女は僕から永遠に去っていったんだ
Depuis on me montre dudoigt
そしてみんなは僕を責めて
Encore un peu on me pendait
その上僕をつるし上げたのさ
Le mauvais garçn , Le mauvais garçn
ろくでなし !ろくでなし!
Mon Dieu quelle façons , Oh oui quel polison
ああ、なんて態度、なんて悪ガキなんだ

Ce fameux jour où j'ai osé
僕が勇気を出した問題の日
M'endimancher un jour de s'maine
平日に晴れ着を着たのさ
Le commér's se sont demande
おしゃべり女達は怪しんだ
Pour quoi j'me donnais cette peine
どうして僕がわざわざ洒落込むのかと
Et quand le soir Je suis r'passé
そうして僕が夜になって、また通ったとき
En tenant poupeé par la main
人形のようなかわいこちゃんの手を取って
Les commér's se sont alarmées
おしゃべり女達は心配した
Comm'si j'avais volé leur pain
まるで僕があいつらのパンを盗んだみたいにさ
Le mauvais garçn , Le mauvais garçn
ろくでなし !ろくでなし!
Mon Dieu quelle façons , Oh oui quel polison
ああ、なんて態度、なんて悪ガキなんだ

Déterons la langue de guerre
舌戦を再開だ
Réunissons le comité
同志を集めようぜ
Mettons chauffer tout's les caf'tiéres
全部のコーヒーポットを沸かしてやろう
Excitons la curiosité
好奇心をかき立てるんだ
Bien qu'mon quartier soit le plus beau
僕の街は一番良いところだけれど
Je vais le quitter je le crains
悲しいけれど、おさらばさ
J'entends plus le chant des oiseaux
鳥の歌う声がもう聞こえない
Car ell's bourdonnent dès le matin
朝っぱらから、あの女達がうなるからさ
Le mauvais garçn , Le mauvais garçn
ろくでなし !ろくでなし!
Mon Dieu quelle façons , Oh oui quel polison
ああ、なんて態度、なんて悪ガキなんだ

caf'tiéres はコーヒーポット  cafétéria が喫茶店なんだけれど・・
だから、全集などは「そこらの喫茶店を大いに沸かしてやろう」
という訳になっていたけれど、コーヒーポットと訳してみました。
それとも歌詞のスペルが間違って印刷されてたのかな?
それとも、caf'tiéres で喫茶店という意味がフランスではあるのかな?
どうなんでしょうね?分からん、分からん、わかりましぇーん!

まあ、とにかく歌の形に、すこし近づいてきました。

色々な世界が・・

[:パンチ:]19日日曜日に友達と京都四条高島屋で開催されていた「堀文子展」に行ってきた。
絵画関係は、まったく弱い私は電話で話をしている内に絵画はすっかり頭の中から飛んでしまい、昼ご飯一緒に食べるんだと、ひたすら食い気に走った結果
「昼だし12時よね」と思いこみ約束の時間11時30分を12時に到着。
大幅に待たせてしまうことになった。ゴメン!
それにしても、かなりの「老人力」が付いてきたと自覚した次第です。
優しい彼女はけして怒らず「事故でもあったのかと心配したのよ」トホホ・・・
さて、先に絵画展を見ようと会場に行った。もちろん無料招待券です。
89歳になる女流画家の絵というので、古典的な日本画かな?
と思っていたら大違いで、面白かった。
89年の人生の中では、作風も年代によって、様々に変化していて、油絵のような感じや、まるで写真の上に書いたかのような物、抽象画みたいな作品・・・
と、さっぱり不案内な私にも楽しめる物でした。
彼女が80歳を超したときに、ヒマラヤまで行って書いたという「ブルーポピー」
もっと後で、手術をして外に出られなくなってから書き出したという極小世界、ミジンコの体の中まで書き込んでいる絵にはビックリだった。
この描きたいという、つきることのない情熱は何だろうと思う?
自分でも止めようがない意欲が、人間の持つ生きる力というものなのだろうか?
どんな場所で生きていても、命の根源には「気」というか「気力」がなくては生きていけないなと思うこの頃です。
その「気」というものは、自分だけの世界に閉じこもってていては生まれてこない様な気がする。
絵を描く行為は自分だけの事のようだが、大昔の洞窟絵でも、きっと誰かに見て欲しかったから描いたのだと思う。
人間は、群れの動物だと思わずにはいられれない。
対立も在るだろうが、共感に包まれた人間の輪の中で生きていたいものではないだろうか?
だから、私を分かってとアピールする方法として、絵画があり、音楽があり、もっと身近な料理やファッションだって、そうだと思うのですよ。
一人だったら、服なんぞ、いらん・・・・・
一人暮らしの私は、夏場は、部屋の中をほぼ裸でさまよっておりますぞ・・・・
「そんなことは止めてくれ~!聞いただけでも恐ろしい!」とは友達の声!
さて、恐ろしく話がワープしますね[:びっくり:]
共感という世界を、拒否という壁で囲まれてしまったとき、人は耐えられなくなって病気が起きるのではないかしら?
今の時代、あまりにも心の病が多すぎるよね。

心の病気と闘病中のMちゃんは、今週はひたすら下降線を彷徨っている。
16日に、私の料理の種が尽きて、何も出来ないときのカレー!
朝から大量(15人分くらい)のカレーを作って持って行く。
タッパーに入れて持って行ったら、まださめていなかったから蓋がずれて中でこぼれていた。ビニールで二重にくるんでいたが、電車の中にカレーのにおいが、確かに漂っていたよなあ[:怒り:]
二人で「キャーキャー」と大騒ぎして鍋に移し、買い物も一緒に行って帰宅した子供のS君と3人で昼を食べる。
お喋りしていると本当にしっかり自分の気持ちも人の気持ちも分かっている。
だけど、外に出るのが耐えられない・・・・・だから病気なのだろうが・・
子供が20日からキャンプで留守になる。
21日に一人だけで居るのが大丈夫か行ってみようと思ったがメールを入れると
「ごめんなさい」と断りのメールがくる。
メールの返事に「色々迷惑かけて済みません」「気を遣わせてごめんなさい」
「ごめんなさい、外で食事は無理です」とこの誤りモードが増えると良くない。
何とか良い方法はないものだろうか?
何よりの救いは、子供のS君が側にいることだと思う。
本人が「治らないかも?」と不安に思っているのに、私まで悩み出したらいけないよね。

大きな「気」を天から、地から、友達から貰いましょう!
みんな、パワーを送ってね[:パンチ:]

オペラって歌舞伎みたいなもの?

クラシック第2弾は8月18日土曜。京都コンサート小ホールで、
オペラ・アンサンサンブル「出口武とその仲間達」に行かせていただきました。
出口武さんの教室の発表会、11年目だそうですが、私は始めてです。
もちろんクラシックには縁のない私、題を見ても何がなにやらという有様。
オペラっていうんで、歌だけでなく演技も入ので、よりむずかしいよね~。
みんな一生懸命で、右手と右足を一緒に動かしそうな緊張感が伝わってきて、微笑ましい。
皆さんお上手でしたが、私は、ラ・ボエームのロドルフォとアイーダでアイーダの訳になったお二人の声が好きになりました。
テノールの声って、なんか甘さと切なさがあって良いよね~。また骨太のソプラノの声(そんな表現あるのかしら)って天国が見えてくる感じ。

それにしても、オペラとはヨーロッパの歌舞伎か!!と思ったのであります。
日本の歌舞伎でもそうだけれど、一つの作品を通しでやると言うことが少ないので、内容を知っていないと???なんでこうなるの・・・
忠臣蔵だって、勧進帳だってストーリーが分かっているという了解の下で、やる方も見る方もあるから部分上演でも納得というように、オペラを見る人も一緒なんでしょうね。
上演の前に背景の説明を入れて貰えたので、だいたい想像で補ってという状態でしたが、でも分からない事が一杯で、私の頭の中は「何で何で」の知りたいモードが溢れてくる。
「ラ・ボエーム」パリのお針子さんの恋物語で題もフランス語なのに、なんでイタリア語でやるんや?イタリア語でも「ラ・ボエーム」っていうんかな?

「アイーダ」
エチオピアの女王がなんでエジプトの奴隷なんや?
本当に昔あった話なの?
エチオピア人なのに真っ白やんか?
なんで、それがエジプトの話がイタリア語のオペラなんや?
と疑問の泉がわいてくる。

「アイーダ」は劇団四季でも上演されて有名なオペラだから、知ってる人はよく知っているのでしょうね。
エジプトの女王がアイーダに嫉妬して、恋人達を死に導くらしい・・・

そこで、あとでネット検索
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1871年に初演されたオペラ「アイーダ」は、その後の「オテロ」や「ファルスタッフ」に次ぐヴェルディの最高級の傑作で、かつ演奏規模(必要とされる楽器編成や合唱団、バレエ団など)もイタリア・オペラ最大級の超大作です。
オペラ「アイーダ」の作曲が依頼された背景には、1869年にエジプトで起こった2つの大きな出来事がありました。

それは、「スエズ運河の開通」と「カイロのオペラ劇場の完成」です。

オペラ「アイーダ」は、これらの記念オペラとして、当時のエジプト太守(副王)イスマイル・パシャに作曲を依頼されていたものだったのです
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という事で創作劇で、始めはエジプトで上演されたんだ。へえ~!

題材は
●古代エジプト新王国 第20王朝のラムセス3世治世時代(紀元前1198-1166)の末期に起こったとされる陰謀と裁判記録 
●メンフィスの神殿跡から発見された一組の男女の遺骨
これを原案として、フランス人のカミーユ・デュ・ロークル(1832-1903)がフランス語の散文体(そのままオペラの歌詞に出来ないような小説風の文章)でオペラの原作を書き上げ、イタリア人のイタリアのヴェルディ作曲して貰って出来たんだそうです。詳細は省略。

だからヨーロッパ人が勝手に作ったんではなく、エジプトの依頼で、エジプトの納得の上で作られているんですね。

そうかそうか。分かった分かった・・・・・と一人で納得しています。

歌舞伎にしてもオペラにしても一緒だけれど、話自体は唐突だなあと思うことがあるけど
「蝶々夫人」だってね、明治初期に男と女の対等な国際ラブストーリーがうまえれえるか!
と思ってしまうが、それは置いといても、鎖国からの解放という歴史の知識や背景が分かってないと訳がわからないよね。
だからオペラを楽しもうというのも大変なんだ。
それより、その役を演じようと思ったらギリシャ時代の演劇まで遡らなくていけない。
誰だったか俳優さんがヨーロッパで演劇を志したが、古典を知らなくては現代劇もやれないと分かって諦めたと言っていたのを聞いたことがあるけど・・・・
何でも、大変なんだな~と思った次第です。

とてもとても、クラシックまで興味の範囲を広げるには、私の命の時間は足りないようですわ。

猛暑被害

猛暑を越して酷暑ですね。
でもエアコンの嫌いな私は、この夏に入ってエアコンを入れたのは3回だけ。
台風の二日間と一昨日15日の蒸し暑さにたまりかね眠れなくて冷房を入れてしまった。
ご近所では「24時間冷房を入れてるわ」という家も多いらしい。
昼間は汗を流しながらでも、窓を開け放って生活する方が気持ちが良いのだが・・
でも人間よりパソコンのほうが暑さに弱いようだ。このところとても調子が悪い。
暑さの所為だけではないのだろうが、機器類はたしかに暑さでおかしくなる。だから、会社では人間のためというより機械類をおかしくしないために冷房温度を設定している様なものだ。
さて、我が家のパソコン。立ち上げてもインターネットに繋がるまで10分ぐらいかかったり、フリーズが頻繁に起こるので、とうとう東芝のサポートセンターに電話を入れた。
この電話がまたなかなか繋がってくれない。
「大変混雑しております。このまま待つか、お掛け直し下さい」
お盆の間は休みで家でパソコンを使って苦情が多いのかな?と思ったがお盆が開けても一緒。さんざん待って、やっと繋がった。
状況を話すと「初期化するしかないでしょう」
うえ~、初期化すると、色々設定し直しが大変なのだ。前のパソコンでさんざん苦労したので、外付けハードディスクで、自分のドキュメントだけはバックアップできる体制をとっていたけれど、毎日更新は面倒なのでサボっていた。
だがこの事態だ。今日しておかなくてはとバックアップにかかると、途中でストップして出来なくなった。
「何で何で?」分からないので、隣の上新電機に持っていって聞くと
「落としたことがありますね?カバーが壊れている」
そう言えば掃除をしたときに落っことしたっけ!
「ハードディスクは繊細なものなので壊れやすいです」
パソコンの調子が悪い上に、バックアップディスクまでもか!![:びっくり:]
外付けHDを買い直して、祈るような気持ちで再度BUにチャレンジする。これが出来なければ、今までの書類から何からおじゃんだからね。
ネット接続は外して、パソコンを再起動させ(これもフリーズせずに動いてね)恐る恐るケーブルを繋いでクリック。
「行けた!」まあ、パソコンを初期化しても、なんとか大切な記録を戻すことが出来る見通しが付いた。
パソコンは消耗品ですぞ。これに入れてあるからと安心するとエライ目に遭います。
大事な事は、かならず二重三重に控えをしておくことですね。結局書いて保存するのが一番かもね。もっと確実なのは頭で記憶しておくことだろうが、いやあ、それはハードディスクより壊れやすそうだ。
とのかく近日中にパソコンの初期化をやってみましょう。しゃあない[:悲しい:]
これももしかしたら今年の猛暑被害かな[:晴れ:]

水に流して (Non, Je ne regrette rien )

エディット・ピアフの歌の中では、あまり知られていない歌だと思います。
7月からシャンソン教室に入った仏語堪能、音楽はベテラン楽譜がなければ自分で聞いて作りますという恐ろしいほど何でも出来る新人さんのお勧めの曲です。
私は今回初めて聞きました。
歌についての謂われはネット検索から借用したのですが

作詞ミッシェル・ヴォケール作曲シャルル・デュモン
倒産に追い込まれそうになっていたオランピア劇場のため、1960年12月29日~1961年4月6日まで、4回目の奇跡の<オランピア劇場>公演をしたそうです。
「公演は連日超満員で三ヶ月休みなしのロングランとなった。オランピア劇場は今の金額で約8億円を売上げ倒産を免れた」(朝日新聞、98.1.18号、20世紀の100人)
・《水に流して》録音、最後の大ヒットとなった。

ということで、この2年後47歳でピアフはなくなりますので、最後の大ヒット曲だったのですね。
そう思うと、カンツォーネのようなこの堂々とした歌いっぷりと、全てを振り捨てたわという歌詞に彼女の人生の全てが歌われているような気がします。

Non, Je ne regrette rien   私は、何も後悔しない  
と彼女は歌い上げます。
興行収入もすごい。1960年の8億円ですよ!
3億円の現金輸送車が襲われて大騒ぎになったのは、もっと後の時代だと思うんだけど信じられない金額ですよね!
ではでは歌の内容を紹介します。

Non, Je ne regrette rien
   ( 邦題 水に流して   対訳 いえ、私はまったく後悔しません

Non ! Rien de rien   Non! Je ne regrette rien
 いえ、全然!    いえ、私は何も後悔しない
Ni le bien   qu' on m'a fait    Ni le mal Tout ça m'est bien égal !
人が私にした良いことも悪いことも   すべてどうでも構わないわ
Non ! Rien de rien    Non! Je ne regrette rien 
いえ、全然!    いえ、私は何も後悔しない
C'est payé , Balayé , Oublié , Je me fous du passé !
それは支払った、精算した、忘れた  私にとって過去はどうだって良い
Avec mes souvniers J' ai allumé le feu,
私の思いで達に火をつけて燃やしてしまった
Mes chagrins , mes plaisirs , Je n'ai plus besoin d'eux !
今までの私の悲しみも喜びも    私にはもう必要ないわ
 Balayés mes amours Avec leurs tremolos ,
トレモロみたいな恋の数々は精算した
Balayés pour tojours Je repars à zero
永久に精算した   私はゼロから再出発する

Non ! Rien de rien     Non! Je ne regrette rien
 いえ、全然!    いえ、私は何も後悔しない
Ni le bien  qu' on m'a fait Ni le mal    Tout ça m'est bien égal !
人が私にした良いことも悪いことも   すべてどうでも構わないわ
Non ! Rien de rien    Non! Je ne regrette rien 
いえ、全然!    いえ、私は何も後悔しない
Car ma vie , Car mes joies ,
私の人生だから、私の喜びだから・・・
Aujord'hui ,   Ça commence avec toi !
今日、 それはあなたと共に 始まるの


この最後に   Ça commence avec toi ! の
toiあなた、それもごく親しい「あんた」という感じの toi が出てきたので、教室で一番フランス語の堪能なYさんは「ほら、toi が最後に出てきたわよ」と大喜びで
「このtoi は、一体誰だ」と大騒動になりました。
もしかしたら、この作曲をしたシャルル・デュモンかな?なんて・・・・
だって、彼はピアフのために40曲も作曲してるんですよ・・・・

まあ。ゴタゴタ言わずに、歌ってみてください。もしくは聞いてみてください。
過去なんて要らない。私には未来だけで良いのだ!
その気概が貰えます

猛暑が続く

このところの暑さは凄い[:晴れ:][:晴れ:]
昼下がりに外を少し歩いただけで、喉の渇きがひどく、家ではいつも熱いお茶しか飲まない私が、友達から貰った杜仲茶のパックを沸かして冷たいお茶を作り、がぶ飲みしてしまっている。
この暑さの中、炎天下で労働している人達の事を思うと申し訳ない気持ちだが、日盛りは外に出るのが恐ろしいぐらいの暑さだ。
暑さのピークが過ぎてくれるのをひたすら待っているこの頃・・・
Mちゃんは昨日も、土曜の余韻で元気が続いていると言う。
一安心だ[:拍手:]
私は、学校も休み手話サークルも休みで、今週は本当の夏期休暇だ。
今週は寝るぞ!っていつもゴロゴロ寝てるんだけれど・・・・
夏は、昼下がりの豚になってグータラすごすのが健康の源なのです。

思えば、去年は8月12日に、京都で昼下がりの一人ライブをやったのだった。
夏の一番暑いときに、よくやったこと、そして、その暑さの中よくも40人も来てくださったと、改めて驚きと感謝ですよ。
もう8月にする元気はないなあ~!今度は季節の良い時期に考えたい物です。
それに、今は仏語の勉強をかなり一生懸命やり出したので、ちょっと手一杯というところです。
この歳で語学をやり出して、物になるわけはないかもしれないけれど
「勉強が面白い」[:びっくり:]
語学は、全くの苦手、絶対出来ない物の一つだと思っていたので、諦めずに続けている自分に、まず自分がビックリしている。
この感覚を若かりし日に持っていたら、どんなにお利口になっていたでしょうね。

何の役に立つのか?
と言われても分からないけれど・・・・
分からなかったことが、「分かった!」と思えるとき、すごく嬉しい。
勉強の楽しさは、それにつきるのではないだろうか?
その醍醐味を味わう事は、今の学校教育では、ほとんど出来ないだろうな~
どんな分野でもいいねん、子供に「面白い!もっと知りたい。自分で探そう!」
と思わせる授業が出来る先生が必要だと、つくづく思う。
私の今教えて貰ってる先生方は、とっても素晴らしい。
歳は、私の方が遙かに上なんだけれど、すっかり小学生気分で教えて貰ってます。


法事の季節

今年は兄の初盆になる。
盆の間に法要があると思って予定していたら、その前に「施餓鬼」をお寺でするからと義姉より連絡が入り、今日明日と行ってくる。
「施餓鬼」という言葉は知っていたが、実際に自分が参加することがあろうとは思っていなかった。
お寺でするのは、「施餓鬼会」というのが本来であるらしい。
面白いことに、60歳以上の人はご存じだが、団塊の世代以降に「知ってる?」と聞くと
「それ何?」と、ほとんど知らない。
仏教文化の端境期かと思ってしまった。

施餓鬼とは、特定の霊を供養するものではなく、餓鬼道に落ち、成仏できなくて彷徨ってる霊を救うためにお寺が行う行事だと思っていた。
だから、葬式を出した者まで対象になるのかと驚いた次第だ。
まあ宗旨宗旨でいろいろな事情があるのでしょう。
ネットを調べたら、下記のごとくでした。

=====================================
施餓鬼会は、もともと特定の霊を供養するものではなく、供養に恵まれないさまざまの霊を対象としたものです。
また、水難で死んだ人の供養のためには、川辺や海岸に「施餓鬼棚」を設け、法要を営むこともあります。それぞれ、「川施餓鬼」「浜施餓鬼」と呼ばれています。
本来、施餓鬼会は、お寺で随時営まれていましたが、最近では、お盆の行事の一つとして行われることが多くなりました。
また、百か日の法要や、年忌の追善供養の時などにも営まれます。四隅に、五如来の名を記した五色の旗、施餓鬼幡をたてた施餓鬼壇に、「三界万霊」と書いた紙か位牌を安置します。三界万霊とは、欲界・色界・無色界の三つの迷いに溢れた世界に生きる、諸々の霊のことをさしています。 
 お盆や年忌法要の時は、新亡や先亡たちの位牌も、安置します。位牌の前に、ご飯・水・野菜・果物・菓子など諸々の食物を供え、あらゆる餓鬼に施します。
施餓鬼会を行い、三界万霊を供養することは、その功徳が、施主やその先祖まで及び、先祖への追善ともなります。百か日や年忌の法要の時、できるだけ、お寺に頼んで、施餓鬼会も営んであげたいものです。
====================================
形式だけの法事というものが嫌いで、親が生きている間は、絶対自分が行くことはなかったが、親を亡くしてみると、法事に行くようになるものですね。
私にとっては、兄弟に会える、一つの機会と思っておりますが・・・・
暑い盛りで、遠方だったり、体の具合が悪かったりと5人の内、二人しか参加できない。
それも淋しいことだと思う・・・・・

暑い!暑い!覚悟して出て行こう[:冷や汗:]
月曜に、やっと鍼に行ってきて
「なんという背中だ!倒れないように気をつけてください」と言われた。
股関節が悪くなって来て痛むのかと思っていたら、背中の筋という筋がバリバリに張っていたそうだ。
でも骨を痛めていたのではないと分かって、まあ安心か?
それにしても、なんでこんなに体が痛むんだろう。グスン!

体力が欲しいよ~

無い物ねだりはしても無駄だが、体力が欲しいなあとつくづく思う。
京都まで行って帰ってくるだけで、草臥れきってしまう自分に、ちょっとウンザリ。
土曜日も、教科書を鞄に、キャリーバック一杯に総菜を作って持って行く。
駅まで迎えに来てとメールを入れたら、時間がないと思って力走して駆けつけてくれた。
「走るのって何年ぶりだろう」って、よしよし、それだけの元気があるなら。
私だったら2階になる彼女の部屋まで、階段を一段ずつ、引っ張り上げるキャリーバックを、彼女は片手で持ち、スイスイと玄関まで運ぶ。
「体力だけは、落ちてへんよね[:びっくり:]」
「そやねん。みたところ全然病人にみえないみたいなんよ。普通、鬱の人ってゲッソリやせてるもんなんやけどねえ」
瘠せなくてもエエ!体はともかく、心が瘠せてしまっているのだからね[:撃沈:]
今回のメニューはというか、今回もお馴染み夏野菜ピクルス2キロ、鶏手羽パイナップル煮、鶏肉のカレー醤油焼き、牛肉とゴボウの佃煮風、青唐辛子とチリメンの炒め物、大豆の五目煮(大豆、蒟蒻、干し椎茸、人参、昆布)ほれ、ちゃんと5種類になってるでしょう。
栄養のバランスをと考えているのですが、海藻が、まだ足りていない。
夏場は食料を腐らせないよう持って行くのも大変なので、次からは行って一緒に作るよう持って行こうという考えもあり、また、私が草臥れてきているせいもあったのだが、「台所を使える状態に持って行こうよ」と持ちかけた。
急かしてはいけないと分かっていても、つい頑張れ風な言葉を言ってしまったのかも・・
それがプレッシャーになったのかもしれない。
昨日電話したら、また、気分の落ち込みがぶり返していて、あちゃ~と思った!
「そんなものよ。良くなったら、また悪くなる。それの繰り返しで、少しずつ代わっていくんだから気にしない。また波が来たと思いなさい」
「何言われても、心に届かん感じやわ」
たしかにそうだろう。だから鬱なんだ!
私も反省。焦るんじゃない。
Mちゃんだけでなく、私も焦らず付き合おうと改めて思う。
4日には彼女が、始めて自分から、我が家に来ると言ったので、無理をしてはいけないが来てくれる事を楽しみに待つっている。
琵琶湖を見て、比良の山並みを見て、ゆっくり昼寝をしてくれると良いなあ~
8月の滑り出しです[:ハート:]