汚職も体力勝負だ~

8年間で300回のゴルフ接待!
300を8で割ると1年で37.5回。それを12で割ると3.125回。
ということは、守屋武昌・前防衛次官は8年間、ほぼ毎月3回はゴルフに出かけなくてはいけなかったのだ。すごい体力と感心してしまう。
そんなに行ったら、私なら寝込んでしまいそうだあ。
そして、行きたくない!と絶対思う。
だから出世するする人は、もの凄い体力がなくてはいけないんだなと感心!
それから、驚くのは、人から出してもらったお金で楽しめるのか?
私は去年の秋に行ったハイキングで財布を忘れ、後の飲み会で3千円貸してもらい、新年会で会ったときにお返しするつもりが、相手が欠席。
そのうち会えると思っていたら、毎月の会合でもすれ違いで、その借金がまだ未返済で気になって仕方がない。
いつも頭の隅にあって・・現金書留で送ろうか、それも失礼だし・・・
先日、1年越しになりますが、次の新年会でお返ししますのでとお詫びを入れた。
先方の方が恐縮してくださって、益々恥じ入るばかりです・・
が、3千円でも、重き荷を背負った気になるのだ・・・・
何百万も、言われ無きお金を人様から出してもらうなんて考えられない!
なんて根性があるんでしょう!守屋さんは・・
安心して眠れたのかしら?
心から楽しいと思ってゴルフが出来たのかな?
いくら豪遊をさせてもらっても、裏に思惑のある相手と一緒では楽しいどころかと思うのだが?
遊びとは、利害関係のない、職業も地位も離れた中で、始めて生まれる物では無かろうか?
だから、山の中に入って、一緒に歩き、テントで飯を食い、年も職業も忘れて、笑い歌える山の仲間と過ごすときは、本当に楽しかった。
今では、テントで行く山には付いていけないけれど・・
そして、ご馳走とは
船場吉兆なんてところで、一人何万円もするものを食べても心底は美味しくないと思う。
田舎家に住む友達に招かれ、自分で作ってくれた野菜や地鶏の鍋を囲み、いくらかのアルコールで話が弾みながら食べる食事が最高の美味だと思うのだ。
だから、下手くそだけれど私も、時々、人に来て貰って焼き肉や土鍋料理で我が家宴会をする。
そこには馬鹿話はあるけれど、裏取引はない!
まま、あるのは肉の奪い合いだけであるが、ほぼ平和解決している。

出世するって、本当は、大変しんどいことなのではないだろうか?
そして、一番大切なもの、本音を言ってくれる友達を無くす事ではないだろうか?
みんながみんな、そうではないかもしれない。
出世というか、日本のリーダーシップをとっていて、なおかつ良き友を持ち、人格者という人も、そりゃあいてはるかもしれんけど・・・
いや、いて欲しいものだと、思わずにはいられません。
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LA MAR  (ラ・メール)

La mer (ラ・メール)
言わずとしれたシャルル・トレネの代表作です。
トレネは1913年フランス南部のナルボンヌの名家に生まれたそうですが、
この La,Mer は青春時代のトレネが、地中化沿いの列車に乗った時に生まれたそうです。
見る物、聞く物が、すべて音楽となって流れ出す。
そんな日々を送っていたのでしょうね。
彼の声から、キラキラと輝く紺碧の海と空が、そのまま伝わってくるようです。
詩としては短くて、繰り返しだから、覚えやすいはずなのに・・・
なぜか、私は、まだ覚え切れていないのです。
4番まであり歌詞も難しい 「ラ・ボエーム」 をすぐに覚えられたのに、どうしてでしょうね。
それは「ラ・ボエーム」はドラマだからストーリーで覚える。
「ラ・メール」風景の描写なんですよね。感情の流れとは違う世界。
そう・・・・ 私は情念の女だから・・・
海と空を大らかに歌い上げる、この歌。
まったく歯が立ちませんでした。
「あなたの歌では日本海に見えます。地中海ではありません!」
と先生は言った。
だって、つい「津軽海峡~」の様な、こぶしが入ってくるのですよ。
無理だ・・・と思いつつ2年以上、続けて、最近やっと言って貰えた。
「地中海が見えてきました。」
でも、まだ地中海でおぼれそうになっている状態かな?
抜き手を切って泳ぐがごとく、滑らかに大らかに歌えるようになりたい物です。

そして短い詩なのに、日本人の感覚では、どうにも訳しきれない部分がある。
きっと、フランス人なら、生まれながらの感性で理解できるのだろうが・・
空の雲が、純粋な天使のようだ・・
永遠の紺碧の羊飼いの娘・・・
なんかしっくり腑に落ちなくて、それで歌詞が入らなかったのかもしれない。
言葉の端々に捕らわれず、全体のイメージでつかもうと思うのでした。

La Mer (海)

La mer , qu'on voit danser le long des golfs clairs
海よ!明るい湾の波打ち際は、浪が踊っているように見える
A des reflets d'argent La mer Des reflets changents sous la pluie
銀の光に輝く 海よ  その光は雨の下で変わっていく
La mer , Au ciel d'été confond ses blancs moutons
海よ 、夏の空の下 白い羊のような浪が
Avec les anges si purs
とっても純粋な天使 のように見える
La mer bergér d'azur infinie
海は永遠の青空にいる羊飼いの娘だ

Voyez Prés des etangs Ces grands roseaux mouillés
ごらん 水たまりの側の 濡れた葦の群れを
Voyez , Ces oiseaux blancs
ごらん  あの白い鳥たちを
Et c'est maisons rouillées
そして 潮風に錆びた家々を
La mer , Les a bercés Le long des golfes clairs
海は それらを優しくゆする   明るい入り江に沿って
Et d'une chanson d'amour
そして愛の歌で
La mer A bercé mon cœur
海は 私の心を優しくゆする
Pour la vie
いつまでも

繰り返し

病院との相性もある

市民検診を1年に一回受けている。
退職後の健康診断と思って、10月か11月に受診する。
今回は、10月22日に行った話はブログに書いたと思います。
その時の、担当医が、どうも私とは相性が悪い。だから足が向かなくて、時間帯を変えて夕方5時からの診察時間に行ってきた。
もちろん担当医は違う人だ。
「血圧も肝臓関係も正常ですが、コレステロールが高すぎます。」
312という数値には私もビックリした。
中性脂肪は56で、まったく正常数値なのに、総コレステロールが非常に高い。
「善玉コレステロールも高いのではありませんか」
HDLは103だからかなり高い。
「高いけれど、それ以上にコレステロール値が高すぎます。薬を飲むか食事を制限するしかないですね。食事は小分けして食べて・・」
胃を切っている私は、かなり一般人より少ない食事量なのだが・・
BMIは20.3でこれ以上下げると瘠せすぎになる。
遺伝的に、コレステロールが高めなのかもしれない。
しかし他にも原因がある。
このところ歩く量が減ってきてる、食事の内容に気をつけなくなってしまった。
気をつければ、また240ぐらいまでは下げる自信はある。
と思っていたら
「薬を飲む気はないのでか。」
「薬は飲みません」
「これからも飲まないつもりですか」 なんかメチャ切り口上とちがう?
「はい、飲みません。」とこちらも返事をしてしまう。
頭の中では、自分で、しばらくコントロールして3ヶ月ごとに血液検査をしてみよう。
薬というなら、それから考えたらいいのだ。私は正常値まで戻すのだ・・・
と色々思いは巡っていたんだが、それを伝える会話が出来ない。
薬を拒否する患者!とレッテルを貼られたようだ。
「癌で死ぬかと思ってたけど、脳梗塞で死にそうですね」というと
「心筋梗塞です!」と断言してくださった。
ころっと死ねたら、それはそれで有り難いが、ハッキリ言って今すぐ、どうこうなる状態でもないし、
「食事に気をつけて時々検査を受けて下さい」というのが順当ではないかい?
なんか、すごく嫌な気分になって帰ってきた。
やっぱり、ここは相性が悪い、二度と行くのは止そう。
さあ今日から、食事の管理と運動の記録をしっかり残していきます。

冬の虹の儚さ

どうも風邪が治らない。
いつものことだが熱はないのに、鼻が炎症を起こし、喉が痛くて寒気が引かない。
今週は薬を変えて貰ってアレルギーを抑える点鼻薬もだしてもらう。
しかたがない、今週はダウンだと諦めよう。
先週の授業の復習が全く出来ていないけれど、体が言うことを聞かない。
それでも、約束事は守らなくては、火曜日は京都にでる。早々に帰ったが、やっぱり疲れてすぐに寝てしまった。
水曜日は手話サークル。先週も風邪で休んだし、今日の教材は私が保管しているので休むわけにはいかない。みんなと会って勉強しているときは元気なのだが・・
071121-1
2週間ぶりのS君は、なぜか7.3分けで大人顔に成長してしまっていた。
 赤ちゃんの成長、進歩って、もの凄いものがあると、つくづく感心する。
 読み取り練習は、集中力が続かない。
 ほんの一瞬の動きに「アレって何?」と思うけれど、さて、どういう動きだったか再現しようとしても出来ない。
読み取りを間違えては大笑い。
 年寄りは仕方がないねえ。
 でも、こんな若い?時代から手話を見て育ったら、未来は強いものがあるでしょうね。
 未来の若者に期待しようではないか!というか、するしかない!
帰宅して、1時間ほど死んだように眠り、4時前の電車で、Mちゃん宅に食料を持って行く。
ここ2,3日、電話の声が、あまりにもつらそうだったので心配したが、出迎えに出てきてくれていた。
夜に行くのは始めて「晩飯は、あんたん所で食べるからね。」
と言って、嫌がる彼女の尻を叩き、御飯を炊かせて、持って行った総菜を温め、一緒に食べる。
暖かいおでんと、スキヤキ風の煮物、野菜炒め等を食べると、ほっこりして、彼女の顔の表情もトロンとしてきた。
そこで、ボチボチと1週間の経過を聞くと、医者とかなりのやり合いをしたのが、また心にひっかっっかているいるようだ。
怒りの爆発をする自分が、鬱だけでなく境界型の病気ではないだろうかと怯えている。
が、内容を聞いたら、「あんたの感性は正常だよ。心配すな!今まで感情を殺してしまってたけど、感情をはき出せるようになったんだから、より治ってきたんだよ」と私は断言した。
一人思い悩むより、人にはき出すことが大切だと、しみじみ思う。
人の気持ちが見えすぎる、分かりすぎる。そして先回りして考えすぎる。
頭が良すぎると言うことかなあ~・・
もっともっと鈍感力を鍛えなくては・・・
職場復帰はそれからだと腹を括り治す。
9時頃の電車で家に戻った。
風呂は止めて寝ることにする。風呂?しばし入ってないが、構わないでしょう[:楽しい:]
それでも体が冷える。電気あんかを夜明けに出して、体を温め治し8時前まで寝てしまった。
071122-1  
 今日木曜日は、寒々とした曇り空。
 時々日は差すが、時雨れてくる。
 こう言うときには虹がよく出る。
 虹は綺麗だが、すぐに消えてしまう。
 人間の命なんて、虹のようにはかないものだ。
 はかない!はかない!
 そうだ暖かいパンツを履こう!
 人間体を温めないと、気力が落ちる。
 としっかり思い直すのでありました。




 

亀の気持ち

二週間前の朝日新聞の投稿欄「いわせてもらお」だったっけ
「そうだ。これが私の気持ちだ!」と同感したコメントがあった。
それは
「小学1年の息子に、そんなに慌てなくても、ウサギとカメだってゆっくり行った亀さんが勝ったでしょうと言ったら、その子が、お母さん、それは違う。亀はもの凄く焦っていたんだよ!」という様な内容だったと思う。
そうなんよ、端から見たらのんびりトロトロやってるように見える人。
でも、鈍くさかろうと何だろうとやってる本人は必死で目一杯踏ん張ってるんだぞ。
その子は7才にして、その心理を見抜いているのだ。君は偉い!
おお、この亀こそ、私だ・・・・と思った次第です。
朝起きて、御飯を食べるまでに、部屋を少し片付けようとあっちウロウロ、こっちウロウロ。何が出来ると言うわけでもないのに2時間ぐらいすぐ経ってしまい、朝食をすませば、あっという間に昼が来る。昼を食べて、ちょっと休んだと思ったらすぐに夜。暗くなったらパソコン作業も目が疲れて・・・
なんでこんなにトロイんだ!と思うが気持ちは焦っても体が付いていかない。
それでも、アレもしなくてはこれもしなくてはと気持ちの中だけで抱えてしまう。
そして、誰かしてくれませんか?という時に、「やります」と言ってしまう癖がある。
誰かが引き受けないと困るんだろうなあと思うと、つい「私で良ければ」となってしまう。
出来ることならした方が良いと思う、でも本当に手に余ることには「non!」を言った方が正直なのだ。
そうでないと、受けた仕事の重さと、それをちゃんと出来ない自分に気が重くなって機嫌の悪い顔になってしまう。
快くできないなら引き受けては駄目だ!
来年は、「non!」を言える人間になるぞ。
なんて・・・何を宣言しているのでありましょう。
馬鹿だね、私って。
風邪が続いて、ちょっとマイナーな時期なのかもしれません。
先週は布団引きっぱなしで万年床状態でした。
用事で買い物、学校・・・どうせ帰ってきたら、すぐ寝るんだから・・・
この発想が危ういですねえ。陰々とと鬱に移行していく可能性があります。

この陰々滅々の原因は、ブログの書式がおかしくなって、今まで横に出ていた管理者やコメントが下に移行してしまい。どうしてなおしたらいいか分からない。
jugemに問い合わせたけど返事もないし・・・
そこでテンプレートを変えました。テンプレートのせいだけではないと思うのだが・・
クヨクヨ・・・あかん、あかん、それがあかんねん!

仏語検定試験も終えて、気分も切替が必要だあ。
よっしゃあ[:おてんき:]今日は布団撤収。
掃除もバッチリをしましたので、安心してください。
今から買い物。明日は御飯を作ってMちゃんちに行ってきます。

仏語検定やったぞ!

11月18日、am11時。京大吉田南会館で、初めての仏検チャレンジをしてきました。
今まで資格試験なんてものは運転免許さえ持っていない。

私の履歴書の資格欄なんて綺麗なものです。
そう私は過去のない女、なんて2時間ドラマのタイトルではない。
職場のなにやら検定、人と競わせてランク付けをされるというのがひたすら嫌だった訳なのです。
でもね、今度は誰と比べるわけでも、これで仕事が貰えるってものでもない。
全くしたことの無かった仏語の勉強を1年してみて、どれくらい分かっているか、それを見るためだけのささやかなチャレンジです。
5級は、大丈夫いけそうと思ったけれど4級の問題集を見たら、「わあ~、まるで理解できない」
2週間余裕があるから猛勉強と思っていたら、ドタバタしたあげくに風邪で寝込んで
「もういいや」ふてくされ状態でした。
当日も、「今更したって何になる。余分な参考書は持って行かない」
と会場に入ったら、待合室で若者達が問題集を開いて必死で勉強してる。
「あかん、これは体に悪い」
外に出て隣の吉田神社を散歩してくる。
30分前に教室に入り座席に着く。
咳とくしゃみがでるので「怪しくないのでマスクしても構いませんか?」
断って着用する。あとで証明書と顔を確認に来たときは、マスク外してニッコリと・・
こんなところでも替え玉受験をチェックするのである。
綺麗な教室、静かなお庭だ。
「ここは京大なんや。こんな施設も環境も先生も充実したところで勉強出来るありがたさを学生は分かってないだろうなあ~」
しみじみ周りを見回すと、10代のミニスカートにロン毛の子が大半で、おばさんは浮いてしまう。
まず5級、45分で30分が筆記、15分が聞き取り。
聞き取り問題は質問を控えとかないと、あとで答えと照合できない・・・
と思って必死に問題まで書き取る。
終わって受付を通ったら答えの紙をくれるのだった。
それで、照合したら、96点だ!大ボケで二つミスってしまっていた。でも
そして午後1時から4級の試験。
こちらは筆記が45分で、聞き取り15分。
こっちの聞き取り質問を書いて控えておこうとしたら回答に手間取り焦ってしまった。
アルファベットで書いてらんない。
「テュ デッソン?」スペル書けへんけど、「あんた降りるん」ちゅうことやんか。
そこで答えは
「はい、次の駅で」となりますよね「はい、昨日の夜」じゃないわね。
4級に出る動詞の使い方はまだ無理、単純未来とか近接未来とか活用形さえまださっぱりはいってないから、試験を受けずに次回に廻そうかとも思ってたけど、今年の問題と相性が良かったのだろうか。
お手上げの部分が少しだけだったので本当にラッキー。
聞き取りもほとんど分かる。分かる・・・・ホホホ
後で確認したら90点。
60点取れたら良い方だと思っていたから、思わぬ出来で、めちゃ嬉しい。

でも、まあ、そろばんと一緒で、4級、5級は「囓りました」というだけの事なんだろうね。
いやあ、クリアー出来たし、偉そうなことを言ってるのかしら
初めてのフランス語。ラジオ講座を1サイクル、欠かさず聞いて書き取ったのが一番大きな効果かな。その後、日仏入門講座も4ヶ月目。まだ4級の内容まで教わってないから・・・
Antoine先生の毎週の豊富な会話は、聞き取りの力を、すごく付けてくれたと思います。
そこで、またまた
「Je aime Antone 」
「Non,Merci」 と言われますね。やっぱり

わあ~い。とにかく手放し大喜びです。
これで風邪が吹き飛んでくれると良いのだけれど・・・

アルセーヌ・ルパンが住むモデルハウスとは?

先週土曜日の10日。アントワーヌ先生は言った。
「novembre(ノーバンブル)ちょっと鼻声で言ってください」

11月は何処でも風邪が流行るからかあ~!!と一人納得していたら、そうではない。
鼻母音という、鼻にかかった発音があるのだそうです。
おかげさんで無理することなく当分鼻声です。
pour quoi(どうして)
parce que(なぜなら)
Mon rhume ne veut pas finir (風邪が抜けない)
直訳すれば、私の風邪は終わることを望まないってなるのかあ?
終わって欲しいが、先週からの風邪気がだんだんエスカレートして、病院で薬を貰ってきたが、恐怖の鼻炎に移行しかけているようだ。鼻がヒリヒリする。
月曜から3日間寝込んで、木曜日に、やっと授業の復習で聞き直しをしておりました。
フランスではカレンダーと言わないんですね。calandrierカランドリエーというのであります。
日本では、大安とか赤口と付いているカレンダーがあるけれど、フランスのカランドリエーには、saint 何々と 聖人の名前が書いてある
先生は言った「Regardez quatorze février. C' est S.valentin」
(2月14日を見てください。サン、バロンタン) 
サン、バロンタンってバレンタインデーではないですか!へえー!
誕生日と違う日になるのだけれど、自分と同じ名前の日に当たると、家族や友達が、おめでとうを言うんだそうです。
「Mais, Pas de cadeau」(だけどプレゼントは無しよ) なあんだ、つまんないの!
7月19日は S.Arséne 聖アルセーヌの日
「Vous conaissez Arséne Lyupan?」(アルセーヌ・ルパンを知ってますか?Lyupanのスペルは間違えているかもしれませんが・・)
私は言った「エッ、アルセーヌ・ルパンって聖人だったん?!」
先生は言った「Non!」  やっぱり泥棒だよね、ルパンは。フランスの泥棒だったのだろうか???

その次、聞き取り練習だ。
スペインの村にいるフランス人女性へのインタビューを聞いて、先生の質問に答える。
これは選択問題 で答えの中に
une maison moderne とある。
「Vous conaissez (分かりますか?)」
私は、une maison (家でmoderneがついたら)だから
「モデルハウス!」と自信を持ってさけんだ。
「Non!」 で爆笑の渦。 あ~あ、またやっちゃたあ。
近代的な家だそうです。じゃあ、モデルハウスは何というのだろうねえ~

こんなけったいな生徒を抱えて、大丈夫だろうか?
明日も学校だ~い
もう寝よう。風邪気を治して、明日も頑張ってきます。

1週間は風のように・・・


この1週間は、ドタバタとした日々でした。
月曜日は基本的に家で学習日。
火曜日は京都を歩き回っておりました。用事でです。観光ではないのが残念。
水曜日は湖西地区を自転車でJR二駅分往復しておりました。
071107-1
ハーイ!手話サークルです。
僕もお勉強してるんだい!
お姉ちゃんの履いているスリッパが気になって仕方がありません。
そうよ、足じゃなくって手とお顔を見てほしいんだけれど・・
面白い勉強をしました。
勉強すると言う手話の表現は一つを使い。
これは体の前に両手を開く形ですが・・
「一生懸命勉強する」
「仕方なく勉強する」
「ダラダラ勉強する」
「イヤイヤ勉強する」
を表現するのです。表情と手の位置で、これが違うのですねえ~!
イヤイヤ勉強するの顔が、すごく良くできたって、感心されましたが・・・
それって喜んで良いのかなあ?日頃の心がけが出たようで・・・

自転車全力疾走はこたえてしまい、帰宅して夕方まで寝込んでしまいました。
トホホ・・・
木曜日、パソコン作業を半日、勉強を少し、夜から京都に出て、友達と食事を・・
金曜日、午前体操教室、昼から京都に出て友達の作品展示会(真多呂人形)、3時半山科に戻って、90分のレッスン。
土曜日、午前、地域の防災訓練。午後は12時半に家を出て2時から5時まで京都の日仏会館、とって返して、7時から、自主防災会議が夜の10時過ぎまで・・・・
昼も夜も、ほとんど食事を取る時間もなく、その上、会議は踊るのだ。時間ばっかり掛かってああ大変!本当に忙しい土曜日でした・・・
071110-1 これは防災訓練の一場面です。
 地震の確率が20年以内に9%という、高確率なので参加者も熱心です。
 煙の中を歩く体験。救急処置の方法、消火訓練にバケツリレー、土のう積みまで・
 でも非力な私は、消火栓の水が【火】と書いたポストまで、やっと届いたものの他の人のように倒すことが出来ず。ガッカリしましたよ。
こんなに非力なのに、防災会班長って言われても、どうすりゃいいんでしょう!
 今日はお疲れ休めでえす。
 我が子のようなT夫妻が、取れたての野菜を持って来てるれるので、簡単な鍋料理で、楽しく過ごさせて貰います。
ホッとする仲間と、過ごせる時間は宝ですね。


パリ祭 ( A Paris, dans chaque faubourg )

1932年ルネ・クレールが歌詞を書き、モーリス・ジョベールが作曲した、この曲、パリ祭という題が付けられているが、フランスでは「パリ祭」という祭りはないらしい。

7月14日が国民の祝日となっているが、その祝日は「革命記念日」だそうである。
じゃあ、なんでパリ祭って日本では大騒ぎするの?
それは、1933年に作られた映画 「Quatorze Juillet」(7月14日)監督は作詞をしたルネ・クレール。
それが日本で公開されるときに邦題を「巴里祭」として日本に広まったからです。
それ以来、日本では、7月14日になると「パリ祭」と言って、なぜか浮かれるのであります。

ですから、この歌と革命記念日である7月14日には、なんのつながりもないのですよ。
原題は「À Paris dans chaque faubourg」
(パリの下町では・・)という様な意味かなと思います。
下町に生きる若者達、恋を夢見て、恋が花開いて、そして去っていくけれど、若さは、その痛みを忘れ、また未来を夢見る力があるのよ・・ といった爽やかで美しいメロディーです。
少し前まで、あんまり古い歌は嫌だなあなどと思っていましたが、
スタンダードな歌は、しみじみとした味わいがある、なんと美しいと感じるこのごろです。
古いものが良い。そうです自分もかなり古くなったからね・・・

ここで À Paris dès la nuit venue
の中に出てくる dès って前置詞 ~からという意味なんですよね
複数形の部分冠詞 des かと思ってしまったんですが、上に乗ってるアクサン・グラーブちゅう奴があるとないので、ずいぶん意味が違ってしまうのですね。というか des と la が並んだらおかしいですもんね・・・・一人納得しております。


À Paris dans chaque faubourg   (パリ祭)

À Paris dans chaque faubourg
パリの下町のあちこちでは 
Le soleil de chaque journée
毎日昇る太陽が 
Fait on quelques destinées
何人かの運命を作る
Éclore un rêve d'amour
恋の夢を花開かせて
Parmi la foule Un amour se pose
群衆の中に恋は訪れ
Sur une âme de vingt ans
二十歳の魂に宿る
Pour elle tout se métamorphose
すると 彼女にとってすべてが変わる
Tout est couleur de printemps
すべてが春の色になる
À Paris ,quand le jour se lève
パリに朝日が昇るとき
À Paris , dans chaque faubourg
パリの下町のあちこちで 
À vingt ans , on fait des rêves
二十歳の若者は夢を見るの
Tous est couleur d'amour
すべてが恋の色に染まって

Ils habitaient le même faubour
彼らは同じ下町に住んでいた
La même rue et la même cour
同じ通り、同じ区画に
Il lui lançait des sourires
彼は彼女に微笑みを投げ
Elle l'aimait sans lui dire
彼女は彼に言わなかったが愛していた
Mais , un jour qu'un baiser les uni
だけどある日、キスが彼らを結びつけた
Dons le ciel elle crut lire
空の中に彼女は見つけたような気がした
Comme un espoir infini
永遠の希望のようなものを

Des jours heureux il ne reste trace
幸せな日々は、跡形もなく消え去り
Tout est couleur de la nuit
すべては夜の色となった
Mais à vingt ans l'avenir efface
だけど二十歳なら未来が消してくれる
Le passé quand l'espoir luit
その過去を、希望が輝く時・・・
À Paris dès la nuit venue
パリに、夜が来るから
À Paris , dans chaque faubourg
パリの下町のあちこちに 
À tout heure une âme émue
いつの時も胸一杯の魂が
Rève encore à l'amour
再び恋を夢見るの

前置詞は嫌いだあ~

国語でさえ文法用語がわかってないのに
「私は」・・・【私】って主語ね。 【は】 これは何ちゅうもんなんやろう? 
助詞でいいの?日本語の前置詞ってあるの?

喋りながら、「私は今主語と動詞の現在形で話してる」なんて考えて喋ってないよね!
いやあ、文法って苦手です。
前回の授業の一部が、マルセイユに行ったジャーナリストのつもりで、町の人に見所、人口などを尋ねるシチュエーションだったのです。
数 CHIFFRE(シッフル) はっきり言って「クソ~」と言いたい(何とはしたない)
100までは言えるようになったのに、
その上の位。千、万、10万、百万と決まりがあるのですね。
私の感覚では、15万円とか 万の位で一度数字を閉めてるけれど、西欧感覚では千の位で閉めなくちゃあいけないんだと発見。

 百が  cent で これは101でも 101cent で101cents と最後に s を付けては駄目なのです。
 千が  mille でこれも末尾に s はつけない。
 万   これが、10の千  dix mille になるんですよお~ なんでえ~
 十万  が百の千   cent mille
 百万  出ました un million で一つの単位だ。
「百万ドルの夜景」なんて時に、ミリオンダラーって英語で使いますよね。そういえば・・
そして millonだけは百万以外は、末尾にsが付くそうです。(百万はun millionだから )
二百万だと deux millions と言う風に・・・・
責任者を出せと言いたいが、これは、もう暗記するしかない。トホホ・・・

そこで人口を聞くとき
À Paris , Il y a combien d'habitants? (パリは人口どのくらいですか?)
Il y a dix millions d'habitants.   (1千万人です)
だけど、ほらmillionにsを付けて habitants の前に前置詞 de の省略形がくっつくのだ。
でも100万人だと
Il y a un million d'habitants. になるし
10万だと
Il y a cent mille habitants でmilleの末尾にsなし、前置詞を付けない。

「これは覚えるしかないね、家で練習してください」ということです。
「アンミリオントワソンミル」と聞き取れても位の判断が付かない。
アンミリオンで百万。と3百×千で30万かあ 。正解13万人・・・時間が掛かるのです。
それに前置詞 de の説明を聞いたのにすっかり忘れていて、
Il y a un million tois cent mille d'habitants.(イリヤアンミリオントワソンミルダビトン)
と繰り返しては先生が
Ce ne'pas non S (それはSちゃうよ)
と注意しているのを帰宅して聞き直して気がついた。
わああん。難しいんだあ(Ce est trés difficile )
はい、こんな状態で歌の練習に手が着いてません。
まあ、そう言う時期もあるわさと、居直るしかない今日この頃です。
でも、ボチボチ、「パリ祭」の歌詞が頭に入ってきたので次回ご紹介を、シンプルだけど、とっても爽やかなイメージが浮かんでくる歌です。
昔の歌は良かったねえ~
こういう台詞は、年寄りの言うことですね・・・・その通り!