薬嫌いの医者へ行く

080125-1 25日、やっと冬らしい冬になった。
 でも、やはり寒い!
 日本の冬は、やっぱり炬燵に限ります。
 その国で開発された物は、風土にあってるんだよ。
 少々、部屋の温度が低くても、炬燵で腰から下を温めたら大丈夫。
 椅子に腰掛けて、部屋を幾ら暖めても、足は冷えて、少しも暖まらない。
 私だけかな[:?:]
と思っていたら、フランス人も、日本では炬燵と布団で暮らしているのだ。
我がプロフェッサー、アントワーヌ君は、京都の坪庭のある町家に住んで、炬燵大好き。
「Je suis unpeu Japonais」(ジュスイ アンプー ジャポネ)『私はちょっと日本人です』とご機嫌なのである。 

080125-2 このポッテリとした綿雪は長続きしなかった。
 金曜日は、歌の個人レッスン。
 土曜日は学校。
 日曜日は管理組合会議。これが夜の10時過ぎまでかかり、すっかり冷え込んでしまった。
 疲れが溜まって、今日月曜日、28日は久しぶりに鍼に行ってきた。
 「毎朝1時間ぐらい体操をしているせいか、体の痛みは感じないんですけれど、歯茎が腫れたり、目の毛細血管がしょつちゅう切れたりするので、肩が凝ってるのかもしれません」
もしかして、どころではなかった。
滅茶苦茶、凝りに凝っていて麻痺していたようだ。
右手の小指がしびれるなあとは、思っていたのだが、背中のケン引きを鍼でほぐしてもらうと、手の指まで響いてくる。
やっぱり、月に1度は治療に行っておかなくてはいけないと思った。
終わって今度は、湖西線蓬莱駅前の、福田診療所まで血液検査をしてもらいに行く。
なんで、そんな遠くまで・・・・
それには訳がある。
この先生が薬を処方するのは、よっぽどの時なのである。
風邪を引いて「薬下さい」「寝てたら治ります」 こんな先生なのである。
だからと言って藪ではない。胃カメラを以前にしてもらったとき手際の良さと、看護士さんに「背中をさすってあげて」と患者の気持ちを的確にフォローしてくれて有り難かった。
まあ普通の病院でコレステロール300というと、なぜか医者の顔がほころぶ。
「さあ、薬を飲みましょう。」
私は金の卵を産むガチョウか??
福田先生はちがう。「薬を慌てて飲む必要はありませんよ」
この2ヶ月の食生活で、どれだけ改善されたか検査の結果で、私は考えるつもりだ。
「血液検査も、必要な分だけにしておきましょう。コレステロールと糖尿関係と」
けして儲けようとしない先生なのだ。
かかりつけの医者を作らなければと言うが、私には、やはりこの先生しかないようだ。
薬嫌いの偏屈な患者には、ピッタリなのであります。


スポンサーサイト

今出川に戻り橋はないはずなのだが・・

毎週土曜日、東大路今出川を下がった日仏会館に通っている。
いつもは地下鉄の東山で降りて歩くのですが、京都駅から烏丸今出川に出て御所の南を西から東に行くコースをとった。
さて、一条戻り橋のおどろおどろしい話をご存じですかな?

それは、昔々の大昔!
渡辺綱という剛勇の武者が夜中に戻橋のたもとを通りかかると、美しい女性が家まで送ってほしいと頼んで来る。綱はこんな夜中に女が一人でいるとは怪しいと思いながらも、それを引き受け馬に乗せた。すると女はたちまち鬼に姿を変え、綱の髪をつかんで愛宕山の方向へ飛んで行った。綱は鬼の腕を太刀で切り落として逃げることができた
その腕を、また鬼が、こんどは年老いたお母さんに化けて取り返しに来るのです。

昔から怪異が出るのが、当たり前の都なのでありますよ。
前回もこのコースを取って201のバスに乗ったら、年老いた女性が、バスの運転手さんに紙を見せて何か尋ねていた。聾の人だったので、私も同じ所で降りるから一緒に行きましょうと話して、バスを降りたが、手話の不得手な私は、話すのに時間が掛かって、授業に滑り込みセーフ。
アクシデントに遭遇したのでありました。
だから、今回は、時間も余裕を持って、着いてからランチを食べようと思い、早めに出かけたのであります。
さて、京都を甘く見たらアカンで~。アクシデントがまた襲ってきました。
河原町今出川の手前で、年配の男性が、血相を変えて運転手さんに怒鳴ってきた。
「耳の聞こえないおばあさんが、間違えて乗っているのに、誰もそれを言ってやろうとしない。次で降りて乗り換えなくては行けないではないか!」
若者が無関心だと怒っているのだ それは分かる。
が、後で思ったんだけど、
「なんであんたが言ってやらんのや?」 ・・
でも、その時は、それは大変と思い、運転手さんに、乗り換えを聞いたら、
「北大路堀川は、降りて205番に乗らなくてはいけないんです。交差点を南に100mぐらい歩かんといけません」
運転席から、運転手さんが大きい声で説明しても、まったく聞こえないみたい。
そこで私が、横に行って、持ち前の大声で
「次のバス停で降りて乗り換えないといけませんよ」
と怒鳴ると、補聴器を外して聞いてくれて、通じたみたいだ。
補聴器は、けしてよく聞こえるわけではないのだ。
「降りて、交差点を渡って右です」
と教えたものの、バスから降りる足下がふらついて、すごく危なげだ。
【ええい!あと1時間ある。】
「降りて一緒に乗り換えのバス停まで行ってきます」
運転手さんに料金を払おうとしたら
「料金は、良いよ」って言ってくれた。また次乗ると倍いるなあと思っていたので嬉しい!
そして、交差点でお祖母さんと信号待ちをしていたら、マイクから
「すいませんねえ。」と大声が・・・気の良い運転手さんだったのだ。
腕を組んで交差点を渡ってバス停を探したが、かなり遠くて、付いてきて良かったと思った。
さて、こんどは北行きのバス停だ。
だれか205に乗り合わせる人があったら、降車のバス停を言って貰って、私は先に行こうと思うが、聞く人は皆
「それには乗りません」
しゃあない、バスの到着を待って、お婆さんに乗ってもらい。前に走って、運転手さんに
「耳の遠い人が乗っているので、北大路堀川で降ろしてくださあい!」と怒鳴った。
ドアは開いてるんだし聞こえているはずだと思うが、ウンともスンとも、マスクをした表情は変わらない。
せめて肯いてくれたらなあ?
運転手さんは、私のことを、家族のくせにばあさんを一人で乗せてと、気分を害したのかもしれないが・・・
でもねえ~
渡辺の綱ではないが、都大路での女性との遭遇は、危ないのでありました。
自分でちゃんと行けはったと思うんよ。私のしたことは余計なことだったかも、馬鹿な私。
でも、年の頃なら85,6という妙齢の女性に出遭うと、ついお母ちゃんを思ってしまうのでしょうか・・・・お節介をしてしまうのでありました。

こうして、またもや、あこがれのフレンチカフェでのランチタイムを逃してしまったのであります。
代わりに百万遍でモスバガーを買って教室に走り込むという、ランク落ちになってしまった。
トホホ・・
でも、この日は、電子辞書を買ってきていたのである。
画像


箱から出しても使い方が分からなくて、右往左往していると、後から来たケンジ君(もちろん若者)が、
「このボタン押して、ここをこう、あっちをこう」と操作してくれた。
でも操作が分からない。「こんなややこしい物、捨ててしまいたい 」と怒鳴ると、
左右から、「捨ててください!拾います」 との声がわき上がった!
クソ!その手には乗らないぞ!
この日も、どえらい間違いをしてしまった。
bétement と vétement を間違えたんですね。
ses vétements sont repassée
「服はアイロンがかかってる」 だったらしいのね
私は音の響きで、バッティモンってああ、建物やん。 ルッパッセは また通るってことよね。
だから 「建物の前をまた戻って通った」
めちゃ、違いますよね!!
隣のユーコさんが「アイロンをかけるです」って小さな声で教えてくれた。
ああ、今日も、お騒がせしてます。
1月から新規参入のケンジ君
「笑わかすのは、無しですよ!」と駄目だしを・・・
ちゃうんやて、私は、あくまで真面目に間違えてるんやよ! 

雪の朝の不吉な予感

久しぶりに冬らしく、朝から雪が続いています。
目覚めて「ほう、雪やん!」
すぐに止むと思ったが、止む気配がない。
今日は、お知り合いの写真展が、京都であるので出かけるつもりにしていたのだ。
雪が止まないと嫌だなあ~。
でも、昨日今日だけが会場当番という。
どうしても行っておかなくてはという訳もある。
というのが、2年越しに、借金を重ねているのである。大枚3千円!
毎月の定例会で、新年会でと思いながら、なぜか会えずに、今年の新年会もパスしてしまった。
袋に入れて準備しているのだから、いっそ送ろうかなどと思いながら・・・
今日こそはと決意をして出かける。
しかも駅に行くと「車両故障で遅れております」
それも半端な遅れ方ではなく、12時を過ぎているのに、10時40分がまだ来ていないのだ。
今回もさい先悪いなあ?不吉な予感がただよう。
上りの電車は到着しそうにないが、下り電車で堅田駅折り返し12時26分が来たのでそれで行くことに・・・
お詫びの手紙は入れた。京都駅の伊勢丹で自分が好きなマロングラッセを買って差し入れに・・・
たどり着いた祇園のギャラリー、なぜか漬物屋さん西利の3階なのである。
私は、間違えて、漬物屋の2階に上がってしまった。
店員さんが不審そうに「ギャラリーはお隣です」
あらあら、また恥をかいた。改めてエレベーターで3階に上がると、
凄い作品が並んでいる。名前が付いてないのは、なんでかなあ?
受付に詰めてるとの事だったけど、いらっしゃらない?
名簿に記帳して、ゆっくり作品を見る。
なかなかの物じゃないですか!
10人ぐらい名前が出てたけれど、どれがYさんの分なのかしら・・
端まで歩いて、どこかにいないか見渡すが、案内している和服の女性が二人と小父さんだけ??
受付の横に貼ってある、プロフィールの人って、このグループの先生なのかな?
改めて案内状を引っ張り出して、見直したら。
【2月20日から26日】[:爆弾:]
ん[:ちっ:]今日は、1月の24日だよね[:怒り:]
来月だったのだ!声には出さず、内心で「ギャー」
つまり、このプロフィールが貼ってある人の個展だったのである。
ああ!また、鈍くさい間違いをしてしまったのだ。
さりげなくギャラリーを出て、川端通りを五条の方に向かい、受付の人はともかく、後で「この名前は誰の知り合いなの」とすごく不審に思われるだろうなあと思い、歩きながら爆笑してしまった。
雪の朝の不吉な予感は、やはり正しかったのである。
したがって、マロングラッセは自分で食べることとなるのでありました。
まあいいや!おご馳走様・・・・[:ケーキ:]



映画「ペルセポリス」

フランスのアニメ映画「ペルセポリス」を見てきました。
先週土曜日、アントワーヌ先生が授業の時に紹介してくれた映画で、京都シネマ。
いつのまにか、四条烏丸に綺麗な映画館が出来ておりました。
フランス語の映画だったら、学生証を提示すると、千円見ることが出来ます。
バンザーイ! なんかすごく得した気分
画像


荒筋は
1970~90年代の混迷するイラン。言論や思想の自由が弾圧されるなか、主人公マルジは、ロックとユーモアとちょっぴりの反抗心を胸に、宗教や国境、そして失恋も(!)飛び越えていく。家族の愛に支えられた少女が、自分らしい生き方を模索する普遍的な物語。

舞台は、イランの上流の家庭だと思われる。お祖父さんは王族だった。小父さんは反体制で永らく牢獄に入っており、それがイランの革命で、戻ってきて一時は英雄としてもてはやされるが、体制内の反対分子として再び捕らわれ、処刑される。その最後の面会人として主人公のマジルが会いに行くのだが、おじさんの別れの言葉に彼女は深い感銘を受ける。
その後、ますます政治体制は過酷になっていき、段々成長していく彼女は、学校の中で先生に、はっきり抗議の声を上げ出す。両親は、このままではいずれ秘密警察に捕らわれると心配して彼女をフランスに留学という形で出してしまう。
旅立つときに、お婆ちゃんが彼女に言います。
「お前はこれから色々なことを体験して、侮辱される事にも出会うだろう。だけど、そんな相手は、愚さゆえだからと思って、恨んだり憎んだりしてはいけないよ。憎しみや恨みは、けして争いを収められない。許すことを学びなさい」というような事だったと思うんだけれど・・・
フランスで異邦人として、色々な壁にぶつかりながら、仲間も出来、恋もするが、裏切られ失意と病気で、帰国する。
何も言わず抱きしめる、両親とお婆ちゃん。
イランの大学に入り、黒いベールをかぶって生きながらも、反骨の炎は消えないマジル。
学校で知り合った男の子と恋に落ちるが、外を二人で歩くだけで警察に捕まる。
「結婚するしかないな」と言う彼の言葉に、21歳で結婚を選ぶが、二人の中はうまくいかず離婚することに・・・「彼をもう愛していない。離婚するしかない」
と泣き崩れる彼女に、お婆ちゃんは言う
「一度目の結婚は、お試しよ。そんなものたいしたことではない。お婆ちゃんも昔離婚した。その時は離婚する女など、誰もいなかったけれど、ほら今はこんなに幸せよ」
両親は「あなたには自由の中で自立して生きていって欲しい」とまた彼女をフランスに送り出す。
「もう戻ってきてはいけないよ」と・・・
そして、これがお婆ちゃんとの永遠の別れになる・・・・
お婆rちゃんの死を知った彼女は、帰国のため空港に向かうが帰るすべもなく、またタクシーに乗って空港を後にするのだ。
「どこから来たの?」と聞くタクシードライバーに
「イランから。」ボソリと応えるだけの彼女・・・
きっと、心の中は、お婆ちゃんへの想い出一杯だったと思う。
この、お婆ちゃんが、何とも言えず素敵であった。
彼女が小さいとき、朝いつもブラジャーの中にラベンダーを摘んで入れているおばあちゃん。
夜一緒にベットにはいると、何とも言えない香りに包まれる。
そんな粋なお婆ちゃんになりたいな~・・・・粋ではないが、もうしっかりばあさんだって!

イラクの崩壊等、TVで見てきたつもりだったが、イランの戦争について何も分かってない自分を恥ずかしく思いました。
1970年から90年ぐらいまでの事を扱ってるのに、空襲や特高、憲兵隊の思想調査と言ったような・・・むしろ大東亜戦争というか第2次世界大戦中の日本と重ね合わせてしまいました。
実際に体験したわけではないが、母から聞いた戦争中、引き上げの時の恐怖・・・
でも今の若者には、それも、アニメのように夢物語としか聞こえないのかもしれない・・・
色んな思いが交錯する映画でした。
又、映像が、日本のアニメのようなスムーズなコマの動きでなく、かえってそれが面白かった。画像がシュールというのかな、何とも言えない味がありました。
主人公マジルが夢で見る神様は、ちょっと皮肉に片方の眉を上げるのが、なんかフランスだねって感じました。
家族で映画を見るシーンがあるのですが、それがなんと「ゴジラ」!!
「日本人って奴は、腹切りか、ゴジラだなんて」と映画の中で言ってたけど・・・・
そう、冨士山よりもゴジラの方が、ポピュラーなんだ!!
今じゃあ、パリでは。クレヨンしんちゃんのほうが知られているのかもしれませんね。

けっっこう面白いので、お勧めします。

目がボロボロだあ

目の出血が12月から3回続く。
携帯で写した画像を出してみたら、あまりにも気持ちが悪いので止めました。 
去年の春に始まって、疲れているのかな?
と思ってしばらくすると治まったが、今回12月になり、元日の朝も鏡を見てビックリだったが、3回目になると「何かあるのかな?」とちょっと気になる。
15日の朝、眼科に行ってみた。お年寄りの多いのにビックリした。
連休明けのせいかもしれないが、『白内障を日帰り手術出来ます』
などと書いてあるから、やはり対象が高齢化してきているのであろう。
そういう私も、高齢者予備軍に違いない。
「糖尿とか高血圧がありますか?」
「ありません」と言っておいたが、糖尿はちょっと引っかかり気味の数値であったのだ。
でも、改善されたこととしておく。内科の検診も、そろそろ行って血液検査をしてこよう。
普通は眼鏡を掛けないというと「どんな時に眼鏡を掛けますか?」
「あの、TVを見たり、映画を見たり、学校で授業を受けるとき」
子供じゃないのに学校でと言うのは、なんか凄く恥ずかしかった。
「辞書を引くとき、一番目が疲れます。」てのもねえ~!
先生の意見では、「これだけ視力が悪いのに日常的に眼鏡を掛けないからです」
「でも、右の目がド禁止で、左が遠視が強いので、混ざって、丁度良い具合なんです」
「それは両目を使ってみているのではなく、見やすい方だけで見てるだけです。それにこの眼鏡だいぶ合ってませんよ」
かなりビシバシ叱られてしまった。
素直な生徒の私は「はい、ではこれから眼鏡を掛けるようにします。別の眼鏡も今度持ってきます」と引き下がって、目薬をいただいて来た。
眼鏡は掛けてると、なんとなく鬱陶しいのだ!
でも、これからはせいぜい掛けるように心掛けよう。
黒い瞳も、青い瞳も、素敵かもしれないが、赤い瞳では、どうも、頂けないようだから・・・

17歳 (ジョルジュ・ムスタキ)

画像


これは何だ?黒ニンニクでございます。
昨年末に友達からもらいましたが、外から見ると普通のニンニクですが、皮を剥くと真っ黒。
ほんのり甘みがあって、お酒に合いそうです。
が、食べ過ぎると貧血になるとか?
17歳では貧血より鼻血ブーではないかと思うのですが・・・

今回ご紹介はニンニク不要の17歳という歌です。
ジョルジュ・ムスタキ。
「私の孤独」「もう遅すぎる」等々・・・
70年代に流れていそうな、懐かしい曲の数々が浮かんできます。
この「17歳」は、私まったく知りませんでした。
ギターの弾き語りで、静かな曲が多い彼の歌の中でも、地味な感じだなあ。
始めて聞いたときに思いました。
でも稽古をして、段々好きになる。
目立たないけれど、知れば知るほど良い奴だなあって人いますよね。
そんな歌です。
歌詞に苦労するのも、相変わらずで、今回、アントワーヌ先生に聞いてみました。
Et faire à l'heur' présente Un aujourd'hui qui chante
「現在の時間に何かするの? 歌うところの今ですか?」
「普通にはこんな使い方しないね。日本語では説明できません。歌う今じゃない、今が歌うね。」
ええっ!今が歌うんかあ!!今が、何を歌うんじゃい??
と思いながら、勝手に解釈して、それなりに歌うのでありました。
正しい訳をアドバイスできる方、教えて下さい。

17(Dix Sept )Ans

Dix sept ans   UNe femme une enfant
17歳、大人で子供
Qui ne sais rien encore  Et découvre son corps
まだなにも知らない、そして自分の体に気付く
Que le soleil enivre   Et que la nuit délivre
太陽に酔わされ、夜に解き放たれる体に
Dix sept ans   Un sourire innocent
17歳、あどけない微笑み 
Et le regard docil'  Sous un rideau de cils
まつげの陰の素直なまなざし
Mais une faim de loup    Et une soif de tout
だけど、一杯の飢餓感、すべてに対する渇望を抱え
Dix sept ans
17歳
Des seins de satin blanc semblent narguer le vent de leur charme insolent
絹の白さの乳房が傲慢な魅力で風を侮る
Dix sept ans   Et prendre encor'le temps
17歳、まだ時間がある
Le temps de refuser   Le monde organisé
拒絶する時間が・・・ 秩序だった世界を
Et faire à l'heur' présente Un aujourd'hui qui chante
そして、今の刹那を生き、今を謳歌する
Dix sept ans   Mais vivre à chaque instant
17歳、だけど絶えず生きる。
Ses caprices d'enfant   Ses désirs exigeants
子供の気まぐれ やっかいな欲望を抱えて

Dix sept ans    J'étais adolescent
17歳、 それは私にも青春の時だった。
Et je le suis encore
そしてまだ青春の時だ
En découvrant ton corps
君の体を発見しながら
Comme un fruit éclaté Comme un cri révolté
弾けた果実のような、  反抗の叫びのような
Dix sept ans
17歳
Déja Dix sept ans
もう17歳
Tu n'as que dix sept ans ,
でもまだ17歳でしかない
Mon amour , Mon enfant
僕の恋人、僕の愛しい子

17歳の微妙な年頃を、よく表現してるよなあ~と感心します。
私の17歳??
10時には寝ていたという、まるで子供でありました。
今も、早く寝てますけどね

ピッタリです!

080109-1 わあ~!ほんまに短足やん。
 スーパーのバーゲン、子供服150㎝。
 ジャストフィットですねえ。
 どこも治すところ無し。
 ズボンの裾あげも、袖口を折りたたむこともなく・・
 バンザーイ!って喜んで良いのかなあ?
 しかも、大人の服より似合うんだよね、これが。
 前に友達の家に遊びに行ってたら
 後で隣の奥さんに
 「お孫さんが来てましたねって言われたわよ!」
 と怒っていた。私のせいではない。
 後ろ姿で、間違えたのだ。
 前から見たら、怖いぞ!
 

今年は、安い子供服で過ごそう。
昨年からの石油の値上げで、一斉に物価が上がりそうだとか・・
未だ年金暮らしには手が届かない竹の子生活の私には厳しい年になるかもしれない。
でもまあ、何とか暮らしていけるもんだと思う。
野菜が無くなったので、今日は「道の駅」まで自転車で行く。
少し雪交じりのみぞれ状態。寒いけれど、こんな日もなくてはねと思う。
冬の寒さがないと、琵琶湖の湖底が、無酸素状態で死の湖底になってしまうのだそうだ。
自然を破壊し尽くしたとき、反省しても、もう遅い。
そこから人間って、やりなおせるのかなあ?・・・
「道の駅」は、日曜市とかで近くの農家の人達が出店をしていた。
でっかい大根、ほうれん草、ブロッコリー、ワサビ菜というのもあった。
ちょっとピリッとした辛みがあるそうです。
優しそうなお婆ちゃんのお店から浅漬け、エビ豆、炊き込み御飯も買って来る。
無農薬とまではいかないかもしれないけれど、虫食いのある地元の野菜って、ちょっとホッとする。
昨日TVで、学校給食の材料費、燃料費が高くなり、地元の食材に切り替え乗り切っているという特集をしていたが、結構なことではないか・・・
形が悪くても、味は、とれとれの方が美味しいに決まっているし、地域で循環する経済に、これからは変わっていかないと、輸入に頼ってたら、先行き、絶対食糧危機になるよね。
人のことまで心配出来る器ではないが、せいぜい慎ましく、省エネで過ごさなくてはと思うのでございます。
そうそう、昨日の土曜日は、授業始めでした。
学校前に、今年始めてのMちゃん宅を訪問してきました。
途中で見かけた、ホカホカのお好み焼きの広島焼きとイカ焼きそれぞれ二人分ずつで、一緒にお昼をいただきました。
息子のS君は、昼のお弁当を食べた後に、お好み焼きも、スルッと胃袋に・・・
男の子って、御飯を噛まずに飲み込むんだね~[:びっくり:]
私は根性出して、Mちゃんとはんぶんこして一人分は食べようと頑張ったのですが箸が進まず
「持てあましてるのなら食べたげようか?」と見透かされてしまいました。
おおよしよし!食欲はあるな![:あっかんべー:]
Mちゃんの、食べ方の美しさ・・・・これは感動物です。
どんな器でも、箸を使って、洗うがごとく、しかも端から順番にさらえていく。
昔、お店で食べていて、店の人に感動されたそうですが・・・・分かるわ[:拍手:]

年末から田舎に帰り、正月のお付き合いで、気分が下降していないか心配だったのですが、まずは安定状態のようです。
まだまだ、春は先かもしれませんが、今年は順調な滑り出しだと思いましょう。
 

NOEL 白い恋人たち

この曲は、グルノーブルオリンピックの記録映画 「フランスの13日間」の主題歌「白い恋人たち」に新たに歌詞をつけたものとは前回紹介しましたよね
なんとも不思議な歌詞と思いましたが、ピエール・バルーが彼の幼い娘のマヤのために書いた曲と知れば、何となく分かるよな~ と感じるものがあります。

この歌には、世界、命、幼子 大自然、生きとし生けるものを愛しむ気持ちが溢れているような気がします。
が、しかし、こんな訳で良いのか???と心配なのですよ~。
仏語に堪能な方、正しい訳をアドバイスしてくださると有り難いのですが・・・

新しい命にまた出会えました。
生後二日目の命を、この歌と共に紹介します。
友達ミサママの5人目の孫であります。
画像


NOËL

À ceux pour qui l'horizon  
地平線のかなたの人々
Le manège des saisons
巡りゆく季節
N'est pas encore la prison
まだ閉じこめられていない
que cerne la raison
ややこしい大人の理屈に
Je voue cette chanson
そんな人達に私はこの歌を捧げよう
Les rêveurs , les amoureux
夢見る者、恋人たち
Vulnêrablement heureux
傷つきやすい幸せ者
Les enfants , les otaries
子供達、オットセイ達
Ceux qui n'ont pas appris
まだ学んでいない人達
La méfiance et son prix
用心することとその代償を
Souvent comme les lampioms
よくあるランプのように
Survivant au réveillon
イブの夜の祝宴の後の・・
Peu à peu toutes passions s'éteignent
少しずつ、情熱のすべてが消えていく
Quand ceux là que rien ne protége
無邪気な人々が
Jouent comme des flocons de neige
雪の粉のように遊ぶ
Où le vent des émotions les entraine
感動の風に巻き込まれて
Cette chanson de Noël
クリスマスのこの歌
Dérisoire et solennelle
素朴でおおげさだけど
Fait le voeu qu'un peu d'amour
ほんの少しの愛を願おう
Pour ce qui nous entoure
私たちのまわりの者のために
Baigne une aube nouvelle
新しい夜明けが照らしてくれるよう
Les lampions , les passions
ランプの明かりも、情熱も
Peu à peu s'éteignent
少しずつ消えていく
Mais ceux là que rien ne protége
だけど無邪気な人々は
Jouent comme les flocons de neige
雪の粉のように遊ぶ
Où le vent des émotions les entraine
感動の風に巻き込まれて
Les rêveurs , les amoureux
夢見る者、恋人たち
Utopistes , aventureue
空想家や冒険家達
Les rivières et les oiseaux
川や鳥たち
Les loups , les cachalots
狼、鯨たち
Si je chante pour eux
彼らのために歌うんだ
Cette chanson de Noël
このクリスマスの歌を
Dérisoire et solennelle
素朴でおおげさだけど
C'est le voeu qu,un peu d,amoue
それは、ほんの少しの愛の願い
Pour ce qui nous entoure
私たちのまわりの者のために
Baigne une aube nouvelle
新しい夜明けが照らしてくれるよう
Si je chante pour eux
彼らのために歌うんだ
Cette chanson de Noël
このクリスマスの歌を
Dérisoire et solennelle
素朴でおおげさだけど
C'est le voeu qu,un peu d,amoue
それは、ほんの少しの愛の願い
Pour ce qui nous entoure
私たちのまわりの者のために
Baigne une aube nouvelle
新しい夜明けが照らしてくれるよう


なんだか意味不明かもしれませんが、なんとなく             ということで・・・・・
いやあ、歌詞って難しいですねえ・・・・

あの白い恋人達のメロディーにのって、やさしく軽やかに歌えるようになりたいと、それこそ
un peu ほんの少しの 願いを込めて 練習に励もうと願っております。

新年はどーんと御利益を?

080105-1 新年5日。初歩きです。去年は山歩きから、すっかり遠ざかってしまいました。
 山に登れば、降りなくてはいけない。
 人生、下降線は嫌だ!と駄々をこねる訳ではないのですが、下りは膝が持ち応えてくれない。
それでも、今年は月に一度は歩きましょう[:ジョギング:]
と友達の誘いで、伏見稲荷から阿弥陀ヶ峰経由新日吉神社という軽いコースに連れて行ってもらいました。
 9時稲荷駅を出発。初詣で賑わう伏見稲荷の境内を通り、まずはお参りをすませ、
 次は、この「おもかる石」です。
 思いを込めて、「うんとこしょ!」
 持ち上がったら願いが叶うとか?
 友人のAさんは、かくも軽々と持ち上がります。


 私、10数年前にチャレンジした時は、持ち上がらなかったのです。
ところが、今回上がりました? ああら、不思議?
「石の重さを変えたんちゃう?」などと、不届きな思いは止めましょう。
 今年は、きっと願いが叶うでしょう!
でも持ち上がったのにビックリして、何を願ったか忘れてしまったぞ!
稲荷の境内から、波打つ朱色の鳥居を抜け、上へ上へと登ります。
下界を見下ろす休憩所、茶店の前のベンチで一服し、山道を抜けて10時半に、泉涌寺(センニュウジ)に出る。
お寺の前を、七福神の幟が連なってるのは、何でなの?
神も仏も混在する、この大らかさは、結構なことだと思うのではありますが?
そこから橋を渡って、たどりついいたのが、今熊野観音寺。15番札所だそうです。
京都検定で鍛えている、連れの二人は、やたらと詳しい。
歩いていると、後ろ向きに立っている銅像を発見。背広を着た銅像って?
「吉田茂かな?」
前に回って確認すると【武見太郎】さんだそうで
「日本医師会の会長だった人と違うのかな?なんで銅像なの?」と不思議がる。
まあ、銅像になりたい人はならせておこう。「どうぞ~」なんて・・・
この境内で、早めの大休止。次に行ったのが、剣神社でございます。


080105-3
ここの絵馬は、なんと飛び魚模様なのです。
「書いた人の願いが大きく飛躍して届くように、ここの絵馬は飛び魚としたのであります」ともっともらしく言っていると、通りすがりの小母様が大きく「ほお~」と納得して行ってしまった。
日本人って、人を信じやすい民族よね。私、知~らない[:冷や汗:]
神社の次は、山道に入る。
ここで、樹木博士でもある二人から色々な植物の名を聞いたが・・・忘れた。
裏白は裏が白いから「裏白」だそうで、ひっくり返して確認していると
「疑ってるな?」  そう、分かられてしまった。
このように確かに裏が白いのであります。
こっそり、青や赤に塗っておいて「裏青や」「裏赤や」と言ったら
新種発見と喜ぶかしら? 下の写真 左が 裏 で右が 表ね。
080105-4080105-5

12時半、阿弥陀ヶ峰に到着。
ここは、豊臣秀吉のお墓だって・・
「ちっとも知らなかった!」と言うと 
「何年京都に住んどんねん」と叱られた。
だって、太閤さんは大阪だと思ってたんだもん。
慶長3年(1598)、伏見城で亡くなった秀吉の遺体は遺言により東山三十六峰の一つの阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬し、墓所とした。
1615年大阪夏の陣により豊臣家が滅亡すると、幕府は徹底的に豊国廟・豊国社ともに破壊した。その後、約260年の時が過ぎた明治13年(1880年)、「豊国神社」として再建され、現在に至っている。
そう、負けるとボロボロにされてしまうという事がよく分かります。
陀ヶ峰から豊国神社へ下る階段の長いことと、その階段の幅が一段おきに変えてある、狭い幅と広い幅が交互に来る、歩きにくい事といったら・・
そこで、この近辺の高校のトレーニング場として活用されているそうです。
1時過ぎにたどり着いたのが、新日吉(イマヒエ)神社です。
これで、イマヒエなんて、どうして読めるんでしょうね?
でもこのあたりの地名は新と書いて、イマと読ませるところが多いと、京都検定チャレンジャー達は語り合っておりました。
京都女子大の横を通り、東山通りに出て解散!まだ1時半だあ。
休憩を入れて4時間半のコースなのに、私はフラフラ状態でした。
皆が古都の思いを彷徨っていたのに、私のお腹は、パリからロンドンを彷徨っていたのです。
山の中で隠れて、そして京都駅にたどり着いて・・・・
「う、う、う」
冬に外で食べるときは、慌てず焦らず食べないと、本当にやばい・・・
私のお腹には、御利益が多すぎたのかもしれない!
新日吉??? お腹が「今冷え~」(イマ ヒエ~)でありました。
080105-7





 

吉永小百合から来た年賀状?

<080102-1
元日は近くの神社に初詣に行きました。
昼過ぎに行ったら、押すな押すなの行列で、なんだかデパートの福袋売り場状態ではありませんか[:しょんぼり:]
しかし、初詣で「早くして!」とブチ切れる人は、さすがにいなくて、助かった。
「なかなかですね?」「永いこと拝んでいはるから」
「やっぱ、景気が悪いせいやろか?」
いや、時間的に集中したせいだと思いますよ。
これだけ混み合ってたら、神様もいちいち、お願いを聞いていられるわけがない。
スタンダードに、無病息災って拝んで、とっとと場所交替をして引き上げてきた。
そして、改めて二日に、古い御守りを持って、再度お参りに行ってきました。
女の厄年は数えの33才で終わりだと思っていたら、新たに61才、昭和23年生まれの人も厄年だそうです。
そんなん、あったんか??  作ったんですね?と言う気がしなでもないが、厄年前後は確かにトラブルや病気が起こりやすい。
気をつける意味で、厄除け御守りをいただいてきました。
さて、新年と言えば、年賀状。
おんや、吉永小百合さんから年賀状が来ているではありませんか?
「彼女には出してなかったよな、返信書かなきゃ」と住所を見れば、日本郵政グループ!
なんだこりゃ?年賀状キャンペーンなんだろうけれど、いったい幾らのギャラを積んだんだろう?さぞや高いお金がと思ってしまいました。
吉永さんにしたら、金は入るは、映画の宣伝にはなるはで一石二鳥であったでしょうが・・・・
も一つありましたね。
瞳が美しい人は心も美しい ・・・(株式会社)わかさ生活・・・・
年賀葉書のお年玉の部分までコマーシャルが入っている配達地域限定の特殊な年賀葉書
これって幾らで請け負ってるんだろうな?
50円としてあるけど、かなりの絶対割り引きで請け負ってるんだろうなあ、と想像を逞しくする。
あの手この手で売り込む悲しさ。
本当のハート to ハートの関係をむしり取られて行くようで、こんなの嫌なんですけど・・・
身より無き私、今年も新年は、母親がわりの友人宅で新年を祝わせていただきました。元日は、雑煮とお節。
子供と孫も寄ってくる二日の今日は、寿司と鋤焼き。
賑やかを通り越して、騒音の域に届いたようで、大変でありました。
「おばちゃん大丈夫か?」「久しぶりやったんで、応えたわ!」
送ってもらいながらの感想です。
賑やかチビさん達の一部です。
いやいや、こんなもんじゃない。
080102-2