みやこ道

kyoutoeki1もう1時間足らずで12月。
テンプレートもクリスマスモードです。
 
 さて、永らく改修工事をしていた、京都駅南、近鉄名店街が、11月にリニューアルオープンをしました。
今まで近鉄乗り場の当たりで中断していた通路を、地下を直線で結んだ感じですね。
なんだか見違えるように綺麗なりました。
中でも、西の端に作ってる人工の滝が面白かったので写真を撮ってきました。
水の流れが、色々の模様に変わっていきます。真っ直ぐな流れだと思ったら、格子や矢絣の模様で流れたり、横向きのローマ字でMIYAKOMITIの文字、そして京都の象徴、大文字の送り火の大の字が・・・・・・

コンピューターでの自動操作なのでしょうが、面白くて、つい見とれてしまいます。
だから、何時も前には人だかりが出来ております。
京都に来た時は、正面の京都タワー側に出る前に、一度八条口側を歩いて眺めてきてください。と、京都駅観光課のまわし者の様なことを書いてしまいました。                              
kyoutoeki 2まあ、たまには観光都市のアッピールもしてあげなくては・・・
 
29日、土曜日、いつものように東山で地下鉄を降りたが、バスは混んでるだろうと思って、歩いて行くことにした。京都会館付近の紅葉は、今が一番の見頃で深紅の葉をつけている。
でも雨が降りそうな暗い空模様で、色がさえない。
そして、もう5分ほどで着くと言うときに雨が降り出した。屋根のあるバス停で、リュックから傘を引っ張り出して歩く。
日仏会館の門から玄関の間で、高齢のご婦人二人を追い越し、玄関に滑り込んだ。一人は杖をつき、もう一人の方も、歩くのが辛そうな感じなので、ドアを開けたまま待つ(ここのドアは、凄く重いのです)
4,5段の階段なのだけれど、1段ずつ、ソロリソロリと歩くのも大変そうだ。
「あら、待っていただいてごめんなさい」と言われたその声で、「あら~!」
二人とも、仕事をしていた時代に永年お世話になったお客様であった。
本当にビックリした。
こんな所でお会いしようとは・・・・
この日は、生け花の展示会が3階で催されていて、そのために来られたと
 か・・
kyoutoeki3まず1階の椅子で休憩してそれから・・
あんなに元気でキビキビ走り回っていた人達がと感慨無量になった。

 若いとき、一まとめに老人と思っていたけれど、自分自身も老境が近くなり、また諸先輩の置いていく姿を見るにつけ、年齢は同じように重ねても、体力気力は人様々だとしみじみ思う。
若き日には、人一倍元気だった方が、ドッと衰えるかと思うと、80歳近くても、元気溌剌、髪も肌も艶々としてバンバン動き回っている人もある。
心身共に元気に越したことはないが、例え体が衰えてきていても、精神はしっかりと若さを持続している方もいる。

このお二人と、ちょと立ち話をしただけだけれど、気持ちは前のまま、好奇心と知性がひらめく目元に、すっかり当時の気分に戻ってしまった。
 私自身、つい昨日のことと思っていたけれど、もう6年近く過ぎてしまったのだ。
10年ぐらいすぐに経ってしまいそう。
出来ることは、出来るときにやっておかなければ・・・・としみじみ思う。
が、時間をかけなければ出来ないことは、時間をかけるより仕方がないではないですか?
あ~あ、いつになったら、スラスラとしゃべれるようになるのかしら?
と思いながら授業を終えました。
今日の授業はきつかった~!
先生が「オンバサレテラ?」(on va s'arrête la) ここらで終わりにしようか、と言ったんで、急いで「ウイウイ、ダッコー!」(はあい、了解!)
こんな時だけ、返事の早い私です。
帰りは又、百万遍から、烏丸今出川まで歩いて地下鉄に乗ったので、この日は、トータル1時間以上歩き回った感じです。
背中のリュックに入った教科書は、かなりの重さで、トレーニングになります。
夕方に友達と会って、みやこ道の食堂で晩ご飯を食べ、お喋りをして帰りました。
どんな話って・・・・老人ホームは早めに探さなくては空きがないわよ・・・・
てな感じで、秋に相応しい話題でありました。


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過去に躓き、未来に迷い・・・行かないでと私は叫んだ。

先々週 8日は、授業を受け出してから1年3ヶ月の中で、始めて休んでしまいましたが・・・
「休んだら、もうついて行けないかも?」と愚痴ったら、同級生のfumikoが、録音してくれていたのです。
持って帰って、パソコンに取り込もうとしたら、差し込み口が、合わない~

USBの差し込み口でいけると思ったら、今のパソコンは、もっと機能が増えてるんだわあ!

malheureusement, je n'ai pas pu écouter la memorisation.
残念ながら、私は、そのメモリーを聞くことが出来なかった。
でも、同級生達が、こうして励ましてくれるので、何とか続けて頑張ってます。

で、その日15日、さっそく、私は嬉しがって一生懸命お喋りをしたのです。
Je suis allée a kumamoto avec ma famille. moi, ma soeur ,mon frerè et sa femme.
le lendemain,on a marché dans la ville Yamaga.
Il y avait des representations de kabuki.

「私は先週、家族で熊本に行た、姉と兄とその妻の4人で。
翌日、山鹿という街を歩きました。
そこで芝居の興業がありました。

だって玉三郎の興業があったんですよ。夜の協業を見ることが出来なかったけれど、舞台や背景は、出し物の用意をしたままの状態で・・・
その小屋の天井です。
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坂東玉三郎って、誰でも知ってるやんね?
でも、先生は「知りません、それは誰?」
Il est très célèbre. il est trés beau. il est un homme mais, il joue le rôle de femme.
彼は有名人です。とても綺麗です。彼は男性ですが、女性を演じます。
「女形」って、わかんないかなあ~と、必死で説明に格闘したら、先生が
「il joue le rôle de femme」(彼は女性の役を演じる)
って教えてくれましたが、なんか、歌舞伎の女形のニュアンスではないよね。
でも、もっと驚いたのが、日本人の同級生達が「女形」という言葉を
「何だろう?」って分からなかったと後で聞いたときです。
Je panse que OYAMA !
私は、おやまあ~ と思った。(ちょっと、遊んでます)

http://www.tamasaburo.co.jp/index.html
(次の週、下のHPから、玉三郎の舞姿をプリントして持って行ってあげました。)

そして、この日、ついに未来が始まったのでした。
そう過去形を一応済ませたということで、文法は未来へと進むのでした。
Le future simple (ル・フューチュル サンプル 単純未来)
どこが単純やねん
動詞の活用が、また新しく覚えなくてはなりません。
例えば
chanter(歌う) と言う動詞があります。
現在形       私は歌う        Je chante    ( ジュ シャン )
複合過去     私は歌った        J'ai chanté   ( ジ シャンテ )
半過去      私は歌っていた      Je chantais   ( ジュ シャンテ )
単純未来     私は歌うでしょう    Je chanterai  ( ジュ シャトゥラ )   

声でだけ聞くと、なかなか聞き分けられません。
まして、普通のフランス人の会話だったら、まず、あれよあれよで???お仕舞いと思いますが・・・
まあ、覚えておけば、何か良いことがあるかもしれません

先生は黒板に、例文を書き始めました。

Un jour peut-être , je quitterai le Japon.
たぶん何時か、私は日本を去るだろう・・・
私は思わず、言っちゃいました。
Ne nous quittez pas !
(私達から去っていかないで!)
先生は
「本当じゃありません。」心配しないでねって顔でしたが、
私には、この quitterという言葉が胸にズキンと感じてしまいます。
Ne me quitte pas
「行かないで」という有名な曲があります。
またそれがあまりにも美しく切ない、
Un jour peut-être , je la chanterai.
いつかある日、私はそれを歌うでしょう

そうです。こんな風に、覚えておけば、ある日役に立ちます。

でも未来の語尾変化を、覚えたとたんに、過去形の活用が、すっかり頭の中から飛んでしまうのはなぜ?

こんなことでは、何時になったら、私はパリに行けるんでしょうね?

ノーベル賞の賞金は?

考えたこともありませんでしたが、1日の授業にアントワーヌ先生が、京都新聞をコピーして配ってくれた。
そうなると、Pourquoi(プルクワ)どうして?Parce que(パスク)なぜならば・・
という風にフランス風会話になってしまいますが・・・

なぜならば、文学賞をとったのが、Jean-Marie Le Clezio (ジャン-マリー・ルクレジオ) というフランス人だったからです。
私は、彼の書いた本をまったく呼んだことがありませんが、隣の席のフミコさんが、ちょうど読んでいたのです。
「何と言う題ですか?」
「再生の時です。」でも原題は révolution それだと革命になってしまいますが、内容を読んで訳した人が考えたんですね・・・
でも、そんな高級な話は耳に入らず、みみっちい私が記事を見て思ったのは、
「わあ~、賞金って1億4千万もあるんだ!」と言うことです。
日本の円で考えるからいけない、スエーデンでは、宝くじ1億円という感じかな・・
1千万クローネだそうです。だから切りの良い金額なんですね。
私が騒ぐものだから?先生は聞きました。
Il a reçu combien? (彼は幾ら受け取りましたか?)
多すぎて桁が分からないではないですか?
un millions couronnes (アンミリオンクローネ)100万クローネと言って
後で、dix millions couronnes (ディミリオンクローネ)1千万クローネと、慌てて言い直しました。
10の100万という言い方なんですね・・・・
慣れないとかものに困ります。が、そんな買い物をすることは、まず無いので心配は要りません。

授業の始めに先生が話すことが、ドンドン理解できなくなってるなあ~・・・
ついて行けてないわ~と情けなくなる。

この日のメインは
~したばかり venier de+ infinitif(動詞の原形)

quand même でもやっぱり、とかそれでも 
という強調の意味を含む表現をやりました。

そこで、喜んで例文を作ったのが
Je mange beaucoup de légumes mais je suis constipé quand-méme
(私は野菜を沢山食べるのに、それでも便秘です。)
ちゃんとフランス語を調べて言ったのですよ。そうすると先生は言いました。
「自分で説明してください。」
恥ずかしがり屋の先生は、汚い系のネタは駄目みたいです。

そして終わりに来週は欠席しますって、どう言うんだっけ?
Je nepoux pas présenter la semaine prochaine (ジュヌピューパプレゾンテ ァスメンヌポロッシェイン)
私は来週出席できません というつもりで頑張って言ったのに
Je nepeux pas venir ジュヌピューパブニール
私は来られません、に直されました。
なあんだという感じです。
でもこの1年三ヶ月で、始めて欠席するので、その後ついて行けるか心配です。
でも明日頑張って授業再開します。
ボンクラージュ! (頑張って!)自分で自分に言っておきますね。
旅行先で見かけた、骨董と、芝居小屋の提灯です
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加古川熊本往復記2

 7時に兄夫婦と、加古川を発つ。
ラ、フォレスタって言うんだったかしら、新車で兄は結構嬉しそう。
でもこれがドアを開け閉めしようとすると動いてくれない。タクシーのように運転席から自動開閉出来る優れものなのだそうですが、手で動かそうとするとビクともしなくて、毎度アタフタでした。
さて、岡山、広島と山陽道を通り、岡山で「吉備団子」広島で「牡蠣飯」と横目で睨んだだけで通り過ぎ。壇ノ浦SAで、昼ご飯を食べました。
瓦蕎麦とウニ丼ぶり・・・さすがあ~・・・美味しかったです。

ここから佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘をしたという島が見えるというので写真を撮ってみました。
真ん中に小さく見える島です。
兄は舟島と言うけれど巌流島ですよね? 間違ってたらゴメン。
島

宮本武蔵は実在の人物でしょうが、この伝え聞く決闘は、どうだったのでしょうか?
殺伐とした時代と言うべきか、それとも、のんびりした時代というべきか・・・
と思いをはせながら、とにかく先を急ぎ、2時に久留米着。
そのまま姉を誘拐するがごとく、車に押し込んで、熊本の山鹿温泉に一路向かいました。
天気は雨模様になりそうなドンヨリした感じです。
さて、たどり着いたのは、「かんぽの宿山鹿」です。
付いたら、早速風呂に入って6時からの夕食です。
沢山食べることの出来ない年頃の私達一行は、「おいしいものを少しずつプラン」を注文ました。
松茸の土瓶蒸しに、蟹、黒毛和牛の放馬味噌焼き、何だかんだと沢山で、本当にお腹の皮が弾けるのでは・・・・頑張って食べたので、苦しくて苦しくて・・・・
お部屋に戻って意識朦朧と休んでしまいました。運転で疲れた兄も同様です。
これでは、何をしに来た事やら・・・・
姉上様は、さぞや呆れたことでしょう。
が、私は10時に復活して、またまた温泉に入りに行きました。
露天風呂から眺める、山鹿の夜景は、静かで、ゆっくりお湯に浸かりました。

9日、9時頃宿を出て、山鹿にある「八千代座」という明治時代に出来た芝居小屋を見に行く。
木造建築で昔の面影を残した建物は、今では重要文化財に指定されているそうだが、昭和にはボロボロで解体寸前までなっていたそうです。
昭和60年に復興期成会なるものが出来て、地域ぐるみで再生したそうです。
案内してくれた女性の話が巧みで聞き入りました。ボランティアで説明してくださってるのかもしれませんが、お話しが上手くて、芝居の所作も入れ、花道で見得を切ってくれたり、舞台下の奈落まで見学出来ました。
回り舞台も、スッポンという、役者を舞台にせり上げるのも、全部人力でやるという、聞かなければ分からない事が一杯で、満足満足・・・
この日は、午後から、玉三郎の公演が入っているとのこと・・「それも見たい!」
チケットが無いのだから無理な話です。でもお陰で、背景までセッテイングされている舞台を見せて貰いました。
八千代座舞台

外では歌舞伎の幟がはためいておりました。
八千代座幟

昔ながらの芝居小屋が残っているのは全国で13箇所。九州では、博多とこの山鹿だけだそうです。
そのあと山鹿灯籠民芸館にも寄って、さあ出発は11時過ぎです。
山鹿案内板

なかなか面白い街でゆっくりしたかったのですが、もう帰るしかない。
久留米の近くまで入って見つけた、手打ちうどんの店でお昼を食べ
姉の家に寄って「もう帰るの?」と別れも慌ただしく、もと来た道にまっしぐら、車を飛ばしました。
姫路に着いたのが9時前です。
私は、そこから新幹線に乗り換えて京都まで・・・・
はあい、なんだか強行軍でしたね。でも楽しかったです。
山鹿、今度は行くなら、お盆に入って、山鹿灯籠をかぶって踊ってみたいものでございます。

山鹿灯籠



二日で熊本まで往復!

8日土曜日の朝、加古川を7時に出て、翌9日の夜11時頃に我が家にたどり着きました。
加古川までは、その前日7日に行って一泊したのですが、二日で九州までの往復は、かなり草臥れました。
と言うことで、詳細は、また後でね・・・
これは宮島SAでの紅葉です。
11月というのに、秋はここまで・・・安芸の宮島にかけたわけではありません。
九州は、まだ紅葉前でした。やっぱり温暖化が進んでいるのでしょうかね。

081108miyazima

雨を心配していましたが、降りそうでいながら何とか持ちこたえた天候の旅行でした。
とりあえず、ご報告ね

松本滞在記・最終日

 最終日、と言っても三日目なんですけどね。
29日、昨日と打って変わって、朝からお日様キラキラの快晴です。
何処に行こうか? 「お任せします」 の恒例のパターンです。
いえ、本当は、リサイクルショップに行って脱水機を探そうじゃないか提案したのですが・・・
なぜならば、彼女は良寛さんと同じように、こちらに居るときは洗濯もすべて手洗い。
それは、さほどの苦労ではないようなのですが、寒くなってくると手で絞っただけの洗濯物を窓の外に乾すと夜の間に凍ってしまいます。でも室内に乾すと、滴が落ちてしまう。
これを解消するには、洗濯機もしくは脱水機があった方が良いに決まっている。
現代で良寛様を目指すのは、なかなか難しいようです。
でも、良寛さんって江戸時代に新潟に住んでたそうだけど、冬場の洗濯どうしてたんだろう?
まあその謎はおいといて、ゆっくり朝食を頂いて、10時頃から出かけました。

途中で山道を工事をしているトラックのご一行とすれ違うと、懸垂下降で作業していました。
冬場の雪による、崖崩れを防止するための工事でしょうね。
懸垂下降、登山訓練で、必ずやらされるロープを使って崖の上からバランスを取って降りる訓練。
私は、かって、この訓練でバランスを崩して、あやうくあの世に行きそうになったことがあります。
なんで~?と思うでしょうねえ。こんな簡単な訓練が出来ないはずがないと補助ザイルを付けて貰えなかった私。
1本きりのザイルを外してしまって、膝に絡めただけで降りてしまったのでした。
「手を離すな~!死ぬぞ~!」と言われながら・・・
都会人は遊びでやり、現場の人は仕事として必然的に体で覚えるのだ。甘いものではないのね!
そんなことを思いながら、横を通らせて貰いました。
山の道路補修

今日も昨日と同じ霧ヶ峰湿原ですが、八島ヶ原湿原、1630mの高原です。
山頂の平原とういうか、ぽっかり出来た平和な大地という感じです。
牧場でも出来そう・・・
ここからは四方が山並みです。
信濃と言えば、戦国時代は、越後の上杉、甲斐の武田が戦争を繰り返していたところです。
こんな、何にもないような所でも、しっかり見張りを立てていたでしょうね。
ノンちゃん説明に寄れば
「この山の向こうには自然の傾斜を利用して、円形劇場のような形が作られていて、その昔、狩りをして獲物を追い立て、そこに追い込んで、闘牛場のように鹿や猪を狩る様を見物したそうです」
でも歩くの大変だから、きっとおっさんばっかりで、お姫様は来てないよね?

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木道の分岐から離れて、鷲が峰 (1798m)へ向かう道を上がります。
久しぶりの山道、でも天気は良く、遙かな山並みが続き、少し歩いては、立ち止まって、説明をしてくれます。私がバテないか気を遣ってくれているのです。本当に、優しい人です。
そんな心配を知ってか知らずか、私の気分は、すっかり戦国の姫様モードに入ってしまい。
山道を歩くのも、落城後の落ち武者モード 
「城は焼け落ちてしまったか!皆のもの、この無念を忘れまいぞ!」
すると謹厳実直を絵に描いたようと思っていたノンちゃんが
「ハハー!けして忘れませぬ。かならずこの敵は討ちまする!」
とメチャ、ノリノリで大笑いでした。
誰も見る人がないというのは良いですねえ~・・・・
こんな馬鹿な会話を都会でやると、かなり怪しげな人間と思われてします。
思われるだけでなく通報されてしまうかも?山並み
 
さて、落ち武者達の落ち行く先は、西の道、あの下諏訪の街かな?
1時間ほどの散策をして、鷲が峰の山頂までは行かず、眺めの良いところで折り返してきました。
今はススキが秋の風情を見せてくれていますが、夏の間は色んな花が咲き乱れていたことでしょう。
冬の寒さがなければ、ここで乳牛を飼って、信州のハイジとして暮らしたいような所です。
霧ヶ峰湿原

これで充分と満足一杯だったのですが 
「もう一つ行ってみよう!」
再度、車に飛び乗って、ウネウネと続くハイウエイ・・・でもかなりクルクル折れ曲がって、この気分は何??
車に酔ってしまったみたいです。
展望台のある駐車場で外に出ると 「寒い~!」
すると、これを着てと、羽毛のジャケットが差し出されるのでした。
それにしても寒い。高度は2000m程だそうです。
知り合いの小父様に2000mで必ず高度障害が出る人がいます。2千ぐらいで、と思うかもしれませんが、実は私も、そうだと思うのです。
頭痛がひどくなって、吐き気がして、ちょっと歩き出したら、心臓がパコパコする感じ・・・・
降参して、写真だけ撮って下界に舞い戻って貰いました。
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上の写真で、真ん中より右より、一番後に富士山が顔を見せているのが分かりますか?
これだけ見えるのは、滅多にないことだと思います。
さて下界に戻ると、本当に元気復活したのでした。
山辺ワイナリーで、並んだワインを味見して、お土産にリンゴゼリー、ワインゼリー、葱味噌せんべい、栗甘納豆etc・・・・そうだ、リンゴも買わなくっちゃ!
やっぱり、あれは高度障害だったのだろうか!!
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ここのレストランで、お喋りしていて、危うく4時のバスに乗り損ないそうになり、必死で運転して貰って、松本バスターミナルに無事到着。
本当に、最後まで、お騒がせとご厄介をかけてしまいました。
ノンちゃん、有り難う!
これに懲りずに、またよろしくね  

松本滞在記二日目

28日、7時頃、コトコトと台所の音で目覚める。
さすが長野の朝は寒さが違う。
グズグズと布団から体を起こすと 「 はい!」と目の前に、温かいホットミルクのカップが・・
そして、顔を洗って、ボケッと座ると、目の前には、炊きたて御飯、具だくさんの味噌汁、鰺の干物、野菜の胡麻和え・・・まさに日本の朝ご飯の見本が並ぶのでありました。
良寛さんを人生の師と仰ぐノンちゃんは、電気釜も置いて無くて、御飯もお鍋でぱっぱと炊いてくださったのです。
彼女のお城は、窓からは蝶ヶ岳、常念岳が遠望できる良い場所なのです。
さあ、今日は何処に行こうか?と言われて一言
「お任せします」
 行動力は人任せの私でした。
ゆっくり家を出て、あっち行ってこっち行って、高速道路に入って、やがて山の麓に着きました。
何処をどう通ったか、さっぱり分からないというのが、私の得意とする所です。
車山高原という所でした。
天気は限りなく下り気味。リフトに乗るとき「大沼まで行こうと思うんですが」というと
「時間的に無理だろう」との答え。
そこで、リフトを降りてからその手前、四八池湿原を歩いてみたのであります。
冬がそこまで来ているけれど、秋も頑張っています・・・
という感じの不思議な天気でした。
しばらく歩くと雨が降り出す。するとノンちゃんが、自分の手に持って歩いていた傘を、さっと渡してくれる。
そして、雨が止むと、「私が持つわ」と取ってくださるのでした。
まるでお姫様モードではございませんか!それもこれも、もって生まれた性なのでありましょうか。
天に逆らう訳にはいかないので甘えさせて貰うのでした


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なんとこんな高いところに湿原があるのです。
空気がすがすがしく、小雨がぱらぱら来るけれど、気分はとても爽快でした。
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はい、レンズを拡大して映してみました。
この池には、ご夫婦の鴨さんがペアで水しぶきを上げていたのですが、私の腕とこのカメラでは、捕らえきれなくて残念・・・・
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木道が巡らされている湿原を歩いて、あれはなんだ、これはなんだと言いながら・・
植物については、さっぱりの私は、「綺麗ね~」だけで終わってしまうのでありました。
赤い実を見れば
「千両?万両?なんりょう?」なんて言って、呆れられていますが。
植物の名は、自分で付けて楽しんでおけば良いというのが私の持論。
信濃深山紅櫻・・・・なんてのはどうでしょうか?
ノンちゃんは、笑い転げておりました。
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嘘ばっかり言っていては、閻魔様に怒られるので・・ほどほどにしましょう。
帰りのリフトからの眺め、葉を落としたダケカンバの枝の白さと色づいた唐松の黄色のコントラストが、素晴らしく綺麗でした。
この後、山田温泉まで車で走り、公共の温泉で冷えた体を温めました。
300円という値段も素敵ですが、建物も全部木造でとても素敵なお風呂でした。
天井も、床も、窓の桟も全て木で作ってある。それだけでは驚きませんよね。
でも、お湯の出口も、蛇口ではなく、木の樋を渡して木の板を開け閉めして湯を出すという、徹底したこだわりようです。
湯船は、熱めが44度、ぬるめが41度と書いてありました。
ゆっくり入って、帰りは暗くなった山道を降り、高速道路に
「えっ!こんなに遠くに来てしまっていたのか?」
方向音痴、距離音痴の私は、改めてビックリしました。
ダケカンバと唐松の夢を見てしまいそうな一日でした。
でも写真では、その色の美しさが出ないんですね。
これがダケカンバの林なのですが・・・・

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さあ、明日は、もう最後の日なのですよ・・・

ようやく宿題をしたと思ったら

11月1日。
3日旅行に出かけたツケで、先週の復習が全然出来てない。
今週は、勉強を諦めたけれど、宿題だけはしていこうと、前夜にしてしまった積もりだったが。

教室に速めに行ってお喋りをしていたら
私「宿題、DVDの続きを考えるんだったよね?」
「いいえ、内容を要約しなさいって事でしたよね」
そこで、みんな肯く・・・・・
ヒエエエ~!私は滅茶苦茶思い違いをしていた。
前回
フランスのサンシュプリアンという村で農場をしている男の所に18年ぶりに、幼なじみの男が帰ってくる。
帰ってきた男の名はフランソワ。迎える男はシャルル。
近況を尋ねるフランソワに、シャルルは、結婚し、男の子が一人、そして今は親の跡を継いで農場をしながら、市長でもあると話す。
街のたたずまいは、すっかり変わり近代化している。
昔の面影がないと嘆くフランソワに、シャルルは近代化した街の良さを話す・・・

と言うものでした。
ちゃんと要約できてるやん・・・ああ、それをフランス語に直すのね

私は、続きを考るのだと思って、創作しましたよ。必死で・・・
内容は下記のごとくものを仏語で書いてみたのです。
=========================================
シャルルは尋ねる
「ところで、どうして帰ってきたんだい。何かあったのか?」
フランソワ
「ん~。ボクももう若くない。生まれ故郷を見たくなった。それに、10年前にジュリエットと結婚して、二人の娘がいるんだ。エマとカミユさ。ボクは彼女たちと穏やかに過ごしたい。今住んでるアフリカは熱すぎる、生活は大変だ。だから、故郷に帰って暮らしたいと思い、住まいを探しに来た。」
シャルル
「それは本当かい?君はなんて幸運なんだ!今丁度、良い農場と家が売りに出てるんだよ。さっそく一緒に見に行こうじゃないか!」
フランソワ
「ありがとう!友達は良いなあ。早速祝いに一杯飲もうじゃないか!」
============================================

宿題を集めて帰ったアントワーヌ先生は、すごく楽しい思いをすると思います。
宿題をようやくしたら、内容が要約ではなかった。
とんだ要約違いです・・・トホホ・・

話し替わって、11月は学園祭の季節です。
案内の広告が、あちこち貼ってあって、そのキャッチコピーがこれです。
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・・・単位より大切な何かを求めて・・・
ですって・・
それこそ、前回習った C'est pas vrai ! セパブレ
嘘~!と言いたい。授業の単位より大切なものが見つからないという事でしょう。
今の世界を見れば、若者なら考えずには居られないことが山ほどあるではないですか!
命、環境、社会、未来、人間と地球の危機の時に、こんな問題提起しかでてこないのか?
なんかすごく考え込みながら歩いていると目の前に看板が・・・
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昔からある会館の案内板なのですが、名前が「しらん」
なんか、さっきの回答ようで、おもわず笑ってしまいました。
がしかし、しらんで喜んでいたらいけないわね。
単位なんぞに意識を絡み取られてないで、世界を歩いてきてちょうだい!
なんて自分では出来ないけれど、若者よ!どうか大志を持ってくれ!
と私は叫びたくなったのでした。

松本滞在記一日目

今回は、京都から長野の松本まで高速バスを利用してみました。
バスは時間が掛かるからと思っていましたが、出発地の京都深草08:53、最終地の松本バスターミナル着 13:30 ほぼ時間通りにつくので、乗り換え無しで楽です。
 27日朝、早く起きて7:20の電車に乗らないといけないというのが、のんびりゆったりの癖がついた私には、ちょとプレッシャーでした。
京都駅から奈良線で東福寺、そこで京阪に乗り換え藤森から徒歩10分ぐらいで高速乗り場まで行けます。でも、高速バスの乗り場って、分かりにくいのよね。
公園の奥の階段を上って、倉庫の扉を「エイ!」と押し開く感じで、夜中に一人で行きたい場所とは言い難いところでした。
これが乗り場入口です。
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それに、電車と違って、案内アナウンスなんてなにもない。
定刻になってもバスが来ない、10分遅れで到着したが、「来なかったらどうしよう?携帯で会社に電話してみようか?」と思ったものでした。それでも、今は携帯電話で連絡が取れるという安心感はありますね。
行程は1時間半おきに多賀と阿智インターで休憩を15分ずつとる形で松本到着。
なかなか快適に行けました。そして、これで一つ経験が増えました。
松本ターミナルには、なつかしきノンちゃん、さっそうと4WDでお出迎え・・・
バンザイ!これで、、私の「初めての一人旅」お仕舞いです。ヤレヤレ・・・

彼女は、足弱の私の為に、幾つもプランを考えてくれていました。
「松本城?行ったことがないので行きたい!」とワガママを言い、はい、ではご案内・・・
とさっそく出かけました。連れて行ってくれる人がいるというのは、なんと安心なのでしょう
さすが長野です。空気が冷たくって美味しいぞ!

松本城は、かなり小ぶりな天守閣のお城ですが、その黒を基調とした佇まいは素朴で、良い感じです。
この地は、東北の要となる場所でもあり、代が変わっても、徳川幕府の血縁、親藩で固めてあったため、明治時代になって、城や仏閣はかなり邪険に扱われたようです。
修復もされずボロボロになって売却に出されたのを、有志を募って買い戻し今に至っているとのこと・・・
エライ人が居るんだなあ~
その時に、売っぱらわれてたら、今頃、大手スーパーか何かだったかもしれません。
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よかった、よかった!
これがお城ですよ。 その前の不気味な姿は、無視してください。

さっそく天守閣に登って、紅葉真っ盛りの長野の秋を満喫しました。
この天守閣は6階までありましたが、上に行くほど階段が急傾斜、かつ段差が大きくなります。
とてもとても、お姫様が着物を着て上がれる様な階段ではありません。
でも現代の姫様達はGパンという心丈夫なお姿なので「ヤーイ!」
と難なく登ってしまいました。
色ずく街のたたずまい・・・良いでしょう!
1027眺め

そして長野の特産品といえば、リンゴにブドウ・・・
その姿をたっぷり見て参りました。ひと味違う観光でございましょう。
この低い灌木が、ブドウ棚です。ほとんどつみ取られた後だそうです。
雲海のようなブドウ棚が続いていました。しかし、その手入れと収穫作業は、どんなに大変でしょうか!
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リンゴの樹には、たわわに実が実り、枝が撓いそうでした。
大きな実が、よくもこれだけ1本の木になるものだと感心します。
柿も成り時で、秋は実りの季節、そして日本の四季は実に豊かだと、しみじみ感じました。
リンゴの木

日が暮れる前に、ノンちゃんのワンルームのお城に戻り、街の温泉に入って、夕食は信州蕎麦の店で、本場の蕎麦とイワナの塩焼き、野沢菜の漬け物etc・・・
車の運転だったため、帰宅して寝る前に乾杯   

さて明日はどんな事が・・・・・続きます・・・・