シャトー・ルージュはアフリカの雰囲気

メトロ4番線で終点がノミの市で有名なクリニヤンクールに向かういくつか手前の駅にシャトー・ルージュ Château Rouge という駅があります。
その駅で下車すると異国に迷い込んだ感じがします。
もっとも私にとってはパリが異国そのものなのではありますが、シャトー・ルージュはそのまたパリの中の異国という感じがあります。

メトロの階段を上がって通りに出ると、手に品物を持った人達が手を差し出します。
財布、靴下、「サンチェ、サンチェ」と言ってるのはベルト。
歩道に敷かれたビニールシートに女物のバックが並んでいるので
「誰の荷物かしら?」と町内会で花見でもするのか思ったらそれも売り物でした。
上海や香港で出くわした感じと似ていますが、全体がアフリカの街という感じです。

自分のお店がなければ通りか、閉めてある建物の前が店になります。
街角では、マンマミーアに出てくるような、民族衣装にでっかい体を包んだたくましいお母さん達が子供をしかり飛ばしながらエネルギッシュにおしゃべりをしています。

ここは常設店、パリの中では見かけない魚屋さんです。
右側エビの横は、日本人にお馴染み鰺です。

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果物屋さんでは、季節のミカンが山盛り。
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肉屋さん。
5キロで2千円ぐらい・・・でもぶった切りです。
他のお店に山積みしてでっかいカニの爪ようなものが何だろう?と思って近寄ってみると
牛か豚か・・・おそらく牛の蹄の部分が積み上げてありました。
スープの出汁に使ったりするのでしょうか?
沖縄にも豚足料理というのがありますから、牛の蹄料理もあるのかもしれません。
ただ、この肉の山を、あちこちで見たせいでしょうか、私は肉が食べられなくなってしまいました。

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ビルの隙間から、モンマルトルのサクレクール寺院の尖塔が見える場所もあります。
でも、ここは下町というより場末という表現が当てはまりそうです。
パリのガイドブックに載っているおしゃれなカフェは、どこにも見当たりません。

でも、私はここからパリの未来が見える気がします。
アフリカとヨーロッパと中東が一体化して22世紀には、きっと今までになかった人種と街が生まれてくるのではないか?
そんな気がします。

人間も進化の過程の中の生物の一つに過ぎない。
そんな思いを肌で感じるような街です。

様々な価値観が渦巻く場所で、折り合いを付けて生きる事の難しさは、日本人には想像もつかない物があると思います。

私が住んでいる場所は19区です。
こちらはユダヤ人、中国人のエリアが固まっているように思います。

運河を挟んで私の住まいのすぐ前にある小学校の壁には
Librté , Égalité, Fraternité
自由、 平等、 博愛
の文字が掲げられています。
もしかしたらすべてのécole(小学校)も、この文字を掲げているのかな?

フランス革命以来、国の指標とされているスローガン。
すばらしい言葉ですが、実践することは苦難に満ちた道でもあります。
今フランスは人種と宗教の折り合いで、様々な試行錯誤を繰り返してみていると思います。

それを感じると、やっぱり凄い国だな~フランスはと思ってしまうのでした。

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フランス携帯電話その後・・・

le 27 Ovtobre, je suis allée au magasin de téléphone portable en question avec deux amies .
Une amis est japonaise et l'autre est française.
Et puis mon amie française a négocié le probléme de mon téléphone pour ce vendeur.
Il a accepté facilement et il a manié mon tétéphone ,mais il a pas connecté non plus.
Il nous a dit que ce téléphone a été bloqué par SFR et il a téléphoné SFR par son téléphone .
Après ,il a le manié quelques fois ,en fin mon tél.phone est devenu marcher.
C'est incroyable, mais vrai !
J'ai pensé qu'est-ce que c'étais que ça ?


10月27日、私は例の携帯電話屋に二人の友達と行きました。
一人の友達は日本人女性、もう一人はフランス人女性です。
そうしてフランス人の友人がその店員と私の携帯について交渉しました。
彼は簡単に了承し、私の携帯を操作しましたが、やっぱり繋ぐことが出来ませんでした。
彼は私たちにこの電話はSFRによってブロックされていると言い自分の電話で会社に電話して、その後何回か操作しました。結局、私の携帯は動くようになりました。
信じられないけれど、本当です。
私は、あれは一体何だったのよ!と思いました。


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という訳で携帯電話は復活しましたが、原因はなぜなのか分かりません。
何かの問題で障害が起こっていたのか、それともその場で彼がチャージの手続きを慌ててしたのか?
フランス人の交渉に慣れた人が来たことと、私が受け取ったレシートは(上の写真の右)もう全く読み取れなくなっていたのですが、デジカメに保存していた画像を拡大して現像し持っていきました。
写真で残してあったことで、ちょっとギョッとした感じでした。

私は解決したらそれで良いし、もうこの電話は使わないでおこうと思っていましたが友達が
「今彼女がいるときに、来月分の手続きもしてしまったら」と進めてくれました。
そこで、もう15ユーロを出して、来月分のすべての手続きを済ませてくれるよう伝えてもらいました。
作業をし終えて彼は言いました 
「C'est fini tout!」(全部し終わった!)
ほんまかいや? 友達に電話をしてみたら掛かりました。
でも来月に入って繋がるかどうか・・・私は簡単に信じられなくなっています。
そこでまたレシートは写しておきました。(左)

この二人の人達は先週も、この問題を解決するために、近くの駅まで来てくれていたのでした。
私と電話連絡が取れないので、レッスンの先生マチューに、私から電話をするよう言付け、万一にと手紙も書いて、待っている場所を知らせてくれていたらしいのですが、手紙はストのため届かず、マチューからの伝言は、私がちゃんと聞き取れずに、待ちぼうけをさせてしまっていたのです。
その日やってこない私に連絡を付けるために私の住まいまで来て郵便受けに手紙を入れて行ってくれてました。
日本と違って、暗証番号を知っていないと郵便受けにも近寄れません。
建物の中に入る人に頼んで入れてもらったとのこと・・・・

あまりにも申し訳なくて、電話でお詫びして、国際携帯であと一月は過ごせるから・・と申し上げたのですが
「フランス人がウイと言ったらウイなんです。」
フランス人はなかなか他人からの頼み事を引き受けないが、ウイと言ったら絶対OKです。
Nonでもoui の日本人の世界と違うんだ~
時には気が進まないながらも流されてしまう自分を顧みて反省しました。

嫌な思い出になりそうな、この携帯電話の問題が片付き、心は晴れ晴れです。
お店を出て「Je suis contente !(うれしいです!)」と叫びました。
そしてフランス人の彼女(ソラさん)と抱きあったら、なんと私の体は彼女腕の中で軽々と持ち上げられていました。
女性と言っても、体力が違うんですね~

その夜は三人で、レストランで乾杯です。
レストランと言っても日本人がしているお店でした。
メトロCADETの近くにある「蛍」というお店です。
ここのご主人はパリ生まれのパリ育ちで、日本語よりフランス語の方が得意らしいです。
お料理の修行のために8年間、東京に言っていたとのこと。
若さで元気溌剌のお店です。パリに来てフランス料理に飽きたら行ってみてください。

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ソラは日本も東洋も大好きで、お箸も上手に使います。
話好きで、ずうっとお話をしてくれるのですが、私は所々しか分からなくて・・・・
ああ、情けない。
単品で、揚げ出し豆腐、アン胆とコースの料理を頼みましたが、食べきれるものではありませんでした。
でもここは、お持ち帰りもOKなのです。
お刺身盛り合わせ
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ナスの煮付け青菜のおひたし、酢の物等
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ごはんと焼き魚、味噌汁も出たので、これはお持ち帰りに・・
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ワインを傾けおしゃべりしていると時間は、もう10時を回っています。
Cadetの駅でソラとビス(ほっぺにチュー)してお別れです。
クリメの駅に着いたら11時20分になっていました。
ちょっと心配でしたが、女の子達の団体も歩いているし、女性の一人歩きも見かけ、まだ人通りもあって、私はロミエールよりクリメの方が歩きやすいと思います。

日本人のお友達が
「私が付いて行っただけではダメ。この件はフランス人を連れて行かないと解決しなかったでしょう。」
言葉の壁は、難しいとつくづく思った一日でした。







美味しいキッシュ( Quiche )

10月26日、凱旋門の周囲を一人歩いて見ました。
シャンゼリゼ通りだからと、メトロ、Champ-Elysées Clemenceau(シャンゼリゼ・クレマンソー)で下車したら凱旋門は1.5キロほど先でだいぶ歩かなくれはいけませんでした。

これはメトロを降りてすぐの広場にある彫像です。
1944年8月25日パリ解放の日のド・ゴール将軍の姿を刻んだ物と思われます。

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その時の彼の演説から
Paris ! Paris outragé ! Paris brisé ! Paris martyrisé ! Mais Paris libéré !
「パリ! 侮辱されたパリ! 傷つけられたパリ! 虐待されたパリ! しかし(今)パリは自由だ!」
演説も全部綺麗に韻を踏んでいます。

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ヒットラーの指令により1944年に火の海となって消失してしまっていたかもしれないパリの街です。

そんなことは忘れ去られ、車と観光客の人並みで溢れかえるシャンゼリゼ通りを凱旋門に向かって歩いて行きました。

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観光客や若者向けの店が並び、東京みたいと感じました。
ショーウインドウには豪雅な時計が・・・豪華と優雅をいっぺんに表現したかったのか?
それとも中国語だと、こういう表現もあるのでしょうか?
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なぜかハローウイン風の飾り付け
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凱旋門を正面から写したかったら車道の真ん中にある歩道の中継ポイントが特等席です。
ほらね!ちょっと大きいサイズで・・・

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歩道に渡って、歩きかけると、目の前の若い男性が
「マダム?」と、まるで私が落とした物を拾いましたよという感じで、目の前に金の指輪を差し出しました。
スリのテクニックだ・・と「Non!」で行きすぎましたが、ちょうど歩道の脇にいた男性も
「Vous ***** 」(聞き取れませんが)と声をかけてきて、親切なのか、それとも二人で組んでと・・・
悪い方向に思ってはいけないのかもしれませんが、振り向かずに急ぎ立ち去ってしまいました。
なにしろ私は、指輪などという物は一切持っていませんから、この手を使っても無駄なのです。

凱旋門の前では、親戚を引き連れたカップルが結婚記念写真撮影をしていました。
私も1枚撮らせてくださいと・・・
いつまでもお幸せに・・・

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お昼もだいぶ過ぎていて、どこかで昼を食べよう!
Haussmann大通りを西に歩きながら、決心が付かず メトロ、Miromesnilまで来てしまいました。
これなら量が多くなさそう!
と思って入ったこの店、「持ち帰り、お急ぎの食事の出来る店」
簡単に食べることの出来る店という事です・・・うん、ここで良いわ!

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ショーケースに並んでいる物を注文して、先払いでお勘定は済ませます。
2時を過ぎていたけれど、結構流行っていました。
キッシュだと思いますが「これは甘いのですか?C'est sucré?」通じませんでした。
シュクレと言わずにシュクルと発音したからか?それともdouceドゥースで言わないとダメなのかな?
とにかく辞書を叩くと、キュウリと書いてあるから大丈夫だろうと、スープとともにお願いしました。
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キュウリのキッシュとカボチャのスープ。

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このスープもキッシュも食べやすくて、すごく美味しかったのです。
量も私が食べることの出来る限界の量でピッタリ!
スープは、お店の自慢のようで、たいていの人が食べていました。
この店の奥さんの手作りの味・・フランスのママの味という感じで
うー「 C'est bon !」と思わずつぶやくと、店のマスターが 美味しいか、よしよし!という感じでニッコリ。
言わなくてもテーブルにはビンに入れた水も置いてあり、家庭的な雰囲気のお店でした。
お腹一杯になって、ほっこりと言う言葉が浮かんできます。

その後、速く歩くとお腹に危険信号が走るので、満腹のお腹を抱えてソロリソロリと街の散歩です。
優雅な骨董店、高級そうな古本屋には、吹いたら消えてしまいそうな中世の古書が並んでいたり・・
ここらの店、すごく感じが良いのです。さりげなく高級な感じ・・・はて?
私は中世美術館の辺りまで行くつもりで、間違えて Ministère de l'Intérieur(国内大臣官邸)の廻りを歩いていたのです。

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「マダム、ここは渡ってはダメです!」婦人警官が制します。
そして閲兵式というか兵隊さんの交代セレモニーをしていました。
兵隊さんが歩いてきて・・・
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はい!かけ声かけて交代です。絶対ハンサムボーイをそろえてるよな~・・
TVカメラも来て撮影をしていました。

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しばらく行くと、並ぶショーウインドウは、超高級ブティックばかりです。
とても中に足を踏み入れる勇気はなく
「ウインドーショッピング」というのは、これを言うのか~・・・
ひたすら眺めて歩きました。
マドレーヌに出て、本日はこれまでと、今日のパリ探検はお仕舞いです。

チュイルリー公園も秋です。

Le 25 Octobre ,Je me suis promenée au Jardin des Tuileries.
10月25日、チュイルリー公園を散歩しました。

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目が覚めたらこんな所でソフトクリームを食べていました。
というのは嘘です。この女神様が持っているのはソフトクリームではないと思いますが?
じゃあ何なのでしょう?オリーブの若葉かなあ・・?

先週からずっと胃腸の調子が悪く、何も食べたくない状態が続いてました。
食べると胃なのか腸なのか分からないけれど苦しくて起きていられない。
この日も7時に一応起きて、ストレッチに時間を取り、それから昨日に続いてお粥と梅干しほうれん草のおひたし、ハム・・・
半分食べてダウンして横になり、30分して残りをまた食べる。
その後も起きていられなくて昼まで横になっていました。
まだ風邪の気が抜けきっていなかったのかもしれませんね。

「ああ、こんなでは何をする気力も湧いてこない。声を出す元気もない。いっそ帰ってしまおうか!」
すぐに悲観的になるのが、軟弱な私の特徴です。

こんなとき、人によってアドバイスが違います。
●体力を落とさない為、特にタンパク質(肉)を無理してでもしっかり食べる。
●体が食を拒否しているときは、しばらく断食して自然治癒力を復活させる。

上の意見は西医学関係を信頼する人、下の意見は漢方を信奉している人に多いようです。

どっちつかずの私は、いつも中途半端に食事を控えてみたり、でも食べなきゃと何か食べ出したり一定しておりません。
「でもまあこの後、今日はとにかくお腹が空くまでは食べずにおこう。」
そして朝の曇り空が快晴に変わってきたので、1時半頃家を出てオペラに出かけました。
前に友達に連れて歩いてもらったピラミッドから、ブックオフやHISのある場所をしっかり分かっておきたかったからです。
いよいよダメだと思ったらHISに行って飛行機の便を変えてもらったらいいのだ!
はっきり言って、今日は弱気の私です。

ピラミッド駅の横の通りが日本人がよく使う旅行社、シティラマ、my busそれにジュンク堂があり、
通りの向かいにはクロネコヤマト宅急便もあります。
私は写真を1枚現像したかったので、ちょうどあったフォトショップに頼んで待ち時間の30分でチュイルリー公園を歩いてきました。
そこでまず出会ったのがさっきの女神様です。

公園には秋が忍び寄ってきています。
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もうすぐベンチに座る人もなくなると思いますが、最後の日差しを楽しむように沢山の人が公園で寛いでいました。
男一人でも様になります。
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枯葉の季節・・
「枯葉がシャベルですくい取られていく・・」
これ何って、名曲 枯葉の出だしなのですが・・・
こんな風にベンチに座って書いたのかもしれませんね。

でこれは何かと言うと私には分かりません。
中は空っぽで、とにかくあるから入っておこうという感じで人が出入りしていました。
案内書には何か書いてあるのかもしれません。

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様々な芸術的アートが
「これなあに?宇宙人の子供達か!」パリにも岡本太郎がいたのだ。

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これもアートのようですが、中には鳩が入っています。
ちゃんと餌をあげているのかしらと気になります。

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冷たい空気を吸って、子供達の笑い声や恋人達の抱擁、老夫婦の手を繋いで歩く姿を眺めながら歩いていると気分が良くなってきました。
お腹も何か食べられそう・・・
そうだ、お好み焼きを食べに行こう!!
4時半からお好み焼きかあ~・・・
昼時は一も満席の店もがらんとしていて、「豚玉!お願いします!」
私の信念では、お好み焼きの本道は豚でなのです。
1時間近くかけて、ゆっくりゆっくり食べ、少し残してしまいましたが、これで生き返った気分になりました。
次はお腹の具合を気にしながら急ぎ帰るだけです。
でもオペラのホーム前の通路で、素敵な歌声が聞こえてくる。
Maradie d'amour(恋の病)ではないですか、たしかワサブローさんのCDで聴いた曲です。
枯れた感じの女性の声かと思ったら、おじさまでした。
自分のカラオケセットで伴奏を入れて楽しそうに歌っています。
通り過ぎていく人からも声援が行くし、プロの歌い手さんだと思いますが、なかなかの物なのです。

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私もカンパしてきました。
私の好きな歌は、やっぱり年配向きなのねえと思いながら・・・

雨のバスティーユ

Le 23 Octobre. Il pleut et il fait froid.
Ce matin, je suis parti pour Bastille.
Parce que j'ai pensé qu'il ne fallait pas dormir tout la journée etpuis je voudrais chercher une partition à le magasin d'musique que se trouve à Bastille.

10月23日、雨 そして寒いです。
今朝、私はバスティーユに出かけました。
一日中寝ていてはいけない。
そして私はバスティーユにある音楽の店で一つの楽譜を探したかったのです。


C'est le quai de la station demétro Bastille.
(メトロバスティーユ駅のホームです)

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この壁ですが、フランス革命の戦闘の後を記念して剥き出しの壁にしているのか! すごい!
と始め思ったのですが、単に駅の中が工事中であったためだと後で分かりました。
かなり古い駅なのでしょうか、出口も1カ所大がかりな工事中でした。

駅を出た頃から雨が強くなり、寒さもかなり、先日買ったコートが役に立ちました。
道行く人もマフラーをしっかり首に巻き付けている人を多く見かけます。
ここは11区。
バスティーユはご存じのようにフランス革命に火が付いた場所です。
それを記念して立っている La colonne de Juillet (7月の円柱)革命の記念碑という事です。
でも女神様も、駅前の円柱の上で一年中片足で立っているのは大変では・・・

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駅前の広場からBeaumarchaisの大通りを北に少し歩くと、かなり大きな楽器屋さんがあって、その2回に楽譜コーナーがありました。
「私は一つの楽譜を探しています。その歌はChanson simple,パトリシアカースによって歌われました。」
受動態で言わないといけないのか?などと悩む必要はありませんでした。
名前だけしか聞き取れてはいないはずで
「ここにしかない」(カースの楽譜は)
と言いながら棚の前に連れて行かれました。
でも彼女の楽譜は、主な歌が編纂されている2冊しかありませんでした。
このうち1冊は、もう持っているのでいいわ・・・残念ながらお目当ての楽譜はありませんでした。

どなたかChanson simple「簡単な歌」の楽譜のあるところをご存じでしたら教えてください。

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上の棚のデカイ顔のお爺さんはシャルル・トレネ・・いつまでも人気があるんだ!
ここで une siècle de chanson( 1世紀のシャンソン)の全集を見つけました。
ほぼ10年分を300曲ぐらいにまとめて10世紀後半から1980年代まで、全部買うと10冊ぐらいななります。
幾らだろう?と思って見ると1冊39ユーロ、安いのです。
私は通販で以前に2冊買いましたが、たしか1冊9千円ぐらいだったかな~?
取り寄せて販売している会社があるのですが、日本までの送料手数料が入るので、それは仕方がないでしょう。
ここで買えば安い、しかし持って帰って荷造りして郵便局まで持って行けるのか?
とにかく今日は見るだけにしておきました。

1階のギターコーナー
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通りの向かいから見た店はこんな感じです。
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目印になるショーウインドー
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今日こそは、昼を一人でレストランで食べてみよう。
と決意して出てきたのですが、通り沿いに並んでいるレストランに入る気になれず
「私って日本でも外食が苦手だったもんなあ~・・」と思いながら二駅歩いてしまいました。
やっぱり、外で食べると胃が痛くなってきそう・・
雨もどんどん強まってきて、早々に帰ってきました。
アカンたれやなあ~私って!と思いながら・・・


パリで買ったコート

À paris ,il fait déjà froid .L'automne est fort avancé.
パリはもう寒いです。秋が深まっています。 
Ah, je n'ai pas de manteau et puis j'ai decidé de acheter ce lui.
ああ、私はコートを持っていません。で、それを買うことにしました
Il y a beaucoup de boutiques dans le rue d'Opéra , mais je suis allée directement à le magasin qui s'appele UNIQLO Paris .
オペラ通りには沢山のブティックがあります。でも私はまっすぐユニクロパリに行きました。
C'est un de des chaine de magasins populaire.
それは庶民的なチェーン店の一つです。

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と言うことで、まいどお馴染みユニクロのコートです。
軽くて暖か、お手軽値段です。
フランス人の利用者も多く繁盛しているようですが、あの地代の高いオペラ通りでやっていけるのかしら?
とは友達のコメントです。
パリ三越は9月末で閉店となりました。
オペラ界隈でトイレが使える唯一のデパートだったので、私はとても残念です。
まあそんな客ばかりで閉店になったのかもしれませんが・・・

外に出ると寒いのに、私の部屋はなんて暖かいのだろうと思っていたら、いつの間にか暖房が入っていました。
全館暖房なのか配管されている管にお湯を通すシステムのようで24時間暖房です。
貧乏性の私としては、留守の時まで暖房するなんてもったいにではないか!
と思ってしまいますが、この部屋だけ止めたとしても何の節約にもならないので、これでいいのでしょう。
でもストが続いて、石油が止まってしまったら・・・どうなるのかなあ~?
そうなれば、コートにくるまって寒さを凌がなくてはなりません。
帰りの飛行機の便も、ちゃんと飛んでくれるのか?
今から考えても仕方がないことですが心配になります。
そろそろ心配マダムが復活してきたみたいです。

石油が切れても、飛行機が動かなくても、それでも地球は回るのだ!クヨクヨしないことにしましょう。

パリで生きるにはかなりの気力がないと持ちこたえられないという気がします。
身体障害のある人が、街の通りで、地下鉄の通路で物乞いをしている姿も毎日見かけます。
社会保障がされている国ではないのか?と疑問を感じるのですが・・・

家が無く、職が無く、食べるものもなくなると、人は近づいてくるメトロにフラフラと誘い込まれないのだろうか?と思っていたら、やはりそうでした。

2009年の記事で
パリ首都圏では平均2日に1回、電車への飛び込み自殺が発生している。

そこでSNCF(フランス国鉄)は、
自殺するという行為の根本問題には取り組まないが、自殺の手段に電車への飛び込みを選ばないよう。
電車への飛び込みは決して「確実な方法」ではなく、多くの人が身体に障害を負って生き残っている結果を、自殺志願者はよく理解すべきだと語った。(一部抜粋ですが)

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2570141/3775587

あなたが死にたいならそれは勝手だが、でもちゃんと死にたかったら、他所をご利用ください。ここで死なれたら迷惑です。
いうなれば、自分のこと自分で始末してください・・・と言うことか!

ダイレクトなキャンペーンですねえ~!
身も蓋もないというか、客観的意見というか・・日本の会社からは出てこないコメントだと感心しました。

でも日本の方が、フランスよりも自殺率は高いのです。
都営地下鉄は、どんな対策をしているのでしょうね?

パリでシャンソン・3

ジベルニー・秋の庭
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4回目のレッスンで Que serais -je sans toi を教えてもらうようにお願いして
「じゃあ、読んでみて」と言われ、歌詞を読むと、読み方を完全に間違えているところが何カ所かありました。
なにしろ、これはYouTubeで聞き取って、自分だけでやってみた物なので、ちゃんと聞き取れてなかったのです。

sens du frison (サン デゥ フリソン)と言ったら 、これは s の音が必要だと言われました。
複数形のsではなく、単語で感覚という意味です。 サンス ではなくサンs(ウを付けるな)
rades (ラデ)と言ったら 「ウオー」と叫ばれました。
des をデと読んでしまうのでが、これが rade(港外の停泊地)の複数形としてのsなので、読み方は ラドゥ です。

これではダメだと思ったのでしょう。
マチューが私に言いました。
「あなたは英語が分かりますか?」
Nonと言うと、フランス語で説明し出しました。
“ Il y a des farançais qui pence que ce poéme . Aragon , Ce n'est pas grand poète farançais.
 この詩についてはフランス人の多くが思っている。アラゴン、それはフランスの大詩人じゃない
その次が分からなくて
ユナキディーズ(*** qui disentかなあ)que c'est un grand ,ce n'est pas vrai . ce n'est pas bien écrit e français,ce n'est pas facile à dire parce que ce n'est pas bien écrit.
***は彼はgrand(偉大)だと言うけれど、それは違う。フランス語では上手く書けてない。それは話すには簡単ではない、上手く書かれていないから
Si vous chantez Piaf,,Brel,c'est très très bien écrit ,ce sont des grands grands écritures ça c'est!
もしあなたがピアフやブレルを歌うのだったら、それはすごくよく書かれている。それらはすごい良い物だ。そういうことだ。

私はネットであれこれ調べて、Louis Aragon(ルイ・アラゴン)は20世紀のフランスの大詩人だと思っていたのでが、なんと評判が悪いではないですか?

これはどういうことなんだろう?
歌謡曲としての作詞と、詩として書かれた物は違うから、歌詞としてはすごく歌いにくい歌詞なのだろうか?
でも Jean Ferat はアラゴンに惚れ込んでいて、沢山曲を付けていますよね。
たしかにピアフの歌は、歌詞がなだらかというか歌うための歌詞ではあります。だから歌いやすいのは確かです。

とにかくこの歌は、歌いにくい歌詞であると言うことです。だから、ちゃんと歌わないと意味が伝わらない。
これが歌いたいなら根性を入れろ、と彼は言いたいのでしょう。

「僕の友達に劇場の俳優がいるけれど、彼はいつも台詞を練習するときに、一音ずつ言って、それを繋いでいく。
たとえば que serais-je sans toi なら queをまず言って次に que se、その次に que srerais、次に que serais-je そうしてque serais-je sans・・・これはとても良い勉強の仕方です。」

プロでさえ、そうして練習をするのだ!分かったわよ・・・とにかく練習してきます。
やってみて、上手く言えない所は一音ずつ取っていくというのは本当に、すばらしいトレーニング方法だと思いました。

そして5回目
まだ sur や parler についてはちゃんと言えていない、特に sur は間違っている自分の発音の違いが聞き分けられない・・・トホホの状態でした。
まずリズムもメロディーも楽譜どおりにやると、次には、リズムで忙しく切らずに、 il faut parler( 話さなくていけない)
ええっ! 語りでやんなさいって事なの!
そう簡単に崩せませんよ~・・・
彼が見本をやってくれて、その説明が、また聞き取れないのです。
que serais-je sans toi のフレーズで大切なのは toi だから je sas に力を入れて歌うな。
par la main (手を)の部分で par やla を強く歌わないで mainがポイントなんだから・・・
そうですね・・・言わんとすることは分かります。
なるべく意味を追いながら歌いました。でもあんまり意味を追うと、この歌泣けてくるので困るのです。
アカン・・・ボロボロや、「また練習します」
でも彼が言ってくれた言葉にビックリしました。
Je comprends tous , je comprends bien ce que vous dites .
N'importe le quel français comprends tous que vous dites .
C,est très compréhensiblle.
私は全部意味が分かった、あなたの言うこと(歌の内容)がよく分かった。
どんなフランス人でもあなたの言うことを全部分かるだろう。
とても分かりやすい。


私の発音でちゃんと通じます・・誰にでも歌の意味が分かってもらえるよ・・・と言ってくれているのです。
信じられない思いでした。
メルシーというと、「いやいや、あなたが頑張ったのだ」と・・・

ただしdire 言葉についてだけです chanterについては、評価出来ません状態なのだと思います。

そして、「他の歌は?」と・・・

次に Ne me quitte pas を一通りすると、なんとまた言うのです 「他の歌は?」
ええい!じゃあ、真打ち、私の永遠の課題 「枯葉」をやってもらいます。

ということは次週までに3曲、きっちり練習して行かなくてはいけないではありませんか!!

ハードルがどんどん高くなって来たような気がするんですけれど・・・

いやいや、ひたすら感謝です。

遊び歩く時間など、なくなってしまいそうな気がしますけど・・・


パリでシャンソン・2

秋の花(ジベルニーの庭)

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初めてのフランス。初めてのパリ。
片言で、買い物もやっとという私が言って何をするのだ?
歌のレッスンを、パリで受けることが出来たらいいなあ~・・・
観光客相手ではない、ちゃんとした教え方の・・・
でもそれは、あくまで夢でした。
私には、音楽関係の知り合いなどいないし、まあ無理な話でした。
でも、もしそういう事があるとしたらと、当てのない思いで何曲か楽譜をトランクに放り込んできてはいたのです。

でも、こんな幸運もあるのですね。
マチューに出会い、そしてフランス在住の声楽家 T 先生にもお会いできました。

Mathieu El Fassi(マチュー・エルファッシ)の紹介です。
彼のホームページは日本人には、ちょっと見にくいけれど、下の方の画面にある YouTube で彼の演奏を聴くことが出来ます。

http://www.myspace.com/mathieuelfassi

私は音楽については、全くの素人ですので、彼がフランスでどんなジャンルでどんな演奏をしているのか、それすら何も知りません。有名なのか?そうでないのか?何をやりたいと思っているのか?何も分かりませんが、彼はラクラシックからポピュラーまで何でもこなせる、これからの演奏家です。
後何年か先だったら、教えてもらうなんて出来ないかも・・・?

オペラで開かれていたシャンソン教室に行ったのも偶然なら、そこで教えに来てくれていたマチューに、レッスンを頼んで、OKがもらえたのも信じられないことでした。
その教室を主宰してくださっている方に、その日の教室の最後に「個人レッスンをお願いしたいのですが?」
と声をかけると
「彼に頼みたいなら今すぐ確保しておかないと、いったん行ってしまうと、ほとんど連絡取れませんよ。携帯にかけても、ほとんど出ないから・・・」
アワワ・・・その場で頼みました。
「いいよ。じゃあ僕の所に来られますか?、何日、何時に、場所は何区のどこで・・・」とあっさりとOK!
私は必死で場所とメトロを控え 「お願いします」
主催者の方が私に言いました「一人で大丈夫ですか?」
「いや~・・若い娘じゃないんだし、男性と二人切りでも、そんなあ~・・」
全く誤解してましたね、このおばさんは・・・
彼女は、通訳者が介添えしなくても大丈夫ですか?・・・と聞いていてくれていたのです。

そりゃまあ、サルコジ政権と菅政権の相違を議論するとかだったら通訳がいるでしょうが、歌を教えてもらうだけだから、大丈夫でしょう!と思ったのです。
お話によると、通訳をつけると、そちらの料金の方が高いそうです・・・

でも私のボキャブラリーの中には音楽関係の用語が一切入ってなかったので、実際稽古を始めると、けっこう大変ですた。
彼も、どうやって教えたらいいのだ?私も、言ってることが半分ぐらいしか分かってないし・・
まず始めに聞きました。
「これなんて言うんですか?楽譜 ミュージックでいいのかな?」
前から疑問に思っていたのです。
楽譜 パルティシィオン partition 
その後、教えてもらっているうちに出てくる言葉・・・
息を吸って レスピレ Respirez
息を吐いて スッッフレ soufflez  
さっきと一緒だよ オンスール en soul
音の響き ソノリテ sonorité
調  トナリテ   tonalité

だいたい感じで分かるところもあるのですが、とにかく家に帰って録音してきた物を聞き直し、分からなかった言葉を調べ直しました。
トナリテって、となりのトトロとは何の関係もないのだ・・・つまらんことに納得しています。

毎週かよって5回目になりました。帰るまでにあと5回しか行けません。

1回目2回目は、ボイストレーニングもしてくださいと20分ほど声の出し方を教えてもらいました。
日本だったら、マエマエマエマエ・・ですが
フランスだと ロワロワロワロワ に ウイウイウイウイウイウイウイ・・・
めちゃくちゃ言いにくいですが、この口が動かせないと、絶対歌えません。
それにマチュー秘伝の練習方法も・・・
これは口では説明できませんが、おそらく鼻母音を響かせて共鳴音を作り、喉は力を抜いて腹圧で音を揺らす。
これをメトロの中でも歩いていてもずっとやんなさいって・・・・それはやばい!
病院に放り込まれて日本に帰れなくなる恐れがある。

今まで日本で覚えている歌でないと、一から習うのは無理だと思っていました。
でもオペラの教室でやった「モンマルトルの丘」がまるで出来なかったので、せっかくだしちゃんとやって帰りたい思い、2回目にお願いしました。

まず歌詞の朗読をして、怪しい発音を次々とチェックしてもらいます。
朗読も、単に読むのではなくメロディーは取らないけれど楽譜に沿って読む。
たとえば cet-te セットゥ なら セ とトゥ をしっかり分ける。
一つの単語を、一息に言ってしまおうと焦ると 「Non !」

1,一音節ずつ確実に練習してから繋げること・・・
たとえばですねえ~
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この Gloire éclabousse  を例に取ると
私にとって一番苦手の RとLが繋がっているので、焦ってやっつけてしまおうとします。
グロワレ 「Non!」
Glと oiと re を、それぞれ発音できるか、ちゃんと取って 初めて  Gloire が言えるのだ。
おまけに後ろには母音で始まる エクラブス が着いてきてるから レクラブス・・・
誰がブスやねん!
などと言っている余裕はないのでした。

2,子音の発音に余計な母音を入れるな!

何度聞き直しても、自分の発音が変だと思う。
まず第一に引っかかったのが IL です。
Cette chanson .il composa (この歌は、彼が作った)

composer・・・形作る、組み立てるの単純過去三人称単数です(単純過去も、まだ習ってないのですが)

私のILは「イル」に聞こえる・・・まるで変!
それは日本語の イル です。
イ は 口を横一杯に開いて、ちょうど「イーだ!」と子供がするように、まずします。その次に口をちょっと緩めてL エルではなく、エルからルを取ってください。
舌を上あごの前歯の後ろに立てて巻き込まない。

私のフランス語が英語のようだとよく言われていた訳が、やっと分かりました。
RとLというのは結構頻繁に、そして続いて出てくるので、焦ってLを言うとき舌を巻き込んでしまうと英語風になってしまうのです。

一つずつの言葉は、全部文字通り、読んだら書いてあるのだから、しっかり読めなくてはいけない。

この1ヶ月で、出来無いながらも、目から鱗の落ちる思いの気付きがたくさんありました。

第2,3週でレッスンしてもらい第4週目。
一応暗譜して見なくても歌えるようにしていったつもりですが、いざとなると歌詞が飛んでしまいます。
今回は、もうすぐにナチュラルにやってみようから始まりました。
はあ~・・・・なんとかかんとかです。
1回目は最後のフレーズが言えなくて。2回目なんとかセーフ。
彼は「Très bien ! maintenant !」(今度は上手くできた)

ああ、やっと歌詞が入っただけの状態です。
でも本当にサラッとさりげなく、「ああ、こんな歌い方で良いのだ」
こんな歌い方を教えて欲しかったんだ・・・後は自分の練習次第ですね。

そしてすぐに言うのです。
「une autre chanson ?」(他の歌は?)

ええっ?
ではと お願いしたのが que serais-je sans toi です。
これもまだ教えてもらったことが無い曲で、原曲をYouTubeで聴いて、「これやりたい!」
日本語の歌詞しかなかった楽譜に、歌詞を自分で書き込んで作った楽譜です。

これは大変でした。
なぜかというと・・・・次回お楽しみに、続きです。

街を歩く私の影です(何を求めておまえは彷徨うのだ?)
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フランスの大規模デモの日に街に飛び出す!

Le19 Octobre , C'était le jour demanifestasion.
Je n'ai pas pu supporter que voir à la télévision et je me suis précipitée dans la rue.
Ah !, j'ai regardé les manifestations en france , je pense que ce sont très intéressantes.
Est ce que je suis une femme qui a la curiosité?


10月19日、それはデモの日でした。
私はTVで見るだけでは我慢できずに、街に飛び出しました。
おう!私はフランスのデモを見ました。とても興味深いと思いました。
私って好奇心の強い女かしら?


(好奇心の強い女・・これで良いでしょうか?毎度ですが添削お願いします!)

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朝からニュースが流れていて、昼のニュースで、デモの出る場所はPlace d'Italie(イタリア広場)だと分かりました。
でも今から見に行っても、もう終わって何も無くなっている頃にしか着くはずがないと思いつつTVを見ていました。
でも2時になっても、同じ所で現場中継をしてるので、「行ってみよう!」
私って、やっぱり好奇心の強い女でしょうか?
何はともあれ飛び出しました。
メトロに乗ったら、10人ぐらいの中学か高校ぐらいの集団がドカドカと乗り込んできました。
ハイテンション状態で、騒いだり歌ったり、何人かは1mぐらいの棒を手にしています。
よく見ると釘を打ち込んでいる棒もあるのです。
建築現場で拾った廃材のような柔な木材ですが、「嫌だなあ~」と出てきたことを少し後悔しました。
電車の中の大人達も、うんざりした目で眺めていて、小さい子を連れている人は緊張しているのが分かります。
彼らも Place d'Italie で降りました。

午後3時半頃です。地上に出ると、まず強烈なアフリカンミュージックと叫び声が・・

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彼らにかかると、すべてゴスペル!!という感じになります。
広場にはまだデモ隊が残っていました。
と言うより、延々と続く行列の最後尾は、まだまだ出発する段階ではないのです。
ここから国会というかパリの中心に向けて昼頃からデモは流れていたのだと思います。
この日の動員参加者は350万人(フランス各地もいれてだと思いますが)
ここでも、まだ何千人か残ってる感じです。
見渡したところ、警官の姿はまるでありません。
そのかわり組合関係のゼッケンをつけた人達が、しっかり管理して暴走するような気配はまるで無しです。
どっちかというとお祭り感覚でした。
写真を撮ろうと思っても、人並みに埋もれてしまうので・・・
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出発準備は出来ているのだが、動けない・・・って感じです。
端っこの小父さんは、しっかりカメラ目線で・・・

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メトロで来るなんて、あんた・・これに限るよ(スケーター)・・という小父さんもいました。

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500ユーロ札が張り込んである旗ですが、本物ではないですよね?
このお札の顔写真はパロディなのかしら、私も本物を見たことがないので・・・

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すごい手作りの旗ですね。その旗の上に書いてある文字を拡大すると・・

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国会でしたことをrue(通りで)ひっくり返す事が出来る!
つまりデモで、国会の修正案を変えてみせると言ってるわけです。

下のプラカードは可愛くて。60才までで充分よ・・・お尻のニンジンはなぜだ?
餌で尻をつつくな!・・・という意味ですね、きっと・・・・
サルコジさんが、収入を沢山働けば沢山稼げる・・
と前に演説をぶったのを皮肉っているのでしょう。

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デモの先導車です。このマイクから流れる演説が面白くて(内容が分かるわけではないですが)、
リズミカルでシュプレヒコールまでも韻を踏んでいるのです。

慌てて録音しようと録音機を取り出したのにボタンを押し忘れて最後のコールだけしか入ってない!
ああ残念!
「トゥーソンソンバ!トゥーソンソンバ!ウイ!ウイ!」と叫んでますが
Tous en sont va ! oui !・・・かな? でも複数だとvont になるから違うか?
(みんなで行こう!みんなで行こう!よっしゃ!よっしゃ!)
それとも、「みんな共に生きよう!そうだ!そうだ!・・・といった感じなのかしら?

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定年は60才で。解決法、それはある!
富の再分配をすればいい!
金融資産に課税しろ。
私の訳が間違っていたらごめんなさい・・・
金持ちから税金を取れ!って事でしょうね。

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この手書きのプラカード、漫画が上手です。
可愛いので写真を撮らせてくださいとお願いしてうつさせてもらいました。
でもプラカードに可愛いってのは褒め言葉でいいのかなあ?

「70才から定年! もしその前に君が死にたいのだったら・・選んだらいいよ」
というような感じのことが書いてあると思います。

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自分たちの歌を歌っているグループ

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退職してからの動員は、年寄りには辛いよなあ~・・
なんかそういう声も聞こえてきそうで、おじさま達は出発前に一休みしておかなくては・・

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さあ、やっと順番が来たぞ! 

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駅に到着したときに、始めに見かけたこのグループも、やっと歩き出しました。
この人達の横の歩道を一駅分歩いて、次の駅でお別れです。

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もう4時半ですが、まだまだ後続のグループがたくさんあって、雨も降り出したのに、最後尾は歩き出すのが6時頃までかかるのではないでしょうか?

私は5時半に、レッスンがあるので、仕方がないけど切り上げて返ります。

ニュースでは暴走して、車に火をつけたり、建物を壊したり、警察隊と衝突したり・・
どんなに荒れているのかと心配でしたが、ここは大人のデモ隊の集まりといった感じです。
というより、この最後の方の団体は、現役を退いた本当の退職者がメインだったようです。
若者は先頭で走り回っていたのかもしれませんが、こちらは動員やし行こうか?
で集まったお年寄りが楽しくおしゃべりしながら・・・という感じでした。

暴走を心配するより、むしろ骨折を心配して、警官よりも救急車を準備しておかなくてはいけなかったのかもしれません。

そういう私も今日は杖無し出来たので、ちょっと膝がやばい!
見に行ってる私と雰囲気がピッタリ合うデモ隊でしたね。

エッフェル塔、ミラボー橋からポンヌッフまで歩く

Le 18 Octobre , j'ai marché beaucoup dans Paris.
10月18日、私はパリの中を沢山歩きました
Depuis je suis arrivée à Paris, j'ai pense qu'il faut aller une fois à Toue Eiffel.
パリに着いたときから、私はエッフェル塔に一度行かなくてはいけないと思っていました。
Mais,une amie la déteste parce qu'elle ne convient à l'atmosphère de Paris.
でも友達はパリの雰囲気に合わないからと、それ(エッフェル塔)が嫌いです。
Je de peux pas dire que c'est bien ou ce n'est pas bien ,mais elle est là .
私は良いとも悪いとも言えません、でもそこにあるので・・
Ce jour, il faisait beau ,le vent s'est rafraîchi.
その日は良い天気で風も爽やかでした。
Alors, j'ai décidé de aller à Toue Eiffel et après se prpmener au bord la Seine.
それで、私はエッフェル塔に行き、その後セーヌ川沿いを散歩しようと決めたのです。

Comme d'habitude corrigez-vous, s'il vous plaît !

お昼前に出かけて、エッフェル塔(7区)に一番近そうな駅Tour-Maubourgという駅に出たのですが、そこからかなり歩かなくてはいけませんでした。

文句なしの快晴です。
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公園の前にある記念碑のようなものでしょうか?
きっと平和へのメッセージが書いてあるのかな?

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正面から見ただけで塔には入りませんでした。
エッフェル塔といい男は、離れてみるのが華ですから・・・
ミラボー橋も一度はしっかり見ておきたいと思っていましたので、Bir Hakeim駅を探して6番線に乗りLa Motte Picquet で10番線に乗り換え、そこで考えました
「Mirabeauってあるけれど、ややこしそうだから一つ手前のJavet(15区)で降りてみよう。
なんと正解でした。降りたところがミラボー橋だったのです。
時間は2時前になっていて、駅前のレストランを覗いてみましたがメニューを決めるのが大変そう。
隣にSushi japonais と書いてあるFuziという怪しげな店があったので、そこで定食を頼みました。
味噌汁とサラダ
箸の置き方が縦置きで、お椀は陶器です。
でも、おしぼりと紙ナプキンが着いてきたのに感激してしまいました。
外に出ると手を洗う、歯を磨くということは、ここではほとんど断念しなくてはいけません。
日本では外に出ても食後は、駅や店の洗面所で歯を磨けましたが、トイレスペースというのがすごく狭くて、パリではそんな余裕は、まず考えられません。

味噌汁とご飯を一緒に食べたいと思っても、これを食べ終えないと次を出してもらえないのです。
前菜のつもりなのですね。

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メインはお寿司をおかずにご飯が付くのだ!
横の焼き鳥風はチーズに肉巻きです。
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ご飯と巻き寿司2個残してしまいましたが、お腹は一杯になって橋巡りに始まりです。
ご飯は軟らかすぎ、醤油もビンはヤマサとキッコーマンとなってましたが、溜まり醤油でなくて甘すぎました。握りにわさびが挟んでない!これは中国のお店ですね。
でもアサヒと書いた法被を着ていた二人のボーイさんが爽やかイケメンで親切だったで、すべてを許せます。
「あの信号はミラボー橋なの?」と地図を指したら
「Oui ,Je suis là .」(はいここですよ)笑顔が可愛い!

それはともかく、
パリ市内のセーヌ川には30以上の橋が架かっていると書いてありましたが、地図で高速道路で囲まれたパリの中だけを数えてみたら21でした。

ミラボー橋は西の端から2番目です。
橋の欄干は年代物です。
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川岸から見ると

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ミラボー橋からエッフェル塔が眺められます。

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遊歩道を歩かず、ひたすら河のそばの敷石道を歩いたので橋の名前を確認出来ていません。
なにしろ次々と現れるのです。

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一つの橋だと思っていましたが、金色のモニュメントは後ろの橋です。

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これが後ろの橋で、アレクサンドロ3世橋だと思います。

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橋桁も豪華です。

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とにかくポンヌッフまで歩いて、そこからメトロで帰ろうと決めました。
それでも13の橋を越したと思います。
東の端のほうにあるベルシーまで歩いてみたかったのですが・・・
ポンヌッフの手前で、先生に引率された小学生の集団40人ぐらいの中に入っていまいました。
歩くのが遅いから後ろから来たグループに追い越されたのですが、みんなデカイ!
先生が「 on y va ! 」(行け!)と声をかけるとぞろぞろと信号を渡り、道の端に寄って歩きなさいと注されている。
ただ、その先生の目線がチラチラ私に飛んできて
「一人遅れているチビがいるが・・・ん、おばはんやないか?」という感じ・・・
その視線が、なんども飛んでくるんですよ。
小さいから生徒を残してはいけないという先生意識が、注意を引くのでありましょう。

この橋を渡って目的のポンヌッフ駅です。
もう5時半だ。

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橋の上では絵描きさんが、暮れゆくセーヌの風景を書いていました。

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今夜、足が痙攣しなければ良いのだけれどと思いながら帰宅です。
でも正味15,6キロしか歩いてないと思います。
本当に歩くのが遅くなりました。
これでは小学校の遠足にも連れて行ってもらえそうにありません。