知るもんか!とはこれいかに・・・?

接続法は、ちょっと一休みいたしまして、息抜きをしましょう。

前回の授業で先生が言いました。
「フランス人はウイとかノンと言えばいい時に、こんな言い方をすることが多いです。」
と色々な言い方を教えてくださいました。
確かに RFI(ラジオフランス)を流していると(けして聴いてますとは申せませんが)
よく耳に入る言葉でした。

OUI(ウイ)のつもり、よく言われる言葉だそうです。

Absolument(アプシュルモン)     もちろん
Exactement(イグザクトゥモン)     その通り
Tout à fait (トゥータフェ)     全く

確かにニュースのインタビューなどでも、よく出てきます。


一方否定の NONについては

Pas d'accord(パッダコー)    だめだね、反対だ
Vous croyez?(ヴークロワイエ?)  ほんとうにそうかなあ~
(Tu crois ?)(チュクロワイ?)   同じ意味ですが身近な人に対しての言い方
Sûrement pas (シュルモンパ)   絶対違う


そこで
Sûrement pas
シュルモンパ・・?」
私は似たような日本語を連想してしまうのです。
つい叫んでしまいました
「知るもんか!」

なんかニュアンス的に似ていると思いませんか?
みんなが爆笑すると、先生が
「Vous avez dit bêtise encore ?」
またあほなことを言ったでしょう?)

と言われたような気がしますが・・・冠詞がついていたんだっけ?

Absolument、Exactement はニュアンス的に分るのですが、Tout à fait がよく分りませんでした。
faireの過去分詞かと思っていたのですが、faitは名詞なんだ・・・
こういうときは電子辞書より、紙の辞書の方が見やすいですね。
事実、出来事、事柄、起こったこと
だから起こったことすべてという意味で、全くとなるのかなあ~

au fait  ところで
en fait  じつは、実際は、事実は

fait もすごく広範な意味があります。
今回はfaireと fait で混乱していた私の頭が、少し整理できて、目から鱗のうれしさでした。
私は、まだこんな簡単な言葉でアタフタしています。

仏語辞書に載っていないような難しい言葉を調べる時は、このサイトを見なさいと先生が教えてくれたのは下記のサイトです。
可愛いオウム模様の

http://www.lexilogos.com/

lexilogos

「スペルが分らないから書いてくださいね」とお願いしたら書いてくれました。

これが形見になんてなるのは嫌ですよ~!
春休みが終わったら、ちゃんと日本に帰ってきてくださいね。

110312-01


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高菜漬け油炒め

春休みに、九州名物「高菜漬」の炒め物を習ってきました。
これは、高菜の漬け物の一番ポピュラーな食べ方だと思います。
ご飯に載せてお茶漬けにしても、おにぎりの具に入れても最高です。

さて作り方

まず古漬けの高菜を樽からあげて、傷んだところは捨て水洗いをして葉の間にある汚れを落とします。
水は3回ぐらい替えて何度も洗いましょう。

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塩気がきつい場合は、水出しのため何時間か水につけておきます。
時間は好みで決めてください。
3センチぐらいにざく切りした高菜をスピードカッターでみじん切りにしていきます。
昔は全部包丁で刻んだとのこと大変手間の掛かる作業だった事でしょう。

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こうして見る見る間にみじん切りが出来上がります。

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フライパンにサラダ油を入れて(大さじ3,4はい、かなりたっぷりの感じです)しっかり炒めます。
何故炒めるのか?熱を加えることで殺菌と保存が利くからでしょうか?

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ごまを振り入れたり、調味料を加えたり、各家庭の味があるようです。

バットに広げて、あら熱を取ります。

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保存袋に小分けして冷凍するとかなり持ちます。

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今回はシンプルに、何もつけ加えず作りました。
どんなお味かは、後からのお楽しみに・・・

一番の問題は、3年前に大樽に30キロほどつけ込まなくていけないと言うことです。
そして重しには60キロほどの漬け物石をと・・・

今年も姉上は、3年先を目指して、また大樽につけ込みます。
誰か漬け物石を持ち上げに駆けつけて欲しい物です。
作り方も習えますよ。

「60キロの漬け物石はスゴカですね!」
はい博多にはSUGOCAカードというのもあります。

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そして博多駅には、もちろん博多ラーメンがありました。

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寒さに震える福岡でした

地震の様子を見ながら自宅待機状態でしたが、22日から思い切って九州に行ってきました。
しばらくご無沙汰していた姉上様のもとへ・・

一両きりのローカル列車が泊まる駅は、春の花が咲いていました。

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ユキヤナギ
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向こうに見えるのは桃の花かな?

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菜の花
筑後川の土手は菜の花の海だそうです。
これは近くの小川沿いです。
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翌日から二人で庭の草取りをいたしました。
とってもとっても生えてくるのが雑草、手と時間をかけて大事にしていてもなかなか育ってくれないのが花なのかもしれません。
私のアドバイス「雑草と思わず、芝生だと思ったらいいのに・・」
まあ無理な注文かもしれません。
これは庭の椿の木です。

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花の名前音痴の私と違い姉上は、ちゃんと庭で花を咲かせておりました。
水洗じゃない・・・水仙

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クリスマスローズ

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なんとかスズラン・・名前を聞いたけれど忘れてしまいました。

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これなんだっけ・・?

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食は花に勝る主義の私です。
食べることの出来る方に意識は傾きます。
これは庭に生えていた野びるです。けしてドラエモンののびた君ではありません。
野生のネギ・・・万葉集の時代から食べられているようです。
香りが高い春の野草です。
一番美味しい食べ方は、酢味噌和えだと思うのですが・・・
左の鉢は姉上が作ってくれた蕗の薹の佃煮です。
ほろ苦い春の香りと味が何とも言えません。

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と花は咲き出したのですが、身を切るような冷たい風が戻ってきて震え上がったバカンスでした。
一緒に散歩しながら
「あれこぶしの花?」
「ちがう木蓮ですよ。」
「お姉ちゃん、ほら水芭蕉が!」
「ハナミズキって言いたいんだろうけれど。それもちがうよ」
スモモかなんかの花だったようです。
だいたい水芭蕉が梢の先に咲くはずはない・・・爆笑でした。

こちらにいる間も、地震、津波、原発からの避難の状況はTVで伝わってきます。
家を失って2週間、疲れがドンドン溜って病気になる率も上がってきていることでしょう。
一方、都市からちょっと離れた、この町では、右も左も空き家だらけです。
子供達が出て行き、老人だけが残された家が、もしくはすむ人の居ない家が、日本の中でどれだけあることかと思います。
そんな住まいを上手に使う方法はないものだろうか?
つくづく考えてしまいました。

考えても何も出てこないのが悲しいですが・・・・
それに対してスラスラ解決方法を考えつくのが政治家なのかなあ~・・
私って、やっぱり政治家には向いてないみたいです。
総理大臣になってなくて良かったわ~!

直説法と接続法

12日の授業で先生が言いました。
subjonctif(接続法)の復習を少ししましょう。
私は思わず「ゲッ!」と声を上げてしまいました。
その前の週に、こんな時に使いますと教わったのですが・・・

110312-04

Il faut que    (~しなくてはいけない)
Je voudrais que  (~を望むのですが)
Je souhaite que  (~を願います)
bien que      (~は良い)
pour que      (~の為に)
je ne pense pas que (私は~だとは思わない)

私にはよく分ってないのですが 全部 接続詞 que がくっついてくるから 接続法って言うのかしら?

実際にあったことではなくて、予想とか希望とか想像・・・頭の中で思ってることを言う時に使うような気がします。

じゃあ indicatif 直説法って何なんだ!
アレコレ悩んで、接続法でも条件法でもないもの・・・要するに普通の話し方じゃんか!
と私は思ったのですが・・・・

参考書 新・リュミエールには
現実の事柄を述べる・・・・・直説法
非現実の事柄を述べる・・・・条件法
現実・非現実を問題にしない(話者の頭の中で想定されているだけ)・・・接続法

(じゃあ、いつも授業中に、頭の中だけであれこれ妄想している私は接続法的人間なのか?!)

これでもよく分らないのに 現代フランス広文典に書いてあったのは

接続法の用法
接続法は、動詞が表す行為に話し手の判断が介入しない叙述である。
すなわち動詞が表す動作・状態を希望・疑惑・想像のような単なる可能性として述べる観念的叙法である。

ううう、この文法書を書いた人こそ、観念的な人だと私は感じるのですが・・・
 
先生にしてみれば、いっぺんに接続法全部を理解させようと思っても無理だから、まずはこれからって感じなのでしょうね。

たとえば
Je pense que Naoto est un bon ministre.
(私はナオトは良い大臣だと思います)
これは直説法で êtreの現在形を使います。
でもそれが否定形になると
Je ne pense pas que Naoto soit un bon ministre.
(私はナオトは良い大臣だとは思いません)
こちらは接続法になってêtreは接続法 soitに変るのです。
(これで使い方間違ってないよね?)
まあ今は理解できて無くても、いつかは分る日も来るでしょう。

それに接続法のconjugaison(動詞の活用)が、これまた大変なのです。
Je , te,il,ils についてはindicatif(直説法)現在の三人称複数の語幹を使って語尾変化をさせ、nous ,vous は半過去と々活用をする。
たとえば 動詞 devoir (~しなくてはいけない)の三人称複数は doiventになります。

そこで 接続法の活用は 
Je doive
tu doives
il doive
nous devions
vous deviez
ils doivent


接続法の活用だけに集中していたら出来てくるのですが、そうなると他の活用が綺麗さっぱり頭の中から消えているのでありました。
現在、未来、半過去、複合過去の活用も分りながら接続法を・・・
はあ~、めちゃ難しい!

私は今接続法ではなしているのだ!などと考えながらフランス人は話している訳ではないのでしょうね?

まあ、接続法とは、このようなものなのだと少し分っただけで、今回は良しといたしましょう。

ああ、それにしてもバカンスでフランスに行ってしまったアントワーヌ先生、戻ってきてくれるよね!
Ah ! Je voudrais qu'il revienne au Japon .
接続法で良かったかしら?

私はユニークな彼のデッサンを見ながら一緒に勉強したいのです。

110226-01

明日から九州に行ってきます

今日、東京の姪に電話を入れると、状況はかなり落ち着いてきているようです。
義姉さんも自宅に戻ったとのことで、こちらはまずは一安心。
福島2号原発が白い煙を出したとかの報道も気になりますが、精一杯復旧に頑張ってくれてるんだから、なるようにしかならないと腹をくくりましょう。
そこで、少し計画が延びましたが、予定に戻って、お姉様の所に行ってきます。
準備を何もしてなかったので、キャリーバッグを引き出した物の、なんだか気が抜けて行動が伴いません。
まあ、明日になったらドタバタと詰め込んで駆け出すことになるのでしょう。

ここ数年を思い返せば、世界中で災害が続いているような気がします。
地震、津波、異常気象で台風や川の氾濫、広範囲の火災・・・
思い出すだけでもギリシャの山火事、ロシアの大洪水、ドイツ、フランスも台風で大きな被害があったし東南アジアでも前の津波の後大洪水、そして地震は、中国、ニュージーランド、日本と・・・
ざっと思い返しただけでも、これだけ浮かんで来ます。
地球が大きく変動する時期にさしかかっているのかしら?
なんて不安にもなりますが、人間は、この地球の上で生きていくしかありません。

家族がまだ見つからない被災者の方が話してきた言葉が峰に響きます。
「助かった者は、生きなければならない義務がある。」
何の気負いもなくつぶやくように言われたその言葉が、いつまでも私の中に止まっています。

生きることは、喜びである時もある、苦しみである時もある・・・
辛くても苦しくても、自分の勝手で失って良い物ではないのだと・・・

私は、神様を信じるという人間ではないのですが、命とは自分だけのものではない、もっともっと大きな何かで繋がっているような気がします。

幸せの時はつかの間・・・
この写真は、モンマルトルのブドウ祭りでの一コマです。
彼らには世界が幸せの一瞬に止まってしまっているのかもしれません。

今が永遠と思える時を持てるのは、幸せなことだと思います。
でも、日本では、なかなかこうはできませんねえ~・・

2010.10.08f

情報待機で連休は過ごします

 18日につくば市に住んでいる友人から電話が入りました。
茨城県って、東京から北東に当たる位置なのか~!
実は位置関係が、はっきり分ってなかったのです。

地震の時はスゴイ揺れで、家の中はメチャクチャながらも家族は全員無事だったそうです。
この1週間、電気水道が使えず大変だったそうです。

電話が掛かってきた日に、やっと洗濯をすることが出来るようになったとのことです。
今一番困ってるのはガソリンが手に入らない事のようです。
店のあるところまで遠いので、買い物に行くには車かバイクを利用するしかない。
しかし、ガソリンが無いので動けないと。
その日のニュースで出光のタンク車が東北地方に向かうニュースが流れていたので
「そろそろ出回ってくると思うから頑張ってね」とういしかありません。

いつも忍耐強く明るい人なのですが、こういうときは一段とその本領が発揮されるようです。
「頑張ってるわよ~」
との声を聞くと、こちらが励まされるような気になります。

電気は使えるようになったけれど、電力不足だと聞いてるので、出来るだけ使わないようにして寒くても我慢してるとのことです。

自分たちのことより、山形にいる親戚を心配しています。
そちらは、家は損壊から免れたけど、オール電化の家は、全く機能しなくなったとのこと。
食料を始め、物資が手に入らないから、おくって欲しいと言われたけれど、つくば市を駆け回っても手に入らないとのことです。
東北地方は、救援物資がまだ入っていけない状態なので、赤ちゃんを抱えた家では、紙おむつ、ミルクがが底をついてくるかもしれません。
いまだ個人からの、荷物の配送は無理なので、送れるようになって、万一品物がなかったら、関西で調達してねと頼まれました。

被災地ではないのに、買い占めに走っている人たちが居るのでしょうね。

まあ、TVを見ていたら「万一に備えなければ!」と思います。
が。しかし、今は被災地の物資を送ることが出来るよう、買いだめは止めましょうね!

千葉にいる友人とも、この日は連絡が取れました。
数棟ある集合住宅でも、ほとんど損傷のない棟と、壁が落ちて、かなりの損壊がある棟と々場所でも差が出たそうです。
工事の手抜きが、その差であろうとの意見でした。

みんな忍耐強く、こらえて生きています。

110312-03

少しずつ、日常生活がもどるのを待ちましょう。
数週間前芽が出ていたと思っていた枝は、もうこんなに育っていました。
命は育っていくのですね。

110312-02

今日も窓の外は雪

今週は月曜日から木曜日まで外出する日が続いて、ちょっとバテぎみです。

朝起きてカーテンを開けると、真冬のような雪景色です。
これでは被災地の方々はどんなに寒い夜を過ごしたかと心が痛みます。

110318-01

雪日和とも言える朝は、めずらしく遠くに伊吹山が見えました。
後ろのうっすらと雪をかぶった山がそうです。
私のカメラでは、めったに捕らえることが出来ません。

110318-03

こんな晴れた日に、洗濯物をお日様の下に干せると言うことが、どんなに有り難い事か・・・
日常生活が無事過ごせる・・・それがどんなに貴重なことかとしみじみと思ってしまいます。

110318-02

原子炉が無事に落ち着いてくれ!
毎日ハラハラしながらも、日常生活は続いていく・・・
それが人間の世界なのでありましょう。

なにがあっても未来を作り直す人間の力を信じるしかない。
そして希望の源は、やっぱり若い命ですね。
14日に梅田の駅前で若者達が募金活動をしていました。
きっと友達同士で何かしよう!何かせずには居られない!
という気持ちで動きだしたのだと思いますが、年を経た小母様はつい思ってしまいます。
「本当に義援金に行くのだろうね?」
確実性をというなら自分で郵便局から送るのが間違いないです。
でも必死で呼びかけてる若者の気持ちにも応えてやりたくなる・・・
それも年寄りの心境ですかね。

募金をして、写真を撮らせて貰う許可を貰い話を聞きました。

自分で書いた募金箱。
110314-06

話を聞けば「日本赤十字に送ります」とのことでした。

110314-05

「君たち神戸の地震の時を覚えてる?」
「まだ保育園でしたから・・・」
二十歳だそうです。そのころは3,4歳だったのですね。
私には、つい昨日のことのように思えます・・・

110314-04

そう私にも、こんなふうに一生懸命カンパをお願いして街頭に立っていた時代もあったのだ。
神戸の地震よりも、もっともっと古い時代の話ですよ・・・

年齢を重ねると、痛い思いをした経験から、つい何をやるにも用心をして踏み出す足がすくんでしまいます。
若いと言うこと・・
それは、やっぱり、希望の光ですね。
でも、世の中には、とんでもない悪いやつもいて、募金に名をかたり金をとっていく、そういう可能性もあります。
信じる信じない、寄付する、寄付しない。
それはあなたの判断で決めればよいことです。
そしてやった事には、あれこれ後悔しないことですね。

彼らの善意がまっすぐ届く社会であって欲しい!

被災された方々の助け合う姿、原発の防護作業に当たる人たちも命がけで動いてくれてるのが分ります。
日本って、すごいと思いました!
買い占めや、避難している間に泥棒が入ったというニュースにも出くわしますが、冷静に忍耐強く、助け合って生こうとする姿に・・・
それは日本人だけでなく、日本に住むすべての人たちが助け合ってくれる姿にもです。
救援の炊き出しに、日本在住のインドかパキスタンのグループが動いてくれていました。
体を温めるようにカレースープをと
「この豆は体を温める効果があるのです」と鍋のスープを見せてくれていました。
世界の情報網は、すばやく広くなっていて、そのおかげで人種の壁、国の壁の敷居は縮まってきてると私は感じます。
まだまだぶつかり合いや偏見はあるとは思います。
でも、心を開いて向き合えば、人間はわかり合えると思うのです。
困っていそうな人には声をかける、ジェスチャーでも、それは伝わるよって、私は去年学ぶことが出来ました。

人を信じ合える社会が、こんなにやって広まっていったら、世界から戦争なんて無くなるのに・・・

そう思うのは甘すぎるのでしょうね。

円の投機買いで、円相場が上がっている!
何でも投機の対象でしかないのか!おまえらはと怒鳴りたくなります。
そういう世界には、人の心なんてものは、リスク要因としてしか映らないのかもしれませんね。

とにかく今週の私の目標は、体調を復活させること・・・にしました。
自分の体は動かなければ、何も始まらないぞお~!
とりあえず、ちゃんと晩ご飯を作って、お風呂で暖まって寝ることにします。

私的なお知らせ・・・


親戚の皆さん、千葉のお姉さんと連絡がつきました。

元気です!! 
現在は都心に住んでいる娘の所に住まいを移っております。

110314-03

お姉さんからのコメント
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

11日の地震では、高層団地から階下に降りることが出来ず部屋の中で揺れが治まるのを待っていました。
何もかもひっくり返ってしまい、外の廊下には各家庭が玄関横に置いていた自転車等が散乱して、高齢者が逃げられる状態ではありませんでした。
ライフラインは、地震の後も電気は通じていましたが、ガス、水が途切れてしまいました。
TVは倒れた物の故障して無く、後から情報を見ることが出来るようになりました。
翌日から水の確保等に並び、大変草臥れました。
避難して近畿に行こうと予定をしてたのですが、めまいが起きて動けそうにないので横になってます。

その電話の後二日ほど連絡が取れず心配しました。

ですが、現在は娘の住まいで、幾分落ち着いています。
お風呂に入って体を温めることで、体調もすこしもどったとのことです。

でもまだ、電車に乗って避難していく気力が出ないとのことです。
もう落ち着いたら、次の事を考えられるかもしれません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ということでした。

電話から聞こえてくる声が、前の時より力強くなってきてるので、少し安心しました。

私から皆様への電話連絡も、なかなかままなりません。
そこで、このブログを使って、親戚情報を流させて貰います。

日ごと暖かくなってくれれば、体調もよくなり、しのぎやすくもなるのですが、
この寒さが、被災者の体力を消耗させるのではと各地の被災地のことも案ぜられます。

そして原発の事故が、なんとか良い方向で終息してくれますようにと願うばかりです。

そういう訳で、3月に予定してました、福岡への旅行はしばし延期となります。

みんな緊張の続く毎日と思います。
それすら無理な方には申し訳ないですけれど・・・
時にはコーヒータイムをとってみるのもいいのではと・・・

110314-01

帰り来ぬ青春 (HIER ENCOR)

Hier Encor    
  つい昨日



       

Hier encor J'avais vingt ans
つい昨日、私は二十歳だった
Je caressais le temps et jouais de la vie
時をもてあそび、そして人生を楽しんだ
Comme on joue de l'amours et je vivais la nuit
まるで恋愛をもて遊ぶかのように、私は夜をすごした
Sans compter sur mes jours qui fuyaient dans le temps
いつの間にか過ぎてしまった時を数えようともせずに 
J'ai fait tand de projets qui sont resetés en l'air
私は空中に消えてしまうような沢山の計画を立てた
J'ai fondé tant d'espoirs qui se sont envolés
飛び去ってしまった沢山の希望を持っていた
Que je reste perdu ne sachant oû aller
私は行き先も分らず途方に暮れてしまっていた
Les yeux cherchant le ciel , mais le cœur mis en terre
 瞳は空を探し求めながら、でも心は地面を彷徨っていた

Hier encor J'avais vingt ans
つい昨日、私は二十歳だった
Je gaspillais le temps
私は時間を浪費してしまった
En croyant l'arrêter
それを止めることが出来ると信じて
Et pour le retenir même le devancer
まさに先回りして引き留めようと
Je n'fait que courir et me suis essoufflé
私は走るしかなく、そして息を切らせてしまった
Ignorant le passé conjuguant au future
過去を無視して未来を語り
Je précédais de moi , touts conversations
あらゆる会話において先走り
Et donnais mon avis que je voulais le bon
それが良いと思って自分の意見を押しつけ
Pour critiquer le monde avec désinvolture
生意気にも世界を批判していた

Hier encor J'avais vingt ans
つい昨日、私は二十歳だった
Mais j'ai perdu mon temps
だが私は時を失った 
A faire des folies
馬鹿げた行いで
Qui ne me laissent au fond
 結局残らなかった 
Rien de vraiment précis
本当に意義のあるものは何も 
Que quelques rides au front
額に刻まれたいくつかのシワ
Et la peur de l'ennui
そして倦怠への恐れ
Car mes amours sont mortes avant que d'exister
私の数々の恋は生まれる前に死んでしまい
Mes amis sont partis et ne reviendront pas
友達は去って行った、そしてもう戻ってくることはないだろう
Par ma faute j'ai fait le vide autour de moi
自分のせいで私は孤独を招いてしまった
Et j'ai gâché ma vie et mes jeunes années
そして自分の人生と若い日々を駄目にしてしまった

Du meilleur et du pire
良いことも悪い事もあったのに
En jetant le meilleur
最良のことを捨てながら
J'ai figé mes sourirs
私の微笑みはこわばり
Et j'ai glacé mes pleurs
私の涙は凍り付いた 

Oû sont ils à présent
 何処に行ってしまったのか今では
À présent mes vingt ans
私の青春は、今では何処に 

       

シャルル・アズナブールの「帰り来ぬ青春」
過ぎ去った過去を思いだし、後悔の念にさいなまれる悲しい歌。
たった2分半の曲なのです。でもなんと美しく悲しく、難しい曲なのでしょうか!

年老いたある日の午後、一人窓辺で目を閉じている老紳士の姿が思われます。
できるだけ、後悔のない人生を生きたいものだ。
心底そう思う今日この頃です。

110314-02

原発に頼る危うさを痛感

 3月11日午後2時50分。
コタツに入って勉強していたら、「あっ揺れてる!地震だ!」と感じました。
天井を見上げると、電気の傘が左右に揺れているし、気持ちの悪い横揺れで、これが続くとめまいがしそうな感じでした。
震度3ぐらいかな?
我が家は11階なので、横揺れを大きく感じるのかもしれない。
とにかくパソコンを立ち上げて、TVモードにしてみると、実況放送をしている。
「津波の恐れがあるので安全な場所に避難してください!」
でもまあ、いつものことでたいしたことはないのだろうと思いつつ画面を見ていたら、地震で揺れる橋と河の状況が写っていたけれど、遠くからだったので、揺れているだけの様に見えましたが、だんだんと拡大して見えるようになると、その被害の広がりにびっくりしました。
家が車が、ビニールハウスの並ぶ畑を越えて津波とともに押し寄せてきている。
燃えながら流されている家もあるではありませんか。

先日のニュージーランド、雲南省、そして日本。
太平洋の地盤プレートが動いているのでしょうか?
自然の大きな力の前には、人間の小手先の文明では歯が立たないのだろうか?
と感じさせられました。
丹精してすき込んだ畑に、塵芥とともに海水が押し寄せる。また家も家財も、一切を運び去られてしまった人たち、重傷を負った方々、亡くなられた方々の事を思うと言葉も出ません。
でも、みんなすごく落ち着いて対処しておられるなあと感心しました。
寒い地方に被害が集中しているだけに、これからの経過が心配されます。
一日も早い復旧がなりますように・・・・

そして何よりも怖いのは、原子力発電所の冷却炉が制御できないということで避難勧告が出されたと言うことです。
とにかく今はゴタゴタといってる場合ではありません。
政府、与野党、文句の言い合い、言い訳の言い合いは置いといて一丸になって、この事態に対応してくださいね。

原子力発電所の放射能が制御不能になるという、何より恐ろしい事態が何とか避けられることを祈ります。

そして、今一度、核に頼らない人間の生き方を取り戻せないのかと思わずにはいられません。