「かわせみ工房」体験記

友達のkenjiが念願の革細工工房をオープンしました。
世界でも1,2を争うほどの不器用な私が,手作り??ですって・・・
まあ、冷やかし半分で、やる気充分な薔薇姫さまの後から,コソコソと付いきました。
お店の場所、商品の紹介は下記で見て下さい。

皮細工が作れる店「かわせみ工房」

まず,この日は,やる気のある二人と、恐らく見るだけの二人(やる気のない)、そして遠慮深い控えめな二人
こういう組み合わせでした。
どのくらいやる気がないかというと
このくらいです。
「ワーイ、バファローだあ」
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どんなお客様にもめげない店長。
やる気のある人には、しっかりサポートしてくれます。
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これはryoが選んだ色使い。紺と黄色の帆布を合わせ、最後にグリーンの持ち手と前面に飾りのポケットだったと思います。
どんな皮を合わせようかなあ~・・・迷っているところです。

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持ち手にする皮を裁断して、厚みをそぎ落とします。
この作業は、ちょっと初めは怖いかも・・・
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なめした皮に接着剤を塗ってしばし置き、貼り合わせるのです。

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貼り合わせたら,ゆがみを取るためにトントコトンと叩かなくてはいけません。

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その上、根性を入れ替えさせるために締め上げるのです(江戸時代の拷問のように)

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そうして「恐れ入りました」と素直になったところでバックの持ち手になることが出来るのであります。
この作業は最後まで見ていられませんでしたが、その傍らで,黙々と作業を続ける薔薇姫さまの作品の仕上げは見届けることが出来ました。

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三色の帆布と茶色の皮を縫い合わせます。
「まち針がないと出来ない!!」
隣の西友まで走って買いに行ってきたのです。

まず袋の外観はばっちり決まりました。
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本格的の革紐を付ける、それは素人には難しい物が・・・
そこで,優しい店長の出番です。
革紐と帆布の位置がずれないように穴を開けなくてはいけません。
「ほうれ~」トントン・・・

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「持ち手」というのか「取っ手」というのが正しいのか?
「私の所は,持っ手と言いましたけれど?」
意見続出で,革紐君は,とまどってたのではないでしょうか・・?

なんであれ、つきましたよ!! 見て下さい!
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ついに完成です!
モデルが手だけしか移っていないのですが,見る人が見れば分りますね。

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でもやっぱり,持った感じも見てみなくては・・・
かなり大きなトートバックが出来上がりました。
でもモデルが可愛いせいで大きく見えるのかもしれませんよ。

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私は,この日は、半分以上居眠りをしておりましたのよ。
なぜか?
この急激な暑さが,年寄りには応えたのでありましょう。
けして,やる気がなかったわけでは・・・
(実は、まったくありませんでしたけれど・・・)

だって、私は小学校の時の夏休みの宿題も,全部お兄ちゃんにやらせていた子供だったのですから・・・
今さらねえ~

こんな客を,どう扱ったらいいのか・・・
これが,店長のこれからの課題でしょうか?


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洋梨あれこれ

フランス人はリンゴより梨が好きなのでしょうか?
物の例えにもリンゴより梨の方がよく使われるようです。
そりゃまあ、洋梨をラ・フランスと言いますよね。あれは品種なのかなあ?
前の授業の時に先生は言いました。
ルイ・フィリップの風刺画(cricature)によく描かれる絵です。
私は先生がナポレオン三世の事を言っていたのだと思い込んでいたのですが、違ってました。
(いつもこのブログを見て下さってるjeanvaljeanさんが、そっと間違いを教えてくれたのでした。有り難うございます。その前後の王様の名前をネットで調べてみて色々なことを知り、ホウと目から鱗でした!)

ところで、1800年から1900年ぐらいの間の歴史は,ややこしいですね。
フランス革命1789年というのは覚えていても,その後何がどうなって今に至っているのか?
革命の後、ナポレオンが出てきて1804年には王様に即位してしまっているのです。
そんなんだったら、何のための革命やねん?と思ってしまいます。
でも、ナポレオンの景気の良さは10年ほどしか続きません。
1814年には退位させられてコルシカ島に送られてしまいます。
ナポレオンとナポレオン三世の間に、二世はないのか?
と思ったらおりました。ナポレオンの実子ですが21歳でなくなっておりました
名前は、ナポレオン・フランソワ・シャルル・ジョゼフ・ボナパルト・・
命は短かったのに、名前はとても長かったのでした。
で1814年、ナポレオンの後どうなったかというと,フランス革命でギロチンにかけられたルイ16世の弟が、ルイ18世として王様に戻ってしまうのです。あらら・・
1824年に死去すると,そのまた弟がシャルル10世として後を継ぎブルボン王朝最後の王様となります。
最終的には1830年の7月革命で追い出されてイギリスに亡命します。
で王制が無くなったかというとそうではなくて、今度はオルレアン家のルイ・フィリップという人がブルジョワジーから擁されて国王となります。
今までの経過でおびえたのでありましょうね。ルイ=フィリップ1世は,自分は「フランスの王」(roi de France)ではなく「フランス人の王」(roi des Français)を称したとのことです。
それも続いたのは1848年までで、不満を爆発させた2月革命で追い出されて、これまたイギリスに亡命です。
そのあとナポレオンの甥であるシャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルトが1852年にナポレオン三世となってでてくるのです。
でも,この王様1870年の普仏戦争でプロイセンの捕虜になり1871年にドイツからイギリスに亡命しています。
この普仏戦争の失敗が、パリ市民の自治体を目覚めさせ、1971年5月の血の1週間を招くのですが・・
そして残された歌が「サクランボの実る頃」なのです。

で,それから後というと・・・
よく分りません。また勉強しておきますね。
いやあ~・・・それにしても目まぐるしく変る政権ですねえ~
まあ日本の内閣よりは続いていると言えるのかも・・・
日本の半年おきに変る政治体制を後世の人はいったいどう見るのでありましょうか?

まあ話を戻して、この梨あたまのデッサン
Ah! Il est très mignon!(めちゃ可愛いではないですか?)

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この時代、19世紀に有名な風刺画家がいました,その名は DAUMIERと言います。
彼が書いた梨頭はこちら
Ils ne sont pas mignons.(可愛くないやん!)

この顔の変遷は進化と言うべきか退化と言うべきか・・・

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J'aime plus bien le dessin d'Antoine que celui de Daumier.
(私はアントワーヌのデッサンの方がドーミルのより好きです)
ってこれであってますかしら?

それに対抗して日本にも似たような頭を授業の帰りに見つけました。

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どこが梨やねん!! とだるまさんが怒りそうです。
ええ噛付いたら歯が折れることでしょう。こちらは石ですからね。

で本物はと言うと・・・
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ああ、美味しそう!
がぶりと食べたくなってしまいます。

明日は授業。2週間サボった付けをしっかり払わされてしまいそうな予感がします。

2011年6月4日のワサブロー・アーズローカスライブ

今月はドタバタと過ごす日が続き、気がつけばもう半分過ぎてしまった。
そうだ、ワサブローさんのライブがあったのは先週だったよね、と思っていたら、なんともう2週間もたっていたのです。

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本当に最近、私は物忘れがひどくなってきて、40年前のことは昨日のように思い、昨日のことは記憶から消える日々が日常になっていました。
でも2週間前のワサブローライブは40年前の事のように、しっかり記憶に残っているつもりなのですが・・
いや、怪しいかな 
ワサブローさんも歌っていました。
「つい昨日、僕は二十歳だった」
授業の後だったので「ああ、この文法は半過去だ~・・。大過去は出さんといてくれ~」
などと思いながら、大好きな Hier encore を聴かせて貰たのです。

この日は、始まる前に、後ろから流ちょうなフランス語の会話が聞こえてきたので
「こんなに話せるって、うらやましいな~!なんて綺麗な発音だろう」と思ったら
一人は日本人の女性、もう一人はフランス人男性だったのです。
で、ワサブローさんは、京都弁で話しては、フランス語で「こんなことを今言いましてん」と説明し
バイリンガル進行をしてくれたのでした。


この日のプログラム(夕方5時半からの部です)

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1の PARISってどんな曲だろう? 
パリの後ろに何とかと付く曲は、あれこれあるが「パリ」だけって初めてだわ!
と期待していたら、それはさっと消されてしまい・・(何でだろう?)
パリから蘇州に場所が変った・・・蘇州夜曲を、たしか5番目ぐらいに書き入れたのでした。
そして書きながら「蘇州の蘇をどう書くんやったかいな?」
とお客さんに尋ねたら、誰も正確なところを言えなくて笑ってしまいました。
草冠と魚まではイメージできるんだけど、右側なんだったっけと誰もが自信がなかったんだとおもいます。
まあ、良くある事よ

そういうわけで、始まりは私の大好きな
 infinitif (アンフィニティフ)から始まりました。
意味は、動詞の原形と言うことです。
例えば、愛する だったら
愛した、愛するだろう、愛したのに、愛せ・・・
過去形、未来形、条件法、命令形と言う風に、動詞の活用で話し方が変るのですが、その大本の動詞の原形を並べただけの歌なのです。
改めて思うのですが、この歌って、シンプルに聞こえるけれど、ものすごく難しい歌なんですね。
愛する、生まれる、育つ、与える ・・・死ぬ etc
淡々と動詞の原形だけを並べてあるのです。それだけだったら何やねんてなものです。
でも、そこから人の一生が見えてくる、しみじみと、そして深い感動が伝わる。
片言しか分らない私でも、ほんのいくつかの動詞は理解できるから感動するのか?
いやフランス語が分らなくても、感動は伝わってくると思うのです。

そして、訳した言葉では伝えきれない言葉の響き、これはフランス語ならではの曲だと思います。

続いて、ゲンズブールの 
プレヴェールの歌(枯葉に寄せて)
「枯葉を聴くたび君を思い出すだろう。この歌を忘れる頃には君のことも忘れるだろう」
忘れられへん絶対にって、ことなんだなあ~・・・
フランスでは映画になるほど有名なゲンズブール(今年のカンヌ映画祭で受賞したんだっけ)
シャンソンについてあまり知らない私は、数年前に、とある歌の教室で始めてその名を知りました。
ジャバネーズの歌詞を知って、「なんて皮肉な奴なんだろう。嫌いだ!」と思ったものでした。
でもフランスには〈皮肉の文化〉みたいなものがあるようで、私達日本人の感性とちゃうねん・・
と言うことを最近、授業で教わったのですが、ここらの感性の違いの溝は深いと思います。
まあ、それはともかく
歌詞が分らずに聴いて、良いなあ~・・と思い、
意味をかじってみて、なんよこれは・・と思い、
何年か後になって、そうなのか~・・と思う。
そんな歌、そしてそんな言語なのではないかと思います。
希望と蘇州夜曲のどっちが先立ったかなあ。
蘇州夜曲
ワサブローさんがアーズローカスでチャレンジしてみて、気に入った曲だと思います。
もう彼の曲になってしまっております。
そして
「希望」
かって岸洋子さんが一世風靡した曲です。
希望というのに、なぜかメチャクチャ暗い歌だという記憶がありました。
ワサブローサンの「希望」 
暗い歌の、最後に光が見えてくる・・・そんな言い方で分ってもらえるでしょうか? 
彼にとっては実験段階の歌だと思います。前の晩考えると眠れんくなったと言ってました。
私からの評価・・・絶品です!!
ぜひレパートリーに入れておくれやすとお願いしたいです。

僕達の恋が残した物 
ここで志保さんがでてくるなあと思っていたら、やはりそうでした。
フランス人が聞きに来ていたので、志保さんが少し緊張していたのかなと思いましたが・・
ワサブローさんと志保さんの声は、すごくマッチして快い響きを奏でます。
この日は、志保さんはギターを奏でながら、ポルトガル語の歌詞を和訳したホワイトボードを見せながら歌詞を解説して歌ってくれました。曲名、イパネマの娘と後何だっけ?
あかん、ボサノバは心地よく聴いてしまって、後でなんだっけと思ってしまうのです。
ゴメンなさい志保さん。
なにしろ私の頭は、つい昨日・・・何を食べたっけという頭ですので。
そう次の曲
帰り来ぬ青春
私は唸りました。
アズナブール以外の人の歌う「帰り来ぬ青春」を聴いたことなかったのです。
こんな歌い方があるのか!
1番、2番、3番でワサブローさんの表情が変っていく。
2番の歌詞で人生のおごり高ぶった時代を歌った時の、人生に満ち足り得意になっているような表情。
そして最後の笑みはこわばり涙は凍り付く・・・
アズナブールの持ち味とは全く違って、なおかつ素晴らしい。
さすがワサブローさんです。
今まで歌い込んできた歌なのかと思ったら始めて歌ったとのこと!
信じられない思いでした。
私の自由 
ムスタキの歌、私は始めて聴きました。
手書きのアルファベットって読めませんねえ~・・
maliberte って何? 悩んだら ma(私の) とliberté(自由)だったのでした。

初恋、胸の振り子と日本語の曲が続き

ミラボー橋
いつも聞き慣れているメロディーと違うミラボー橋でした。
作曲家の名前も教えてくださったのですが、私の記憶はミラボー橋の下に流されてしまいました。
それよりアポリネールはハンサムではなかったので、マリーローランサンに振られたのだ・・
そういう話だけ、しっかり留まっております。

ああこの歌、これも絶品でした。
もう一度聴きたい。次回にも歌って欲しいなあ~・・
こっちのミラボー橋の方が絶対いいです。
こっちてどっちや!と言われそうですが・・・・
ミラボー橋はパリの地図で言うと位置的には西南ですかな。

フランス人のお客様と「ミラボー橋はどこらでしたかいな?」
「よく知らない」って会話をされてました。

ミラボー橋、古くて緑青が浮いたような橋なのですが、始めてパリに行った日本人は喜んで見に行くのでした。
お上りさんが喜ぶミラボー橋です。はい、私自分のカメラで撮ってきました。

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最後にリクエストコーナー
私が必ず「俳句」とお願いするので残しておいてくださったのかもしれません。
でもこの日は、フランス人の小父さんが来ていたので、私は彼に、ワサブローサンの「コスモス」を聴かせたかったのです。
迷ったすえに「コスモス」をと言ってしまいました。
でも実は
俳句 
の新バージョンを用意していてくださったのです。
豪華な俳句が出来上がっていました。
明るくて、哀愁というよりもコミカルな感じに仕上がっていました。
バックの音楽に浮き浮きとなってしまいます。
あかん!これでは泣けん・・
ああ、若い人好みにとアレンジしたのかもしれない、と思いました。
でも私は、アンフィニティフのような、淡々とした感じの「俳句」が好きなのです。
この歌を聴いて感動する世代は、虫干しを知ってる世代。
つまり団塊世代以上だから、そこらを的にして欲しいなあ。

ただ、それは私の好みで、他の方々にはどうなのか私には分りません。
なにせこの年になったら自分の好みを良しとして生きるしかありませんので・・・

帰りのバスで乗り合わせた、二人のご婦人を感激を分け合いながら帰りました。
もちろん、そろってハイレベルな年齢層でしたが・・・
一人は先日、石川のコンサートまで追っかけたそうです。
もう一人の方は以前、福岡まで行ったとのこと・・・
「知ってしまったら、もう元には戻れない・・」
それが三人の結論でありました。

ワサブローさんへの好みは、極端に分かれているようです。
熱烈なフアンと、癖があって嫌という派・・・
嫌という人はフランス語のワサブローということで敬遠してきたのではないかと思います。
ワサブローさんの、未だ知られざる日本語の歌の領域を、ぜひとも、その人達に聴かせてあげたいと思っています。

では次は7月に・・・

7月24日(日)
京都 地下鉄北山駅 3番出口 西へ100m auショップ東隣地下1階
Mojo West という店でライブがあります。1ドリンク 4500円

仏蘭西色のシャンソンとボサノヴァどうどす?


仏語シャンソンたっぷり聴けます。
お問い合わせはリンクでどうぞ。

日本とフランスの意地悪ばあさん対決!

春学期が終わりまして、1週間のお休み期間の後、25日から夏学期が始まります。
たったの1週間だけのことなのに、すっかり気が緩んで、まったく教科書を開いていません。
毎日、東西南と飛び歩いています。
なぜか北が抜けているのか、千メートルを超す山が、そこにあるからなのです。
ああ、昔だったら歩いて超えられたのになあ~・・・

まあ老化現象には勝てません。
婆だから仕方がない・・・・
しかし、世の中で怖くて強い物のベストテンの中に入る古強者・・それも婆なのであります。
婆(ばばあ)=おばあちゃん 
アントワーヌ先生、読み方分りますか? カタカナだと ババア です。

その昔、日本で有名だった「いじわるばあさん」
なかなか、手の込んだ意地悪をしますが、一見普通のおばあちゃんです。
いやあ~、今時こんなスタイルのおばあちゃんは見かけませんね。
日本人よりも言葉遣いが美しい我らの先生は聞き直しました。
「いじわるばあさんですか?」
いやあ~、この場合は、きっぱり「ばばあ」もしくは「ばあさん」と断言するのが正しい日本語の使い方でしょう。

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それに対するフランスの、意地悪ババア、というより恐怖のばあちゃん。
カルメンクリュ
ちょっと怖すぎる雰囲気ですが、武器を手にしてる姿は、地球人とは思えません。

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春期の最後に学習したのが BD(bande dessinée)
長編コマ漫画に出てくるアンチヒーロー達でした。

「日本にも意地悪ばあさんがいます」と生徒達が先生に教えたのが、長谷川町子さんの意地悪ばあさんです。
その昔、TVで「いじわるばあさん」が放映されていたのを覚えている人は同級生の中には居ないでしょうね。
その意地悪ばあさんを演じたのは、青島幸夫さんでした。(後で東京都知事になりました。)
今の東京都知事は、いじわる爺さんですが・・・

それはさておき、日本で漫画のヒーローといえば、私が思い浮かべるのは
「鉄腕アトム」
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「リボンの騎士」
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古すぎるかなあ~・・・時代が分るよね。

フランスの漫画で、正統派のヒーローの代表は
 Astérix  (アステリックス)
この下の方のひげの小父さんですが、なぜか手塚漫画に画風が似ています。

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それに対抗するアンチヒーロー達、
まったくさえないフランス人夫婦の戯画。
亭主はワンマンで、酒飲みの太鼓腹。妻はダンスパーティーや芝居に行きたがるけれど、全く取り合ってもらえない。日本と大して変わりはないのだとビックリ。
西洋はレディーファーストで女性を尊重するのかと思っていましたら、けっこう男尊女卑の風潮があったそうです。男は優秀であり女は従うべき物だという・・
現在は変ってきてるのでしょうかね・・?

Les Bidochons  (ビドション夫妻)

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怠け者で、調子っぱずれ、破れた靴に、汚い身なり。
仕事中で好きなこと昼寝、もしくはハードな音楽演奏。
会社に拾った犬猫を持ち込む、警察としょちゅうトラブルを起こす。
動けば廻りに災厄をもたらす男。
なんか、滅茶すきになってしまいそうなキャラクターです。

Gaston Lagaffe (ガストン・ラガフ)

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そして始めに紹介した
Carmen Cru  (カルメン・クリュ)

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Carmen Cru (カルメン・クリュ)は近代化に抵抗して、大都会の中で一軒家に住み、立ち退きを拒否し、断固一人住まいを通すおばあちゃんなのです。
その雰囲気は悪魔的、子供をとっつかまて切り刻んで部屋の中で煮るとも、自分で歯(金歯なんでしょうね)を抜いて、その代金で自転車を買って乗り回すとも、戦争前から持ってる薬箱を抱えて歩き医者には絶対掛からない。
まあ近所の嫌われ者・・・しかし誰も彼女をそこから立ち退かせる事も、彼女の行動をおさえることも出来ない。
個人主義フランスの面目躍如という気がします。

日本で多いのは、頑固ジジイの方でしょうかね。

洋の東西を問わず、頑固さ、一徹さというのは貴重です。
このなんでも流されてしまう時代には必要な物なのかもしれません。
しかし、自分の側にいたら、逃げ出したくなるでしょうね。


さて文法では、本当かどうか分らないことを述べるのは・・・条件法でと言うことでした。 
カルメン・クリュの話題は条件法に満ちています。
私は、うれしくて泣きそうでした。ブラボー !(これは皮肉です)

男達よ!
女という物を、やさしく、か弱く、美しい物と思っていませんか?
若く綺麗なマドンナ達の一皮下は、みなカルメン・クリュが潜んでいるのですよ。

だあれ 「あんあたこそが、日本のカルメン・クリュ!だ。」と言うのは!

そんな奴は(目的語)私が(主語)とっ捕まえて(自動詞)、皮を剥ぐぞ~(これも動詞かあ~脅迫型なんてないよね)
新しい文法、命令形の次は脅迫型です。(嘘だよ~!)

今まで、話している言葉が、文法の何になるかなんて考えたことはありませんでしたが外国語を学ぶと、それらを考えさせられると言うことに気がつきました。

夏野菜が届いたので

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先日届いた北川農場の野菜たちです。
空豆にエンドウ豆、新タマネギ、ズッキーニ、新ジャガ、キャベツ、アスパラ、サラダ菜、スナックエンドウ、産みたて卵
どれもこれも、無農薬で育ててあります。
虫との戦いがさぞや大変なんだろうなあと想いながら、虫に負けないぐらいせっせと食い尽くしてしまいました。
今はジャガイモとタマネギぐらいが残ってるかな?
さっそく豆ご飯、スナックエンドウはエリンギと炒めて、アスパラのごま和え、あじの干物に味噌汁
上に置いたのは野菜の卵とじだったかな・・・
もう忘れています。なんだかよく分らないし、見た目は悪いけれど、美味しい日本の食卓でした。

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新ジャガは皮付きのまま茹でたら、何も付けなくても美味しいです。
塩さえ振らずに食べました。

どうも最近、肉を食べる気がしない。
でも肉を食べる癖を付けておかないと、外国に行って困るからなあ~
いや、日本いるからこそ、魚を食べておこうと言う考え方もある。
眠れない、体が痛いなどと言いながら、しっかり食べている私です。

この一月ほど、かなり体は動くようになってきている気がします。
プールにも毎週1回は、忙しくても行こう。プールの中を歩いて、しゃべって、泳いだ後は風呂につかって、その後ランチを食べて、たわいのないおしゃべりを・・・
それがストレス解消かもしれません。
katatumuri

梅雨時は、のんびり
過ごすのが良いのかもしれませんね。
と言いながら宿題が出来ていない・・・あれもこれもと、またぞろ気にしています。

まあ慌てず行きましょう。
近所の庭先で
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明六つ前の独り言・・・


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12時頃寝て、1時半に目覚め、何とかまた眠ろうとするが、眠れなくてCDを聞いたり、布団の上で柔軟体操をしてみたりするが・・・無駄だ!
いっそ起きてしまおう!
ただいま丁度4時です。
国道に面した我が家も、今はシーンと静まりかえっている。
2時から3時頃のことを丑三つ時というのかしら?
草木も眠る丑三つ時・・・と言うが、
現代では、暴走族も眠るのが 丑三つ時 ですかね。
さっそく、丑三つ時を探してみました。ネットで検索が出来る時代の便利さです。

「丑の刻とは午前1時から3時までの頃をいいます。その2時間を4つに分け、三番目という意味が丑三つ時です。午前2時から2時半の頃です」

2時間の間を4で分けたら30分単位か・・・
では2時半から3時は、丑三つでなく 丑四つ時となるわけですね。
で、今の4時過ぎは、寅一つ・・・これって、あまり聞いたことがない表現です。
今何刻 「寅一つ」と言わない。言うなら「寅の刻」か「明け7つ」かしらね・・・?
昔の人は、深夜に30分刻みで時間を確認するような仕事はしてなかったでしょうし、そんな言い方は必要な方のだと思います。
夜中は、寝るための時間だったのです。
なにしろ照明は、ロウソクか行灯だったのですから。
夜中に起きて何かをするのは、恐らく泥棒だけだったのではないでしょうか?

現代では、世界中で24時間を通して、誰かが夜昼無く働いてる。
それは、やはり自然に反する異常なあり方だと思いますねえ~・・・
そのストレス社会が、こうした不眠症人間を生み出すのかもしれません。
でも何にも働いていない私が、なぜ不眠症になるのでしょうか、それも謎ではありますが?

私の場合は、きっと深夜に対する恐怖というのが、深層心理の中で働いているのではないかと思います。恐がりなんですね、要するに・・・

ただ、今日は体が痛くなく、元気に目覚めております。
木曜日に、1時間スペシャルマッサージの治療効果が出ているのかもしれません。

昔の日本の時刻の表し方を見ておきましょう。
時代小説を読む時、いつも「どんな時間の数え方なの?」とイライラしていたのでした。

正午にお寺の鐘を9つ鳴らす。そこから2時間おきに 8,7,6,5,4 と進んで 夜中12時が また9つとなって繰り返されるのです。
暁9つ  子の刻   0時ごろ
暁8つ  丑の刻   2時ごろ
暁7つ  寅の刻   4時ごろ
明6つ  卯の刻   6時ごろ
朝5つ  辰の刻   8時ごろ
朝4つ  巳の刻  10時ごろ
昼9つ  午の刻  12時ごろ
昼8つ  未の刻  14時ごろ
昼7つ  申の刻  16時ごろ
暮6つ  酉の刻  18時ごろ
夜5つ  戌の刻  20時ごろ
夜4つ  亥の刻  24時ごろ

昔の生活の中では、明六つ と暮六つ が生活パターンの基本だったようですね。
照明のない時代、人が外で動ける時間帯の区切りだったのでありましょう。
さあ、これで安心して「鬼平犯科帳」を呼んでください。

現代では深夜でも走り回ることが出来ますが、必要なのは照明よりも証明書の様です。
本人確認が出来ないと、お金も出せないし、買物も出来ない。
私が私であるって事を、自分で疑いたくなりますね。
さて暁7つを過ぎ 寅3つに入りかけております。
もう一度寝ます。お休みなさい。

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睡眠に効果はあるのかな

午前中にプールに行って、眠くなるかと思ったけど、夜になると眠れません。
横になって1時間、アズナブールのCDをかけても睡眠効果はなし。
12時半、この睡眠改善薬なるものを飲んでみる。
前に1回飲んだけれど、全く効果がなかったのではありますが・・・

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頑固な不眠症には効果がないのかもしれませんね。

昼間は体を使い、プチご馳走 和定食ランチを昼に食べ、なんの悩みもなく生きているのに、なぜ不眠症なのでありましょうか?

ベントット 昼定食 1000円です。
主菜は豚の角煮を揚げ出し豆腐で挟んだ一品、だし巻き、茄子の田楽、一口うどん、サラダ、赤だし
炊き込みご飯
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野のアザミのようにたくましいはずの私なのですがね~

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薬を飲んでそろそろ1時間近くたちました。
さあ眠れるかチャレンジだ!勝負勝負!

汗を流して動きなさい

 体重計に乗るのが怖い。
半年でかなり太ってしまったと思います。
思うように歩けないのが、一番の原因なのだが、歩けば、後で体中が痛んでくるので、ついつい運動量が減るの悪循環です。
それでも、何とか動ける体を取り戻したいという願望は強いのです。
幸いにも、この一月ぐらい前から、自転車に乗ろう、もっと動かなくてはと言う元気が出だしています。
プールで、膝に負担をかけずに体を動かすことがベストであろうと思うのですが、時間、そして気力がまだまだ欠けています。

今は、せめてもと思って、友達が誘ってくれる、週に1回のプールは出来るだけ行くようにしています。

それは、泳ぐと言うより、プールの中で、お喋りをしながら歩くだけという、カロリー消費、筋力強化には、あまり寄与しない物ではあるのですが・・・

でも気の置けない仲間と、遊んで昼ご飯を食べる。それは何よりのストレス解消でもあるのです。

その二人の仲間は、10代から続いている友達二人。
人生の途中で、住まいが遠く離れたりしたことがありましたが、なんと15年前から、相談もしていないのに近くに住むことが分ったのです。

先週はプールの帰りに、友達の一人である、Mママのお宅でお昼を食べさせて貰いました。

しばらくご無沙汰していたら、作品が増えていました。
彼女の趣味は陶芸です。

作品をご覧下さい。

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眉唾で良いのかな?・・mon oeil (私の目)

眉唾もしくは眉唾物という日本語があります。
眉につばを付ければ狸や狐に化かされないという俗信から生まれた言葉ですが、なんとフランス語でも似たような表現があるのですね。

Mon prefesseur nous a dit qu'il avait vu une tourte dans la rivière KAMO ,gros comme ça.
先生は賀茂川でこんな大きさの亀を見たよと言いました。
Une etudiante a crié que ce n'était pas vrai!
一人の女生徒は、嘘や!と叫びました。

そんな大きな亀が居るはずがない。

すると先生は「嘘だ!のフランス語の言い方 MON OEIL です。」
「本当なら、僕の目を見てもう一度言ってごらん」ってニュアンスかしらね・・
もしくは、日本語で言う「眉唾物ね」でしょうか?
これを言う時はジェスチャーをともなわないといけないそうです。
目の下に指を当てて、こりゃあっかんべーではないですか!
仏語辞書 petit royal の挿絵を入れてみました。

「嘘だ!」というより「まさか!」というニュアンスなんですね。

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Mon oeil!
眉唾だね!

例えば
「菅総理は退陣すると僕に明言したよ。」
「Mon oeil!(モンノイユ)」
まさか!眉唾だね
鳩山さんから話を聞いた小沢さんが言いそうな言葉ですかね。

眉唾政治家さん達ばかりでは、本当に困るんですけれど・・・・

来週で今学期は終わります。いつまでたっても一向に上達しないフランス語です。
時々情けなくなりますが、人生ってまあそんな物でしょう。

私がしどろもどろに説明した映画「かくも長き不在」の内容を、先生が直してくれました。
第2次世界大戦
彼は頭に傷を負った
彼女は彼に思い出して欲しい
彼女は彼に一つの音楽を聴かせる

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私がいつも混乱するのは Lui の位置です。
過去形だったら助動詞の前か後ろか、どちだろうと?
Elle lui a fait écouter une chanson .
彼女は彼に一つの歌を聴かせた

これで良いと思うのだけれど・・・どうでしょうか?

さて、この木なんの木、気になる木です。
教室の窓から、賀茂川のほとりに沢山の花を付けた樹木が見えました。
( センダン 栴檀です。 ブログを見た友より教えて貰いました)
「栴檀は双葉より芳し」(せんだんはふたばよりかんばし)の諺でがありますが関係なし。
諺で言われるセンダン、これはセンダンではなくビャクダン(白檀)を指すそうです。
だから、近寄っても芳しくありませんよ。


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近寄れなかったので拡大しても、あまりはっきりしません。

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Alors , je vais aller en promenade au bout du lac BIWA.
さあ、琵琶湖の端に散歩行こう!

三つの小さな音符

Trois petites notes de musique

Cora Vaucaire (コラ・ヴォケール)で聴いて下さい。



Trois petites notes de musique 
 小さな三つの音符

Trois petites notes de musique
ちいさな三つの音符が
Ont plié boutique
店の中を静まらせる
Au creux du souvenir
想い出のくぼみに
C'en est fini de leur tapage
演奏を終えると
Elles tournent la page
ページを閉じて
Et vont s'endormir
眠りにつく

Mais un jour sans crier gare
でもある日、予告もなしに
Elles vous reviennent en mémoire
そのメロディーは君の記憶の中に蘇ってくる

Toi, tu voulais oublier
そうさ、君は忘れたい
Un p'tit air galvaudé
小さな心の傷を
Dans les rues de l'été
昔夏の道で起きた
Toi, tu n'oublieras jamais
でも君はけして忘れないだろう
Une rue, un été
あの夏の、あの道を
Une fille qui fredonnait
ハミングをしていた一人の少女を
La, la, la, la, je vous aime
ララララ、愛しているわ
Chantait la rengaine
決まり文句の歌
La, la, mon amour
ララ・・恋人よ
Des paroles sans rien de sublime
歌詞はありふれていて
Pourvu que la rime
韻さえ踏んでいれば
Amène toujours
いつも同じようなものさ

Une romance de vacances
バカンスの恋
Qui lancinante vous relance
恋の痛みを呼び起こさせる
Vrai, elle était si jolie
そう、彼女は本当に綺麗だった
Si fraîche épanouie
開いたばかりの花のように
Et tu ne l'as pas cueillie
君はそれを摘まなかった
Vrai, pour son premier frisson
そう、初めての心のおののきだったから
Elle t'offrait une chanson
彼女は君に一つの歌を贈った
A reprendre à l'unisson
また二人一緒に歌おうと

La, la, la, la, tout rêve
ララララ すべての歌は
Rime avec s'achève
韻を踏む
Le tien n'rime à rien
君のは韻を踏むことがない
Fini avant qu'il commence
始まる前に終わる
Le temps d'une danse
ダンスのテンポも
L'espace d'un refrain
ルフランの間隔も

Trois petites notes de musique
小さな三つの音符が
Qui vous font la nique
君を嘲笑う
Du fond des souvenirs
想い出の奥から
Lèvent un cruel rideau de scène
舞台に残酷な幕を上げる
Sur mille et une peines
数かぎりりない苦しみ
Qui n'veulent pas mourir
いつまでも消えない苦しみの上に




何年か前に、初めてこの曲を聴いたときの感想は、地味な曲だなあ~というものでした。
聴くほどに味わい深い曲なのです。
何がって?
歌詞の意味も深いし、メロディーもワルツ。
1拍が、それこそ小さな三つの音符として続くから、取りやすい。
単調に聞こえるかもしれませんが、いつまでも心に残る歌なのです。

三つの小さな音符という複数形が主語になっているので、歌詞がほとんど三人称複数です。
ELLES て誰だっけと迷ってしまいますが、それは三つの音符なのですね。

歌の背景を一言紹介いたしましょう。
1961年に制作されたフランス映画。かくもながき不在(Une aussi longue absence)
の中のシーンに流れる曲なのです。
この映画は、1961年のカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したドラマです。
第2次世界大戦の後の、人々の心の傷を描き出しております。
戦争に行った男を待つ女、そしてナチの拷問で頭に大きなキズを持ち記憶を無くした男。

あらすじは下記のブログでよく分かると思いますので参考にしてください。

http://www.geocities.jp/nachtsflug/sub.cinema.long_absence.html