ワサブローライブ: Dupont et Dupont 第3章

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11月25日に、京都洛北のアーズローカスで、ワサブローさんと、ギターの溝渕仁啓(マサシ)さんのコンビ、Dupont et Dupont(デュポン・エ・デュポン) の第3回目の舞台がありました。
このDupont et Dupont と銘打たれたライブはシリーズになっていて、第1回目は3月17日だったのです。
私は残念ながら、その日は行けなかったのです。
2回目は7月22日、そしてこれで3回目です。

その案内で頂いたチラシに、髭を生やした小父さんの人形とDupont et Dupont の文字が掲載されておりました。
私は「どういう意味があるんだろう?」と思い、アントワーヌ先生に尋ねた方が手っ取り早いと思って、授業がある日に持って行ったのです。
すると、先生が来る前に、そのチラシを見た、一番若いクラスメートが
「あら、タンタンに出てくる、ドジで間抜けな刑事じゃないですか!」と叫んだのでした。
彼女は、まだ20代ですが、彼女が小学生だった頃には、すでに、日本でも絵本といて出版されていたそうです。

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そして後から教室に入ってきた先生は「綴りが間違ってるね。」と言って
Dupond et Dupontと黒板に書き、その子供向けコミックと登場人物について話してくれました。
タンタンの冒険について詳しく知りたい人は下記でどうぞ。

タンタンの冒険シリーズ・福音館書店

これが少年探偵タンタン
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そして 二人のデュポン氏(Dupond et Dupont)

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この二人にちなんで命名したのがDupont et Dupontという訳です。

ワサブローさんは、Dupond et Dupontをそのまま使うと差し障りがあるといけないから、あえてDupont et Dupontと命名しましたと舞台で話して下さったと思います。

私は、とにかく、ドジで間抜けなというニュアンスが、なんとも気に入りました。
お二人がドジで間抜けだと言いたいのではありませんが・・・
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いや、ちょっと、言いたがっているかも・・・・
なんとなく、それらしい雰囲気が漂うかもしれないと思い、この写真出してしまいました。
ゴメンなさい。以前、それぞれ、さる所で、直接撮らせていただいた写真です。
肖像権の侵害ということで、削除要請がありましたら、すぐにどけますので、ご連絡下さい。

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この日のプログラムです。
初めて聞かせて頂いた曲、朝と夜
「僕、個人的にこの曲大好きですねん」と言ってはった様に思います。
うん、ワサブロー好みの曲だなあ~と思いました。
これが日本の歌手だと「これはお客さに受けそうにない」と没にしそうな気がします。
(でも、それは私の、個人的見解ですので、怒る人がいたらごめんなさい。)

しかも、これだけではないのです。
番外が多い!!
まず始めに、溝渕さんのギターで「ナナ」
スペインの子守歌だと、説明されていたように記憶しております。

そして、ミラボー橋
ギターのゆるやかな音色が、川の流れを思わせる。
ワサブローさんの声が、「ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる」堀口大学の詞がつぶやかれます。
そして日本語の歌詞の後に、フランス語で静かに語られ、歌に移っていく。
何と素晴らしい・・・・唸ってしまいました。

アンコールがあるかもしれませんとなっていますが、
アンコールは
聞かせて下さい愛の言葉を
時と共に(Avec le temps)
糸紡ぎ

どれもこれも私の大好きな歌でございました。







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さて、ここは何所でしょう? 

11月24日、先週の授業での話です。
いつもと時間帯が変って、午前9時からだったのです。
天気は雨模様 
私は、タクシーを呼んで最寄りの駅まで走り、かろうじて9時に教室に駆け込みました。
ところが教室に入ると先生しか居ないではありませんか!
「どうなっているのだ?焦って来たのに・・・」私は叫びました。
「私もです。」と先生も言いました。
ワーイ!もう誰も来るな、今日は私だけの個人レッスンだ~!
と喜んだのもつかの間、ヨシとフミが駆け込んできました。
そこで、さっそく、昨日のブログのコメントの話になりました。
せっかくフミが書いてくれたのに、私は意味が取れていなかったのです。
でも、なんて彼女は賢いのだろう!と感心していたのですが、実は「辞書から引用しました」との事でした。

そこで、先生の解説を聞いて理解できたのです。
まあ、その内容はと言いますと・・・
========================
Tu plaisantes !
(冗談でしょう!)
何が冗談かというと《私は内心「貴方には負けるのですが・・・」と思ったのでした。》
の台詞であります。
Ces mots exigent une réplique.
聞き捨てならへんわ!)
Je ne peux pas laisser passer ce que tu as écrit !
(あんたが書いたようなこと、うちしてへんで) 
Mettons les choses au clair dans le cours demain :  haha ha...
(明日クラスで、その事について、はっきりさせよやないの!ハハハ) 
===================
以上でございます。
けんか腰というのは、なぜか関西弁が似合いますね。
で、その決着はと言うと・・・
量的には私の方が多いけど、質的にはフミの方が高い。
と言うことで落ち着きました。
どちらが、喜ぶべき事でしょうか?

ややこしい出来事に出会うに accident を使ったら「それは交通事故などの時に使う」この場合は aventure(意外な出来事)を使うそうです。アバンチュールと言うと、なんか色ぽい方面を期待していたのですが、私の日常的失敗の数々もアバンチュールなのであったのです。トホホ・・・

そこで、いつも質の高いアバンチュールに出会うフミですが、今週は、スマホを雨に濡らして故障させてしまい、取り替えに行くという une aventureがあったそうです。
費用を払ったけれど、それは払い戻される。
払い戻すと言う言葉 rembourser の語源は re(戻る)と bourse から来ているそうです。
bourse
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昔の財布、袋状で口をひもで縛った物。
巾着とも言いますが、もしかしたら、この表現は、すでに死語になっているのかも?

では、次の言葉の意味を、よく考えて意味を言ってください?
La bourse ou la vie !!!
答えは「金を出せ!」

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財布か命か!どっちを取るのだ?という事でしょうね。
なんと可愛い強盗でしょうか。私は、このデッサンが大好きです。

続いて、この日は絵画教室のようになりました。
何しろ、生徒の人数が少なかったので、大忙しでした。
1枚の写真を1人が見て、それを説明し、他の2人が聞き取って絵に描くというものです。
問題1
教会の前に、巨大なモニュメントの頭があって、子供がそれに乗っている。夕方で影が出来てる。前の通りには人が数人歩いている・・・と聞きまして、描いた絵がこれです。

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さて実物はと言いますと
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巨大な頭というのが複数だと思い込んで、野辺のお地蔵さん状態になりました。
ついでに、野辺の地蔵の説明を、先生のために、
野辺(のべ)田舎の野原などにある仏(ほとけ)のことです。
Ils sont très mignons , n'est ce pas?
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私は、上の写真の巨大な頭のモニュメントのある場所に行ったことがありました。
それは、有名なレストランでオニオンスープを食べてお腹が痛くなった日でした。
なぜか、食べ物の思いだけは鮮明ですが、日付は、なかなか思い出せませんね。
それは、この日でした。
http://ouestlac.blog104.fc2.com/blog-date-20101101.html

問題2
背景に近代的な高い建物がある。ガラスで出来てる。中央には巨大な親指があり、人の背の高さの5倍ぐらいある。前面にアンテナの着いた木で出来たチューブ(管)がある。背を向けたカップルが座っている・・・
と聞き取ったのだと思います。 beaucoup de(沢山の)アンテナと言っていたのに、私は一本だと思い込んでいました。(ドラえもんの頭じゃないのに!)
ということで、私の描いた絵は・・

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元の写真はといいますと
ありゃりゃ、アンテナのついたチューブは複数だったのでした。
ちなみに、ここは、パリの近くの La Defense という都市。
パリの外れにある近代的なビルやオフィスが立ち並ぶ街だそうです。

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問題3
私が説明する番ですですが、困ったなあ~
どこかの中庭なんですが、コーナーになっていて、右側と左側の建物が少し形が違うみたい。どちらも一階は吹き抜けのようで、その前、中央には、けったいな、高さが色々な縞の円柱が立っているではありませんか。その間を人が歩いているという・・・

フミが苦労して書き直してくれた2枚目です。

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偉いわ、私の情報で、これだけ掛けたら大丈夫です。
この場所は、パレ・ロワイヤルの中庭だそうですが・・・
元の写真は

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先生の話では、これが建てられたとき、古い歴史的建造物に、近代的モニュメントはミスマッチだと、論争があったそうです。
京都タワーが出来たときも、アレコレと悪評があったそうですが、慣れると、いつの間にか名所と変る物なのですね。


まとめ
写真を説明するときは、三つの部分に分けて説明しよう。

1、前景 Au premier plant 2,中央 Au centre 3,背景 À l'arrière- plant

2,まるで~のように見えるの使い方

On dirait + 名詞
On dirait une photo.(写真みたいだ)
または
On dirait que + 文章
On dirait qu'il va pleuvoir. (雨が降りそうだ)
雲がいっぱいの空を見上げて「雨が降りそうだね」というぐあいに使います。
 
On dit que~ だと   ~だとの噂だ。という言い方になりますが、この場合は現在形。
On dirait~ は条件法です。

後で、改めて、参考書を調べました。
条件法の使い方の一つに、現在の事実であっても、その断定を避けた表現に使われます。
すなわち、婉曲、語調緩和、推測の意味を持ちます。
とありましたが、このうちの、推測(確実ではない)に当てはまるのだと思います。

以上、簡単ながら、前回の授業報告です。



 ヌガ(Le Nougat )という歌

私の大好きな歌い手、ワサブローさんの舞台で欠かせない歌に「ヌガ」という歌があります。
はじめて、この歌を聴いたときに「何て歌なの?」とメチャクチャビックリしました。
内容も、はっきり言って、何が何だか分らない!
この歌をフランス歌っているブリジット・フォンテーヌは、アバンギャルド・ミュージックの歌手であると書いてありました。アバンギャルドって、前衛的なという事らしいです。
前衛的って、ビックリするような事なんですね。

朝目を覚ましたら、象が風呂場にいてシャワーを浴びていた。
そんで、言うことが「ヌガ欲しい。ヌガをくれ。」
そんな歌です。
ワサブローさんは、素晴らしい京都弁に翻訳して歌っております。

で、ヌガというのは何やねん?
すごく甘いお菓子なんです。
私としては、そんなもん象が食べたら、糖尿病になるんじゃないのか?
それに象にやるほど買えへんやん・・・などと色々、妄想してしまうのでありました。
結構、エエお値段のお菓子なんだそうですよ。

この記事を掲載したら、フランス語のアントワーヌ先生が、ヌガをバラで買ってきて「Voilà」と、皆に食べさせて下さいました。
なんでも、書いておくものですね。

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フランス語のヌガ、と日本語のヌガをYou Tube で見つけました。
フランス語はブリジット・フォンテーヌ、日本語はワサブローで聞き比べてください。
まったく、新しい世界にぶつかりますよ。
原詩も、載せておりますので、じっくり読んでみてください。

Brigitte Fontaine(ブリジット・フォンテーヌ)



ワサブロー


Le Nougat (ヌガ)
Je me réveille avec entrain,
Je branche la cafetière électrique,
Je me rue dans la salle de bain
Et je deviens paralytique.
Sous la douche y a un éléphant
qui me regarde tendrement,
je balbutie en rougissant
d'un air gaga probablement :
« mais comment donc êtes vous entré
Puisque la porte était fermée? »
il me sourit et il me dit :
« t'occupe pas, donne moi du nougat !
t'occupe pas, donne moi du nougat ! »

Je bondis sur le téléphone,
je fais le 17 et je tonne :
« j'habite au 1 d'la rue Bidouche
y'a un éléphant dans ma douche »
Le flic me dit « vas-y toi-même
ça résoudra tous tes problèmes »
déboussolée je re déboule
là où j'ai laissé ce maboule.
La douche est vide il est parti ;
le voilà couché dans mon lit,
il me regarde et il me dit :
« écoute, toi, donne-moi du nougat,
Ecoute, toi, donne-moi du nougat ! »

Je dis « je vais vous en chercher,
C'est dans la cuisine à côté »
J'y vais et puis je change de cap,
J'enfile un manteau et une cape
Pour recouvrir ma nudité,
Et je m'enfuis dans l'escalier,
Je traverse la ville à pieds
En cavalant comme une damnée.
J'arrive enfin chez un copain
Qui va m'accueillir dans son sain.
Il ouvre la porte et il me dit :
« Assieds-toi, donne-moi du nougat,
Assieds-toi, donne-moi du nougat ! »

J'ai galopé chez Marina ,
Qui est plus qu'une sœur pour moi,
Elle m'a tout d'suite donné à boire,
Je lui ai raconté l'histoire
Elle a dit « alors, t'as fait quoi ?
Moi j'lui ai donné le nougat. »
La d'ssus je vais m'faire un pétard
Et partir pour Montélimar
Elle me fait « Je viens avec toi !
Moi aussi je veux du nougat !

Moi aussi je veux du nougat,
Moi aussi je veux du nougat !

Moi aussi je veux du nougat,
Moi aussi je veux du nougat ! »

ある晴れた秋の日に・・・

21日は久しぶりの秋晴れになりました。
朝から琵琶湖には、ヨットを浮かべる人が居るのです。
どんな人でしょうね。時間とお金がなければ、平日にヨットは出せないでしょう?
でも、若さがないと、この寒い時期に、湖上でヨットを操ろうという気にはなれないのではないか・・・?
「いったいどんな奴ちゃねん?」
などと、余計な心配をしてしまうのでありました。
湖上のヨットを捕らえたつもりだったのですが、私のカメラでは、ちゃんと写っておりませんね~・・・

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この日、私は自転車で3駅先(7km)にある病院に行こうと思ったのです。
どうしてかって言うと、前の日に右膝が痛み出して歩くのがとても遅くなってしまったからです。
「歩けないなら自転車で行ったろうやんけ!」
強気で、自転車を置いてあるシャッターのガレージを引揚げると・・・・
「来た~!!」やって来ました、ぎっくり腰が・・・

会いたくない相手には、バッタリ会ってしまうと言いますが、もう会いたくないと思っていた、ぎっくり腰君と、これで2度目のご対面となってしまったのです。
隣の整体院に駆け込んで(いや、ソロソロと歩いて行って)すぐ見て貰いました。
「今週は安静に、お風呂で体を温めるのは二日間は駄目!」
と言うことで、その日は買物にもプールにも行かず、というより、行けず、大人しくしておりました。

フランス語でぎっくり腰は何というのだろう?と思って、ぎっくり腰で辞書を引くと
Lumbago (ロンバーゴ)
J'ai un lumbago.
(私はぎっくり腰になる)
まだ、治っていないから現在形で良いのだろうか?
Demain matin ,si je ne pourrai pas venir à notre classe , ce n'est pas à cause de moi, c'est à cause de le lumbago.
もし、明日の授業に行けなかったら、それは私のせいではない。ぎっくり腰のせいなのです。
なんだかサボる気充分のように見えるかも・・・

動かずお菓子などを食べ続けていると、向かう道は、ただ一つ。
体重増加にまっしぐらに進みそうで、私はおびえています。

先週は、電気屋さん問題で大騒ぎをし、今週はぎっくり腰か~・・・・
たしかに Ma vie n'est pas monotone.(私の人生は単調ではない)ですね。

こんな状態では、座って、本を読むぐらいしかできません。
でも、月末までには図書館に返しに行かないと行けないのですが・・・・
もっとも、最近は、読んでも、あっという間に、右から左に抜けていくので、本を読んでいるのか活字を目で追っているだけなのか、長年の習慣で、文字を目で追っていないと落ち着かないだけなのかもしれません。

惰性に流れて新しい物が頭に入ってこない。
そこで、図書館で本を借りる時、外国の対訳でなるべく近刊書、そして子供用の本、自分の好みの馴染みの分野の本、と三方向で選ぶようにしました。
とは言っても、どれも物語、文学系統になってしまいうのが私ですが・・・

対訳の本
例えば「戦闘機zero=零戦」これは図書館では、すごく新しい部類だと思います、
Pascale Rose(パスカル・ローズ)1996年にゴンクール賞を図受賞した作品だそうです。
ゴンクール賞というのは、日本の芥川賞のような権威のある賞だそうです。
私は、第二次世界大戦での物語かと思ったのですが、全く違いまして、時は70年代、若い女性の心の変遷を描いた小説です。
背景として、アメリカの海軍将校であった父親が、沖縄戦で零戦の攻撃を受けて戦死し、母親はそのショックで、自分の中に閉じこもり、子供をまったく構わなくなる。パリの祖父と祖母のもとに、母親共々引き取られ成長する彼女。肉親からの愛を感じられない寂しさが、難聴の症状を引き起こし、それが彼女の中では、零戦の轟音となって反響するのです。
物語としてはともかく、私は、このお母さんが、夫が戦死したと聞かされて心を閉ざす。毎日トランプ占いをして部屋に閉じこもるというのを読んで、何と金持ちなんだ!!働かなくて暮らせるのか?
と、まことにもって貧乏人の発想で考えてしまったのでありました。
70年代の若者の姿が、生き生きと描かれているそうですが、私は、その頃、必死で仕事をしておりましたね~。

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次は「出て行く」partir (出発する)
誰が何所に出て行くの?と言うことも含めて、私には、不思議で面白い本でした。
舞台はモロッコ、アフリカになるのですが、最北の港からスペインまで14kmしかないのです。
モロッコの若者アゼルは、大学教育を受けていても職が無く、この国から出て行くことを夢見ています。親友は、密航に失敗して溺死体として戻ってくる。アゼルは、その美貌に夢中になった富豪の男性の愛人となり、夢に見ていたスペインに渡ります。そして自分の姉も、その富豪と偽装結婚させ、スペインに呼びます。
しかし、男性を愛することの出来ない彼は、段々と自暴自棄になっていき、富豪の家から追い出され、最後は、過激派を密告するという仕事について、暗殺されます。
最後の舞台は、夢の船に乗って、この本の登場者達が、それぞれの願う世界に旅立つ・・・という、劇のような幕切れにしてあります。
私の感想・・・・モロッコって、ヨーロッパから、フランスからも、すごく近いんだ~!!
自分の地理感覚のなさに、改めてうんざりしました。

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「命の船」これも1995年初版の本です。
原題「CARGO VIE 」cargoは貨物船という意味で、「命の船」と訳されております。
この作者、パスカル・ド・デューブは、この本が出版された頃29歳で亡くなくなっています。
この本は、彼の遺作であり、彼が自分の病気であるエイズと向き合って、それを「ぼく独自のもの」として昇華していく姿を見せてくれます。
彼は自分の病気と向き合うため、貨物と先客を乗せる船に乗り込んで、ル・アーブルを5月28日に出航し6月22日の戻って来るまでの船旅を日記形式で書いた物です。
こんな時でも、なんて、難しい考え方をするんだ。
恋人に恨みを述べる文章を書くのに
《サルトルにとって「卑劣な人間は(・・・)活動そのものが実際悪であるのに、無遠慮にも他人に自らを善人と認めさせようとする人間である」。Eよ、サルトル的な意味で、きみは卑劣な人間だ。正面は花で飾り立て、手入れも行きとどいているけれども、裏腹には見にくい廃墟が隠されている。だけど、きみのような人間はいくらでもいる・・・。」》
なんとまあ、哲学的と思ったら、この人、哲学の先生だったみたいです。
私だったら、自分を見捨てて逃げて行った恋人の悪口を、悪口雑言で山ほど書いてやるんだけれど・・・

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最後、小学校高学年むきかしら、
「ぼくだけの山の家」 My Side of The Mountain(2009年3月初版)
作者はジーン・クレイグヘット・ジョージ(JEAN CRAIGHEAD GEORGE)
これは現代のハックルベリーフィンの冒険、いや、子供ロビンソン・クルーソーと言った方が良いかもしれません。
1人の男の子が、父親に「家出をする」と断言してニューヨークの北部にあるキャッツキル山脈に入ります。そこには、お爺さんの土地と廃墟になった家があると聞いてヒッチハイクで行ったのでした。

《ぼくがニューヨークを出たのは5月だった.手にしていたのはペンナイフ、ひも一巻き、斧、40ドルの金、火打ち石と火打ち金、それに火花を捕らえる火口(ほぐち)。》

どこかで食料を買うのではなく、せせらぎで魚を釣り、火をおこすことから始めるのです。
この男の子、生態系、植物、動物のことをしっかり勉強し、生きていけると判断しての家出をしたんですね。エライエライ。
この本は、男の子の夢ですね。
始めはお腹をすかせて試行錯誤し、ある日、ハヤブサの雛を捕まえて、その育て方を調べる為街に出て、図書館で調べ物をしたりしますが、基本は山の中で人を避けて暮らします。
夢で思うだけなら、私でも、やってみたいとあこがれてしまいます。
山の中の枯れた大木の洞を快適な住まいに変え、冬は行き倒れた鹿を料理し、その革をなめして服にする。
ひとりで1年間、厳しい冬を乗り越えて、自然の中で暮らすのです。
後半、お父さんがやって来たり、マスコミが探しに来たりと、だんだん下界が、彼の方に押し寄せてきます。
決定的なことは、家族みんなが、やってきて、お父さんが言うのです。
《「お母さんにおまえの居場所を言ったら『ま、うちに帰って来たくないなら、うちのほうをもっていきましょう』って言うんだ。だから、みんなしてやって来た。」
そして、お母さんが言います。
「成人したらどこでも好きなところに行っていいわ。でも、どんな法律や条令にも、それまでは親に扶養義務がある、としてあるのよ。」
母さんは山を、草地を、そして沢を眺めた。母さんの足が大地にめりこむようんい根づくのが分った。》

そうです。
この世の中で、一番スケールの大きい物、それは母の愛であり、逃げたくても逃げられないのでありました。

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今日は、読書感想文コーナーになってしまいました。


ぎっくり腰再び

 ああ、また、やってしまった!・・・・ぎっくり腰です。

晴れたかと思うと、見る間に空が陰り小雨が降ってくるというお天気が続いておりました。
今朝は快晴 しかも、午後まで持ちそうな天気予報です。
溜っていた洗濯物を洗い上げ、目一杯干してしまいました。

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おう今日はやる気満々だ!
我ながら気合いが入ってると思い、「今日こそは市民検診に行ってこよう!」と決断して玄関を出ました。
とは言うものの、昨日から右膝に体重が掛かると痛くて、すごく歩きづらくなっていたので
「よっしゃ、膝が駄目なら、自転車で3駅ぐらい行ってやろうではないか!」と強気で家を出たのです。
本当に、出だしの根性だけは褒めてやりたい物です。
で、自転車を引きだそうと、重いガレージを持ち上げて、一息つき、さあ、乗ろうと脚をかけると、痛い!
なんと、また腰を痛めておりました。
自転車に、試し乗りをしてみたけれど、「これでは無理」という有様。
それより、満足に歩ける状態で無くなっていました。
一度家に戻って、杖を出し、隣のかわしま整体院に、そろりそろりと杖にすがって行きました。
「今度は、どうしたんの?」と先生・・・・
「なり立てのぎっくり腰です。」
というと歩き方を見て、膝と腰をメインにしっかり揉んでくれて、電気を当てるときに氷嚢で冷やしてくれました。
筋肉とか筋を痛めてすぐは、温めては駄目、冷やすのがベストだそうです。
「今日と明日は、お風呂で暖まるのも止めといてね」
そういうわけで、市民検診は行けなくなりました。

机の前で、この姿勢で、じっとしていたら痛くないのですがねえ~・・・・
先ほど、宅急便のお兄さんが来たので、立ち上がって玄関まで行くのが、一騒動でした。
まあ、自分1人の、心の中での騒動なので、あまり喧しくないのですが・・・
「判子下さい」と言われ、受け取った荷物を下に置いてからと思うのですが、かがめない!!
「ちょ、ちょっと待ってね。」
そのまま荷物を置ける棚まで置きに行く時間を待って貰いました。

ああ、でも、ぎっくり腰というと、誰もが、優しい笑顔になってくれます。
私だって、誰かがぎっくり腰でと言ったら、ニッコリ慰めてあげたくなるだろうと思います。

それにしても今回で2回目なので癖にならなければいいけれど・・・・

この腰痛の本当の原因は、膝から来ているのです。
分ってはいるのですが、最近、ヨガや水泳で、筋肉も少し出来てきたかしらと思っていたときだけに、正直、少し落ち込んでしまいました。
それから冷えも原因の一つですね。
室内温度も下がってきて肌寒かったのですが「このくらいでエアコンをつけていてはもったいない」
と思い、毛布を巻き付け勉強していたら、すっかり冷えてしまいました。
自分自身を、しっかり認識しろちゅう事であります、

おまけに、今年は電化製品の代替わりの年なのかもしれません。
夏の終わりにエアコンが壊れて、見て貰ったけれど、もう無理のようで、先日ついに取り替えたのでした。
エアコン工事は、男の仕事だなあ~
3人でやって来て、重たいエアコンを楽々と取り外し、また取り付けていってくれました。
力仕事が苦も無くできるという人達に、力無しの、私はあこがれてしまいます。
彼らを見ていて、生まれ変わったら元気な消防士にでもなるかと思ったのでありました。

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入社して1週間という若い子を、あれこれ、道具の名前を教えつつ、てきぱき仕事を進める兄さん達も、いなせでありました。
江戸時代だったら「この馬鹿野郎!」とか怒鳴っていると事なのでしょうが
「あれをまとめて、玄関に運んで置いて、それから・・・」
教える言うのは、大変なことなんだなあ~と思いました。
それを、素直に聞く、若い子も可愛かったです。
「若いモンは、みんな可愛いなあ~」
ああ、私って、すっかり、お婆さんモードに突入している様です。

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おかげさまで、温度も湿度もお任せという、今様のエアコンが我が家に入ってきました。

名前を「うるるとさらら」とか言うそうですが、
私の懐は、おかげで「ぶるるとからら」状態になっております。

まあ、消費を回復させなければという日本の経済に一役買ったと思って、良しにいたしましょう。

部屋を暖めて、早く体を治したいと思っています。


新入りの、「うるるとさらら」君です。
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恥とはなにかというと・・・

私は、とてもそそっかしくて、とんでもない間違いを、よくやってしまいます。
信じられないような思い違いや忘れ物も、しょちゅうです。
そして、時には人様に迷惑を掛けてしまうことがあります。
とても、恥ずかしい!
しかし、恥をかく、恥ずかしいとは・・・いったい何であろうか?
それは、人に知られたら、自分の評価が下がる、知られたくないという気持ちではないだろうか?
「きゃあ~、人が知ったら笑われちゃうわ!」と・・・

それを解決するには二つの方法があると思うのです。
一つは、失敗をしないこと、一番良い方法ですね。
でも、私にはまず無理な相談です。
もう一つの方法。
それは、やってしまったことを隠さず言ってしまう、ばらしてしまうことである。
勇気を持って、しゃべってしまったら、もう、それは恥ずかしいを通り越して、笑いになってしまうのでありました。

と何をゴタゴタ言っているのかというと、それは、私の「LED電灯騒動」であります。

この夏、思い切って電灯を、省エネで永久に取り替えなくて良いというのが売りのLEDに取り替えました。
時間が来たら、勝手についたり消えたりして、灯りの色も三通りに変るという優れものです。

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同じ電灯で、このように色が変化できます。

ところが、まだ購入して3ヶ月しか経っていないのに、ある日、灯りが瞬きだし一定してくれないのです。
なんでだろう?
故障かしらと思ったのですが、とにかく三日ほど様子を見てみました。
でも相変わらずです。2,3秒おきに、しかも、不規則な点滅が止まりません。
段々怒りがこみ上げて、「私はネオンを買ったのではない!」と心の中で叫びました。
(怒鳴っても聞いてくれる人が、側にいなかったので)
でも、自分1人の判断では心配なので、知り合いの電気屋さんに来て貰い、見て貰いました。
「原因が分らない、これは交換して貰った方が良いですね」
と言うことで、購入した店に持って行って事情を話したら
「とりあえずメーカーに送って修理をします。もちろん保証期間内なので無料です」
暗い夜を1週間ほどすごして、店から連絡が来たので行ってみると。
「異常が認められないとのことで、そのまま返させてもらうと連絡がありました。それで構いませんか?」
私は、ちょっとムカッと来ました。
「そんなあ~、また同じ状態だったらどうしたらいいんですか?」
「その場合は、電気の配線とか、そちらの問題だと思いますので、出張対応になります」
「仕方がないから、返して貰って良いですけれど、すぐには戻ってこないんですよね。その間、変わりの物を貸して頂けますか?」
別の電灯で、ちゃんと作動するかどうか試したいという意味もあったのです。
借りて帰って、苦労して天井に取り付けました。
そしてスイッチを入れると、やはり、機種は違えど点滅するのです。
「あかん、どっか配線がおかしいんだ!」
「でも、待てよ!もしかしたら・・・・」
壁のスイッチを見に行き、その上にある調光器のボタンを見たら、一番上に上がってなければいけないのが真ん中辺りに下がっておりました。
「わあ~、原因はこれだったんだ!」
さんざん怒って、文句を言って、原因は私か!メチャクチャ恥ずかしい!
とにかく、これは、謝るしかないなと走ってお店に行き、謝りました。
店員さんは、笑って「分って良かったですね」と言ってくれました。
ヤレヤレです。(まあ、ふざけるな、この野郎とも言えませんからね)

その事を、授業で話しましたら、とても受けたのであります。
「この話をどう思う?」と先生の質問に、1人が答えました。
Je vois que son vie est très variable ,ce n'est pas monotone.
彼女の人生は変化に富んでいる、それは単調ではない

私は内心「貴方には負けるのですが・・・」と思ったのでした。

こんな表現をしてもらうと、めちゃ良いように聞こえますが、私は、このように、恥多き人生を日々過ごしているのであります。

おかげで、 monotone 単調な、変化のないという単語が頭に入りました。
私は、モノトンって白黒の事かなと思っていたのですが、それは、モノクロですね。
はあ~、これもまた、別口の恥というものかしらね。

モノクロとはモノクロフィルムから来ているようです。
モノクロフィルムは、黒と白の濃淡で表現する写真フィルムを指す和製英語である・・・とのこと。

分らないときは、wikipedia が強い味方です。





ふらっと関東に行って来ました

この秋はジパング倶楽部なるものに入ったので、少し安いJRの旅が出来るようになりました。
それを利用して先日、2泊の東京方面に出かけてきたのでした。
ジパング倶楽部で新幹線を利用するときは、のぞみ、みずほは割引が効きませんが、ひかり、こだま等を利用すると、利用の始めから3回目までは2割引、それ以降か3割引で、1年に20回まで利用できます。
(運行距離等の条件はあります)
と言うわけで「ひかり」に乗って出かけてきました。

私は実は旅行が苦手なのです。
とりわけ、一人で行動すると、迷子(?)いや迷婆になってはいけないと、異常に緊張するので、唯でさえ調子の悪い胃がキュッとしまって消化の悪くなったお腹は、いつも危険を孕むのでありました。

なるべく食べやすい物をと、京都駅で買った「吹き寄せ栗めし」
揚げ物が少ない物という選択で買ったのですが、電車に乗ってから思いました。
「わあ、量が多すぎたかも?」
でも、これは下半分が発熱体で、上だけがお弁当という、上げ底弁当だったのです。
よく見たら、ふたに「あっちっち」と書いてありました。
箱に着いている紐を引っ張ると容器が暑くなって、あったか弁当が食べられるという仕組みです。

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ふたを開ければ、ほうれ・・・・

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そういうわけで、私でも、ほとんど食べてしまうことが出来たのでした。

旅行に行って、書くことは弁当だけかというと、何かあったっかな?

小田原辺りで、小母様達が携帯をかざしているので何だろうと窓の外を見ると、快晴の空に雲をまとった富士山が見えていました。
おっ、これはラッキーと、わずかの間に窓越しに撮った写真です。

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新横浜で友達と合流し、後は、先生に引率される生徒のごとく、金魚の尻尾状態で二日をすごし、三日目の夜中に、なんとか無事帰ってきて、「はあ~、やれやれ」です。
翌日は、疲れを取りにスペシャルマッサージ1時間をしてもらいましたが、未だにくたびれております。

一日目に宿泊したのが、「みなとみらい」と言うところで、海の側に人口の街があり、30階以上のビルが林立していて、最上階に上がれば海が望めますが、周りに自然はほとんど無い所でした。
こんな所には、絶対住みたくないと思うような街です。
都市計画がされた頃は、未来は繁栄に向かう一方だと思って作られたような街だと思うのですが、なにせ名前が「みなとみらい」ですからね。
でも、その夢は計画倒れで貫徹できなかったようで、駅前の飲食店街も、ほとんど人が入っていませんでした。平日のせいもあるかもしれませんが・・・

泊めてもらったマンションの近くには、コンビニが2軒あるだけなのです。
もし、災害が起きたら、すぐに食料ストップだと、ひしひしと感じた次第です。
私には、都会は合わないなあ~・・・山と湖の側の我が家が一番!改めて思いました。

まあ、そういうわけで、今週は、まったく勉強が出来ていないという言い訳を、大きい顔をして言えそうです。

旅の間は新聞を読んでいなかったので、家に帰って、国会解散、総選挙のニュースを見てビックリ、いえ、その事に驚きはないのですが、野田首相の強気に、いささか驚きました。
選挙をしたとしても、政府が交代したとしても、何の代わり映えもないのではないかのが、総体的な国民感情でしょうね。
整形のリハの先生、整体院の院長、20台から30台の若い人達は、政治への期待は全くないようです。
それにしても、私の会話相手は、かなり特殊分野化してきておりますね

毎日新聞の仲畑流万能川柳の欄が面白いので楽しみに読んでいますが、その中に選ばれいた一句に笑いました。

「 新党のシンボルマーク杖でどう 」  作者 鳴門の かわやん 

杖でどうの後に、問いかけの?が付く句であります。

会社だったら、定年退職も遙か昔の杖をつきそうな老人達が集まって、新党結成かあ~!

この句に、私は座布団一枚あげたいと思います。






色には意味がある

夜明けの色は何色かな?
5日6時31分、琵琶湖から昇る朝日の色です。
近江富士か、右側にうっすらと見えています。

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さて、先週は野暮用で授業を休んでしまったのですが、先生のブログを除いてしまったら、37pを読んでおきなさいと載っておりました。
「ああ~、しまった!見んといたら、良かった!」
などと不届きな生徒は思ってしまったのでありました。
それでも、今度のは内容は、前のテキストに比べたら、うんと分りやすいと思います。
と言うことで、すごくマニアティックな、いつもの対訳にクラスメート皆さん、付き合って下さいね。
時間がないので、途中から走りました。
行ってきます。
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ROUGE PASSION
赤 情熱
Les couleurs ont ①du sens
色は意味を持つ
①なぜ、le sens でなくdu sensなのか?
①の答えは「それは決まっている言い方です」との答えでした。
もっと色々、先生は説明してくれたのですが、それを、ちゃんとお伝えできません。ゴメン

Des murs d'usine repeints en vert pour calmer les conflits,des produits de nettoyage blanc ou transparents,des hommes politiques en costumes bleus...Les couleurs sont partout et elles ne sont pas seulement choisies pour des raisons esthétiques mais bien parce qu'elles transmettent des sensations et sont associées à des valeurs précises, comme ③le montrent de nombreux travaux en psychologie comportementale.
対立を和らげるために緑色に塗り替えられた工場の壁、白か透明の掃除用品、青いスーツの政治家・・・これらの色は至る所にあり、審美的な理由だけで選ばれあるのではない。むしろ色は印象を伝え、的確な値打ちに結びつけられた。行動心理学の多くの研究によって示されるように。
③le は何を指すのか? 
le の前のフレーズ(青字)の部分全部を指すのだそうです。

conflit (m)紛争・戦争・軋轢  transparent 透明な・透けて見える homme politique 政治家 associer 参加させる valeur 価値・評価・値打ち précis(e)正確な、的確な comportementale(comportement が行動、態度の意味、それの形容詞か? 

Être rouge de colère ou vert de peur, rire jaune ou broyer du noir ...de nombreuses expressions imagéees associent les couleurs à des èmotions et des valeurs,mais ce symbolisme ne coïncide pas toujours dans toutes les cultures.
怒りの赤、恐怖の緑、黄色い笑い(苦笑い)、黒く砕く(憂鬱である)・・これらイメージされる多くの表現は喜怒哀楽の気持ちの高ぶり、価値に対する色として見なされる、しかし、この象徴主義はすべての文化において一致するとは限らない。
èmotion(f)(喜怒哀楽などの)気持ちの高ぶり・感動 coïncider 一致する

Par exemple, dans les pays occidentaux, les jeunes femmes se marient en blanc depuis les années 1960 tandis qu'en Chine, la mariée est traditionnellement vêtue de rouge,le blanc étant la couleur du deuil.
たとえば、西洋の国々では、1960年代から、花嫁は伝統的に赤を着せられた、白は喪の色であった中国に反して白を着て結婚するようになった。
tandis que であるのに、に反して、一方  vêtu vetir着るの過去分詞 deuil(m)喪・近親の死

Cependant, certaines couleurs semblent transmettre des sensations et des émotions universelles et la première couleur qui a attiré l'attention de l'être humain ④a probablement été le rouge.
にもかかわらず、いくつかの色は普遍的な感覚と感動を伝える点で似ている、そして人の注意を引きつける第一の色はたぶん赤であった。
④受動態なのかしら?
④êtreの複合過去でした。受動態大好きの私は a étéアエテが出てくると「わーい受動態だ」と反応してしまうようです。
sensation(f)感覚、感じ、印象 universel(le) 普遍的な・一般的な・全世界的 être humain 人間 
probablement たぶん・おそらく


Cette couleur était en effet très utilisée par les hommes du néolithique pour peindre les parois de leurs cavernes.
この色は確かに、新石器時代の人達に洞窟の壁に絵を描くために使われた。
néolithique 新石器時代 paroi(f)壁 caverne(f)洞窟

Le rouge est la couleur du sang,du feu, des volcanc en éruption et il véhicule une grande charge symbolique.
赤は血、炎、噴火中の火山の色であり、それは象徴的に大きな攻撃を伝えることでもある。
( 戦の狼煙ということなのではないかと思います)
en éruption 噴火中の véhiculer (伝達手段)となる、伝播する charge(f)重荷・攻撃

À l'époque romaine,le rouge était la couleur du pouvoir et aujourd'hui, beaucoup de marques et de nombreux produits s'annoncent en rouge pour suggérer la puissaance,l'énergie, le désir ou la passion.
ローマ時代、赤は権力の色であった。そして現在、沢山のマークと多くの製品が、エネルギー、欲望、情熱を連想させるので、赤を使うだろうと予想される。
pouvoir(m)力・権威 s'annoncer予想される suggérer 暗示する・連想させる puissance(f)力・強さ

Les couleurs sont partout dans notre société et elles ne jouent pas un simple rôle esthétique; des recherches en psychologie ont démontré que les couleurs constituent un code communication non verbal très précis et efficace.
それらの色は私たちの社会の至る所にあり、美的な単純な訳を演じない;心理学の研究は、色は 口からの言葉ではないが、とても正確で有効なコミュニケーションの手段になる証明された。
psychologie心理学 démontre 証明するconstituer を構成する、~となる verbal 口頭の précis(e) 正確な 的確な efficace 有効な 能率的な

D'ailleurs, les stratéges en marketing savent parfaitement comment exploiter les sensations et les émotions que les couleurs transmettent--calme, pouvoir,gaieté, désir, passion,force,élégance,pureté,etc.--pour pureté les consommateurs.
その上、マーケッティングの仕掛け人達は、色が伝達する感覚と情念をどのようにして開発するか完全に分っている・・・穏やかな、権威、陽気さ、欲望、情熱、強さ、上品さ、純粋さetc・・・消費者を引きつけるための
stratége 総司令官、仕掛け人 parfaitement完全に exploiter開発するpureté純粋さ pureté引きつける

Chaque couleur véhicule un message très concret qui agit sur nos émotions et provoque une réaction symbolique et inconsciente.
それぞれの色は私たちの情念を揺り動かし、象徴的で無意識の反応を呼び起こす、とても具体的なメッセージの伝達手段となる。
concret(e)具体的な agiter動揺させる réaction(f)反応 inconscient(e)無意識の
(つまり、白旗を抱えて出て行ったら、言わなくても降参のメッセージというような事を指すんでしょうね)

Le blanc, par exemple, qui est la somme de toutes les couleurs, représente,selon Maurice Déribéré, la neige, la propreté, la vertu, innocence.
例えば、白はすべての色の集合です、Maurice Déribéréによれば、、雪、清潔さ、美徳、無垢を表してる。
somme(f)合計、総和、和 représenter表現する propreté(f)清潔さ vertu(f)美徳 innocence(f)無実・無邪気、無垢

Cette couleur est souvent associée aux produits de nettoyage, aux détergents et aux eaux minérales.
この色は、しばしば掃除用品、洗剤、ミネラルウオーターに使われた。
détergent(m)洗剤

En décoration et aménagement des espaces, on utilise aussi les couleurs pour créer une atmosphère et conditionner l'état d'esprit des personnes qui y séjournent.
部屋を装飾、改修するのに、雰囲気とそこに滞在する人の精神状態を、その場に合うようにと色を利用する。
aménagement整備、改修 séjourner 滞在する

Ansi, dans les ateliers où il fait très chaud ou bien dans ceux où il y a beaucoup de mouvement et d,agitation, les murs sont souvent peints en bleu-vert, une couleur 《froid》 qui donne une sensation de fraîcheur.
こうして、とても暑いアトリエの中は、動きと喧噪でいっぱいになる。そこの壁は涼しさを感じさせる《寒色》の青緑にしばしば塗られる。

À l'inverse, des couleurs 《chaudes》conviendront mieux aux lieux où il fait froid.
反対に、寒い場所には《暖色》の方が似合う。

À la fin des années 80, les ouvriers d'une usine de produits laitiers aux Pay-Bas se plaignaient d,avoir froid.
80年代の終わりに、Pay-Bas の乳製品の一工場の労働者達は寒いと訴えていた。

Un expert en traitement et usage des couleursrecommanda de repeindre les murs blancs en rouge orande clair.
一人の熟練工が待遇と、色の使い方について、白い壁を赤と明るいオレンジに塗り直すよう勧めた。

Dès ce moment, les plaintes à propos du froid ont cessé sans qu'il y ait eu besoin de modifier la température.
その時から、寒さに対する苦情は、温度を変更する必要があることを除き無くなった。

Dans le domaine de la monde et du look , les experts en communication conseillent leurs clients pour s'habiller et choisir les couleurs de leurs vêtements en fonction de l'image qu'ils voulent transmettre et des comportements qu'ils souhaitent induire, cae les couleurs que l'on porte peuvent influencer les réactions des interlocuteurs.

モードとルックの分野においては、エキスパート達はお客様に、会話の中で服を着るのに、そして伝えたいイメージの役割を持つ服の色を選び、お客様がこうありたいと願う態度に適したアドバイスをする

c'est pourquoi, lors de négociations difficiles, ⑤il est recommandé de porter du bleu dont l'effet sur les interlocuteurs est apaisant.
何故かというと、難しい交渉の時に、彼は相手を和ませる効果のある青を着ることを勧められた。
⑤il って誰のこと?Maurice Déribéréさんかしら?
⑤この質問は、教室中大笑いでした。「彼は存在しない」と先生は言いました。
非人称代名詞 il est = c'est ということですと教えて下さいました。

En conclusion, les couleurs nous affectent.
結論として、色は私たちを装う。
Aussi vaut-il mieux connaître la charge symbolique de chaque couleur avant de l'utilliser.
また、使う前に、それぞれの色の役割をよく知っておくことに価値がある。

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だいぶ後になりましたが、11月21日に、私の質問の回答を付け加えました。
先生と、仲間たち、いつも励まして下さるjeanvaljeanさん、アドバイス有り難うございました。

Michel Fourau et Ses Amis 終わりました!

終わった!
何が終わったのか?・・・・答えは、歌です。
11月4日、Michel Fourau et Ses Amis ( ミシェル・フローと仲間たち)というイベントを持ちました。
これが、私の今年の歌い納めです。

行き詰まっていた私は、もうこれで、歌はお終いねと思って臨んだ歌の催しでした。
ところが、ミシェル・フローから歌の指導をして貰っている仲間が集まっての、この歌の会。
私には、とても楽しいものになりました。

皆さん、それぞれ個性が光るメンバーで、まあ、なんと言いますか、色んな意味で、お客様も出演者も楽しめたのではないかと思います。

まずはポスター
なぜかピンぼけのスナップ写真を使いました。
ぼけている方が爺婆の見苦しい顔が分らなくてがベターである。と意見が一致したからです。
まったくいつもの感じのままで、真ん中がミシェル先生です。

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そしてポスターには載せてないのですが、友情出演というか、ギターの溝渕仁啓さんが仲間の1人の演奏を引き受けて下さり、ミシェルの歌もたっぷり入った、これを発表会というなら、こんな豪華な発表会はないのではと無いかと言うものになったと思うのであります。

1部
1, セシボン (C’est si bon ) 
2,愛の賛歌 (Hymne à l’amour )  
3, アブラハム (Abraham )
4, いつ帰ってくるの (Dis, quand reviendras-tu ) 日本語
5, ミラボー橋 (Sous le pont Mirabeau )    一部日本語
6, 兵士が戦争に行くとき (Quand un soldat )
7, それぞれのテーブル (Tables・Separees )    日本語
8, 時の流れに ( Avec le temps )
9, 雪が降る (Tombe la Neige )    
10, じっとこうして ( Reste )
11, 残されし恋には?(Que reste-t-il de nos amours? )   
12, 私が一番きれいだった時

~~~~~~~ L’entracte (休憩) ~~~~~~~~~

2部
1. 群衆 (La Foule)
2. ラ・ボエーム (La bohème)
3. モンマルトルの丘(La complainte de la butte)             
4. Mon Mec à Moi
5. 秋桜 
6. Une vie d’amour          
7. Boum (ブン)
8. Mourir d'Aimer (愛のために死す)
9. Plaisir d'Amour (愛の喜び)
10. La Marie Vison (毛皮のマリー)

枯葉 ( Les Feuilles mortes ) をアンコール曲として、ミシェルが歌ってくれました。

私は、この日、フルに老人力を発揮いたしまして、一部の最後に2曲歌たう事になっていたのですが、1曲目で終わったと思い込んで、休憩のご案内をべらべらとしゃべってしまったのです。
すると、出演者の座っているテーブルから「もう1曲よ」と声が飛んできて・・・
アララ・・・忘れてしまってたんだと自覚しました。
ここで、忘れたことさえ忘れていたら、本当にヤバイ事になっているのでありますが・・・
老人力の素晴らしさは、このくらいのことでは動揺しないと言うことです。
「あ~ら、申し訳ありません。なにしろ私には、一番きれいだった時などという時代を過ごした覚えがないものですから、歌うのを忘れてしまっておりました。」とお詫びしましたら、爆笑の渦で、それが一番の大受けだった様なのでした。
お客様も、すっかりリラックスして、2部は、ますます楽しいものとなりました。

後で、「あれは、わざとボケてみせたのか?」と聞いてきた人もありましたが・・・
いえいえ、本当にボケっておったのでありますよ。いつものように・・・
私、本当に記憶力が、最近かなり怪しさを増しております。ハハハハ!

また、溝渕さんの、ラ・フールのバック演奏が、あまりにも素晴らしくて、私の友達は、
「歌はすべて忘れた。ギターしか覚えてへん!」とつれないことを言うのでありました。
まあ、そう言われても許せるわ!本当に最高でした。
いえいえ、我が師匠である、ミシェルの歌声も、また素晴らしかったです。
2部の後半、Une vie d’amour はミシェルと山田育代さんのデュエット、その後はミシェルの一人舞台でした。     
彼の歌は、本当にハートに響く素晴らしい歌なのです。さすが我が師匠でありました。
友達の二十歳なる娘さんが目を輝かせて「ミシェルのPlaisir d'Amour(愛の喜び)が一番良かった」
と感想を述べておりましたが、それをミシェルに伝えると「200年前の歌よ」とのたまいました。
200年前の歌でも、二十歳の心に響くのです。
それが、歌の妙味というものでしょうか?
ただね、もう若くないんだから、マイクスタンド抱えて踊るのは、もうほどほどにしないと、倒れても知らんでえ~・・・と半分心配して、私たちは後ろで応援していたのですが、毛皮のマリーで、チャールストンを踊りきって退場してきた先生は汗びっしょりでしたね。
会場は盛り上がり、さすが舞台人と思ったのであります。
歌だけでなく、ミシェル先生は始めから最後まで、本当に細やかに、暖かい視線で見守ってくれているのを感じられたのも、安心できた原因だと思います。
本当に、Michel Fourau et Ses Amis は良い仲間たちです。

今回、私は自分自身にも目から鱗でした。
いつもと違って、本当に楽しい。気分が充実していました。
ああ、私の好きな歌は、これだなあ~とはっきり分りました。
もう、あれこれ雑音に心を煩わせるのはお終いにして、学びたい歌だけを練習していきましょう。
練習だけで、もう人前で歌うことはしないかもしれないけれど、私は、それでも充分満足でいられると思います。
まさに、終わりよければ、すべて良しですね!
目出度し、目出度し!

お付き合い頂きました皆様、本当に有り難うございました。






悪い頭を酷使して、知恵熱が出たのかも?

土曜日の授業が終わって、お昼ご飯を近くで食べようと言うことにり、「ティアーズ(TEARS)」と言う近くのお店に行きました。
なぜ台湾料理の店がティアーズと言うのだろうか?聞いておけば良かったと今になって思うのであります。

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この横に立っている象さんは、台湾と言うよりタイかしらと思わせますが・・・
その日のランチは2種類、海鮮餡の炒飯、もしくは豚の照り焼き焼きのせご飯だったのに、私は中華粥を頼みました。
後になって海鮮炒飯にしておけば良かった・・なぜか後悔の多い今週なのであります。
セットで付いていた揚げ物は、茄子のフリッター、美味しい衣でした。

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何故後悔したかというと、お粥は水分たっぷりで、あっという間にお腹が一杯になり、また、熱くてなかなか食べられず、結局、半分ぐらいしか食べることが出来なかったのでした。
まあ、私としては、毎度のことでありますが・・・
でも、上にのってたパクチーが美味しいと感じました。かって、パクチーを初めて食べたときは、オエーと感じた物ですが、人間進化する物ですね。

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お店の中は、台湾ムードでいっぱいでした。

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台湾スターらしき写真の貼ってある壁。
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食物相克中毒図解です。
食べ合わせの注意を図解教えるポスターでした。
ウナギと梅干しも書いてありましたが、梅干しって台湾でも食べるのかしら?
(絵をクリックすると詳細まで読めますよ)
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この図解をしっかり勉強しておけば良かった。
夕食も、久しぶりにあった友達と、居酒屋で外ご飯をしたのでした。
その時、全く食欲がないのに、出されたご馳走を勿体ないと詰め込んだのが悪かったのでしょうね。
結果は・・・・・

そして、翌日、何故か寒気がして決心したのです。
「こたつを出そう!!」と・・・
こたつしつらえて、潜り込んでも、まだ寒い、どうしてなのだ?
原因は、体温を測って分りました。熱が出ている、38度だ!

不思議なことに、鼻水も出てないし、喉も痛くない、頭も痛くない。
いつもの風邪なら、必ず鼻と喉からくるのに、どうしたことなのでしょうか?
日曜は病院が休みなので、白湯を飲んで一日過ごし、月曜日に内科に行ってみましたが、その時は、もう平熱の35.3度に下がっておりました。

原因は、悪い頭を酷使して、頭がヒートアップしたのかもしれません。
先週のテキストは、私には難しすぎました。
日本語に訳して貰っても、意味が掴めないぐらい、訳の分らないテキストでした。

今週は、頭を休めるために1週間、サボらせて貰います。
へへへ、こういうのを、「居直り熱」と言うのかもしれません。