地球は動いているんだから・・・

先週4月13日の明け方のこと事です。
枕元に置いている携帯電話が、身を捩って体を震わせ、唸り出しました。
マナーモードにしたまま解除をするのを忘れていたら、全身を使って訴えていたのです。
「何やねん?」と画面を開いたら《緊急地震情報》が入っていました。
それを読んだとたんに、グラッと揺れを感じました。
「これは震度3ぐらいだな」と思いTVのスイッチを入れると、淡路島付近を震源地とする地震とのことでした。
「ああ、被害はあまり出てなさそう。良かった。」と思うのが地震の常です。
地震の被害情報が始めは収集されないので、画面で見ただけでは揺れがあったとしか分りません。
でも、後から多くの被害情報が伝わってきます。
淡路島地震
それにしても、死者が出てないだけでもと胸をなで下ろしました。

でも、思ったより交通は混乱していて、この日JR西日本の新快速は、一日中ストップしていたのでした。
その日、和歌山からやって来る予定の友達は、大阪駅から電話で「もう、帰ろうかな?」とぼやきつつも長時間をかけて何とかやって来ました。
地震は、やっぱり怖いです。

地震・雷・火事・親父 、昔、この4つが日本の恐い物の代表でした。
この中で、親父の権威は、今では失墜しているので、今では、恐い物の中に入れてもらえません。
むしろ、子供にとっては、親父よりオカン(母)の方が恐ろしいかも・・・
雷は、屋外に居ると恐ろしい物ですが、今や避雷針を設置して避ける手段も講じられます。
火事は火の用心、意識して火事の原因をチェックし、防止することが出来ます。
が、地震だけは、準備万端整えていても、何時やって来るか分らないし、それを防ぐ手段がない。
《グラッと来たら、龍角散!》何て物があると良いのだけれど、そんな薬はないのですよね。
じゃあ、現代で恐ろしい物をあげるとしたら、
地震・原発・核ミサイル・戦争
私においては、こんな順番でしょうか?
戦争、ミサイルを追い越して、何で原発が2番目なんだ?
と言われると、だって、原発は常時稼働してるではないですか?
ミサイルにしたって、戦争にしたって、使うには、始めるには、大きな決意が必要です(のはずです。)
だから、当然、事前に何らかのアクションがあり、それを回避しようと人々は心を砕きます。
でもねえ~、なんか原発だけは日常的に動いているのです。
「エネルギーが足りなくなって経済が低下しますから・・・」
なんて訳の分らない理由で、真下に地震の断層があると言われていても平然と動かしてるのです。
冷静に考えたら、恐ろしいことだと思いませんか?

だって地球は動いているんですもの・・・・
大昔はこうだった?

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http://ameblo.jp/oldworld/entry-10267538645.html(画像はここからお借りしました)

じゃあ、これから先はどうなるの?
5000万年後の形
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地球の形 http://www.h-uwa.jp/shirogeo/museum/02/02G11.html より画像を借りてます

果たして、これが本当かどうかは、それまで生きてみないと証明できないのですが・・・・

これを見ていたら、領土問題が、どうしたこうしたと騒ぐのがアホらしくなります。
消えてしまうかもしれない、動く陸地の上で、私たちは、助け合ってしか生き延びられない、群れで生きるしかない、ほ乳類としての人間なのです。
そう思えば、戦争なんか考えてる場合ではないと思うのですが・・・

美しい日本を取り戻すには、美しい地球の存在が無くてはね・・・
などとふと思う、春の一日です。



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奥琵琶湖に桜を見た日

神奈川に住む団長から召集令状がかかった。
いったい何の団長かというと、「S少年少女団」と自称する団体です。
Sとは、京都のさる地名がついているのです。
では、団員は少年少女であるのかというと、なんと言いますか、肉体的には、ザッと50年前ぐらいが少年少女だった人間達なのですが、不思議な事に、精神的には未だ少年少女の好奇心一杯という団体なのであります。
しかも、構成員は不定で、誰が団員なのかというのもよく分らないという・・・

その昔、京都の学生街で青春時代を過ごし、夜を明かして飲んだり、議論したり、誰かが誰かの家に転がり込んで、まるで共同生活のごとく過ごしていた若者集団があったそうです。
年月が過ぎても、その人間達の根性は変わらず、たまに集合すれば、年月の隔たりは吹き飛んでしまう・・・そんなグループなのです。
私は、そのグループに、何故か青春時代は飛び越して、中年時代から参加させて頂いているのですが、彼らは、なんとも面白くそれでいて繊細で、一緒にいて疲れない、ひと味も蓋味もある人達なのです。

4月14日、おそらく最後の花見日和ではないかと思われました。
集合場所は、湖西線「マキノ駅」。
京都発9時15分の湖西線に途中から合流しようとメールで打ち合わせておりました。
ところが私が時間を読み違え、私たちの乗るべき駅についたのが、発車間際でした。
約束では一番前の車両に乗ると言うことになっていたのですが、目の前の扉から滑り込むのが精一杯でした。そして、車両を歩いて前の車両にたどり着こうと試みたのですが、何と!何両目かで車両の繋ぎはなくなっていたのでありました。
「行かれへん!」
そうこうしているうちに、メールが飛び込みました。
「間違って快速に乗った。行き先を変更して、永原まで切符を買って下さい。」
えっ!この電車に乗っていないのか?じゃあ、何所かの駅で止まったときに下車して待った方が良いのだろうか?という思いが私の頭によぎりました。
が、待てよ・・・余計な事はしない方が良いと思い。
「了解です、永原で下車したらいいですか?」
すると返信が
「そうして下さい。先頭車両にいます。」
う・う・う・・・訳が分らない???
丁度、手元にあった駅のミニ時刻表を見て調べて着ると、私たちの乗ったこの電車は近江今津で終点となっている。行きたいのは、その先なのに、近江今津に到着10分後に、2番ホームと記載されている。
「そうか、どっちにしても乗り換えなくてはいけないなら、その時合流できるだろう」
と思いまた、その旨をメールをする。
しかし、実際は、近江今津で、この私たちが乗っていた電車は二つに切り離され、行き先が異なる二本の電車にかわったのです。ホームは変わらず、切り離し作業で10分というロスがでるのでした。
このまま乗っていたら、また行方不明になる!
そこで、近江今津で、慌てて、前の方に車両に移動し、一番前の車両で団長一行を発見しました。
お互いに、メールの内容が掴めず煩悶していた事が、これでやっと解消したのでした。
ああ、よかった!マキノの次の永原で下りたらいいのだ!
ローカル線の午前中だというの、海津大崎の桜目当てで電車は満員です。
団員のH氏は、いつも礼儀正しい紳士なので、自分は立って席を譲ってくれました。
と思ったら、彼は、行くべき所に行かなくてはと堪えに堪えていて、もう座っていられなかったのです。
普通ならJRに乗ったら必ずトイレがあるのに、この連結電車は、後部車両にしか無く、電車を出ないと移動できなかったのです。彼はドアが開いたら飛び出そうと階段に近そうな後のドアに移動していきました。
残りの3人は、次の駅までお喋りし、到着した所で、通路を下りて行ったのです。
すると、H氏から携帯に掛かってきました。
「何所に居るの?」「何を言ってるんだ。今地下通路を歩いている所だよ。」団長が答えます。
私たちも、駅のトイレで用を済ませて、さあ行くぞ・・・
その時、気が付いたのです。
「ここ永原じゃない!近江塩津だ!」
私たちは、永原で下車しなくてはならなかったのに、どうして!!
「絶対一駅しか乗ってないよなあ~・・」
原因は、湖西線は寒さがきついので、駅についても手動でしかドアが開かない。私たちは、それに気が付かず、喋っていて終点で降りてしまったと言うわけです。
私たちは、また引き離されてしまっていたのです!!
「どうする?一駅戻ろうか?」
と時刻表を見たら、何と1時間に1本の電車しか無く、それも50分先にしかありません。
タクシーで戻ろうかと相談し、駅に張ってあったタクシーの番号に電話をすると
「今、車は出ていて、無線が届かない所にいるので、携帯で問い合わせて返事をします」
私たちは、無線が届かない地方にいるのでした。しばらくして、電話が入り来てくれるとのこと、そこで「だいたいで良いけれど、どのくらいのお値段ですか?」
「道の混み具合で分りません・・・」本当に分らない感じの答えです。
あんまり高いとイヤだよねと話していたら、目の前に乗り合い自動車の案内がありました。
200円で循環してくれる、しかし、これは地域の人に限られているのではないかしら?
そこに、丁度到着した乗合自動車、マイクロバスでした。運転手さんに事情を話して頼んだらのせてもらえました。そこで、タクシーにはお詫びを言ってお断りを・・・
この車は、村のアチコチをまわって行くので、途中の眺めも良く、桜も見ながら15分で、無事H氏と永原駅で合流できました。
もう、ここまでで、大冒険を済ました気分で一杯でした。
永原駅
130414-00.

予定らしき予定は立てていなかったのですが、永原からマキノまで、海津大崎を徒歩で行こうという話が持ち上がっていたそうです。行程、約12キロ。
右膝に、もう痛みが来てる私は、ついていけるか不安でしたが、まあ、何とかなるだろうと歩き出しました。
その様子を見ていた、H氏が、「一人だけでもレンタサイクルにしたら」と言って、駅まで私と一緒にもどってくれました。しかし、残念ながら、通常は乗り捨て自転車として使えるのですが、「今日は回収に行く余裕がないので、ここに戻って来る人にしか貸せません。」との事なのです。
しゃーない頑張って歩くわ!と決心したところで、H氏が、こちらのコースに変更しようと提案したのが、これです。
拡大すると詳細も読めます
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なんと、運航日が4月13日と本日である4月14日だけという奥琵琶湖を回るバスがあったのです。
しかも無料!!
9時45分から15時頃まで、2台のバスが、巡回してくれているのでありました。
だいぶ先に行っていた二人を呼び戻し、まるで貸し切りバスのような私たちを乗せて、いざ出発です。
車窓からは、満開の桜、桜、桜。
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葛籠尾崎展望台につくと、ネッシーならぬ、ビワッシーがお出迎えです。
黄色い目を光らせた恐竜の名前は、私の命名ですが・・・

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展望台は車も人も多かったので、戻りのバスで、菅浦まで下り、景色の良いところでお弁当を広げました。
これがまた、打ち合わせもしていなかったのに、私が人数分のお結びを用意していたら、団長は得意の腕を振るって、海苔入り卵焼きや、ロール豚キャベツ等の美味しいオカズを用意してきたのでした。
団長のもつ杯に、桜の花がひとひら飛び込み、春の風情満喫です。

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向に見えるのは竹生島です。

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この岬の先に、菅浦の集落があるので、ゆっくり歩いて拝見いたしました。
これは、家の屋号のようなシンボルでしょうか?
「真ん中に十があったら薩摩だね。」などとお喋りしながら・・・

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観光地だったら、お客さんを目当てに商売一途なのですが、この集落は違いました。
村の人達10人ぐらいが、村の中で、お膳を広げて、酒やお茶で、ささやかな宴会をされていました。
なんとも、心温まる眺めでした。
由緒あるお寺も、いくつかあり、この地の勉強を居てきていたら、もっと楽しめたのに、とそれだけが残念でしたが・・・
須賀神社

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下から見上げたお寺です。
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知りたくなって登ってみましたら

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阿弥陀寺が正式名称のようです。

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このお堂の横に、満開のしだれ桜が咲いておりました。登ってきて良かったです!!

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仏道の光が、この迷える私たちを救いたもうたのでありましょうか???
ソメイヨシノ、山桜、しだれ桜を見ることが出来ました。そしてバスの中からは対岸の海津大崎の桜も見えて、最高の春の締めくくりになったのであります。
最後に、琵琶湖の銘酒 「波の音」を手に入れようと、堅田で下りて、酒造元までタクシーで行ったのですが、日曜定休日で手に入れ損ねました。
団長の一句です

琵琶桜買わず飛び込む波の音

それにしても、パニック続きのこの旅の出だし、、私たちは、一生この日を忘れることが出来ないだろうと思います。




Même si ( メム シー)  たとえ~でも

曇り空の桜です。
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桜の花びらは、あっという間に散ってしまいます。
自慢ではありませんが、私の記憶力は、それより、もっと早く消えてしまうのです。
授業の帰り道で、今日勉強したのは・・・何だったかな?思い出せないのです。
Si même、De même、Même si、quand même・・・どれだか、もう分らなくなっておりました。
自分で自分に言い聞かせております。
Même si tu n'ai pas bien compris des exercices d'aujourd'hui, ne dis jamais 《J'y renonce ! 》 .
たとえ、おまえは今日の練習問題がよく分らなかったとしても、「諦めた!」と消して言うんじゃないよ。

Même si
(たとえ~でも)
例題
Tu es un grand , maintenant ! Même si tu n'aimes pas ça, tu dois manger !
おまえはもう大きいんだから、たとえそれが好きでなくても、食べなくてはいけないよ。
Même si c'est dur, elle aime étudier le français.
たとえ難しくても、彼女はフランス語を勉強するのが好きなんだ。
Même si les violences physiques sont rares à l'école , il faut mettre en place des mesures de prévention.
たとえ学校において肉体的な暴力はまれであっても、予防対策は実施しなくてはいけません。

先生は子供の時、ママに言われたそうです。
Antoine !!!, Même si tu n'aimes pas mes carottes, tu dois les manger, quand-même!
アントワーヌ!たとえ私の人参を好きでなくとも、やっぱり食べなくちゃいけないわよ!
普通 les carrotes と言うべき所ですが、「mes carottes(私の人参)が食べられへんと言うのか!」という感じで怒ってるんですね。

こういうのも出ていました。
Même si l'économie du Japon se relêve , if faut mettre en place des mesures contre la déflation.
たとえ日本経済が回復したとしても、デフレに対して対策を講じなくてはいけない。
Même si j'ai envie des gateaux la nuit, il faut résister juste avant de dormir.
たとえ夜にお菓子が食べたくなっても、寝る前は止めとかなくてはいけない。
この場合 je veux manger でなくavoir envie de( ~が欲しい)をつかうそうです。
 vouloir (~したい)頭で考えて決める。それに対して、avoir envie de は心と体が切実に求める
その違いだそうです。
だから、夜中にラーメンが食べたくなったら、J'ai envie de ラーメン。
だって、ムラムラと食べたくなってきますからね。
店で、メニューを見て注文する時は 「S'il vous plaît , je veux le 担々麺」と言うそうです。
ここで、J'ai envie de を使うと、怪しげな人だと思われるかもしれませんね。
一番わかりやすい例が
J'ai envie d'aller aux toilettes.
トイレに行きたい
これこそ、頭で自分が行きたいかどうか判断するようなものではありません。
だって、考えている間に、もれたら困るではありませんか!

さて、Même siをしっかり覚えてしまいたいと思い、ネットから例文を引っ張ってきました。
でも明日になったら、私は忘れているでしょう。
Même s'il est un peu bizarre, il est très gentil.
 たとえ彼が少し変でも、彼はとても親切だ。
Même si mon ordinateur est un peu lourd, je l'aime bien.
たとえ私のパソコンがちょっと重たくても,私は気に入ってるの。
Même s'il fait beau demain. Je reste chez moi.
たとえ明日晴れるとしても、私は家にいるわ。
Même si vous manquez de temps, vous devez faire un peu sport.
たとえ時間がないにしても、あなたはちょっと運動しなくてはいけないわよ
Même si ce livre est très long, il se lit très vite.
たとえこの本がすごく長くても、彼はすぐに読める。
Même si je n'aime pas beaucoup le lait, j'en bois quand même.
たとえ牛乳があんまり好きでなくても、私は、やっぱりそれを飲むわ
Même si j'ai des tas de choses à faire, je prends le temps de jouer avec mes enfants.
たとえすることが山盛りであっても、私は子供と遊ぶ時間を持ちます。

最後にとっておきのフレーズを・・・
Même si je suis loin de vous, mon coeur est toujours avec vous.
たとえ、あなたから遠く離れていても,私の心はいつもあなたとある。

この言葉が愛しい人からの物であったら嬉しいでしょうね。
でも、これがサラ金の取立人とかストーカーからの言葉だったら有り難くないですね。


桜とカメと鴨川と・・・

跳んだり跳ねたりが苦手で、ウサギとカメのどちらに類するかと言うと,絶対カメの方になる私です。
しかし、春の陽気は、カメも飛び跳ねたくさせてしまいます。
桜が開きかけたある日、このカメは、京の亀石、鴨川に掛かる飛び石をピョンピョン跳んでみました。
膝大丈夫かな?と内心ヒヤヒヤした部分もあったのですが、無事完了!バンザイ!
もっとも、ごく普通の大人なら、跳ばずに歩いて渡れる幅のはずなのでありますが・・
喜んで跳んでいるのは幼稚園までの子供か、私ぐらいのものです。

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こんな風に配置した石組みのことを、フランスではdes pas japonais (デパジャポネーズ)と言うそうです。
日本式踏み石とでも訳すのかなと思いますが、けして出っ歯の日本人と行っている訳では有りません。
出っ歯の私が渡ると、「デバ亀のカメ渡り」と成るのではないかと、ちょっと一人心配しておりますが・・

私は、つい最近まで天気の良い朝は、この石を跳んで毎日仕事に行っていたのです。
と思って振り返ってみたら、何と!もう退職して10年を過ぎてしまいました。
月日の経つのは早いものです。
後何年、春にめぐり逢えるだろうか?
というのは言い訳で、散らないうちに桜を見ておかなくては・・・・
そう言う気持ちにさせる,桜の季節です。
まずは、山科駅前にあるしだれ桜。
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こちらは、鴨川の畔です。
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次は京都の西、宇多野山越にある、植藤造園のお庭にある桜です。
ここのご主人は,代々佐野藤右衛門の名を継ぐ、世界的な庭師です。
各地から集められた桜を守り育てる,京の桜守として有名な方であります。
特に公開されている訳ではないのですが、誰にでも見せて頂けるので拝見させて頂きました。
生憎の曇り空が残念でしたが、桜満開でした。

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大提灯という名の桜は、まだつぼみでした。きっと,大きな花をつけるのだと思います。
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近畿豆桜という花は、ほとんど散っていましたが、とても可愛い小さな花でした。

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広沢の池の横を歩いて大覚寺に向かいました。
小雨交じりの強風で、柔な傘は飛ばされそう・・・

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大覚寺の大沢池も花盛りでした。

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春は恋の季節。仲が良いなあ~!

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ふん、どうせ私はひとりものよ!ほっといてくれ!
何もそんな隅にいなくても・・・私にそっくりの、いじけた鳥もおりました。

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大覚寺唐大門あたりです。

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内庭のしだれ桜

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昨日と今日、日本列島は大風が吹き荒れています。

我が家から見える真野川の桜並木も,明日はもう散っているかもしれません。

咲くも良し、散るも良し・・・

そう、さよならだけが人生だ・・・クヨクヨせずに、桜のように生きたいものです。

桜守をなんと言おう!

今週は、サボってしまいました。復習が全く出来ていません。トホホ・・・
とりあえず、作文だけでもしておこうと思って、あわてて、今やったところです。

これで、先生に意味が伝わるかしら?
Toemon 14ème としたら、もしかしたら籐右衛門14世、と言う感じになるのかも?
でも14代籐右衛門って、フランス語で、どう言うのか分らなかったので、とりあえず・・・
焦ってます。もう行く準備をしなくては・・・
細かいことは、また後でということで、名(迷)作分をあげておきます。

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Le 3 avril , Je suis allée à l'ouest de Kyoto avec une amie pour voir les fleures de cerisiers.
4月3日、私は桜を見るために、一人の女友達と京都の西に出かけました。
Maintenant , c'est la saison de cerisiers, on peut les voir partout dans la ville. À Kyoto ,Il y a beaucoup de lieux célèbres pour les voir.
今、桜の季節です。街の至る所で 桜を見ることが出来ます。京都にはたくさんの桜の名所があります。
On est allées un jardin qui n'est pas célébre. parce que une amie voulait y aller depuis longtemps.
私たちは有名でない庭園に行きました。なぜなら友達が以前からそこに行きたがっていたからです。
C’était une très bonne idée, parce que c'était un très bon coin : il n'y avait pas de beaucoup de gens.
それはとても良いアイデアでした。なぜなら、そこは穴場で、人が多くありませんでした。
Par contre, il y avait beaucoup de sortes des fleurs de cerisiers.
そして、たくさんの種類の桜がありました。
Je me suis demandé pourquoi il y avait de nombreux types de cerisier cet endroit.
どうしてこの場所には、多くの種類の桜が有るのだろうと私は思いました。
C'était la raison qu' un personnage a voulu protéger des cerisiers raretés,ce jardinier a les rassemblé partout , et il a devenu un protecteur des cerisiers au Japon.
On l'appelle SAKURAMORI, ça veut dire la personne qui protége les cerisiers.
一人の人物が希少な桜を守りたいと望んだのがその理由です。その庭師は各地から桜を集め、日本で桜の守護者となった。人は彼を〈桜守〉と呼ぶ、それは桜を保護する人という意味です。
Ce jardinier qui s'appelle Toemon Sano.Ce n'est pas son vrai nom.
C'est le nom du chef de la famille Sano qui continue depuis 1832, dupuis 16 générations .
この庭師は佐野籐右衛門と言います。それは本名ではありません。
それは16代、1832年から続く佐野家当主の名前です。

Toemon 14ème a commencé à sauvegarder les arbres de cerisiers et son fils a succédé à son père.
C'est Toemon 15ème qui est très cèlébre, parce qu'il a soigné les cerisiers du parc Maruyama et a conçu le jardin de l'Unesco à Paris avec Isamu Noguti .
14代籐右衛門は桜の保護を始めました。そして、彼の息子が引き継ぎました。
それが円山公園の桜を世話し、また野口勇とパリのユネスコの庭園を制作した事で有名な15代籐右衛門です。

Son entreprise de jardinerie s'appelle Uetoh.On puut voir divers cerisiers dans ce jardin .
彼の造園会社は植藤と言います。その庭で、私たちは様々な桜を見ることが出来ます。
Après, on est allées au temple Daikaku à côte de l'étang Hirosawa à pied en parlant.
Malheuresement, à ce moment-là ,il pleuvait un peu et aussi il faisait du vent fort .
その後、私たちはお喋りしながら徒歩で広沢池の畔を歩いて大覚寺に行きました。
残念な事に、その時、少し雨が降っていて、風も強かった。

On était désolées à cause du mauvais temps , 《 Si il faisait beau ,on pourrait voir des plus belles fleurs.》
Néanmoins ,ce petit voyage deviendra un bon souvenir pour nous.
悪い天気のせいで残念でした。「もし晴れていたら、もっと綺麗な花が見られたのに」と
にもかかわらず、この小旅行は私たちにとって良い想い出となるでしょう。


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Si vous voulez chercher le site 植藤造園 , c'est《 http://www.uetoh.co.jp/sakura/ 》
もしこのサイト植籐造園を探したければ、こちらです。


先生がチェックして下さいましたので、少し手直ししておきました。
先生には、意味が分らない部分もあったと思います。
守護者と言いたくて、始め patronを使ってみたのですが、フランス語ではボス、もしくは守護聖人を意味するので、ニュアンスとして伝わらなかったようです。 un spécialiste(専門家)と言いたいのかと悩ませたようです。
regsrder と voir の違い、ジロジロと見つめるのがregsrder 桜は、ほっこりして見る物ですからvoir でした。
ああかしら、こうかしらと思うのは penser(思う)でなくて se demander(自問する)を使うのでした。
beau ,très, vrais 名詞の前に来るのか後ろに来るのか、いつも間違えています。
それに冠詞 les ,des,le ,la , du をde le , au を à le・・・・
同じ言葉を繰り返し使わない。
c'est la saison de cerisiers, on peut les voir partout dans la ville. À Kyoto.

ドタバタしていて、復習できていませんでした。
見直している今は、5月27日です。
先生、ゴメンなさいね。

Dupont et Dupont 第4章

Dupont et Dupont 第4章は、京都の、植物園からほど近いアーズローカスで、3月31日に開かれました。
この日は、満開の桜日和でした。

この写真は鴨川から如意ヶ嶽(通称、大文字山)を、前の日に撮したものです。
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ワサブローさんと溝渕仁啓さんのユニット、 Dupont et Dupontは第4章を迎えました。
この4回以外にも、番外で去年の夏の法然院、今年2月の千里ヤマハホールを入れると6回目ですから、その息のあったステージをなんと言ったらいいのだろう?
ギターがあって歌があるのか、歌があってギターがあるのか?
渾然一体となった、出来上がったあやしい関係に2人はなっていたのでした!!

プログラムの前に、まずは、溝渕さんが、南米組曲からひとつを・・・
次に、日本の歌からと言われて、流れ出したメロディーは・・
ああ、これ知ってる・・菜の花畠に、入日薄れ、・・・でも題が出てこない。
ワサブローさんの歌声が入りました。最後まで行くと出て来ました。はい、朧月夜でした。

いつものように、「ようこそ、おいでやしておくれやした。」で、ワサブローの世界が始まります。
日本の春にふさわしい情景を目の前に描いてくれた後、こんどはフランスの春。
リラの花咲く頃
まるで、満開のリラの花びらが降り注いでいるような溝渕さんのギターの音色の中に、ワサブローさんの声が、花を咲かせるように響きます。
まず、このギターと歌の絡みの見事さに、私はビックリしました。
ロワン川の畔
フランソワ・ロゼがワサブローさんの為に書いてくれた曲とのことです。
モレ・シュール・ロアン(Moret-sur-Loing)と言う街に流れているロアン川の畔でたたずむみ、物思いにふける心境を歌ってるそうです。
こんな風景でしょうか?
Moret-sur-Loing

群衆、la foule(ラ・フール)、これは、私の大好きな曲です。
ラ・フールとは、単に人が一杯いるという感じでなくて、押し流されてしまいそうな勢いで恐いぐらいの感じだそうです。
その流れの中で、運命の人に出会い、また、流れの中で引き離されていく。
そんな歌を、ワサブローは、押さえた感じでスローに歌い出します。
そして段々と人波に押されてテンポが上がっていき、最後は狂乱の渦に飲み込まれて行く・・・
私は思うのですが、この歌は見果てぬ夢じゃなくて、見果てた夢、望んでかなえられなかったという怨念みたいな物があって、出だしは現在形になっているですが、主人公が見ているのは、過ぎ去った過去の情景の様な気がします。
それを心の中で噛みしめ思い出しながら歌い始めるような感じを受けるのです。
怨念を持った奴が、はじめにそこに居んねん!と私は言いたい。
( 単に親父ギャグを飛ばしたいだけなのです。 )
悔いと怒り、様々な思いを心に抱いて、過去の情景を思い出すかのように始まる・・・
そして、周りの人に突き飛ばされたところから、体が動き出し、流れが激しく動き始まる。
そんな感じを、まざまざと味あわせてくれました。
ああ、言いたいことを上手く言えませんが・・
こんな歌い方があったのか!やってくれたわね!!
なんともはや、唸ってしまった《群衆》でした。

君死にたもうことなかれ
もちろん、かの与謝野晶子の詩を歌にした物です。
明治の言葉は、もう死語になりかけているのかもしれませんが、日本語の美しさが体にしみてきます。
情熱の歌人の燃えるような思いが、ワサブローさん歌に乗り移ったかのように・・・
多くの人に、この歌を知って欲しい・・・私は思うのです。

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バラ色の人生の後に、溝渕さんが「季節商品ですが・・・」と話しつつ、桜をイメージして作ったという、とても綺麗なギター曲を聴かせてくれました。
満開の桜吹雪の下で聞いている気分になりましたよ。

朝と夜
「僕たちが大好きな曲で、リクエストが一番ない曲です。」とのこと・・・
なぜでしょうね?

さて、プログラムには載っていませんでしたが、椅子に続けて俳句、二曲続けて歌ってくれました。
この2曲は、去年CDとして発売さております。
これです。
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面白いデザインでしょう。
中を開けば、こうなってます。
これは、去年の11月だったので、サインと、楽しいクリスマスを!と書いてくださっています。

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椅子という歌。
どんな歌かと言うと、椅子が欲しい! それだけの歌です。 
どんな椅子やねん?というと、樫で出来た、しっかりした、座り心地の良い椅子が欲しい。
最後まで聴いても、そんな内容の歌です。
これをなんと言おう?・・一言で言うと、無駄のない歌だと、私は思ったのです。
歌の中に、恋も、涙も、怨念もございません。
ただ、ひたすら、椅子が欲しい・・・・それだけなんです。
良い小説とは、無駄をそぎ落として、なおかつ、じっくりと重みを感じるとか・・・
この歌も、そう言う物ではないだろうか、と私は思うのです。
この人にとって、探しているは、いったい何だろう?
私にとっての椅子は、人生の中で何だろう?
そんな思いが、私の頭の中を駆け巡ります。
まあ、いったいどんな歌なんだ?と知りたくなった人は、ぜひ、このCDを買って聴いてみてください。

そして、俳句。
NHKの俳句王国という番組のテーマソングで、チラッと流れているそうですが、
「僕、見たことありませんねん。」と本人が言ってどうする!
月に2回の不定期な番組ですので、私も見たことがないのですが・・・
この歌も、どんな歌かというと
私は時々、俳句を作りますと語りだし、そこに、お父さん、お母さんを偲んだ俳句が、入って来るのですが、笑わせて、しんみりさせて、心の中がほのぼのしてくる・・・
そんな歌なのであります。
知りたくなった人は、やっぱり聴いて貰うしかありませんね。

今回初めて聴いた曲、哀しみのソレアード
聴いてみたら、よく知ってるメロディーです。何時か何処かで聴いた事があるなあ~という。
ソレアードって、どういう意味なのか?歌詞の中に一度の出て来ませんとのことで、調べてみました。
ネットて便利ですね。下記でどうぞ。
哀しみのソレアード 

原題は「ソレアード(SOLEADO)」。「ソレアード」とはスペイン語で「日だまり、日当たりの良い場所」という意味だそうです。
でも、「哀しみの日だまり」と言うのもおかしいですね?

アンコールに、私の大好きな「糸紡ぎ」で、この日のDupont et Dupontは終わりました。

Dupont et Dupont
次にあるのは、6月19日 福山だそうですよ。
どうぞお楽しみに!
wasa130331