ジョルジュ・ムスタキの訃報を聞く

フランスのシンガーソングライターであるムスタキが5月23日亡くなりました。
色んなイメージが浮かんできます。
学生運動が世界中で盛り上がった70年代、ピッピー、ビートルズ、ミニスカートやパンタロンをはいた若者が闊歩していた時代。
一つの時代が消えていくのだなあ~・・・そして、私も共に~と言う気がして仕方がありません。
がしかし、感慨にふけっていても仕方がない。
残念ながら、私はまだ死なへんで!

さて、ネットで見つけた記事 observateur から訳してみました。
分らない所だらけですので、誤訳が沢山あると思いますが、それも承知の上で、お付き合い下さい。
タイトル《Georges Moustaki est mort》をクリックしたら元記事が出ますのでよろしく。

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Georges Moustaki est mort
  ジョルジュ・ムスタキ死す
    
Le chanteur du "Métèque" s'est éteint cette nuit à 79 ans.
異国の人」の歌い手が今夜79歳で息を引き取った。

Né à Alexandrie, Georges Moustaki s’est éteint cette nuit à Nice où il vivait au calme depuis plusieurs mois. Le 3 mai dernier, il avait fêté ses 79 ans, mais le cœur n’y était plus. Sa vie avait basculé il y a quatre ans, le 8 janvier 2009 à Barcelone, quand sur la scène du Palais de la musique, il fut contraint de renoncer à aller au bout de son concert.

アレキサンドリアに生まれたジョルジュ・ムスタキは、ここ数ヶ月安静に過ごしていたニースにおいて今夜息を引き取った 。今年の5月3日、彼は79歳を祝ったが、その心はすでにそこになかった。彼の命は、4年前、音楽の祭典に出演する予定の2009年1月8日のバルセロナで危機に陥って、彼は自分のコンサートに行くことを諦めざるを得なかった。

Sur scène, il ne remontera plus. Jamais. Atteint d’une maladie des bronches qui s’est révélée incurable,① il aura passé le reste de sa vie à chercher désespérément un peu d’air. ②Celui qui se présentait comme "l’amant de la mer et du soleil" n’était pas du genre à rester ligoté à une bouteille à oxygène. ③Pas lui.

ステージに、彼はもう決して再び上がることはないだろう。不治の病であることが明らかになった気管支の病に冒され、少しの空気を絶望的に探し求めることに、彼は残った人生を過ごしたであろう。「海と太陽の恋人」として現れた彼は、酸素ボンベに縛られて留まるようなタイプではなかった。彼ではない。

Depuis son enfance sous le soleil égyptien, ④celui qui réclamait "le droit à la paresse" ⑤tout en prônant "la révolution permanente" ⑥était fait pour la vie dans ce qu’elle peut offrir de meilleur : une enfance de petit prince, au soleil, face à la Méditerranée, regardant passer les jolies filles. Pas très surprenant qu’il soit devenu poète. Personne ne s’étonnait que les salles où il se produisait partout dans le monde soient pleines.

「怠惰への権利」を強く求め「永久革命」を全面的に提唱していた彼は、エジプトの太陽の下で過ごした少年期から、人生がくれる素晴らしい物の中で作られた(恵まれた生活を送ったと言う意味か?):小さい王子としての子供時代、太陽とともに、地中海を前に、綺麗な娘達が通るのを眺めながら。彼が詩人になったのは驚くべき事ではない。世界の至る所で彼が出演したホールが満員になったことを誰も驚かなかった。


De son vrai nom Joseph Mustacchi, il avait emprunté son prénom de scène à Georges Brassens, son maître chanteur. ⑦Il est né aux yeux du public dans les jupes d’Edith Piaf, son amante, en écrivant pour elle "Milord". La chanson allait devenir un standard et⑧ son auteur une référence.

彼の本名はジョセフ ムスタッシュ、彼はその芸名を、歌の師であるジョルジュ・ブラッサンスから借りた。彼は、エデット・ピアフの為に《ミロール》を書き、彼女の愛人として大衆に知られた。その歌はスタンダードになり、実力のある作曲家として認められた。

Barbara et Serge Reggiani ⑨allaient parfaire son image juste avant ⑩qu’il n’ose présenter au public sa belle "gueule de métèque, de juif errant, de pâtre grec". Les années 70 ont débuté avec l’album de 1969, ⑪celui qui contenait rien moins que "Le métèque", "Le facteur", "La mer m’a donné", "Ma solitude", "Le temps de vivre". ⑫Excusez du peu.

ムスタキが、思い切って彼の美しい曲(=Le métèque)「異国人の顔、放浪するユダヤ人、ギリシャの羊飼い」を公衆に発表する直前に、バルバラとセルジュ・ルジェアニは、その曲を完成させた。(一緒に作ったと言うことだろうか?)
70年代、1969年に出したレコードアルバムと共に彼らはデビューした。異国の人"Le métèque", 郵便配達"Le facteur", "海が私にくれたLa mer m’a donné",私の孤独 "Ma solitude", 人生の時 "Le temps de vivre"(の入っている)それは、あまり知られていなかった。あきれたことだ! 


En ambassadeur de la chanson, ce faux paresseux 1⑬passait le plus clair de son temps entre⑭ deux avions, donnant des concerts dans le monde entier. C’est l’image d’un être flamboyant et plein de vie qu’il faudra conserver. ⑮Merci pour tout, et chapeau bas.

歌の大使として、この偽の怠け者は世界中でコンサートをしながら二つの飛行機の間で彼の時間を最も鮮明に過ごした。それは生命に溢れ、燃え上がるようであった(彼の)イメージ、いつまでも保ち続けなくてはいけません。
本当に有り難うございました。ご冥福をお祈りいたします。


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Le métèqueは 日本では「異国の人」と言う題名でヒットしたムスタキの曲。
エジプト生まれのギリシャ系ユダヤ人である自分の事を歌にしたような歌です。

クラウン仏和辞典では、Le métèqueについて、以下の二つの意味が掲載されていました。
1,【軽蔑して】外人(特にフランス在住のアラブ系移民労働者について言う)
2,《古代ギリシャ》居留外人
地中海人(Méditerranéen )という言い方はあるのですが、何となく私には、地中海(méditerranée)の周りにある国から来ている人達を指すのかしらという気がします。
疑問点を並べました。
① Avoirの未来形+過去分詞 って・・・?
② 指示代名詞 celuiはムスタキのことで良いか?
③ Pas lui  ce n'est pas luiと言うことだろうか?
④ ②と同じ celuiはムスタキのことで良いか?
⑤ 永久革命をtout en prônant  prôner(提唱する)tout enのニュアンスが分りません。
⑥ ce qu’elleのelle は la vieだと思うのですが、 人生が贈る事が出来る最良の物によって生かされたと言うような意味かなと思うのですが le meilleur でなくて de meilleur になるのが分らない。目的語ではないのか?
⑦ 彼はピアフのスカートの中でaux yeux du public (大衆の目には)生まれた
=ピアフの囲われ者として人々の目には映ったということか?
⑧ son auteur une référence. 何でめいしが並ぶのでしょうか?sonはピアフのと言う意味でしょうか?ピアフの曲の作者はune référence(実力の根拠。価値の保証)、間にêtre かavoirを入れたらいけないのかしら?それとも、名詞が形容詞的にson auteurに掛かるのか?
⑨ aller parfaire son image がよく分らない。
"gueule de métèque, de juif errant, de pâtre grec"はLe métèqueの中に入っている言葉です。
したがって「Le métèque」という曲を指しています。
⑩ qu’il n’ose présenter 否定形でなく虚辞のn なのか?
⑪ celui (196年に出したアルバム)qui contenait rien moins(あまり知られなかった)
その後の que で続く歌のタイトルより知られなかったと言う意味か 、これらの歌が入っているアルバムなのか?
C'est un album dans ce lui il y a des chanson très célébres. と言うような意味なのだろうか?
⑫ Excusez du peu. 恐れ入った、あきれた 
⑬ は 時は過ぎていく(Il est trop tard)の歌の中の歌詞にPasse passe le temps、Il n'y en a plus pour très longtempsのフレーズが出てくるので、それに関連づけての文章表現だと思います。
⑭ entre deux avions 何で飛行機が2機? 
自家用で持っていたのかしら?などと思ってしまいますが、一機あったら充分じゃないのか?
⑮  Merci pour tout, et chapeau bas.
 pour tout はムスタキのすべてtoutだと思うのですが、このニュースを読んでる読者に対してではないですよね。帽子を下・・・ということで、お墓の前で帽子を脱いで黙祷する姿が浮かんできたので、「ご冥福をお祈りします」としてみました。

Le Métèque の歌詞も載せておきますね。

Avec ma gueule de métèque, de juif errant, de pâtre grec
Et mes cheveux aux quatre vents
Avec mes yeux tout délavés, qui me donnent l'air de rêver
Moi qui ne rêve plus souvent.
Avec mes mains de maraudeur, de musicien et de rôdeur
Qui ont pillé tant de jardins
Avec ma bouche qui a bu, qui a embrassé et mordu
Sans jamais assouvir sa faim
Avec ma gueule de métèque, de juif errant, de pâtre grec
De voleur et de vagabond
Avec ma peau qui s'est frottée au soleil de tous les étés
Et tout ce qui portait jupon
Avec mon coeur qui a su faire souffrir autant qu'il a souffert
Sans pour cela faire d'histoire
Avec mon âme qui n'a plus la moindre chance de salut
Pour éviter le purgatoire.

Avec ma gueule de métèque, de juif errant, de pâtre grec
Et mes cheveux aux quatre vents
Je viendrai ma douce captive, mon âme soeur, ma source vive
Je viendrai boire tes vingt ans
Et je serai prince de sang, rêveur, ou bien adolescent
Comme il te plaira de choisir
Et nous ferons de chaque jour, toute une éternité d'amour
Que nous vivrons à en mourir.
Et nous ferons de chaque jour, toute une éternité d'amour
Que nous vivrons à en mourir.


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律儀者と馬鹿者の境目かも・・・・

我が家のインターネット回線は、NTT西日本の「フレッツ光マンションタイプ」とか言うものであります。
その上に「もっと割引」とか言う契約が加わっていたのですが、、今年に入って、領収書の通知と一緒に「もっともっと割引」のお知らせと言う物がが送られてきました。
現在の「もっと割引」のままで契約更新をしなかったら、ある時点から料金が高くなります。
「もっともっと割引」に手続きをし直したら、段階的に将来も、料金が割引されていきます。と言う内容でした。
しかも、キャンペーン期間中というのがあって「今なら!」と書いてあるのです。
「なんちゅう、ややこしさや!そんなら、自動的に、そっちにしてくれはったらエエやんか?」
と私は思ったのでした。
でも、放っておいたら高くなるというなら、安い方が良いであろうと思い電話しました。
「済みません、キャンペーン期間を過ぎてしまったと思うのですが、もっともっと割引って、どんなんですか?」
よくよく聞けば、契約をし直したら、毎月の利用料は少しずつ安くなる。
でも、その後で契約解除をしたら違約ということで、かなりな金額を支払わなくてはいけない・・・のだそうです。

私にしてみれば、特に解約する必要は感じていません。
ですが、これは私個人でなく、住んでいる共同住宅の総意で選択し、マンションぐるみで加入してあるのだから、私の意志に関係なく変更になる可能性があるかもしれません。
それに、今は考えていませんが、引っ越さなくてはいけない場合も出てくるかもしれないではないですか?
今の時代、絶対続けられると言い切れる約束が出来るのだろうか?
私は思い悩みました。
すると、電話の担当者は、マンション全体で変更になる。また引っ越しして、新しいところにNTTの回線設備がなかったら、違約金は必要ないです。NTTの回線があるのに、他の会社と契約し直したら違約金がいると言うのです。

「ほな、まあ契約更新しておこうか・・・」と思いました。

がしかし、待てよ! 
もし私が死んで契約解除になった場合、私は違約金を払うことが出来ないではないか!
死んだあとに人に迷惑を掛けるのはイヤなんです。
「もし死んだら、違約金も払えなくなりますけれど・・・」
「死んだ場合は、頂きません。」と担当者は答えました。
でも、死んでいるかどうか、NTTはどんな方法で調べてくれるのだろう?
まさか、電話を掛けてきて「生きてますか?死んでますか?」と聞くわけにもいかないだろうしと思うのですが?
財産のない一人暮らしの老人には、頼るべき係累はないのであります。
外で事故死をしたら、警察が引き受けてくれるだろうけれど、その場合、NTTにまで連絡してくれるかしら?
それより、人に知られず、家の中で死んでしまって腐ってしまっていたら、どうなるのであろうか?
公共料金も、税金も自動引き落とし、その通帳には年金も振り込まれているから、残高が無くなってしまう事は無い。むしろ死んだあとも、ずっと払い続ける可能性の方が高いのです。
これからに日本では、こんなケースが、結構増えてくるのではないでしょうか?
100先まで自動払い・・・・

NTTの趣旨は、他の会社に顧客を奪われないよう、確保するために、こんなキャンペーンをしているのだと段々分って来ました。
今の時代、インターネットの契約も固定電話回線を使わず出来る方法が、色々出来てきているのですね。
ああ、時代について行けそうにありません。

とにかく、私が死んだ後までの心配は必要ないと、後で友達に言われました。
回収できないお金は、欠損金で会社は処理できるのですから・・・
私って、こんな性格だったのかと、つくづく思う今日この頃です。
ドがつく性格・・・ドアホですね。

なぜ私がこんな発想になるのかというと・・・
自分が死んだ後、人様に迷惑を掛けてはいけないという思いが、この所、日々、強くなってきているからです。
もう先が長くないよなあ~としみじみ感じます。
後の始末を、ちゃんとしておかなくてはと思うのですが、にもかかわらず、少しも片付かない部屋の中です。

この思いを電話で兄に話したら言われました。
「おまえなあ~、そんなことは死んでから考えろ!」
これは名言、座布団一枚ですね。

体調が悪いと気も滅入るのであります。
だから、ファイト一発!リポビタンDタウリン2000を飲んでみました。

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ところで、NTTから、またもや昨日、通知が送られてきました。
今度は
「フレッツ光ネクスト」を導入しました。ぜひご利用下さい・・・との知らせです。

無線LANを使いなさい・・・という事なのだろうか?
ああ、もう私は知りません。





一億年分の草取りを・・・

 草燃える季節となりました。
九州の姉の家の庭には、梅やびわ等の樹が、まだ青い実をつけだしていました。

木陰に椅子を持ちだし本を読んでいたら、梅の実が、音を立てて落ちてきます。
そろそろ、実をもいで、天日に干し、梅酒や梅干しの準備をする時期なのです。

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びわも、しっかり実をつけています。
やがて美味しい実が実ってくれるでしょう。

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しかし、この庭が、姉にとっては悩みの種なのでした。

細長く200坪以上有る庭です。
二日がかりで、かなりの量の草取りをしました。
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この冬は、2ヶ月ほど入院していたため、草が伸び放題で、それが苦の種であったのです。
ご近所の小母様方がやって来て話の中でも、その話題が出て来ます。
「奥さん、草殺しを蒔いたらよかとよ!」
草殺しかあ~!
除草剤のことですが、的確というか、そのものズバリじゃんと、横で聞いていて思いました。
人殺しならぬ、草殺し・・・・
姉は「ドクダミだけでも除草剤を蒔こうかねえ・・・」などと言いますが、一種類だけに効く除草剤はないであろうと思うのです。
薬をまいたら根絶やしだし、地下水も駄目になるかもしれません。
この家は、井戸からモーターで水をくみ上げていて、それは美味しい水なのです。
しかし人力で対応するには、姉一人ではもう無理な時期になってきました。
散歩に連れ出しても、空き家の、丈高く草が生い茂った所を見ては、ため息をついています。
私は力説したのです。
「草ボウボウになったとしても気にしてはいけない!後1億年も立てば、地球上には人間も消滅して、草だらけになっているだろうから・・・」
「あっという間に一億年経てば、良いとやけどねえ~・・」

おいおい、そう言う発想できたか!
明日が一億年先であったら、その間である、9999万9999年の間に生まれるべき命達から、
「ちょっと、私たちのことはどうしてくれるのよ!!」
と文句が出るのではないでしょうか?

そういうわけで、とりあえず一億年分の草取りを二人でいたしました。
この通り、元気なお姉ちゃんであります。

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気が済んだかな?
乱暴な妹は、草と花、食用野菜の違いが分らず、かなり庭を荒らしてしまいました。
蕗はその日のオカズに・・・
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紫蘇と雑草の違いが分らなくて・・・

これは「紫蘇よ!」

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「こっちは?」 「違う!」
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写真で見ると、違いが分るけれど、実際だと同じに見えるんですよね。

この分では、きっと、トリカブトも、美味しい野菜だと思って、私は食べてしまうかも・・・

この日の夜、私は腰が痛くなりました。
夜中にロキソニン(鎮痛剤)を飲んで、翌朝、起きられずにいたら、姉が枕元に来て言いました。
「大丈夫ね?今日一日、寝とかんね。」
う~・・・、基本的には、私が姉の介護をするという目的で、ここに来ているはずなのですが・・・
私は、怒って言いました。
「そんな風に、お母ちゃんやお姉ちゃんが私を甘やかすから、こんな体になってしまったんや!」
まさしく、我が儘な妹の屁理屈、甘えの爆発に過ぎません。
「そうかね~・・・」
と姉は、笑うだけでありました。

姉は、毎朝、6時前に起きて、通りに面する入り口のカーテンを開け、いつ人が入ってきても良いように準備します。
60年近く、卸と小売りを兼ねた、街の小さな商店の女将さんとして暮らしてきた生活習慣です。
そして、7時前には、しっかり、お米のご飯と味噌汁で、朝食を食べます。
家が小さくて、使い勝手が良かったら、まだまだ、一人暮らしでも、やっていけるとは思うのですが・・・

日本における、家庭の構造が変わってしまいました。
爺ちゃん、婆ちゃんから、孫、ひ孫までいる家庭は、封建的、抑圧的で、個人が大切にされない。
というのが、私たち世代に植え付けられた共通の意識です。
また、嫁として苦労してきた姉の姿を知っていますから、それも、もっともだと思うのです。
でも、子供達が折り重なるように、ゴロゴロ寝ていた時代というのも、あれはあれで良かったなあ~
と思うのは、ノスタルジックな思いでしょうか?

道を歩けば膝が鳴る!

やや肌寒いながら、五月晴れが続いています。
そのお天気に誘われ、5月3日、我が家の横を流れる真野川沿いに散歩に出かけました。
唇からは、歌がこぼれます。
「晴~れた美空に、靴が~なる・・・・」
でも、私の場合、鳴るのは靴ではなく、両膝が「バキバキ」と音を立てて、歌に合わせてくれます。

保育園児達が作った「鯉のぼり」
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菜の花畑

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家族総出の田植えの季節でもあります。
が、家族総出でも、現在は、やっとこのくらいなのですね。
ここは、まだ多い方でした。
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流れに沿って登っていくと、向こうに小さな集落がありました。
でも、道はその手前で切れてしまいました。

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しかたなく、舗装道路に出てみると、山側の小道に切れ込んだ辺りに、何やら灯籠のような物が見えました。
好奇心の強い私は、きつい上り坂にもめげず追求に行くのでした。

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なんだなんだ? この先にはいったい何があるのだ?
人の気配は全くありません。でも手すりまでつけてあるこの道は、いったい何所に続くのだ?

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行き着いた先には、古びた小さな鳥居がありました。
きっと、この集落を守る神様だったのでしょうね。
と言うと「過去形で言うな!」と神様が怒るかもしれません。

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しかし、風にさらされ、今にも壊れそうな社です。
でも、由緒正しそうではありませんか?
鳥居奉納は、昭和四十五年二月十一日 となっておりました。

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ほんのちょっと自動車道路から入っただけなのに、周りは、鳥の羽ばたきにもビクッとなるような静けさです。
神社を下りて、元の山道に戻り、もっと上へ登ってたどり着いたところには、ひっそりとお墓がお祭りしてありました。

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過疎化の中で、こんな風に小さな集落と、その土地にある墓や神社が消えていくのか・・・?
と悲しい思いになりましたが、
「イヤ待てよ!」と思ったのです。
百年、二百年のサイクルの中で考えたら、日本の田舎の集落は消されていくと考えられるかもしれないけれど、千年サイクルで考えてみようではないか!!
21世紀の食糧危機を迎えたら、この緑豊かな日本の地に、きっとまた新しい集落が育ってくるに違いない。
コンクリート文明って、そう長続きしないと、私は思うのであります。
そう、最近の私は、千年、万年で、物事を考えることにしました。

生命はしぶとく、大きな流れの中で生きていく。

さっきの鳥居の前には、誰にも知られることなく、固い地面から、タケノコ君が頭を出しておりました。
この子は、タケノコになる運命ではなく、竹になるべくして生まれてきたのであろう!頑張れ!

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この日は2時間の散歩で、膝はボロボロでした。
ああ、膝が鳴る!!

また、10日ほど留守にします。
クラスメイト諸君!
来週の授業も欠席することになりそうです。
どんな内容だったか、教えて下さいね、よろしく!



avoir mal à ~, avoir du mal à~, être bon en

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ゴールデンウイークに、勉強するだけしか楽しみのない私。
こういう人を、オタク(Autisme social)と言うらしいのですが・・・

avoir mal à +名詞、 avoir du mal à+不定詞、être bon en +名詞

この三つの表現について教えて貰いましたが、はたして私に理解できているでしょうか!

avoir mal à +名詞 (~が痛い、痛む)
J'ai mal à la tête.
私は頭が痛い
j'ai mal au ventre.
私はお腹が痛い
Il a mal aux dents.
 彼は歯が痛い

 このように avoir mal àは、肉体的苦痛に使われるようです。

間にduが入ると
avoir du mal à + 不定詞 (~するのが困難だ。なかなか~出来ない)
J'ai du mal a m'endormir le soir.
私は、夜、なかなか眠ることが出来ない
そのかわり、私はしっかり昼寝をする毎日を過ごしていますが・・・
Il a du mal à se lever tôt .
彼は、早く起きるのが困難だ。
ワインを飲みながら何時までもTVを見てないで、早く寝なさい!
夜更かしするから起きられないのですよ!
j'ai du mal à conduire une voiture.
私は車の運転がなかなか出来ない。
自動車教習所で、誰もが始めに感じた心境でしょうか?
私は、始めから免許を持っていないので、これには該当しません。なぜなら。なかなか出来ないではなくて、私には運転が、絶対出来ないと思うからです。
もし、運転している車が壁にぶつかりそうになったら、私はブレーキを踏まずに、目をつぶってしまうと思います。だから、免許は必要ないのです。
j'ai du mal à comprendre la grammaire français.
私は、フランス語の文法をなかなか理解できません。
 文法以外は出来るのかと言われると、他も車の運転並みですが・・・

avoir mal à~のニュアンスの中には、難しいけれど、出来ないことはない。
いつかは出来るという雰囲気があります。
私にピッタリの言葉かも・・・
いつの日にか、ちゃんと分る日が来るかもしれないと思って、勉強を続けることにいたします。

次に 
être bon en +名詞 と avoir du mal à+不定詞 について

授業の中で、生徒の一人が言いました。
私は人前で話すのが苦手です・・・・というつもりで
“Je ne suis pas bon en parler en public.”
さて、このどこが間違っているのでしょうか!
être ~ en (~が良くできる、得意である)
この表現の次に来るのは名詞でないといけないのでした。
Je suis bon en tennis.
私はテニスが得意です
Elle est bon en cuisine.
彼女は料理が得意です

では、être ~ en の後を名詞にしたらいいのなら

Elle n'est pas bon en discours en public.
彼女は人前でスピーチするのが苦手です。
でどうでしょうか?
avoir du mal à+不定詞 を使うなら
Elle a du mal à parler en public.
彼女は人前では、なかなか話せません。

一を聞いて十を知る人は、その場で質問します。
私の場合、十を聞いて一を知る・・・
というか、私の頭は、壊れかけのブラウン管状態ですから、一週間後に、質問がうっすらと頭の中に浮かんでくるのでありました。

慌てても仕方がない、急がば回れです。
座禅でも組んで瞑想にふけりましょう。
結跏趺坐という形をつくるのを、フランス語では「蓮を作る」と言うそうです。
蓮の座の上に座る仏のイメージからきたものでしょうね。

130504-03

“Vous pouvez faire le lotus ?”
「結跏趺坐が出来ますか?」

Mes jambes sont très courts , donc j'ai du mal à faire le lotus .
私の脚はとても短いので、私は結跏趺坐をするのがなかなか難しい

でも出来ました。

正座の習慣のない人々には、結跏趺坐の脚を組のは、すごく大変なようです。
結跏趺坐にチャレンジするフランス人のビデオを見つけて笑ってしまいました。

Faire la posture du lotus - Exercices de Yoga


しばらく留守にいたします

明日から、十日ほど、また福岡暮らしとなります。

元気で過ごして帰って来ますので・・・・

無事生きております! 

130504-02

avoir beau +不定詞  いかに~しても(むだである)

avoir beau +infinitif (不定詞)の使い方です。
いかに~しても(無駄である)、~だけれども・・・

beau と言えば、美しい等の意味だと思っていたので、こんな風にも使うのかと少しビックリしました。
そして、何故なんだろうと、あれこれ考えを巡らせました。
これは私の妄想ですが・・・
学生同士で話していて、誰かがある日言い出したのかもしれませんね。
オッチョコチョイでお喋りの人が(誰やねん?)
「私やってみたんだけど(J'ai essayé )」という所をbeauをつけて
「私は、メチャ(素晴らしく)やってみたのに、やっぱ出来へんねん!(J'ai beau essayer , je n'y arrive pas.)」
そんな今までにない言い方をした。ところが、それが受けて、流行言葉が、いつの間にか普通になっていった。そんな使い方の始まりが分ったら面白いのにと思いました。
さて、本題に戻りましょう。
(これも、Revenons à nos moutons! 我々の羊の所に戻ろう!という言い方をするのです)

J'ai beau crier , personne ne m'écoute.
いくら叫んでも誰も聞いてくれない。
Vous avez beau dire , je ne suis pas convaincu.
あなたがどう言っても、私は納得出来ない。

ニュアンスとしては、
J'essaie , J'essaie , mais je n'y arrive pas.(やっても、やっても、やぱり駄目だ)
という感じだそうです。
例えば、今の新緑の季節
J'ai beau tuer les limaces de mon jardin tous les jours , il y en a toujours.
うちの庭のナメクジをいくら毎日殺しても、やっぱりそこにそれは居る。 (ウンザリ!!)
imace 130423-04.

ナメクジ君にしてみれば、「そんな事を言われても、こっちにはこっちの事情がある。子孫繁栄のためには、しっかり栄養とって大きくならないといけないんだもん」と言い返したいと思うのですが、でも、人はやっぱり、綺麗な方を贔屓してしまいます。ナメクジくん、ゴメン!

前に勉強したMême si(たとえ~でも)との違い
Même si je tue les limaces , lendemain il y en a encore.
たとえナメクジを殺しても、翌日には、またそこにそれは居る。

avoir beau +infinitif は何回も、Même si は一回 、ニュアンスとしてエネルギーを費やす量が違うようです。

何か例文を出して下さいと先生が言ったその時、生徒の一人が叫びました。
“ J'ai beau essayer Seiza , je n'y arrive pas ! ”
「いくら正座をしてみても、出来ないわ!」
その日の授業は和室でしていたのでした。しびれちゃったんですね。
J'ai beau essayer ,je n'y arrive pas.
いくらやってみても出来ない
勉強において、スポーツにおいて、この言い回しは色々な状況で使う事が出来ます。
「他には?」
“J'ai beau chercher ,je ne trouve pas.”
いくら探しても、考えつかない
私の場合
J'ai beau nager, je mal aux genoux encore.
いくら泳いでも、やっぱり膝が痛い。

この半年、頑張って泳いで鍛えたつもりですが、荷物を引っ張っての旅行に、この膝は堪えられないと分りました。
出来たら、もう一度パリに行きたい。そして、比良連峰の最高峰、武奈が岳(1214m)まで登ってみたかったけれど、もう無理です。
それどころか、元気な友達と小旅行に行くのも躊躇われます。
まあ、仕方がない!
現実はしっかり受け止め、出来るところで頑張る事にいたします。

忘れていました。練習問題(p83の7)をしておきましょう。
次の文章を読んで、文脈の中で使われてるavoir beauの意味がどれか意見を言いなさい
1 J'ai beau avoir dormi 9 heures , je me suis sens encore fatigué.
私は9時間も眠ったというのに、まだ疲れがとれなかった。
a. Je suis fatigué que j'aie dormi 9 heures.
  9時間寝たとしても、私は疲れている
b. Comme je n'ai dormi que 9 heures , je me sens encore fatigué.
  9時間しか眠っていないので、私はまだ疲れが取れない
 なんと!よく眠る人ですね~・・・  
c. J'ai dormi 9 heures , c'est pourquoi je me sens encore fatigué.
  私は9時間眠った、だから、まだ疲れが取れない。
 9時間ぐらい眠ったからって、疲れが取れるか!・・・ちょっと居なおってるのだろうか?
正解は a だと思います。 

2 Tu as beau me dire que ce n'est pas dangereux , je ne traverserai pas la rivière sur un tronc d'arbre.
 あなたがいかに危険でないと言ったとしても、私は丸太に乗ってその川を渡らないわよ!
a. Tu dis que ce ne pas dangereux et je te crois ! Alors, je traverserai la rivière.
  あなたが危険じゃないって言うので信じるわ!だから、私はその川を渡ることにするわ。
 人の言うことを易々と信じてはいけません・・・
b. Même si tu dis que ce n'est pas dangereux , je ne traverserai pas la rivière sur ce tronc d'arbre.
  たとえ、あなたが危険じゃないと言うからって、私はその川を丸太に乗って渡らないわよ。
c. Je traverserai la rivière sur un tronc d'arbre car tu dis que ce n'est pas dangereux.
 あなたが危険じゃないと言うので、丸太に乗って私はその川を渡ることにするわ。
 その結果、ワニの居る河にドボンなんて事にならないと良いのですが・・・
正解はですね

3 La météo a beau annoncer du mauvais temps pour demain , nous ferons quand même la randonnée prévue.
  天気予報が明日の天気は悪いといかに告げても、私たちは予定通りのハイキングをするだろう。
a. La météo annonce du mauvais temps donc nous ferons la randonnée prévue.
  天気予報は悪天候を告げるので、私たちは予定通りのハイキングをする。
donc(だから)を使うのは、天気が悪い方が、好みなのだろうか?天の邪鬼部隊ですなあ~!

b. Comme la météo annonce du mauvais temps pour demain, nous avons annulé la randonnée prévue.
 天気予報が、明日の天気は悪いと告げるので、私たちは予定していたハイキングを中止した。
 うん、うん、それが良いと思いますよ。
c. Malgré les prévisions météorogiques, nous ferons la randonnée prévue.
  天気予報が悪いにもかかわらず、私たちは予定通りのハイキングをするだろう。
 この強情張りめ!と思いますが
正解はですね。

気象庁、および山岳警備隊としては、悪天候での登山およびハイキングは止めて頂きたいと思うのでありますが・・・
今年のゴールデンウイーク前半は、山岳遭難が多発しております。ご注意を!

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みずほはさくらに変身しました

 4月の後半は、九州で過ごしてきました。
今回も九州新幹線「さくら」を利用したのです。
新大阪まで新快速を利用して、そこから始発の「さくら」に乗ります。
新幹線の乗り場に向っていたとき、見つけたのがこれです。

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以前、お菓子の名前で、北海道の「白い恋人」をもじって、吉本興業が「面白い恋人」で売り出した菓子が、商標登録の裁判になって話題になったと思うのですが、今度は「東京バナナ」のもじりかしら!?
話題性はないと思いますが、商魂たくましき大阪に脱帽という感じです。
根性のない私は、このたくましさを少し分けて欲しいと感じたのでした。

それにしても、新大阪駅の、九州新幹線乗り場はとても不便な場所にあります。
きっと、後からホームを付け足して作ったせいだと思うのですが、エレベーターの場所も分りにくいし、通路も曲がりくねっている。その上、ホームには待合室がないのです。
時間に余裕を持って行かないと、駅に着いてから、焦ることになりそうでよす。

さて、私、新幹線というのは、名前で種類が違う物だと思い込んでいたのですが・・・・

ホームに入ってきた「みずほ600」
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社内掃除をしている間に、
なんと「さくら553」に変身したのでビックリいたしました。
「なあんだ、値段が違っても同じ車両なんだ!」
と思うと、ジパング倶楽部利用で、みずほの使えない私は、少し得した気分になったのでありました。
まあ、いじましい性格だとは思うのですが・・・

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そして、指定席の隣にやってきたのは、見目麗しき、若き男性でした。
本当に若くてピカピカ、生後3ヶ月の男の子です。

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それでも、しっかりカメラ目線を流してくるのは、さすが現代っ子です。
鹿児島まで、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの家への初めての旅行だとか・・・
お母さんは、ずっと抱っこで、お疲れだったと思います。
「ちょっと抱っこしときましょうか?」
「いえ、もうすぐ授乳室に行きますから」
とあれこれお話をして
「私が子供の頃は、博多の市電の中で、お母さんは座席に座ったまま赤ちゃんにおっぱいを飲ませていたんですよ」
というと
「野性的だったんですねえ~」と感心されてしまいました。
ざっと50~60年前に過ぎないのですが、時代の変遷を、しみじみ感じたのでありました。

九州は、もうツツジが満開の季節でした。

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これは、小手毬かしら?

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藤の花

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花は咲けども、今年は、いつまでも寒くて、夜は暖房が必要なほどでした。

体調を壊していた姉が病院から復帰してきたので、顔を見に行ったのですが、元の元気にに戻って一安心です。

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姉の友達も、訪ねてきてくれて会話が弾みます。

「奥さん、どげん、しよらっしゃたとですか?」
(博多弁、とても丁寧ない言い方です)

もうちょっと仲良しだと
「どげん、しとんしゃったとね?」

これが友達や身内だと
「どげん、しっとったん?」

このように、方言プラス敬語、そして語尾変化
世界で一番難しい言葉かもしれませんね。

彼女達の昔話を聞いていると、これが日本だったの!と、かなりビックリします。

家制度の中での嫁の立場というものは、とても忍耐を強いられたものだったのです。
「藪入りと盆だけ、歩きに行ってもよかていわれて・・・それでも、翌日の午前中に帰らんならんげん・・・」
藪入り、本来は1月16日と7月16比のことですが、この場合、1月16日を指しています。

歩きに行くというのは、お嫁さんが実家に帰っても良いという意味のようです。
と言うことは、結婚は、ほぼ歩いて日帰りできる圏内の地域で行われていたのでしょうか?面白い表現だと思いました。

近代日本の50年、100年の、すべての移り変わりは恐ろしいほどの変化に富んでいます。

これから先の100年は、いったい、どうなることだろうか?

ふと、思った旅でした。