片方だけ黒い靴=UNE CHAUSSURE NOIRE

trousseau (鍵束)
昔は鍵束を持つという習慣は日本にはほとんどありませんでした。
だいたい日本家屋というものは、障子に襖で、鍵をかける部分が、あまりなかったのです。
しかし、時代は変わりました。
玄関ドアに、鍵穴二つという時代に変わってきております。
厳重に鍵で武器で守られている安全がいいのか、開けっ放しでも構わない時代が良かったのか?
さあて、どっちでしょうね?

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前回のスピーチ、対訳の続きです。
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Vous vous rappelez le jour où Martine , le professeur de philosophie, m'a fait croire qu'un de ses élèves, afin d'obtenir une bonne note, avait glissé dans sa poche une enveloppe contenant de l'argent !
哲学の先生であるマルタンの日のことを覚えていますね、彼は生徒の一人が、良い成績を取りたくてカネの入った封筒を彼のポケットに滑り込ませたと私に思い込ませました。

Mon indignation et la réunion d'urgence que j'ai exigée à Madame Delloye avant de me rendre compte du petit sourire en coin de tous les collègues que nous étions le 1er avril ?
私の憤り、そして4月1日をやってる同僚達みんなのクスクス笑いが何故かと言うことを私に釈明する前に、私がデロワーさんに要求した緊急会議。
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sourire en coin (クスクス笑い、忍び笑い)唇の隅っこを、ちょっとゆがめて・・・
それは意地悪ではないとのことですが・・・

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4月1日、エイプリルフールは、新聞やTVでも、かなりおふざけのニュースを流すそうです。
子供達は un posson d'avril 紙で魚の形を切り抜き、人の背中に張って、それこそクスクス笑いをするのでしょうね。 


Vous vous rappelez le jour où Bertrand, notre extraordinaire collègue de chimie , dont la réputation de distrait n'est plus à fare depuis bien longtemps, est arrivé avec une chaussure noire et l'autre marron ! Le fou rire général dans la salle des professeurs pendant que je faisais le tour de l'établissement pour lui trouver une paire de rechange.
風変わりな化学担当の同僚ベルトランを覚えていますか?ずっと前からどうしようもないぐらいボーッとしてると評判の、彼は片方が黒、もう一方が茶色の靴で来たことがありました。私が学校中を廻って彼のために換えの靴を見つけてくる間の職員室全隊の馬鹿笑い。
131123-08 le fou rire.
Le fou rire (馬鹿笑い)

Et le jour où Nicole , le professeur d'anglais , et moi avons , sans nous en rendre compte , échangé nos cartables un vendredi soir ! Nous étions bien embêtées,
d'autant plus que nous habitions assez loin l'une de l'autre et que tous les examens à corriger étaient là , à l'intérieur !
英語の先生のニコラの日、彼女と私は、金曜日の夕方、確認せずに鞄を取り違えてしまいました。私たちは、お互い同じくらいかなり遠くに住んでいて、試験の添削した物全部が、その中に入っていたのでとても困りました。


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cartable (鞄、ランドセル)


Combien avons-nous ri ! Combien d'autres anecdotes comme celles-ci pourrais-je vous raconter !
Quand mes enfants étaient petits, la première chose qu'ils me disaient en me voyant rentrer était : 《 Alors Maman, raconte ce qui s'est passé aujourd'hui dans ton école. 》
私たちはどれだけ笑ったことか! お話しできるこんな風な他の逸話がどれだけあることか! うちの子供達が小さい頃、帰って来た私を見て、彼らが私に言う始めの言葉は 「ママ、学校で今日あったことを話してよ」でした。

Quels magnifique moments ai-je vécus ! Pour tous ces excellents souvenirs et tous ces fous-rires, vous me manquerez !
Mais je promets de nous voir assez souvent pour les évoquer encore ensemble.
Mon dernier mot sera pour tous les enfants qui sont passés par ce lycée et qui ont été le moteur de ma vie professionnelle. Il n'y a pas de plus grande joie pour un professeur que de les savoir jeunes adultes bien armés pour affronter la vie.
À eux et à vous tous, je veux dire un grand merci.
何と素晴らしい時を私は過ごしたことでしょう!これらの素晴らしい思い出と笑い話の数々、語り尽くせません。
しかし、一緒にこれらを語るために、再々お会いすることをお約束いたします。
私の最後の言葉は、この学校で過ごし、私の職業人生の原動力となった子供達すべてに捧げましょう。一人の教師にとって、(自分が教えてきた)若者大人達が勇敢に人生に立ち向かう姿を知ることは、これ以上の歓びはありません。
彼らに、そしてあなた方に、心からの感謝を述べさせて頂きます。


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indignation 憤り、憤慨 exgiger 強く要求する rendre compte de ~を報告する、釈明する sourire en coin クスクス笑い extraordinaire 異常な 奇妙な réputation 評判 distrait ぼんやりした、放心した établissement 施設・学校 paire 一対 autant ~que 同じくらい affronter 立ち向かう 直面する
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最後の
que de les savoir jeunes adultes bien armés pour affronter la vie.
これがきっと正しく訳せていないと思います。
なんで jeunes adultes が出てくるねん!!

それは、また来週の、いえ、この土曜日のお楽しみにいたしましょう。

ところで、茶色と黒の靴を間違えて履いて来た先生の話がありましたね。
私は靴を間違えて、片方ずつ違うものを履いていった経験はありませんが、Tシャツ、ブラウスは、昔から、たまに裏返しに着ることがあります。(たまにでっせ!)
つい先日も、病院の健康診断に行って、帰りに友達のうちに寄ったら言われました。
「裏返しやで!」
あのお医者さん、ニコリともせず、真面目な顔をして、シャツをめくって聴診器を宛ててくれていましたが、気が付いていなかったのかな?
お医者様と私、どっちが、よりぼけっとしていたのでしょうか?
まあ、私でしょうね。

1970年代に放映された映画があるそうです。
コミックで、ばかげているけれど、とても有名なんですって。
ちょっと紹介しておきます。

LE GRAND BLOND AVEC UNE CHAUSSURE NOIRE

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チベット受難と希望 を読んで

とても難しい本に出会ってしまいました。
チベット受難と希望
副題が「雪の国」の民族主義。
ピエール=アントワーヌ・ドネ著の岩波現代文庫

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なぜ、この本を選んだのかというと、図書館のサイトを検索し、新しく入った本で貸し出し中でない本というだけのことだったのであります。
本当に失礼な読者だなあ~と反省したのは、読み出してからです。
この本は1991年に出版されたものを、2000年以降に加筆し、再出版されたものとのことです。

その序文の最後の文章の一部を紹介します。

《 私はこの本が多数の日本人の関心を引くことを期待している。チベットは、消滅させないためには、われわれが鐘愛せねばならない小さな宝物である。以下の本分の中で、私は均衡の取れた立場を維持しようと試みた。私は西側のダライ・ラマ支援活動化の一員ではないし、現代中国の崇拝者でもない。私は、放棄できない貴重な財産として、私の独立性を守る。現状では、チベット情勢の注意深い分析はほとんど楽観論を引き出さない。このチベットの苦悶が、今後何年間も続き、チベット文明の段階的消滅にいたることには、いかなる疑問もない。ただ、北京に対する国際的圧力だけがこのプロセスを遅らせるだろう。今日のチベットはいわば世界の象徴のようなものだ。いたるところにカネの力、物質至上主義が霊的世界より上位を占めている。私が六年近く住んだ日本でも同じような展開が見られる。》
2009年二月二日 ストラスブールにて
                 ピエール=アントワーヌ・ドネ 

無知蒙昧な私は、チベットという国が、中国に自治区として合併された事になってるということも、はっきり分かっていませんでした。ダライ・ラマさんが亡命し、ノーベル平和賞を貰ったという記憶はありましたが、私にとっては、遠い国の話に過ぎなかったのです。

岩波新書ですから、重量的に重くないのですが、とてもとても重たい本でありました。
チベットだけでなく、パレスチナや、アフガニスタン、そして、その他の世界の各地で、起きて起きているであろう現状を、私たちは、受け止め切れていないのだろうなと感じたのでした。
強者の理論で、弱きものは、殺され、奪い尽くされ、見捨てられていくのか!
踏みつけられている弱者が、痛みに耐えかねて、振り上げる拳は、テロという言葉で、またもや抹殺されていく。
そして、力あるものが弱者に対して振るう暴力は、正義と呼ばれるのか?

色々な思いが私の頭の中に過ぎりました。
私の脳力では(これは能力の書き間違いではありません)とても、この本の解説は出来ません。
エピローグの前に書かれている著者の言葉を引用します。

《 わたしはまた、本書が出版されたあと、友人でもある中国人もチベット人も誰も満足しないということが起こりうると考えた。私の中国人の友達のあるものは、謝って、私が「反中国的な」チベット人の陣営に落ちたと結論するかもしれない。チベット人は、心づかい抜きで古いチベットの絵巻を白日の下にさらしたのをみて、そして私が独立しないチベット支持に傾いていると判断して、いらだちを覚えるかもしれない。
しかし、結論としていえば、私はこの知性に対するかけを試みたことを一瞬たりとも後悔したことはない。私は、問題の複雑さ、対立の険悪さにもかかわらず、いずれの日にか、理性が勝利を収めるという希望をもちつづけるからである。その日に、チベットがまだ存在していることを願うだけである。

この本を読んで、何とフランス的な表現であろうと、一行ごとに思ったのであります。
そして、受難と希望の、受難の部分は、ものすごくしっかり分かった気がしたのですが、希望は、どこにあるのであろうか?と思ったのです。
それは、最後に、あったのでした。
でもねえ~、「その日に、チベットがまだ存在していることを願うだけである」
といわれても、苦難の中で生きる人々にとって、それは、あまりにも遠すぎると感じるのではないか?
今の痛みを何とかしてくれ!!と叫び、銃をとって戦いたくなるのも無理はない。
が、時間が掛っても、理性を信じる道を選ぶしかないのでしょうね。
他の道を望めば、血と戦いの、果てしない繰り返しとなるから・・・

とにかく、もう少しチベットについてしりたいと思い、「消されゆくチベット」渡辺一枝著をアマゾンで買ってしまいました。

ピエール=アントワーヌ・ドネさんの、この本よりは読みやすいかもしれません。

とにかく、この本は、明日図書館に返しに行かなくてはいけませんから・・・

街は色づいてきました。

131123-04







Finalement et Enfin( 結局 と やっと )

finalement とenfin の違い。
私は、どちらも、最後にはという意味だと思っていたのです。
ところが、
finalementにはネガティブな意味合いが含まれ、enfin はポジティブな意味があるとのことでした。

Enfin j'ai fini la révision de la semaine dernière.
私はやっと先週の復習をやり終えた
Finalement j'ai resté beaucoup de questions dans ma note.
結局、私のノートには、いっぱい分からない事が残りました。

と、こんな使い方で良いのかな?

さてさて、この日の最後、聞き取りのテキストの訳にチャレンジしてみます。
メチャクチャ難しくて、まったく意味不明なところもありますが、とにかくやるのだ。

そして文章もまだまだ続いているのですが、続きは、明日の授業でいたします。

本日は、これにて討ち死です。

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C'est un grand honneur et immenses joie de vous voir aujourd'hui tous réunis ici. Merci d'être là, merci à notre directrice, Madame Delloye, d'ètre venue ; j'en suis profondément touchée.je suis émue face à vous comme si c'était mon premier jour de classe. 
本日、ここにお集まり頂きましたすべての皆様とお目にかかれますことは大きな誉れであり、限りない喜びでございます。お集まり頂き有り難うございます。デロワー校長先生、おいで頂き有り難うございます。私は感謝の念に堪えません。私は、皆様を前にして、あたかも初めてのクラスであるかのように感動しております。

Aussi vous demanderai-je de me pardonner si je bafouille à cause de l'émotion. Je vais vous quitter , et ce sera pour moi extrêmement difficile de ne plus entendre les dizaines de bonjours que nous échangions chaque matin.
でありますので、感動のあまり、私が口ごもってしまっても、どうかお許し下さいませ。私はもうすぐお別れします。それは私にとりまして、毎朝交わしていた皆様との朝の挨拶をもう聞く事が出来ないという大きな苦しみです。
Je vous dois tellement d'excellents moments en trente-huit ans de carrière dans cette école qui est pour moi comme une deuxiéme maison.
皆様のお陰をもちまして、私にとって第2の家庭のようなこの学校におきまして38年の活動の場として、本当に素晴らしい年月を送らせて頂きました。

Bien sûr , je pourrais vous parler de mon trac systématique au moment d'entre en classe, soit dit en passant, que je n'ai jamais réussi à contrôler malgré mes années d'expérience !
もちろん、私は教室に入る時にいつも上がってしまっていたことをお話しできるのですが。ついでに言えば、私は長年経験したにもかかわらず、けしてコントロールに成功しませんでした。
(soit dit en passant ついでにいえば)

Je pourrais vous évoquer tous les élèves que j'ai eu la chance de rencontrer et ceux que j'ai eu la chance de ne pas rencontrer.
めぐり逢ったことが幸運だった、まためぐり逢わなかった事が幸運だったすべての生徒達のことに私は触れることが出来るでしょう。

(良い生徒にめぐり逢った事と、ひどい生徒に当たらなくて良かったと言う気持ちを、こんな表現で表しているとのことです)

Je pourrais aussi évoquer les heures perdues à faire la queue devant la photocopieuse ou les week-ends consacrés à corriger des devoirs et la nombre de perles que j'ai ainsi amassées... mais non, je préfére évoquer quelques merveilleux moments passés avec vous.
私はまた、コピー機の前で列を作って失った時間、あるいは宿題の添削の為に費やした週末、そして、このように、やってしまった多くの無駄なこと・・・にもかかわらず、私はあなた方と過ごした、いくつかの素晴らしい時のことに触れてみたいと思います。
(perle 真珠・滑稽なこと・ひどい間違い・へま)amasser(寄せ集める・積み上げる・蓄える)  

je pourrais vous parler 、Je pourrais vous évoquer 等 pouvoirの条件法が再々出ているのは、
Si j'avais le temps , je pourrais vous parler beaucoup de chose
もし時間があったならば、もっと色んな事をお話しできたのにというニュアンスが含まれているからだそうです。
38年間の間にあったことを、このスピーチの枠の中では、とても語り尽くせません。そんな思いがこもって、条件法として現れるのですね。


ちょっと追加訂正を入れました。


131116-01
le chat parti, les souris dansent
猫が出かけりゃネズミは踊る。

猫もネズミも息抜きは大切です。
寝ます・・・・お休みなさい!

ハナミズキ  cornouiller

Ci-dessous, 3 photos du “hanamizuki” que j'ai cherché sur Imternet.
Hanamizuki, c'est un sorte de le cornouiller.
下にあげてるものは、私がネットで探した3枚の写真です。ハナミズキがミズキの一種類です。

フランス語でハナミズキだけを指す言葉があるのかどうか、私には分かりませんでした。
ミズキ属に類する樹木を指すのかと思います。
花びらが上を向いていて、まるで天を持ち上げているような姿です。

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日本では、だいぶ前に、ポピュラーソングの題名として広く知られたと思います。
「空を押し上げて、手をのばす君。五月のこと・・・」
私はこの歌が、大好きです。



お昼ご飯を食べて、勉強をしようとパソコンの前に座ったら、目蓋が下がってきて、一向に復習が出来ません。
そんなんで、とりあえず、話題に出ていた「ハナミズキ」の画像をあげておきます。

un cerisier pleureur
泣く桜ってなんやねん?と私は驚いたのであります。
夜ごと泣く桜があったら、ちょっと、いやかなり恐い気がしますが、しだれ桜の事なのでした。
泣く pleurer で 形容詞 pleureur には、悲しげな、枝の垂れた という二つの意味があったのでした。

131116-05

さあ、これから頑張って、先週の授業を見直してみます。

近代史を学校で理解できましたか?

Armistice de 1918  
la fête de l'armistice  (第一次世界大戦休戦記念日)

131109-02

11月11日は、フランスでは、第一次世界大戦の終結記念の日です。 1918年11月11日に、フランスのコンピエーニュの森に置かれた列車の車両で休戦協定が署名され、戦争が終わりました。
la guerre 14-18 (14年から18年にかけての戦争)
4年間も続き、多くの犠牲者を出し深い傷を残しました。
この戦争って、ヨーロッパが二つの勢力に分かれて(ドイツ中心とフランス・イギリス中心の2勢力)ぶつかり合い、それに多くの国が絡んでいって、アメリカまで参戦し、世界大戦の様相を呈したのです。
日本も参戦しておりました。何でやねんと思ってしまいますが・・・
イギリスの同盟国として、ドイツ領土だった中国を、ドサクサに紛れて攻撃し、大きな利権を得たのです。
それに味をしめて、もっともっとと利権の拡大に向かい、次の戦争に突っ込んでしまったのだろうか?

私は、なぜか、明治以降の近代史というのが、よく分かっていないのです。
事件、出来事、戦争etc が頭の中に点在しているけれど、整理できていないし、繋がりを把握できていません。
なんでだろう?
高校の時の、歴史の授業で、近代史の扱いは、本当にお粗末でした。
歴史の授業が始まったとき、すり込まれるほどしつこく
「ピテカントロプスエレプトス・シナントロプスペキネンシス」とか言わされませんでしたか?
長々と時間をかけて、人間のご先祖様の名称を暗記するのに時間をとり、近代史は時間足らずで、あっという間に終わってしまいました。
何が何だか分からない状態であった記憶が未だにあります。

あれは、先生が教えることを怖がっていたのが、一つの理由ではなかったか?
そして、彼ら自身が、ちゃんと歴史を理解できていなかったせいではないかと、今になって、私は思います。
その後、その先生は、教育委員会の委員に転身しておりました。

今になって、もう一度、勉強をやり直さなくてはと、しみじみ思うのであります。

ずっと昔、10代の頃に読んだ本。
レマルクの「西部戦線異状なし」
一人の若者が兵士として戦場にかり出され、塹壕の中で死んでいく。
戦争の無意味さを、思い知らされる本だった・・・それも記憶の彼方ですが・・・
西部戦線とは、ドイツを中心にして、東部のロシア側、西部の仏蘭西側ということで、西部戦線だったのか?


戦争は、誰が、何のために起こすのか?
国と国との利権の争い、そして武器商人が儲けるためではないのか?
ああ、何と人間は愚かな生き物であろうか!!
まさに、殺しつくし破壊しつくすのが人間なのでしょうか?




そんなことを考えていたら、まったく勉強は進みませんでした。
接続法は、私には無理ですね~・・・
頭の中の線が切れてしまって、接続できそうもありません。


虹と雪の11月

11月に入り、一気に寒い日が始まりました。
東に湖、西に1000メートル級の山々があるこの地方は、晩秋になるとお天気が安定しません。
晴れたかと思うと、雨が降ってくる。
洗濯物を干して外出すると、せっかく乾き始めていたのにガッカリと言うことも再々です。
でも、その代わりというわけではありませんが、毎日のように湖面に虹が架かっていました。

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そして、今朝、寝ぼけ眼で山を見たら
「あら、山頂が白い!」初冠雪でした。
11日から寒くなって、今年は12日に初冠雪だったそうですが、私は今朝初めて気が付いたのでした。
早朝は、もっと白かったのですが、10時頃の写真です。
うっすらながら、山頂に雪が・・・・
ああ、今年は、冬の訪れが早そうです。

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カメムシが多い年は雪が多い。
この地方に来て聞いたのですが、たしかに今年はカメムシをよく見かけます。
一見かわいい、でも、捕まえると、猛烈に臭い匂いを放つこの虫。
「うちの辺では、婆さんと呼んでる」と言っているのを、ふと聞いてしまいました。
おばあさま達に申し訳ないか、カメムシ君が気を悪くするか?
はてまた、どっちでありましょうか?

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これだけで見ると、結構可愛いかも・・・・

毎日、ドタバタと過ごしております。
この前の日曜日に、はじめて一時間で1km泳ぐことが出来ました。
ですが、ギリギリの時間まで泳いで、お風呂で体を温める間もなく帰って来たせいか、夜になって鼻水がタラタラと出始めました。
根性無しの我が身体ですが、まあ、こんなものでしょう。

カメムシ君にバカにされないよう、気張らなくてはね。
 

「ぼくたちの砦」を読んで

エリザベス・レアード 作 ソニア・ニムル 協力
ぼくたちの砦 ( A LITTLE PICE OF GROUND )

コンピューターゲームに夢中になって、お母さんから雷を落とされる子供は世界中にいるでしょう。

だが、この物語の主人公、12歳のカリームがゲームに寝注している部屋は、ラーマッラー(パレスチナの都市)のアパルトマンの一室なのです。

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窓から道を見下ろせば、十字路にはイスラエル軍の戦車が居座り、お兄ちゃんのジャマールが

「窓から離れろ。標的になるぞ!」と声をかける。

イスラエルによる外出禁止令解除は、1~2週間に一度、それも、1~2時間しかないのです。

その間に、お父さんは、末娘を抱いて薬を求めに薬局に、お母さんは、スーパーに、食料を買い出しに走るのです。

もちろん、学校にも行けません。子供達は外出禁止令解除の間に学校に行って、宿題を先生に提出し、次の宿題を受け取ってくる。

彼の、さしあたっての願いは、思いっきりボールを蹴って遊びたいということです。

そんなとき、出会った、同じ年頃の少年、ホッパーに、瓦礫の山の間の場所に連れて行かれます。

同級生のジョーニも加わって、彼らは瓦礫の山の窪みに、地面をならして瓦礫をどけ、自分たちのサッカー場を作る。そこに転がっていた廃車に瓦礫をかぶせて、見えない休息場所もこしらえる。

この間、カリームは、家族と、祖父母の家に車で出かけ、チェックポイントでの尋問で、お父さんが侮辱されるのを見て、父親にも怒りをぶつけそうになる。

ある日、お兄ちゃんのジャマールが、通りを歩いているのに気が付き、こっそり後を付けると、彼は友達数人とで、イスラエルの戦車に石を投げつけていたのです。

お兄ちゃんに、銃を向けた兵隊が迫って来ている。それを知らせにカリームが走って知らせ、何とか彼らは逃げる事が出来ました。

ある日、カリーム達は、ほんのわずかの間と思って、自分たちのグランドで、サッカーに夢中になっていた時です。

そこに、外出禁止令とのスピーカーからの声と、戦車の地響きが伝わって来ます。
慌てて、蜘蛛の子を散らすように、彼らは逃げ出しますが、その中の一人、ホッパーは戦車に向って駆け出す。
戦車の前には、手押し車に野菜を積んだ、ホッパーのお祖父ちゃんが逃げ遅れいました。
戦車はお祖父ちゃんに、銃口を向けていたのです。

ホッパーは、その戦車に、茄子投げつけ、戦車の銃身に、まるで鉄棒で遊ぶように飛びつき、続いて、難民キャンプの小道に駆け込むのです。

それを見届けたカリームは、自分も逃げようとして、瓦礫の山から転げ落ち捻挫をしてしまいます。

戦車が、こっちに向ってくる。絶体絶命。
その時、カリームは、自分たちが作った、瓦礫の下の廃車の中に逃げ込みます。
グランドに入ってきた戦車から、数名の兵隊達が下りてきて、身動きすれば、音が聞こえて、殺されてしまう。
捕まるでなく、即、撃たれてしまうのです。
瓦礫の下でいきを潜めて、二晩を過ごします。その時、まるで、すぐ隣にいるような、お父さん声を聞くのです。
「忍耐、忍耐。でも忍耐には勇気がいる。やつらがこっちをバカにしたら、恥をかくのは穂かでもない、やつらのほうなんだよ」と・・・
3日目の朝、戦車が居なくなったと瓦礫の山に、這い上がったカリームを銃弾が襲います。
一発目はそれますが、石に当たって跳ね返った二発目が、ふくらはぎにめり込むのです。必死で逃げて、意識を失いそうになったときに、彼を捜しに来てくれた、ジャマールに救われます。
二人が、なんとか飛び込んだ病院。手厚く介抱されますが、そこも外出禁止令のため、医師も看護婦も、交代が出来ず泊まり込みで、食料も水も不足しています。
しかし、外出禁止令の解除がでるや、両親が駆けつけ、やっと我が家に帰る事が出来たのでした。
友達のジョーニは家族とともにアンマンに去っていくこととなりました。でも、ホッパーという友達がいる。
あのグランド、足が治ったらすぐ行こう。また、はじめるぞ、ホッパーといっしょに。他の子供達も仲間に入れて、自分たちの居場所をつくるんだ。(略)ぼくたちは、生きぬいてみせる。
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後書きによると
ほんの一部だけの紹介ですが・・・
「この本に書かれているエピソードは、ほとんどすべて実際にあったことです。レアードが子供達から聞き出した話、インターネットのサイトで報告されているできごと、協力者のソニア・ニムル博士が教えてくれた話、それらをつなぎ合わせて、一つの物語にまとめたというわけです。」

ですから、ノンフィクションの要素も多大にあります。
児童書も読んでみようと思って、図書館から借りてきた本ですが、こんなにも重たい内容だとは思っていませんでした。
解決の見いだせない現実が、容赦もなく子供達に襲いかかっている今の状況に、なすすべもない悲しさを感じます。
瓦礫の下から這い出してきた、野良猫親子を可愛がるイスラエルの兵士を、そっと見て、カリームは思います。「ちょっとお兄ちゃんと似ている気がする。でもジャマールには言わないでおこう。」
そう思える、心が、救いだと言う気がします。
戦争に大義も正義もないと思うのです。
そこにあるのは、殺す者と殺される者。
兵士として戦場に出されれば、否応なしに殺人者になるしかない。自分で判断し、行動することは許されない。
しかし、どちらも同じ人間なのです。
そんな状況に、子供達を陥れることは許されない。
そう思わずにはいられません。

この本が出版されたのは 2006年です。
今のパレスチナでは、同じような状況が続いています。

2103年11月1日の中東メディアの記事です。
■西岸で殉教と広範な逮捕
【ラーマッラー:本紙】
イスラエル軍は昨日(10月31日)午前、西岸北部のカバティヤ村でデモ参加者1名を殺害し、また複数の地域で市民13名を拘束した。被拘束者の中には、「ハマース」の指導者3名も含まれていた。目撃者によると、数十人の若者らが巡回中の軍に立ち向かったとのことだ。これらの軍は、木曜日(10月31日)午前に、多数の市民の拘束を目的にカバティヤ村を襲撃した。同村は西岸北部・ジェニン近辺に位置する。その後広範な衝突が生じ、衝突の間若者らは兵士に向かって投石を行った。それに対し、兵士らは銃で応じ、その結果アフマド・タザーザアという名の青年(21歳)が胸に銃弾を受けて負傷、その直後死亡した。また、兵士らは同村で4人の市民を拘束した。
指導部は青年アフマドの殺害を非難し、これについて「冷血な暗殺」であると述べた。また、指導部は声明で、「この暗殺は入植手段のエスカレートと相まって起きている。入植活動は根拠に欠け、国際法上正当性を欠くものとしてみなされる」と述べ、「このイスラエル側の政策は、和平プロセスを破壊するものである」と強調した。
西岸中部・ラーマッラー近辺に位置するビーラ市では、軍が「ハマース」の指導者3名を拘束した。拘束されたのは、同市のジャマール・タウィール前市長と、ファルジュ・ラマーナ氏、フサイン・アブー・キーク氏だ。また、エルサレムでは、イスラエル軍が16歳~19歳の青年7人を拘束した。

(後略)

イスラエル:西岸で殉教と広範な逮捕作戦






 

11月はフランスのお彼岸のようです

131102-03

10月もあっという間に過ぎてしまいました。
10月のことを、神無月(kannazuki)と昔の日本人は言いました。
もっとも、出雲地方では、神在月kamiariduki)と言われたそうです。
それは、日本中の神様が出雲地方に集まって一年分の会議をするからです。
何でこんな事を言うかというと。
11月一日のカレンダー Tous(全部 saint(聖人)となっていたからです。
すべての聖人達が寄り集う日のようです。
キリスト教では、神様と聖人様では、ランクが違うのかもしれませんが、日本では、神も仏も聖人様も、かなり、同レベルで感じています、
で、私は、神無月のようなものかしらと思ったわけです。


131102-01

そして、この授業のあった日、11月2日
日付けの下に défunts と書いてありますが、故人という意味で、その日は 
la commémoration des défunts(亡くなった人達を追悼する日)らしいのです。

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学校は約2週間ほどこの前後お休みになり、2日は、故人を偲ぶ日で、家族が揃ってお墓参りに行き、菊の花を主に供えるらしいです。日本と違うのは、切り花でなく、鉢植えをお供えするようです。
なんか、お彼岸のお墓参りと、よく似てるんでビックリしました。

菊の花は綺麗ですが、プレゼントの花を菊だけでするのはダメです。というのも一緒ですね。


そして秋の味覚が話題になり、栗餅の美味しい店の話から発展して、
「日本では菊を秋に食べる」と言う話で、先生はビックリしていました。
食用菊は、特別なお店でなくても、アチコチで売っています。
こんな感じ。
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萼(gaku)はとって、花びらだけ、さっと熱湯で茹でます。

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その後、お吸い物にしたり、和え物、酢の物、色々な方法で、美味しく食べられます。

comme ça (このように)

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美味しそうでしょう?

食文化の違いは大きいですね。
私は、魚、鰺や鯖なら、丸ごと調理出来ますが、鶏一羽を丸ごと調理しなさいと言われると、ちょっとビビると思います。
先生は、先週、この料理を家でしたそうです。

とっても簡単で、なかなか美味しかったとのことでした。

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une poule au pot
鶏肉の茹で煮です。
この絵を見て「可哀相~!」と言う声が出ましたが、日本人ならではですね。
美味しそうと言わなくてはいけません。
この料理の言われ、その昔、アンリ4世が、日曜日の食卓で鳥肉を食べられるようにしたいと言ったのだそうです。
その時代、庶民は貧しくて、鶏なんかあんまり食べられなかったのです。

私は、仁徳天皇が「民のかまどは賑いにけり」と言ったと言ういう逸話と、なんか共通するものを感じてしまいました。

さて、話は変わります。
もうすぐ、今使っている教科書が終わるので、エスクブザベデゾンビー? と先生は言いました。
「ひえ~、ゾンビーなんか持ってへんで~ !」とビビッたのは、私だけでした。
Est-ce que vous avez des envies ?
どんな物をやりたいですか? ということだったのす。
リエゾンすると、オンビー がゾンビーになってしまうのですね。
しかも、私がイメージしていたのは、ゾンビーでなく、キョンシーだったのです。

131102-07

きっと、私の心は、いつも授業中に冥界を彷徨っているからなのだろうと思います。