秋の朝顔

今年は、実がいっぱいついた柿の木を、よく目にするような気がします。
柿の生り年なのかもしれません。
青い空を見ると、このまま実りの秋が穏やかに過ぎて欲しいと思ってしまいます。
地震、大雨、火山の噴火。
異常気象に地球の地殻変動が重なっているのではないか?
私が、心配してもどうしようもないことではありますが・・・

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肌寒くなると、アチコチ体の痛みが意識されるせいか、気持ちが落ち込んでしまいます。
今週は、いえ、今週も、何もする気が起きず、ダラダラと過ごしてしまいました。
これではイカン。
気が沈む時は、とにかく外に出ようと散歩に出ました。

この頃、朝顔のような花がよく目につくのですが、朝顔って夏の花ではないのかな?
これも温暖化のせいでしょうか?
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この土手沿いに咲いていました。
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謎の物体二つ。
空から落ちてきた宇宙のタマゴか?

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これでした。
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この近くに、勾当内侍(こうとうのないし)を祭っている小さな神社がありますが、いつのまにか、こんなミニ公園が整備されていました。
新田義貞。
鎌倉幕府から足利幕府に時代が変わる狭間にあって、足利尊氏に敗れた武将としか知らない私です。
勾当内侍は、彼の妻であったと言う事ですが、なくなった場所については諸説があり、堅田の地で琵琶湖に入水したという説もあって、祭られているようです。
義貞が亡くなったのは、38歳ぐらいだったそうです。
短い命を燃え尽きたのですね。
宇宙の星から見れば、38歳も108歳も、いっんの瞬きに過ぎない。
私も、グチャグチャ言ってないで、一生懸命に残りの人生を生きなければ・・・
人間の一生も、所詮秋の朝顔のようなものだ。
などと、しばし、思ったのでありました。

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反戦平和集会で思ったこと

第2次安倍内閣になってからというもの、日本はまっしぐらに戦争に向っていると私は思います。




これは、どうあっても何とかしないといけないと思うのですが・・・

昔亡くなった母が、私がデモに出かけようとすると、よく言ってました
「おまえのようなチビが何をやっても無駄よ!馬鹿め。」
お母ちゃん、そんな言い方をしてはアカンってば・・・
子供のやる気を潰すと、その子は、何に対しても自信を無くしてしまうのです。
だから、今、私はいくら勉強しても、どうせダメだわと思ってしまうのです。

まあ、それはそれとして、
無駄でも何でも、何かせずには居られないと思ったのが、今年の国家機密法のごり押し採決でした。
でも、その日、私は朝から、ぎっくり腰になってしまい、動けなかったのです。
「ほら、みてごらん」と母の声が聞こえそうでした。

さて19日
「私のこのボロボロの膝で、デモについて歩けるかしら?」
との不安を抱えながら円山公園に出かけていきました。

2014・10・19 京都 反戦・反貧困・反差別共同行動 in 京都
今はネットで一部始終が後で見ることが出来るのです。

昔々、私が毎週のように反戦デモに出かけていた時代がありましたが、それはもう25年くらい前になります。
円山公園の集会場に入って感じたのは
昔は、労働組合旗で埋まっていたのが、それらしき物が全くない。
昔たくさんいた、ヘルメットとマスクのお兄ちゃん達の姿もない。
今は、大多数がシニアなのであります。
私は、竜宮城から帰ってきた浦島太郎のような気分になってしまいました。


分かりました。
今の日本で一番元気なのは老人なのです。

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でも、この旗を見て思いました。
きっと家では
「お父さん、洗濯物は、叩いて伸ばして皺を取って干して下さいとあれほど言ったのに!」
と言われているんだろうなあ~と・・・

こんな珍しい旗もありました。
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「さわさわ」はアラビア語で、意味はTogetherだと持ってる人が教えてくれました。
Together って、フランス語だと ensemble( 一緒に)だから、日本語だと「連帯」ですね。

アピールは、まず、鹿児島川内原発から姉さんかぶりの小父さん、岩下雅裕さん。
次は辺野古から知花昌一さんでした。
舞台の椅子で、座って順番を待っている人見て、「牧師さんか、本願寺のお坊さんかな?」と私は思っていたのです。
その白髪の人が知花さんと紹介され、ビックリしてしまいました。
私は1987年の5月に、その頃入っていた労働組合の反戦平和集会で沖縄に行っていたのです。
そこで、チビチリガマの案内をして下さった読谷村の人、それが知花さんだったのです。
その時、私は彼の話に強烈なショックを受けたのを覚えています。
「あの時の知花さんだ!」
あの頃、彼は、日に焼けた皮膚も髪も、真っ黒な青年でした。
30年近く経っています。
時の流れを、しみじみ感じてしまいました。

髪こそ白くなっていましたが、彼は相変わらず元気いっぱい。
辺野古に米軍基地は作らせない、カヌー部隊で阻止行動に参加してるとのことでした。
私が感じたのは「沖縄はなんと熱いのだ!」と言う事でした。
差別搾取の長い歴史の上に、戦争では日本の盾とされ、戦後70年、米軍基地を延々と押しつけられながら、明るく、けしてめげてないのです。
沖縄の運動あってこその日本の運動という気がします。
だからこそ、安倍政権としては、徹底的に沖縄潰しにかかってるのでしょうが・・・

などなど考えていると、壇上に出てくる、あの人もこの人も、昔デモで一緒に歩いた人達です。
昔のイメージと違っている人も、あっすぐ分かるという人も・・・
皆さん、延々と、頑張ってきてるんだなあ~と頭が下がりました。

メインの講演は、白井聡さん。
「わあ~、若い兄ちゃんが出て来た。」
と思うのは、私が年寄りになったから何でしょうね。
安倍政権は、永続敗戦レジームを持ってるんだ。
と話してましたが・・・
私は「レジームって何やのん?」と、そこらでフリーズし出しました。

安倍政権が、昔の軍国主義を良しとして、それを復興させて、戦争をする国、いや戦争を自分から仕掛ける国に作り替えようとしてる。と言うのが、私の考えです。
このお兄ちゃんの「レジーム」って、もうひとつ分からんなあ~と思っていたら。
「ぼくの著書 《永続敗戦論》と 矢部宏治《日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか》を読んでください」
とのことでした。
帰ってアマゾンで調べたら 《《日本はなぜ》は、近日発売予定ですって。
商売上手やなあ~・・・

レジームというのは、《フランス革命の勃発でアンシャン・レジームは崩壊した》の荒れです。
何でそこだけ外国語を使うのだろう?永続敗戦体制ではアカンのやろか?

とにかく、話し出したら止まらない人達の集まりなので、主催者は、「お時間です」カードを、毎回、申し訳なさそうに差し出していました。
最後に、一緒に歌いましょうとインターナショナルを皆で歌ったのです。
しかし、私は、この歌詞を知らないので
「古い盾、射座」??何だろうと思いながら、2フレーズ目で理解しました。
「奮い立て、いざ」なんだと・・・・

しかし、なんと古い日本語だろう!
ウキペディアによると
現在、主に歌われているのは1929年頃に佐々木と佐野碩が改訳したものである。
党派によって採用している歌詞に微妙な差異が存在する場合がある・・・と言う事です。

さあ、四条通りをデモ行進が始まります。

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四条河原町交差点。
最近は、おまわりさんも草食系男子なのか、指示が優しい。
そりゃあ、爺ちゃん婆ちゃんの腕を引っ張って、骨折入院とかなったら怖いと思っているのかもしれない。

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最後に、知花さんに写真を撮らせていただきました。
ちょっと、ピンぼけですが・・・
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白井聡さんのお話しの中で 《無敵の人》という言葉が印象に残りました。
今の時代、非正規雇用者はいつでも切り捨てられる人間である。
自分が誰からも必要とされず、金もなく、地位もなく、愛する物もなく、愛してくれる人もない。
失う物が何にもない。だから、恐い物がないから、欲望のままに、意味のないような殺人を起こしてしまう。
そんな人達が《無敵の人》と名付けられているそうです。

でもなあ~、それは、無敵の人ではなくて、不幸な人だと私は思うのです。

本当の意味の《無敵の人》は
すべての義務から解放され、上役からの命令もない、子育ての義務も負えた、両親も看取り終わって介護からも卒業した。金はないけれど、何時死んでも何の悔いもない。
いつ死んでも構わんぞ~!! 
そんな老人世代が、本当に 《無敵の人》なのではないかしらと思うのです。

日本を戦争をする国にするようなら命をかけて止めた。
そう思っている年寄りは多いんだよ。

年寄りをなめたらアカンでよ~・・・
と私は思ったのです。

映画SAYAMA 

私は一度ウトウト眠った後、1時か2時に眼を覚す。
そして、冷蔵庫を開け、何かを引き出し食べてしまい、朝、目覚めて、チーズの包み紙が枕元にあったりしてビックリする。
この行為を、私は「深夜の家庭内徘徊」と名付けているのだですが・・・
まあ、年寄りには良くあるこ行動パターンだと諦めております。

土曜日も、このパターンで1時頃起きてしまい、
「グタグタしているよりメールをチェックしよう 」
とパソコンを起動して、なぜか京都シネマの上映スケジュールを見たのです。

SAYAMA みえない手錠をはずすまで
「見えない手錠って何だろう?」と思って
公式サイト: http://sayama-movie.com/ を探すと、
それは、いわゆる“狭山事件”についてのドキュメントフィルムでした。

翌日の19日
私は、9時55分から始まる、この映画を見に行きました。
朝起きても、体が動かなくなっている私には、8時台の電車に乗るのは、ちょっと辛い。
でも、そんなことを言ってる場合か・・・
この映画は、まず、短パンとランニング姿の石川一雄さんが、朝のジョギングをする場面から始まります。
74歳とは思えない、引き締まった筋肉。
でも、頭からは、若き日の豊かな黒髪はなくなっていました。(失礼発言ですが)

だって、石川さんは、1963年に、24歳で殺人犯として逮捕され、31年7ヶ月を刑務所で過ごし、1994年12月仮出獄。
その後、今に至る20年、再審を請求の活動を続けています。
雨の降りしきる梅雨も、太陽の照りつける真夏の日も、風が冷たい秋の日も、雪で指の悴む冬の日も、裁判所の前に立ち
「私は無実です。証拠を出し、再審して下さい」と訴え続けて居ます。

「無罪を勝ち取るまでは死ねない!」
その思いが、この毎朝のジョギングになっているんだろうな~と私は思いました。

恥ずかしいことですが、私は、冤罪事件があったことを知ってはいましたが、年月を経て、無罪判決が下りた物と、勝手に思い込んでいたのです。
このドキュメントを見て、狭山事件は終わっていない、仮釈放はされていても、無罪ではないのだと言う事を知りました。

石川さんが無罪だというのは、どう見ても、はっきりしています。
逮捕された当時、貧困の中で小学校にも行けていなかった彼は、ほとんど読み書きが出来なかったのです。
脅迫状なんか書けるはずがない。
「筆跡鑑定をしたら、書いた本人ではないと簡単に分かるじゃないですか?」
映画が終わったあと、その日来てくれていた、この映画の監督、金聖雄さんに、わたしは尋ねました。
「そうなんです。それだけ出鱈目だったということなんですよ。」とのこと・・・

逮捕された後、無理矢理、似せて書かされたらしいのです。

家に帰って調べたら、ネットで犯人の筆跡と石川さんが書かされた筆跡を見ることが出来ました。
素人の私が見ても、これはちがうと思いました。

筆跡鑑定人ブログ 狭山事件・石川一雄さんの手錠を外したい(23-12-15)

これは、映画パンフレットの表紙からです。

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このドキュメントを見ると、石川夫妻の思いと生き方が伝わってきます。

拘束された約32年の期間を、失った時と見るのかもしれません。
でも、拘置所の中で文字を学び、世界が広がることを感じた。
それまで、自分が差別されている、不当に逮捕されたという事も認識できていなかった。
一つ一つ、学び闘うなかで、彼は、自分と世界の繋がり、他者との繋がりを知り、自分を知るのです。

この32年そして再審請求の20年は、まるで、千日回峰行を歩くお坊さんの姿のような気がしました。

支援者であり、連れ合いとなられた早智子さんとの、厳しい日々だけれど、暖かく乗り切っていく姿に、気持ちがほっこりいたします。
映画作品としても、とても良い物だと、私は感じました。

で、この後続いて、私は、午後1時半から円山公園で始まる、
「10.19 変えよう!日本と世界 反戦・反貧困・反差共同行動in 京都」に出かけたのでした。


アートなキャベツの日々

思い込み、読み間違い、物忘れ・・・
加齢=華麗なる現象に拍車がかかる今日この頃。

最近、私は、その現象がますます進化する一方のようです。

なんでキャベツがアートなの?
と思って眺めたのが、この新聞の間に挟まっていたチラシです。

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アートキャベツでなくて、アートギャッベなのですが、「分かった。分かった。」と思って、しばらくして思い出そうとすると
「アートキャベツ」としか出てこないのであります。

つまり、私の過去の認識の中に、《ギャッベ》というものは存在していない。
そして、キャベツならゴロゴロと存在してるからだと思います。

そもそもギャッベとは何かというと Wikipedia によりますれば
ギャッベ 
ペルシャ語で目が粗くて毛足が長い絨毯を意味する。~略~その粗くて重い形状から「ギャッベ(garbage=ゴミ)」として日の目を見ない商品であったが、近年ギャッベの市場が拡大して品質も向上してきている。

これだけ分かっていても近年キャベツの市場が・・・と読んでしまいそうになるのです。
だって、台風続きで、スーパーに行ったら、野菜の値段が上がってきてますものね・・・

それから、
デング熱を、私は、今年大騒ぎになるまで、ずう~っと、天狗熱だと思い込んでおりました。
熱が出て、顔が真っ赤になるからだろうというイメージが、こびり付いていたのですね。
他にも、そう思い込んでいた人達がいるのではないか?と、私は心密かに思っておりますが・・・
きっと、間違ってると気が付いても、みんな言わへんだけなんやで~

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まあ、こういうのは良くあることさ・・・ですが、時には、思い込み、僻みから、読み間違うことがあります。

土曜日の夕方、京都の四条通りを、学校の帰りにひとりトボトボと歩いていました。
信号を渡ろうとして、店の前の看板が眼に入ったのですが
「老顔後の化粧水・・・・」
?どんな化粧水やねん?
眼を懲らせば「洗顔後の化粧水」でした。
老眼による字の読みにくさプラス、「どうせ私はババアだよ」といいじける心が、私の思考と視力を曇らせるのであります。

でもまあ~、「老顔後の化粧水」
なんか、新しいキャッチコピーで売れそうな気もしますが・・・

とイジイジ落ち込んでいるのは、何回練習問題を読んでも prendre と perdre を間違えて読むからです。
母国語も読めないのに、外国語がちゃんと読めるわけがない。
とりわけ三人称複数は、嫌いだ~・・・!

prendreje prends つかむ、持つ、取る
tu prends
il prend
nous prenons
vous prenez
ils prennent

perdre 失う
je perds 
tu perds
il perd
nous perdons
vous perdez
ils perdent

Ils perdent ses mémoires par l'épouvante forte.
彼らは強い恐怖で記憶を失う。
ils reprennent ses mémoires par le choc bonheur.
彼らは運良くショックで記憶を取り戻す。

集団で記憶を失うと言うことは、SFの世界ぐらいですが、まあ例えばということで
現在形では変だから imparfait 過去の状態にしておこう
ils perdaient ses mémoires par le choc forte.
彼らは強いショックで記憶を失っていた。
でも、今すぐ無理だし、未来形で・・・
Mais ils reprendront ses mémoires absolument par le nouveau choc.
でも、新しいショックで絶対記憶を取り戻すだろう。

う~ん、二つの文章を関係代名詞でつなぎたいと思ったけれど、この文章ではダメですね。
無駄な抵抗は止めて、顔を洗って出直します。

あ~あ、やっぱり、私はアートキャベツな頭だなあ~。




ピザ曜日

ピザと言えば、シカゴピザかピザハットしかないと思っている私です。
「ピザを作るからおいで !」と言う友の言葉に 
「エッ、生地から作るの?」

じゃあ、見学しなくては・・・・水曜日8日、いそいそと駆けつけました。

今日のピザは強力粉と薄力粉が同じ分量にしたのだそうです。
分量は
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生地をこねるのが大変なんだろうな~と思っていたら、日本には家庭用餅つき器と言う優れものがあるのでした。

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お喋りしている間にもっちりなった種
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一枚分ずつ丸めます。

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それを麺棒で円形に伸ばして・・・・

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歪んだ部分は上手に修正。
さすが、手つきが違います。
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生地の上に、具を並べます。

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それをオーブンに入れる

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1枚目は、ベーコン、トマト、タマネギ、ピーマン
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2枚目は
ツナ、タマネギ、コーン、キノコ、バジル
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3枚目は
ウインナー、オリーブ、トマト、タマネギ

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どれもこれも、とっても美味でありました。
おご馳走様でした。幸せ!幸せ!

我家にも、立派なオーブン機能付きの電子レンジがあるのですが、もっぱら温め専用です。

「冷凍ピザ生地で、チャレンジしなさい!」と励まされましたが・・・

う~ん、この怠け者の私に、出来るかなあ~・・・

再度チャレンジ対訳 :フランソワーズ・サガンを演じた女優 

対訳に再チャレンジしました。
後2カ所、分かってない部分が残っています。

① n'en faire qu ne ~que  ~しかない, en の使い方が分かってない。
②vient me dire  って 「言いに来た」 ということでしょうか?その場合、過去形でなくて良いのかな?


avoir beau が分からなくて
どのように訳したら良いのか?、何か良い例文はないのか?
とネット検索したら、なんと自分が書いていた記事がグーグルでヒットしました。

avoir beau +infinitif (不定詞)いかに~しても(むだである)

自分が1年前に書いていたのに、まったく記憶から消えていました。
ほんまに~、信じられない状態です。

J'ai beau étudier le grammaire , je ne progresse pas le français.
いくら勉強しても、フランス語が進歩しません・・・・と言う事ですね。


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1954年に出版されベストセラーとなった《 悲しみよこんにちは》の作者、フランソワーズ・サガン。
私が高校生の頃は、現代文学作家としてもて囃されていたように思いますが、今では、すっかり過去の人だと知りました。

そうか~・・・・なぜならば、私自身が過去に属する人間になっているからです。

さて、その数奇な生涯を演じたシルヴィー・テステュへのインタヴューが、先週の授業で取り上げられました。
頑張って訳して見ましたが、難しいです。

それにしても、俳優というのは、かくも変によって変身するのかとビックリします。

サガンを演じるシルヴィー・テステュ

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同じ人です
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これも、
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Sylvie Testud dans la peau de Françoise Sagan
フランソワ・サガンをそっくりに演じるシルヴィー・テステュ
(←フランソワ・サガンの皮膚の中のシルヴィー・テステュ)
 
dans la peau de ~~と言う言い方は、、このインタビュアーが特別に使った表現なのだろうと思っていたら、一般的に使われる表現のようです。皮膚の中に・・・生き写しのようなという事でしょうか?

Sylvie Testud, c'est une âme forte dans un corps brindille, un franc-parler imagé et un visage pointu comme un point d'exclamation. Déroutés par sa joliesse plus nature que glamour et sa capacité à la transcender - elle a souvent prêté son doux minois à des personnages infréquentables -, les journalistes l'ont longtemps qualifiée d'actrice « atypique ».

シルヴィー・テステュ、それは小枝のような体の中の強靱な魂、率直に言わせて貰えば、感嘆符のような尖った顔だ。グラマーと言うよりむしろ自然な美しさ、そして、その卓越した才能に戸惑いを覚える。
彼女はしばしば、ふさわしくない様な配役にその可愛い子供っぽい顔を利用する。
ジャーナリスト達はながらく彼女を「型にはまらない」女優と形容していた。


A 37 ans et près de cinquante films à son actif, Sylvie Testud continue de n'en faire qu'à sa tête. On la savait espiègle et sympathique, on la découvre impertinente et résolue. [...]

その実績は37歳にして50本近くの映画出演、シルヴィー・テステュは自分の考えだけでそれをやり続けた。我々はいたずらっぽくて感じの良い彼女を知っていた。その上、無礼で果敢とも見える彼女を発見した。

Quand Diane Kurys vous a proposé d'incarner Françoise Sagan, comment avez-vous réagi ?
デイアヌ・キュリスが貴方にフランソワーズ・サガンをやるよう申し出たとき、あなたはどのように応じましたか?

J'étais étonnée. J'avais beau savoir qu'elle écrivait déjà à 18 ans, il ne me restait de Sagan que l'image de la fin, une femme au débit infernal et au visage bouffi. Et voilà Diane Kurys quivient me dire que je lui ressemble... Franchement, je ne voyais pas trop. Mais, tout de même, Sagan, quel défi pour une actrice !

私は驚きました。彼女が18歳ですでに書いていた事を知ってはいたのですが、私にとっては、恐ろしい口調とむくんだ顔をしてる女性という最後のイメージしかサガンについてはありませんでした。
デイアヌ・キュリスは私が彼女に似ていると言いに来たんですけど・・・
はっきり言って、私はそれほどと思いませんでしたけどね。
でも、いずれにしてもサガンを演じると言うことは女優にとって素晴らしい挑戦です。


Que connaissiez-vous d'elle et de son oeuvre ?
サガンとその作品についてご存じでしたか?

Je n'avais lu que Bonjour tristesse et Un château en Suède. J'avais une image d'elle complètement fausse, véhiculée par ces émissions de télé où elle n'apparaissait qu'en accidentée de la parole.
私は悲しみよこんにちはとスウェーデンの城しか読んでいませんでした。
私は、話し方がメチャクチャのまま出なくてはいけなかったテレビ番組によって広められた全く誤ったイメージを彼女に対して持っていました。


elle n'apparaissait qu'en accidentée de la parole. について
accidentée を彼女の交通事故と関連して連想してしまったのですが、この場合は、サガンの話しぶりを指しているそうです。晩年のサガンは、病的な早口でしゃべるので、ほとんど内容が聞き取れない状態だったそうです。でも、TVには、その姿で写るしかない。 


J'imaginais quelqu'un d'extrêmement cérébral, renfermé et sec. Pour les besoins du film, j'ai rencontré certains de ses amis et de ses proches - son ancienne secrétaire, son fils. Ils m'ont révélé une Sagan aux antipodes de celle que je me représentais. [...]

私はとても知的で感情を出さないドライな人間をイメージしていました。映画を作る為に必要だったので、私は、彼女の友人達と身内の人達、以前の秘書や息子というような人達に会いました。彼らは私に、私が持っていたのとは全く対極にあるサガンを明らかにしてくれました。

Ne craigniez-vous pas qu'un tel rôle vous pousse à la « performance » ?
「できばえ」を求められる、そんな役を押しつけられ、あなたは恐れませんでしたか?

J'étais d'autant plus terrorisée que je ne suis pas une adepte du feu d'artifice permanent...
私は(彼女の様に)いつも狂騒的な人間ではありませんので、むしろ怯えてしまいました。

une adepte du feu d'artifice permanent 永遠の花火の信奉者とは何のことだろうと思いました。
サガンのキャラクター、いつもパーティー、車、賭博、etcに明け暮れた、それこそ、絶えず花火を打ち上げていたような生き方は、私とは相容れない。


Je ne voyais que trop la dimension casse-gueule du rôle : incarner Sagan, c'est accepter le risque d'un triple accident. Sa silhouette, son attitude, et surtout son rythme exigent de l'actrice une déformation corporelle, intellectuelle et verbale.

私は、その役のリスクが大きすぎるのではとしか思えませんでした。サガンを具現化すると言う事は、三重のリスクを負わされるということでした。女優に求められる、体つき、態度、とりわけ(体を動かす)リズム、それは、体、心、話しぶりを変えるという事です。

Quand j'ai pris conscience de l'ampleur du travail, j'ai eu très peur.
Et puis je me suis calmée, j'ai procédé par étapes, comme un enfant qui apprend une langue étrangère. [...]

仕事の大きさに気付いたとき、私はとても怯えました。
次に、気を落ち着け、段階を踏んで取りかかりました。まるで子供が外国語を学ぶかのように・・


A quand remonte votre désir d’être actrice ?
あなたはいつから女優になりたかったのですか?

Un jour, j'ai eu le malheur de raconter à un journaliste que j'avais vu L'Effrontée à l'âge de 11 ans.
11歳の頃のある日、L'Effrontée(映画、日本の題名、生意気シャルロッテ)を見た事を一人のジャーナリストに語るという失敗をしてしまった。

Depuis, on a souvent répété que Charlotte Gainsbourg m'avait révélé ma vocation.
以来、シャルロッテ・ゲンズブールが私に自分の天職を教えたのだと、よく言われるようになりました。

Ce serait trop beau !
それだったら良いんですけどね。
(←それはきれいすぎるだろう)

Cela dit, c'était la première fois qu'un film me parlait autant, parce qu'il me racontait l'histoire d'une fille du même âge que moi, qui n'était ni la plus jolie ni la plus moche, ni la plus intelligente ni la plus bête, bref une fille moyenne, de celles dont on ne parle pas.

とは言え、こんなにも一本の映画が私に訴えかけてきたのは始めてでした。その映画は、特別綺麗でもなく、特別醜くもなく、特別賢くもなく、特別お馬鹿さんでもない、要するに、人が取り立てて話題にすることもないような、ごく普通の女の子、私と同じ年頃の女の子の話を語っていたのです。

Je me suis beaucoup identifiée.
私は、自分と一緒だと思いこんでしまったんです。

En fait, je crois que j'ai commencé ce métier pour de mauvaises raisons, celles d'une midinette qui voit une actrice à la télé et se dit que sa vie a l'air vachement mieux que la sienne.

実際は、自分はつまらない理由でこの仕事を始めてしまったと思います。
それって、TVの女優を見たお馬鹿ギャルが自分の人生より、彼女(TVのヒロイン)の人生の方がかっこよさそうと思ったと言う事です。


Après, évidemment, mieux vaut trouver d'autres motivations. [...]

当然ですが、後からでも、他のモチベーションを探した方が良いですよね。



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Brindille 小枝 dérouter 途方に暮れる transcender 超越する minois (子供や少女の)はつらつとした顔
 infréquentable fréquentable が付き合っても良い、通うにふさわしいと言う意味なので、その反対委の意味
qualifier 形容する、名付ける atypique 非定型 actif 資産、借方、功績 espiègleやんちゃな、いたずらな i
mpertinent(e) 無礼な、失礼な résolu(e) 断固たる 決然とした incarner 具現する réagir 対応する、反応する 
avoir + beau + infinitif ~だけれど、débit (m)口調、話し方、払うべき金、借方  infernal 地獄の bouffi むくんだ、ふくれた、
défi(m)挑戦、véhiculer (の)媒介物(伝達手段)となる、伝播する、accidenté(e) 起伏に富んだ
extrêmement 非常に、cérébral 知的な、
)renfermé( e) 感情を表に出さない、閉鎖的な、 sec 乾いた、révélér 明かす、暴露する、
antipode (m) 対極にある地点、正反対(の物、人)représenter 思い起こさせる 連想させる
不定冠詞+tel+名詞=そのような、それほどの、 craindre 恐れる、心配する、
Performance 成績、結果、成果 adepte (f) 信者、信徒、dimension (f)寸法、サイズ、c
asse-gueule 危険な、向こう見ずな、incarner具体化する、具現する
attitude (f) 態度、挙動、物腰、様子、 exiger 要求する、déformation 変形、ゆがみ、 corporelle 体の、肉体的、
ntellectuel(le) 知的な、精神の  verbal(e) 口頭の conscience (f) 意識、自覚、ampleur 大きさ、厚み、
procéder 取りかかる révéler 明かす,示す  vocation (f) 天職、資質、 autant それだけ、これほど、
bref 要するに、一言で言えば、s’identifier 一体化する、同一視する。
métier 職業、仕事。midinette 下町娘、ミーハー、


 


輪中を訪ねて2 : 木曽三川公園~七里の渡し

輪中の郷の次は、木曽三川公園センターです。
この高い展望台から、360度の視界が開けます。

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こんな大河に挟まれ、海抜がマイナスの地域では、大雨が来たら大変でした。
貧乏人は、家の柱にしがみついて、洪水を生き延び、お金持ちは、洪水に備えて、母屋とは別に、石垣を高く積み上げて作った別棟、水屋と呼ばれる建物を用意していたそうです。
たとえ母屋が水に浸かっても、ここに、米、味噌、醤油、水を備蓄し、座敷も土間も、便所まで供えてあります。

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母屋の方は、入り口の軒下に、「上げ舟」と言って、舟をしっかり保管しておきます。
いざとなったら、これを水に浮かべ一時避難するのです。

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大きな仏壇は、非常事態に備えて「上げ仏壇」というシステムを作ってありました。
仏壇の上の天井を外して、紐で引っ張って持ち上げられるようにしたのだそうです。
その模型は、これです。

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命がけで守ってきた一向宗の信仰心の強さでしょうか?

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これから先は、ボランティアガイドさんが案内してくれました。
まず、大正2年に建てられた4階建ての洋館「六華苑」
正面は洋風建築
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その後には和風建築となっています。

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庭は、奥入瀬の風景を取り入れたり

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兼六園の雰囲気も取り入れて、名前の六華苑は兼六園にちなんだ物だそうです。

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この場所も、海抜以下であり、庭に流す水は、循環させて、ポンプでくみ上げ川に流すとのこと。
水は脅威である、また、素晴らしい人間の協力者でもあったのです。
交通の大動脈であり、山から切り出した材木を筏にして流し売りさばく。桑名は、台交易地として賑わったそうです。

七里の渡し

東海道53次の中で、熱田から桑名までの七里を舟で渡ったとのことです。
でも3時間以上かかるので、途中でエスケープルートもあったということです。
昔の舟は、トイレがありませんでしたから、女性には大変だったのです。
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七里の渡し

道路側から眺めると風格があります。
東海道を歩き通して、ここで舟に乗れると思ったらホッとしたでしょうね。

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説明が良く聞き取れなかったのですが、この水門に 蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)がありました。
舟の出入りを監視する建物を再現したものと思われます。
川に向って、龍の姿をした置物が据えてあります。

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これを 蟠龍と言い、天に昇る前、上れるようになる前の龍なのだそうです。
龍にも、色々ランクがあって、空を駆け回るのは横綱級のありましょう。
「じゃあ、幕下ぐらいの龍なんですね?」と聞くと
「そうです。そうです」とのお返事でした。
どこの世界も、出世するまでは厳しい修行がいるのだなあと思ったのでした。
詳細を知りたければクリックして下さい。

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この後、九華苑公園(桑名城跡)まで歩いて、15時半頃、帰りの途につきました。
京都駅に戻ったのは18時でした。
まだ明るさの残り時間に帰れて、足腰がしっかり痛んできた私はホッとしました。
楽しく、充実した一日でした。