大腸検査 2015年

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27日は、5年ぶりの大腸検査です。
病気関係の検査で嫌なものベストワンを争いそうなものが、子宮癌検診か、この大腸検査でありましょう。
まあ、予約したんだし、今さらゴタゴタ言っても仕方が無いのです。
まな板の上の鯉、いや、診療台の上の大腸検査患者だ!
しかし、診療台に上がる前に、しておかなくてはいけないことがあります。
それは何かというと、腸の中を綺麗にしておくことです。
綺麗にと言う事は腸を空っぽにしろと言うことです。
前々日から繊維質の食品は控え、前日は検査食で朝昼晩をすませないさいと言う事です。
ですが、昔と違い、検査食も進歩しています。

朝昼晩の3食パック
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朝食は鶏と卵の粥
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袋を開ければ、こんなです。
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味はなかなかおいしいのですが、私には辛すぎました。それに量も少ない。
「エッ、こんなに塩分があって良いのだろうか?」
後で舌がヒリヒリ感じるほど辛かったのでした。

昼は二品、嬉しいな。肉じゃが and 鮭かゆ 

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う~ん、肉じゃがには糸蒟蒻が入ってて欲しい、まあ仕方が無いけれど・・・
ちょっと口寂しくて、食後、砂糖菓子をかじってお茶を飲んでしまいましたが、後でばれるかな~?

いつでも食べられると思うと、量が少なくても気にならないのですが、これだけしか食べてはいけませんとなると、食べたくなるのが人情です。
だから、一人っ子の食は細く、子だくさんの家の子供達は、我先にと争って食べ、食が太くなるのです。
我家は、子供6人の家庭でしたから、4人の兄ちゃん達の食べっぷりは凄いものがありました。
お菓子も滅多に食べられなかった昭和30年代の話です。
たまに、母が、善哉やおはぎを沢山作ったら、一人分の皿に6個も7個も盛られていたように思います。今だったら、一個か2個がやっとですね。
そして、まず、ご近所に配るのです。
「つまらないものですが食べて下さい」と言うのよ母に言われて、お皿を抱えてお隣に配達していた。
そんな時代がありました。お母ちゃんのおはぎは美味しかったなあ~!
ああ、急におはぎが食べたくなった。つまり、食事の量が物足りなかったのでしょうね。

夕食も二品
チキンクリームシチュークラッカー

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クラッカーが、ご飯代わりの主食かい?と、ちょうと悲しい!と思いましたが、このシチューは結構ボリュームがありました。

あまり早い時間に食べると、夜中にお腹が空くのでと思って、この日は泳ぎに行くのを早くして、17時45分から1時間ほど泳ぎ、20時に夕食。

寝る前に、ラキソベロンという液体をコップ1杯の水に溶かして飲みます。

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以前に何度か大腸検査をしていますが、薬の効き目が、だんだん弱まってきています。
初めて、このラキソベンを服用したときは、まさに下からシャワーという感覚に襲われビックリしたものです。
でも、今回は、夜中の1時頃もよおしてきて、1時間で4回トイレに通いましたが、普通の下痢感覚の強めといった感じでした。腸だって段々と老化して感度が悪くなってきてるのでしょうか。

翌朝
2リットルの水道水に、ムーベンという薬(下剤なんでしょうね)を溶かし、コップ1杯を10分おきに、1時間で、1リットル飲みます。
1時間で飲むのはきついな~・・・要するに、体内に残っている物を出し切ってしまうのです。

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最初の1時間半で半分ほど飲みます。
下剤1リットル飲んでも1度も排便がない時には、ご連絡下さい。と説明書きがある。
わあ~、1時間経ったけど、私のお腹は何ともないよ~!
電話をかけようかしらと迷いました。でも、電話をかけたらどうなるというのだ?
と疑問を感じて、30分待ったら、やっと待望の感覚がやって来ました。
3時間ほどかけて2リットルを飲み、5階のトイレ通いです。

さあ、これで準備万端整った。
午後からの検診で異常なしでした。

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画像で確認した腸は、ピンクに輝きすべすべでした。
「顔よりよっぽど綺麗ですよね?」と言うと、看護師さんは答えにくそうに「まあそうですね」と笑っておりました。
シミもシワもなく、湿気たっぷりの世界で紫外線にも当たってないからからですね。
人生後半は、顔と腸の場所を置き換えて暮らしてみたいものだと思ったのでした。
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野鳥に観察されデジカメ購入

2月22日は、京都地方南部の降水確率午前30%、午後50%でした。
出かけるには微妙なお天気予報だったのです。
が、しかし、この日は約束がありました。
京都御苑内での野鳥観察会です。
前日の天気予報で、降水確率が50%以上の時は中止とのことですが、前の夜にメールで「決行します。雨具を準備して下さい」とのお知らせが入りました。
「雨だったら止めようかなあ?」と悪魔の声が私にささやきます。
でも、私はメロス、「友との約束を破ったりは出来ないのだ!」と言うわけで出かけました。
集合場所の京都御所乾御門で「迷った私を許して、ひっぱたいてちょうだい」とは言いませんでしたが・・・

申し込んだ人は、皆さん、ちゃんと集まりました。その数60人。

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四人の講師(日本野鳥の会のメンバー)について歩く人数を分け、カラフルな雨具をまとった人々が、お喋りしながらぞろぞろ歩けば、野鳥もビックリして、逃げていきそうな勢いです。
野鳥を観察すると言うより、絶対、野鳥に観察されているはずだと私は思ったのです。

「ほら耳を澄ませば、鳥の声が聞こえるよ」と言われ耳を澄ませば・・・
スズメのような小さな小鳥の可愛い声、それに、ブッポウソウのような「ホーホー」と言う声も聞こえてくるような気がする。
私が「あの声は人間で真似が出来ないよね~」と感心すると
「あれは違いますよ。今出川通りの横断歩道の信号の音です」
よくよく聞けば、そうだ交差点を渡るときの信号音だ!最初からど壷にはまってしまいました。

枝に止まっっている、茂みの中にいる野鳥たちを見つけるのは難しいです。
私がまず見つけたのはこれ。こんなプレートが沢山敷き並べてありました。
どういう基準で並べてあるのかは、全く不明ですが・・・

す」でステーキかあ~・・・贅沢な時代になったなあ~
子供の頃はステーキなど見た事もなかったけれどと、戦後世代は思うのでありました。
がしかし、現在は、戦前世代なのかもしれませんよ。

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こんな状態で、どうやって鳥を見るのだと思われるかも知れませんが、それはご心配なく。
リーダーが、超高級望遠レンズを三脚で設置し「アトリです」
レンズに目を近づければ、目の前にいるかのように小鳥の姿が目に飛び込んでくるのです。
「アトリって?ニトリなら知ってるけど・・・」と言うと、隣の人が
「ああ言わんといて、ニトリで覚えてしまうやんか!」

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ネットから映像借用、襟巻きが暖かそうなニトリ、いやアトリです。

カシラダカという鳥も見せて貰いました。
「頭の毛が逆立っているところから名前がついてます」とリーダーが説明してくれます。
「なんで毛がたつんやろね?」という疑問が出たので、私は言いました・
「そりゃ寒気がするからよ。だからサムケダカってね。」
こんな事を言ってると、本当の名前が飛んでしまうのです。言った私自身が
「さっきのサムケダカの本名何だった?出てけえへん」となってしまうのでした。

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ネットから映像借用
寒そうに頭の毛を立てているカシラダカです。

私のコンパクトカメラでは、最大限の倍率で撮して、それをまた画像処理で一番大きくしても、これくらいです。
これはなんだっけ?
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スズメのお宿
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シジュウガラや雀が飛び交う場所がありました。
御所の小鳥たちは人間になれているので「餌をまいてちょうだい」と言わんばかりに飛び交います。
中の1羽は、枝に止まり、まさにカメラ目線でという感じで
「写真撮るなら、はよ撮らんかい」と言わんばかりの格好をするのでありまそた。
高い梢の先で巣作りに励むアオサギのお父さんかお母さん。その日、見かけた、もしくは声を聞いた鳥の数は29種類だったそうです。
マガモ、キジバト、カワウ、アオサギ、トビ、コゲラ、ハシボソガラス、ハシブトガラス、ヤマガラ、シジュウガラ、ヒヨドリ、ウグイス、エナガ、メジロ、ムクドリ、トラツグミ、シロハラ、ツグミ、ルリビタキ、スズメ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、ビンズイ、アトリ、カワラヒワ、イルカ、カシラダカ、アオジ、アオゲラ

日本野鳥の会の人達は「今日は鳥が少なかった」と残念がっておられましたが、私には、充分でございました。

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12時に九条池の前で解散し、烏丸丸太町角のファミレスでご飯を食べて帰りました。

やっぱり、もう少し良いカメラが欲しいなあ~と思ってしまいました。
帰りに京都駅前のヨドバシカメラに寄って、一眼レフ、ミラーレスと眺めましたが、私には、どれもこれも重たすぎると分かりました。
そして、何よりも分かったのが、一眼レフもミラーレスも、たとえ買っても絶対使いこなせないと言う事です。
ウロウロ行きつ戻りつしていたら、店員さんが近寄ってきて、私の希望を聞きました。
山の景色を遠くから大きく(つまり我家のベランダから)、花火も撮りたい、花を接写したい、そして、街を歩く時、ちょこっと風景も撮りたい、授業の時、教室でもメモ代わりに使いたい。
その上で、重たいカメラは絶対ダメというか無理ですと・・・
そこで店員さんが「だったら、これしかないです」と指定したのが、これです。

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オリンパス、スタイル1、コンパクトデジカメです。

軽いと言っても400g有ります。バンドを着けたら440gです。
私が今使っているカメラは180gです。
ああ、これだと、やっぱり重くて持って歩けないかも知れないですね。
その上、先月新年会で落札しゲットしたカメラと大差がない。
新年会で買ったのは、重さが580g、オリンパスSP-570UZ という私が今回買った物より上位機種かも知れません。
100gの違いでしかなかったのですが、私にとっては100gが、ものすごく大きいのでした。

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左が新年会で落札。右がヨドバシカメラで購入したもの。

コンパクトカメラとしては重すぎ、レンズ重視のカメラとしてはもの足りず、つまり、帯に短し襷に長し。
もしかしたら、お馬鹿な選択をしてしまったのかも知れない。
いえ、私はもう、人生何も後悔しないことにしたのだ。

家に帰って、説明書をめくってみましたが、難しくて、ほぼオートでしか使えそうにありません。
ん~・・・でも、ええねん!「私はそれでも、後悔しないのだ!」
大分、後悔している雰囲気になってはいますが・・・・

その夜、窓から見える、琵琶湖大橋の夜景を撮してみました。
こんな感じですが、けっこうエエやんね。

「ああぶれてる!三脚を買ってこなくては!」と思ったのでした。

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何処かに春が・・・

水面に泳ぐ鴨に、春の気配を感じたと思った日もありました。

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でも、2月14日土曜日の朝は、街中が雪化粧となりました。

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快晴なのに、地面は真っ白な雪に覆われ、春はまだまだ先かなと思っていたら、間一日おいての16日は暖かい小春日和となりました。
三寒四温・・・
水温むような日もあれば、震え上がるような日がぶり返し、こうして春が近づいてくるのでしょうね。

近所の垣根に咲いていた水仙です。

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私の体調は、少しずつ回復してきています。
電車に乗っても大丈夫です。多分・・・
私としては、原因は心因性ではなく、頸から肩の凝りが究極まで行って、脳の神経を圧迫したのであろうと解釈しているのです。
だから、心療内科で相談し、抗うつ剤を処方されても、あまり効果を期待してはいなかったのです。
ですが、抗うつ剤パキシル1錠10mgと、睡眠導入剤マイスリー1錠5mgを服用した翌日、劇的に効果がありました。
まず、5時間以上眠れました。しかも、夢の記憶がないほど・・・
ぐっすり眠れた・・・この効用が、何より大きかったと思います。
今までは、睡眠導入剤10mg服用して眠りについても、90分で目が覚めてしまい、それから寝ているのか起きているのか、浅い眠りを繰り返し朝になるというパターンでした。
パキシルを服用した翌朝、5時前に、パキッと目が明き(もしかしたらそれで、パキシルという名前なのか?)
ガバッと起き出して、体が軽く動くことに、自分でビックリしました。
7時頃、夜が明けるのを待ち散歩に出かけて、近所の神社まで往復。「これは、すごい!」と思ったのですが、元気が続いたのは昼まででした。
午後になると、息が上がってきて、体を起こしていられなくなって・・・そうなると「もう、私はダメだ!」 と、これまた単純に落ち込んでしまうのです。
こんな状態が1週間ほど続くと、薬の効用が落ちてきたなあ~と感じ出しました。
睡眠時間の間隔が、少しずつ縮まってきました。
とにかく一定の効果はあったようです。

薬を続けて依存性が強まるのが嫌で、ここらで一応、薬から脱却しようと、ある夜、抗うつ剤も睡眠導入剤も飲まず、頑張って(頑張ってとしか言いようがありませんが・・)眠りに入りました。
結果どうだったかというと、睡眠の間隔はやはり約90分でした。
それは良いのですが、とにかく、夢の内容が忙しいのです。

「家のカーテンを閉めてきて」と友達に頼まれました。
(それも、前提として、その友人が引っ越していて、前の家が大邸宅という状況がなぜかあるのですが・・・)
私は、長い坂道を歩き、その家に辿り着きました。その家は、半分が洋風建築、半分が和風建築の大邸宅でした。
おそらく、この建物は、去年、バスツアーで観光に行った輪中の明治時代の建物イメージです)
私は思うのです。「和室は障子が閉ってるから、カーテンをしめるのは洋室だけで良いわね」
各部屋をまわってカーテンを閉め、引き返そうとすると、今度はなぜか、歩いてきた道ではなく、電車を使う事になるのでした。
それも、京福電車のような古ぼけたホームの駅舎から・・・
一駅乗って下車すると、次の駅は、なぜか広大で沢山の階段、エスカレーターがあるのです。
私は、現実だと駅を出て地下街に潜っていくような階段を、駅のホームから下り始める。
延々と下り、曲がりくねった薄暗いトンネル状の穴を出ると、そこが駅の別改札口なのです。
そこで、私はハッとします。なぜなら、私は切符もお金も持っていない。
どういう手段で電車に乗ったのでありましょう?ここで、夢の中パニックです。
「困った!なんと言ったらいいのだ!」 そこで、目に入ったのが、改札口にいた駅員さんです。
その人の顔が、TVの脇役としてよく見る俳優さんで、今もありありと残っています。
でも名前が出てこない、よくよく分かっているのにと気に掛かっていましたが、この人でした。
小倉久寛さんという俳優でした。なぜ彼が、紺色の服と制帽の駅員だったのか?
そこは夢ですから分かりません。
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この小倉さんが、なぜか夢の中では、ご近所さんで、私に気が付き話し変えてくれるのです。
「どうしはったんですか?」
いや~、実はかくかくしかじかでと言うと、「それなら、この駅と違って次の駅ですよ」
エッ!二駅も先だったのかと、驚きました。
そして、彼が次の駅まで、一緒に電車に乗って送ってくれたのには恐縮しました。
今度お会いしたら(夢の中で)電車代金をお返ししなくては・・・

そこらで目が覚めたのだと思いますが、目が覚めると「ああ、草臥れた」状態です。

こういうのを、脳が休まらない夢というのでしょうかね。

そんなこんなで、一遍に薬を止めるのはぬ難しいかも知れませんが、少しずつ減らしていこうと思っております。

春が来れば、きっと元気もよみがえるでしょう。

とりあえず、近況報告です。








なぜ自然食品を食べるのか?対訳再チャレンジ!

訳の分からない訳文をしてしまい、困っていたら、クラスメートのバラ姫さまが、凄く丁寧に、私が分かっていない部分の構文を詳しく解説をしてくれました。そして、分かりやすい翻訳も・・・

有り難うございます。感謝感謝です。

私のように、単語の意味だけで、ごり押しに、想像で文章を考えたらいけないのだ。と言う事がよく分かりました。
がしかし、私には、いつになったら出来る事やら・・・・

さて、昔の品種と書かれていたpinamboursキクイモ
今週、家の近くの農協に合ったので、購入して見ました。
薄切りにして、湯がいて、半分は、シーチキン、タマネギ、キュウリのサラダ。残りは、醤油味で煮込んでカツオ節をまぶして食べてみました。
食感は、ジャガイモのようにほくほくしていなくて、ゴボウとジャガイモをミックスしたような感じでした。
芋の食感を期待したら、ちょっとゴリゴリ感があって期待はずれです。
菊芋と言うだけあって、口に入れると、なぜか菊の香りが漂ってくるような芋でした。

le principe de précaution (用心の原則)とは
それは、商品を市場に出す場合、それが、将来どんな影響を与えるか分からないので、品質、添加物等について、過大すぎるほどの用心を怠ってはいけないと・・・そんな説明だったと思います。

la biodiversité
生態系
biodiversite

Pourquoi manger bio ? 
 なぜ自然食品を食べるのか?

Pour la santé : 
健康のため

Meilleur ou pas meilleur pour la santé? Certaines études assurent que oui, d'autres les contredisent...
健康によいか、そうでないか?健康によいと保証する研究もあれば、反対を主張する研究もある。
D'un côté des aliments naturels , de l'autre des aliments auxquels on a ajouté, ①dès leur croissance, des produits de synthèse dont on ne connaît pas encore tous les effets...
一方には自然食品があり、他方には、成長段階から早くも、我々がまだ完全にはどんな影響があるか分かっていない合成物質を加えている食品がある。
C'est sûr , on retrouve parfois des résidus de pesticides, ②y compris en bio, parceque quand l'air est pollué...
確かに、ビオ食品にも、時には残留農薬が見つかることがある。空気が汚染されているからだ・・・
Mais③ il en a de toutes façons moins que dans les produits arrosés d'engrais et insecticides chimiques...
しかし、いずれにせよ、肥料と殺虫剤をかけられた作物の中で見つかるものに比べたら少ないものだ。
En l'absence de certitude et de conviction personnelle, le principe de précaution mérite d'être appliqué.
確実性と個人的な確信がない時には、用心の原則を適用すべきである。
Il reste que logo AB vous garantit des produits sans OGM, sans conservateurs ni additifs de synthèse.
ABのロゴがあなた方に、遺伝子組換えのない、防腐剤も合成添加物もない作物を保守することに変わりはない。
Vous êtes sûr de ne pas avaler à votre insu des substances synthétiques dont on pourrait plus tard démontrer des effets négatifs.
もっと後になって悪い結果が明らかにされるかもしれない合成物質を、あなた方は無意識の飲み込む事などありえない。

Il faut aussi penser à la santé des agriculteurs.
農民の健康についても考えなくてはいけない。
De plus en plus d'études médicales démontrent que l'utilisation de pesticides à haut dose dans les exploitations met leur santé et celle de leurs enfants en danger.
農作業における高い割合の農薬の使用は、農民の健康とその子供達を危険にさらすと言う事が、医学研究で徐々にあきらかにされている。

Pour les saveurs :
味のため
Les aliments biologiques sont souvent plus savoureux, les plants ont eu le temps de pousser dans une terre qui n'est pas forcée,et sont issues de variétés sélectionnées pour leurs goût, leurs rusticité.
自然食品は、より風味豊かだ。植物は促成栽培ではなく、土の中で育つ時間をかける、そして、それらは味と適応力の強さのために選別された変種から生じている。

Les processes de fabrication sont respectueux des qualités nutritives des aliments,qui
sont le plus prpches possible de leurs était naturel, le moins raffinés, désodorisés , édulcorés possible.
その生産過程は、食品の栄養有る品質を重んじ、自然状態に可能な限り近づけ、出来るだけ、凝りすぎない、匂いを消さない、甘すぎないように してある。
Ils ont souvent un goût plus marqué que les produits conventionnels.[...]
それらは、しばしば、従来品よりも、より際だった味を持っている。

Pour l'environnement :
環境のために
Quand on achète un produit bio, on sait que sa production n'a pas déversé de résidus néfastes dans la nature, ni n'a détruit irrémédiablement d'especes.
自然食品を買うとき、我々は、その生産が自然界に有害な残滓を注ぎ込んでない事を知っている。
Si de plus c'est un produit local et de saison ,on sait que son transport et sa culture ont été économes en énergie , ce que permet de ne pas aggraver l'effet de serre.
付け加えるならば、それは地元の季節の作物である。我々は交通と栽培にとってエネルギーの削減となり、それが温室効果を悪化させないようにする事を知っている。

La bio se soucie de la la biodiversité, et lutte contre l'uniformité.
ビオは生物多様性に心を砕き、画一性と戦う。

Bien souvent elle utilise des variétés oubliées , choisies pour leurs qualités gustatives ou nutritionnelles.
多くの場合、ビオは、味と栄養価のために選ばれた忘れ去られた品種を用いる、

Topinambours, choux-raves, blés anciens, petites pommes d'antant...
キクイモ、ケール、 古代小麦、昔のリンゴ...

pinamboursキクイモ
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choux-ravesケール
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blés anciens 古代麦
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petites pommes d'antant 昔のリンゴ
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語彙
Contredire 反対する、反論する、compris 含まれた、dès ~から早速、croissance(m) 発育、成長、増加
produit de synthèse合成食品 effets(m) 結果、résidu(m)滓、残滓 pesticide(m)農薬
polluer 汚染するde toute façon ともかく、いずれにせよ arroser 水をまく(かける) engrais(m)肥料 insecticide(m)殺虫剤 chimique化学の、certitude(f) 確信、確実性 conviction 確信、自信、信念 
principe(m) 原理、précaution(f) 用心、慎重、mériter de~ 値する
appliqué(e) 熱心な、注意深い、garantir 保証する、
OGM (organisme génétiquement modifiéの略) 遺伝子組み換え生物
conservateur防腐剤 additif(m) 添加物 synthèse(f) 合成、
il reste que~ それでも~に変わりはない
AB (agriculture biologiqueの略=有機農業)、 avaler 飲み込む、③insu無意識
substance(f) 物体、物質 synthétique 合成の、人口の、démontrer 証明する、明らかにする
effet (m) 結果、pesticide(m) 農薬、 dose (f) 含有量、割合、
exploitation(f) 開発、経営、利用、saveur (f) 味、風味、variété (f) 種類、変種、 issue(e) de ~生まれの、出身の
sélectionné(e) 選択、選抜、 rusticité(f) 粗野、無骨(環境適応力の)強さ
nutritif(ve) 滋養のある、栄養になる、raffiné(e) 洗練された、上品な、凝った
désodoriser 臭気をのぞく、 édulcorer 甘みをつける conventionnel(le) 慣例的な
déverser (水を)注ぐ、 néfaste 有害な détruire 絶滅する
irrémédiablement  取り返しがつかないほどに、決定的に  espece (f) 種類、種、種族
econome倹約の、 aggraver 悪化させる、l'effet de serre温室効果 
serre(f)温室、ビニールハウス 、biodiversité、⑤la biodiversité 生物の多様性?
gustatif(ve) 味覚の、味に関する、 nutritionnel(le) 栄養の
d'antant 昔の、往年の
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ゆっくり気楽に読めない本だった

今週は、まったく勉強をする気になれません。ごめんなさい。
まあ、そういう時もある。
それで良いのだ!と勝手に許可を出すことにしました。

今、私は、ささやかな現実逃避がしたいのです。
国内であれ国外であれ、胸が締め付けられる様なニュースしかない現実だから・・・

そう思って、図書館で借りてきた本がこれです。

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この表紙を見れば、ほんわかと息をつけそうな感じだと思いませんか?
原題は du bon usage de la lenteur
ゆっくりの優れた効果とでも、直訳したらいいのかなあ~

この作者は、Pierre Sansot(ピエール・サンソ)
フランスの大学の先生だったそうで、哲学と人類学を教えていたそうです。
後書きに、食べることと作り話を愛し、毎朝欠かさずテニスをする。とありました。

「ゆっくり気楽にというニュアンスと毎日欠かさずテニスをすると言うのは、なんか合わない感じね」
というのが、我が友人の意見でした。
確かに、毎朝テニスをしようと思うと、ゆっくりしてられへん様な気がするのですが・・・
まあ、それは、のろまな亀の感じる気持ちなのです。
行動の素早いウサギならば、朝のテニスなど、ゆっくりの部類に入るのでありましょう。
と言うわけで、この本を読んで共感する人は、本来、行動も思考も素早くできる優秀な人達なんだろうなあと思いました。
でも、これはフランスではベストセラーになったそうですから、賢い人達が多い国なのか、私が、鈍くさい亀の種族なのかのどちらかでありましょう。
趣旨としては
目先のつまらない目的をアクセク追いかけず、自分が今何をしたいのか、今どんな時の流れにいるのかをじっくり味わいなさい。それが、生きると言う事でしょう。

という様な内容だと思うのですが、結構表現が難しいし、目が文字を追っていても、意識は、フワフワとよそに彷徨いだしていきます。

そぞろ歩きを楽しむの中に
《実際には、そぞろ歩きの楽しみは、なにかを見つけることにあるのではない。歩くという行為そのものにあるのだ。自由な空気を胸一杯に吸い込み、目障りなものには目もくれず、この世に生きてる幸せを感じながら歩くこと、それが大切なのである。》

歩くだけに、これだけの決意が必要なら、散歩に行くのをためらってしまいますよね。

そんなこんなで、おおざっぱに飛ばし読みをしています。まだ、読み終わっていません。

私が面白いなと思った章は 「ワインの知恵」です。
日本酒が地酒として、各地に根づいているように、フランスでは、〈故郷のちょっとしたワイン〉に愛着があるのだと言う事を知りました。
《「有名なワインではない。あまりおいしくないかもしれない。けれども、私のワインだ。学校へ行く途中にあった生け垣や、ダムをつくって遊んだ小川と同じように、ふるさとのワインだ。」》

そして、以前、訳すのに苦労した歌 la montagne(故郷の山)の中に出て来たピケットについて理解を深めることが出来ました。
歌の中に、C'était une horrible piquette (それは恐ろしいピケットだった)という歌詞があるのですが、イメージが掴めず、安物のひどい味の葡萄酒のことかなあ~と思ってていたのですが、この章の中に出てくる内容で、少しイメージが掴めました。

ちょと長い引用になりますが

《 ぶどうの中にはピケット(ブドウなどの搾りかすに水を加えてつくる飲み物)の材料になるものもある。これはべつだん恥じることではない。ブドウが年をとっただけの話で、年寄りが杖をついたり、気難しくなったりするのと同じ事なのだ。
 村人たちは、よそ者が、いやいやながらこのピケットを飲む様子を面白そうに眺める。北仏からの旅行者が、日焼けした顔をさらに赤らめるのを見て、思わず微笑を浮かべる。本当のところ、彼らは決して、古いブドウからつくったこの酒を嫌ってはいないのだ。》

ここを読んで、ピケットというのは、まあ言うならば、商品として出すには価値の無くなった古木に出来る実を使って作るものなのかなあ~・・・自家用に当てるために・・・
日本で言えば、長野県の民宿で、その自家用の漬け物を、毎年行って馴染みになったお客さんだけに特別食べさせてあげる。といった感じかなあなどと想像をたくましくしています。

まだ時間があるので、この本は、ゆっくり読んで、気楽に返しに行くことにしましょう。

さて、話は変わりますが、4日の朝、そぞろ歩きをしていた私が目にした鴉です。

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すぐそばまで近寄っても逃げる気配がありません。
「鴉にまでなめられているな~」
と思ったのですが、彼にとっては、朝の饗宴の最中だったのでした。
前日が節分で、家々の窓から「鬼は~外!」と大声でまかれた豆。
その残りが、この日の朝の鳥たちを大いに喜ばせていたのでした。

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椿の季節も、もうすぐ終わりますね。

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今日は節分・・・春よ来い

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気が付けば、今日は節分でした。
冬から春に、季節を分ける日で節分なんですね。
明日は立春、暦の上では、もう春です。
この冬は、病院、整骨院に通う日々でしたが、春の日差しをあびて元気にならなくてはと思いました。
この鬼さんは、行きつけの整体院のカウンターに飾られていたものです。
こんな可愛らしい鬼さんを、寒空に追い出すのは可哀相です。
福も、鬼も(誰もが心の中に持っている、ちょっとした意地悪な鬼ぐらいならば)
暖かい部屋の片隅に居てくれても良いですよね。
善も悪も併せ持っているのが人間だから・・・

最近は 節分の夜に外を歩いても 「鬼は外!福は内!」という声が聞こえてこないように思いますが、どうでしょうか?
私が幼い頃は、まだ食糧事情が悪かったので、父親が部屋の中に蒔く豆を、子供達が争って拾い集め
「年の数に、一個足して食べるんだよ」と言われてるのに、お兄ちゃんは、沢山食べていました。
今のように、恵方巻とか、鰯に柊を飾るという事もありませんでしたが、大家族の我家は、4人の兄たちがドタバタとはしゃぎ、小さな私が、その後を追いかけ回し、まさに、昭和の日本の家庭をしていたのでした。

貧しくて、食べる物もろくになかったけれど、皆が生きるのに一所懸命だった時代でした。

なんか、そんな時代が懐かしくなるような、心の寒々としたニュースが続く日々です。

でも、私は、人間の心の中にある暖かさを信じたいと思います。

外はまだ冬・・・・

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