無事これ名車?

夏、朝顔が似合う季節です。
でも、日が差すとあっという間にしおれてしまいます。

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半日だけの命でも、無心に咲く。
その心を見習いたいものです・・・・

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「無事之名馬(ぶじこれめいば)」いう言葉がありますね。
ずうっと昔から、戦国時代か江戸時代からある格言かと思っておりました。
そして、「腕白でも良い、怪我や病気もせず育ってくれてるなら・・・」
という意味に私は勝手に解釈していたのです。
ですが、この言葉
競走馬を指して「能力が多少劣っていても、怪我なく無事に走り続ける馬は名馬である」とする考え方を表した格言である。
馬主でもあった作家・菊池寛による造語として有名だが、実際は時事新報の岡田光一郎によるものである。(Wikipediaより)
と言う事で、なんと1941年6月に、日本競馬界の雑誌、『優駿』2号に掲載されて有名になったそうです。
昭和16年に創られた言葉であったとは!
生きていると、こうして、思い違いを知りうるという機会にも恵まれます。
ああ、生きていて良かった!

というのも先日、我家の前の交差点で交通事故を目撃したからです。
昼間から夕暮れに切り替わる7時ごろ、やや気分が優れず、エアコンをつけてごろ寝をしていたら
「ドドド、ズーン」という音が聞こえてきました。
なんだなんだ?これは交通事故の音だと思って、窓から外を見ると、我家から見える、交差点にトラックが首と胴体をねじるかのような形で突っ込んでおり、その後に、白い乗用車がグチャグチャな感じで止まっておりました。

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「うわ~、えらいこっちゃ!」
救急車が飛んでくるだろうと思って、見守っていましたが、かなり時間が経ってやって来たのはパトカーだけでした。
人身事故には至らなかったのかなと一安心でしたが、乗っていた人達は見当たりません。
レッカー車がやってきて、処理されたのは、もっと遅く、日はとっぷり暮れてしまいました。

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そう、この横断歩道を、私は、事故の2時間ほど前、ぼんやり渡っていたのでした。
交通量の多い所なので、もちろん青信号を確認して渡っておりますが
「敷けるものなら敷いて見ろ!」と想いながら歩いておりました。
もし2時間遅かったら、ポーンと琵琶湖まで飛んで行っていってしまっていたかもしれません。
魚だって空を飛びたいんなら、まあ、それも良か~
まあ、生きるも死ぬも、運命の神様の気まぐれのようなものかも知れませんね。
運転をなさる方々は、くれぐれもご注意下さい。
凸凹でも良い。「無事これ名車!」を可愛がって下さいね。

25日の授業をサボってしまい、すっかり勉強放棄になってしまっている私です。

だって夏だもの・・・

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わざとじゃないのよ

ノートをろくに取れない私は、ホワイトボードをカメラで写させて貰い、それを持ち帰って復習しています。
ノートに書き取って見た事もあるのですが、汚い字を焦って書くので、自分でも読み取れないのです。
それで安心しきっていたのですが、なんと、11日の写真は全部暈けていたのです。

Toutes mes photos étaient floues parce que j'avais posé un tasse devant l'appareil sans faire exprès.
全部の写真が暈けてました。なぜなら、そのつもりでなく、カメラの前にお茶碗を置いたからです。

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カメラは、狙うべきは湯飲みであるという意思を持ったかのように、茶碗づくしの一日となっておりました!

Je n'ai pas fait exprès. (わざとしたのではありません)

この言葉は、マリー・アントワネットの最後の言葉として有名です。
処刑の日に、馬車で刑場にひかれていくマリー・アントワネット。ギロチンの前に進もうとして、よろめき、死刑執行人サンソンの足を踏んでしまいます。
私だったっら 「この野郎!」と心の中で叫びながら踏んづけたかも知れませんが、育ちの良いアントワネットは
「ムッシュー、わざとしたんじゃございませんのよ」と言って首を切られたのでした。
Monsieur, je m'excuse, je n'ai pas fait exprès
1分42秒から47秒ぐらいの所で、その言葉が出て来ております。
ちょっと恐い映像ですが・・・・



それに比べれば、ピンぼけ写真で、首を切られることはなさそうです。

でも、ここしばらく、まるで復習をしていないので、落第も間近かもしれません。
バカンスの後、皆の顔を、また見ることが出来るだろうか?
宿題が出ていたのさえ忘れていて、何ページだったっけと、慌てふためく有様でした。
カイエp68 Ex15 現在分詞を別の形に直しなさいでした。
1.
Le directeur étant parti en voyage d'affaires , il ne pourra pas vous recevoir ce mois-ci. 
社長は出張で出かけてしまったので、今月貴方にお会いできません
この étant は la cause(理由)だから
Le directeur est parti en voyage d'affaires donc il ne pourra pas vous recevoir ce mois-ci.
donc の所に parce que , car など使う事が出来る。 car を使うと、やや文学的表現となるそうです。
comme を使うなら、それはいつも文頭に来なくてはいけないので
Comme le directeur est parti en voyage d'affaires ,il ne pourra pas vous recevoir ce mois-ci.

2.
Florence Poulet-Daumas a inventé une machine permettant aux aveugles de s'orienter dans le métro.
フロレンス・プレ・ドマは地下鉄の中で視覚障害者に方向が分かること出来る機会を発明した。
Florence Poulet-Daumas a inventé une machine qui permet aux aveugles de s'orienter dans le métro.

そりゃいったいどんな機械だろう? これです!
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と言っても使い方はよく分かりません。
詳しく知りたい人は 下記でごらんください。
Le « plan de métro qui parle », lauréat du Concours Lépine 2009
3.
Les trains ne peuvent pas circuler, des arbres étant tombés sur la voie.
車線に落ちた樹木のせいで、列車は往来することが出来ません。
Les trains ne peuvent pas circuler, parce que des arbres sont tombés sur la voie.
4.
Le prix Goncourt récompense l'autre ayant écrit le plus beau livre de l'année.
その年、最も素晴らしい本を書いた作者にゴンクール賞は与えられる
Le prix Goncourt récompense l'autre qui a écrit le plus beau livre de l'année.

この場合の beau は美しいでなくて meilleur の意味です。そりゃあ、豪華本で競うわけではありませんからね。
「日本の芥川賞、直木賞は、すべての日本人にとって興味がある物ではなく、文学に興味がある人にとってでしょう。フランスの、ゴンクール賞は、文学に関心のない人達にも興味があります。賞をとったら、すごい金持ちになるからです」
と先生は話していましたが、今年の日本の芥川賞も、すごく話題性がありましたね。
又吉直樹さんの「火花」が、124万部まで増刷されたそうです。
めっちゃ、金持ちになるでしょう。 Vraiment ,il sera très très riche !

hibana

5.
Connaissant ma situation économique, il ne me demandera pas de l'aider.
私の経済状態を知っているので、彼は私に助けを求めないだろう。
Il ne me demandera pas de l'aider parce qu'il connait ma situation économique .

ちょっと、こういうのも、嬉しいような悲しいような・・・

6.
Les étudiants n'ayant pas payé leur inscription ne peuvent pas recevoir de carte d'étudiant.
登録料を払っていなかった学生は、学生証を受け取ることが出来ない。
Les étudiants qui n'ont pas payé leur inscription ne peuvent pas recevoir de carte d'étudiant.

本日は、宿題だけで、誤魔化してしまいました。

追い込み健康法は失敗だった

暑い日が続いております。
近所で見かけたホオズキ棚
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色づく日はいつ頃か楽しみです。
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この暑さ、21世紀の異常気象なのだろうか?と思っていたところ、江戸時代も実は暑い歳があったようです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 この年、江戸は酷暑であった。
殊に三伏と呼ばれる盛夏の間は炎熱地獄のような日が続いて、日本橋では往来を歩いていた隠居が突然、倒れて、医者へ運んだ時はもう呼吸が止まっていたとか、品川の街道筋で瓜を売っていた女が暑さに当って意識を失ったなどと連日のように瓦版が書き立てた。
(平岩弓枝著 御宿かわせみ26 長助の女房 老いの坂道の始めの部分より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
平岩弓枝さんの文章は、なんと優雅でたおやかなのでしょうか。
夏の日盛り、エアコンをかけて、だらしなく寝そべって読んでいる私ですが、こんなページに出会うと、粋な浴衣を着て、簾越しに隅田川を眺める気分になります。

さて、ここに出てくる【三伏】とは、調べてみると、
コトバンクに
夏の最も暑い時期。夏至後の第3の庚(かのえ)の日を初伏、第4の庚の日を中伏、立秋後の最初の庚の日を末伏といい、この三つをあわせていう
とあります。

そう言われても、私達には分かりにくいですよね。旧暦カレンダーを探して調べました。
夏至が、今年で言うと6月22日です。第3の庚の日というと、
7月13日が庚寅(かのえとら)で初伏となり、
7月23日が庚子(かのえね)の中伏、 
立秋9月8日の後の最初の庚の日は、9月12日庚申(かのえさる)、これが末伏です。

つまり三伏とは、7月なかばから9月の始め・・・・やっぱり昔も暑かったんですね。

熱中症は昔からあったようですが、私も、やや熱中症気味のようです。
6月中半から、激しい咳が続いていたのが、やっと治ってきたので、体力を取り戻し、ふやけた身体を閉めなくてはと思ったのです。
暇な時間に、ごちゃごちゃとつまらぬ事を考えるのが良くないと心療内科の医師に言われて、よっしゃ!と一念発起しました。
午前中、ヨガの後は筋トレをし、夜は早めにプールに行って2時間以上泳ぐ。
先週の土曜日も、授業の後に帰宅して、10分で着替え、泳法教室に駆けつけました。
水に入ると、やや寒気がする?でも、頑張らなくっちゃ!!
慣れない平泳ぎの練習で、太ももの後と、腰が引きつれて痛くなった。
帰ったら、まったく食欲が無くて、ごはんが喉を通らない。
欲しいのは水分ばかり・・・・後で思ったのですが、これが熱中症の症状ですね。

翌日曜日、朝4時ごろから、吐き気と腹痛で、身体が動かなくなりました。
「お腹が冷える」 湯たんぽを入れて温めるけれど、吐き気がひどくなるばかり・・・・
「これは病院に行った方が良いかも・・・・でも日曜だし、受け付けてくれる所は?」
友達にメールをしたら、日赤志賀病院に連れて行ってくれました。
そこでは「生卵を食べていませんか?」と食中毒の疑いをもたれたのですが、卵は無実です。
私がビックリしたのは、熱がないと思っていたのに、体温を測ったら36.5分あったのです。
私の平熱は、35.5分ぐらいなので、本人としては「微熱があるんだ!」とビックリしたのでした。
その日は点滴をして貰い、胃薬を出して貰って帰宅しました。

すぐに平熱に戻るわと思っていたのに、今日も、朝、計ってみたら体温計が、36度5分から37度あたりを示すのでした。
もしかしたら、毎日泳いだ成果で、私の基礎体温が向上したのかも知れない。
だって、頭痛はしてないんだもん。よっしゃ、今日も泳ごう! 
・・・・というのは、しばし止めておいた方が無難かなあ~・・・

体力のある人だと、追い込み健康法で、ダイエット出来るのでしょうね。
でも、私の場合、反動で、すぐ寝込んでしまうので、ちっとも体重が減らないのでした。

まあ、良いわ!
追い込まない健康法で、ボチボチ行く事にします。

150711-03


自民党の終わりの始まりだ!

150716-03

TVの報道番組を見ては歯がみをする日々を過ごしておりました。
何としてでも、今年中に戦争法案を通したい安倍晋三。
そして、安全保障関連法案と名付けられた法案は、7月15日衆院特別委で強行採決し、16日午後の衆院本会議で、自民・公明両党などの賛成多数で可決され、衆院を通過してしまいました。
だいたいやね。関連法案って名前は何やねん!
11本もの法案を一度に国会に出し、しかもそのうちの10本を一つの法案に束ねて提出した。
安倍晋三の意図は、まさしく、「知らしむべからず、依らしむべし」
知らせたらアカン。何でかと言うと、奴らは内容を知らせたら、逆らいよるから、とにかく人民は従わせといたらエエねんちゅうことやないか!

だいたいやね。「これを買ったら、オマケを5個つけるよ!」などと言うのは、年末の屋台のたたき売り、怪しげな時計にバンドを5本みたいなもので、買って帰った頃には使い物にならなくなっているのがほとんどです。

この法案のおまけにつけられているのは、国民の命ではありませんか!

「日本の民衆を舐めるなよ~!!」
国会の回りを多くの民衆が取り巻き、怒りの声を響かせています。

日本の政府は、70年という歳月をかけて、教育の場、職場等を使って、声を出せない、声を出さない国民を作り上げて来ようとしました。
今や、反戦集会の場で労働組合旗を見かけることはありません。
しかし、集団で動く人達は、しょせんそれだけでしかないのです。
今、日本中で自覚した若者達が、可愛い子供の命を腕に抱きしめる母親達が、残り少ない命を振り絞ってでもという年寄り達が、静かに大きく動き始めたと、私は信じています。
それが、今年からの全国的な動きです。日本人、そして日本に共に暮らす世界の人々に言いたい。
もう、そろそろ、本気で怒ろうと!

採決が決まる日、国会前に走っていって参加をしたい、私の気は流行りましたが、悲しいことに、この所の体調不良で東京まで行けそうにない。
そんな落ち込んでいたとき、ネットで見つけたのが、安保法制強行採決を許すな!京都緊急アクションでした。

強行採決に対して自民党京都府本部前での抗議行動
7/16(木) 15:00~

えっ! もう1時過ぎやん。昼ご飯どころか、お化粧してる時間もない。
ええい!素顔の恐怖でぶち当たれ!
きっと、その方が自民党議委員諸君も震え上がるであろう!
私は、すっぴんで走ったのでした。

150716-00

何の用意もなく行った私ですが、段幕を持たせて貰い、声限り叫びました。
「憲法守れ!平和を守れ!」
そこで、出会ったのが、去年も丸山講演平和集会で出会った友人です。
手書きのポスターを掲げる彼女と再会を喜び合いました。
それにしても出会うのは、いつもこんな場所とは!
「じっとしてられなくて毎朝、一人で会社の前でビラを配ってるの」とのこと・・・
けして諦めることなく毎日走り回っている彼女に頭が下がります。

150716-02

ネットで知ってやって来たという、赤ちゃんを抱っこしたお母さんは、舞鶴方面から来たようでした。
昔教職についていた男性は「私が子供達に教えてきたことと、今の政府は全く反対のことをやっている。子供達に対して恥ずかしくないのか?」
弁護士さん、牧師さん、私のような単なる年金生活者、学生も声を上げました。
一人一人が、自分の意見を、はっきりと自分の声で言うような時代になったのです。
かっての、学生運動や、左翼の兄ちゃん達の、「ベイテイ、ニッテイ打倒!」
そんな決まり切った言葉を大声で叫ぶ時代とは変わってきていると、感じました。

「人の命も、自分の命も大事にしたい」と言われた方いらしゃった方いて、私はとても嬉しかったと、一人の牧師さんが話して、私はドキッとしました。
人の命を大切にと想いながら、自分の命など、もうどうでも良いわと考えている部分が、日々大きくなっている自分に気付かされたからです。
自分の命を大切に思えなくて、どうして他人の命を尊べようか・・・深く反省させられました。

リレートークに、私も参加をさせて貰いました。
「昔々、トム・ジョーンズの華麗なる冒険という本を読んだ記憶があります。」
なんちゅう話しや!とビックリされた事でしょうけど、最近ずう~と思っていたのです。
その本の中に、田舎貴族のわがまま息子がおり、二人の家庭教師がついている。
一人の先生は言うのです。「目的さえ正しければ、、どんな手段を使っても構わない」
もう一人はこう言います。「正しい手段が大切である。目的はどうでも言い。」
こんな二人の家庭教師から学び、目的をはき違え、誤った手段を自慢にする。
多数決で決めるという正当な手段を踏んだとふんぞり返る安倍晋三の姿が、その物語に重なってなりません。
と、そんな話しを始めてしまいました。
国を守る為の戦争と言うけれど、彼にとっての国は、誰のための国なのか?
専守防衛というけど、本当に安心したい臆病者は、敵を殺しつくし何も存在しない所でしか安心感をもてないのではないだろうか?
政治家って何のために存在するのか?
色んな事もアルだろうけれど、「いかにして戦争を避けるか」それが政治家としても、もっとも大きな役割ではないかと思うのです。
今、ヨーロッパで、経済危機が取りざたされ、首脳陣は、頭から炎が吹き上げるほど怒り狂っているけれど、同意に至りました。
第1時世界大戦、第2次世界大戦で、西欧の政治家達が学んだことの、第1が、戦争はいかにしても回避しなくてはいけないではないかと思うのです。
日本の政治家は、あまにもお粗末すぎる。
自民党の中にだって、安部ちゃんではいかん。止めさせないと自民党がダメになると思ってる人達が居ると思います。
良心に従って、自分の党を変えていって下さい。それでないと、次の選挙で壊滅するぞ!絶対潰すぞ!etc

解散する頃に、やってきた右翼の車です。
軍歌を流してましたが、迫力無しでした。一台で運転手一人では心細かったのでしょうね。

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夕方、5時半からは、三条京阪前、ビラまきとリレートークがありました。
台風が近づき、傘も差せない状態になってきましたが、仕事を終えて駆けつける人で、ますます盛り上がりました。
私は、ここらで、もう力が尽きてきましので、途中離脱して、電車が風で止まらないうちに帰りました。
ああ、体力が欲しい~

こんどの無謀な強行採決は、自民党の終わりの始まりだと、私は思っています。

手作りプラカードのアレコレ

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おきない国ギリシャ

5日日曜日、ギリシャで国民投票が行われましたね。
EUの財政支援策を受け入れる事について イエスかノーかという投票でした。
ギリシャ語で 
イエスが Nai (ナイ)、 ノーが Oxi (オキ)
nai (ナイ)の方が、いかにもありませんという感じで、no の気がするのですがイエスなのです。

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私は借金を返すには Nai しか無いだろう、僅差でイエスだと予測していたのです。
が、ギリシャ国民が出した答えは オキがナイを上回っていました。
OXIがNAIに勝ったOXINAI 
やっぱり、転んでもタダではおきない国なんだ!
この結果を見て、大統領から国民まで、徹底的に楽天的な根性が有るよなあ~と、私は少し感動しました。
もし私がギリシャの大統領であったら、胃に穴が空いていた事でしょう。
21世紀という混迷の世界を生きぬくには、この位の根性がないといけないのかも・・・

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今の大統領は若いせいで元気なのかも知れません。
でも後ろに居る小父さんの表情が暗い。なんか対照的ですね。

借金は良くないというのは、誰でも分かります。
しかし、今の世界では、お金って何なんでしょう?
昔々、取引は物々交換だったと思います。
でも、木の実をうんと持っていって、生魚を代わりに山ほど貰っても、持って帰る間に腐ってしまうではないですか。
それに、物に対してではなく、労働力に見合う物を払うとするとどうするか?
古代ローマでは、塩を代価として支払ったそうです。塩(sel )がサラリーの語源だそうであります。
でも、今のお金(通過)と言うのは、汗の代償ではなく、投機の対象に化してしまっているみたいです。
このギリシャのニュースにおいても、「ギリシャの庶民の生活はどうなるのでしょう」心配するより
「株の値段が下がるのが心配だ」という意見が多いのです。
ユーロが下がれば、他の通過を買い、差額で大もうけする。
それってなんか変なことではないのだろうか?
今回の騒動は、そんな現状に対する、強烈な皮肉を込めた庶民のNOでもあったのではないかと私は思うのです。

もし、ソクラテスが、プラトンが生きていたら、どんなことを言ったでしょうね。
まあ、哲学者をやめて、すごく売れっ子の経済学者になっていたかも知れませんが・・・・

そして、国民投票の結果「勝った勝った!」と旗を振って喜んでるけれども、借金がタダになったわけではない。
ギリシャの皆さん、喜ぶのはまだ早いと思います。

日本でも、昔から、経済政策に困ったら、中世では徳政令、江戸時代では棄捐令と言うのが出されて、借金をチャラにさせると法が通ったこともあるのですが、うまく機能しなかったとのことです。

★棄捐令が発布された当初、札差から借金をしていた旗本・御家人や徳川御三家・御三卿付きの武士は大いに喜び、松平定信への感謝で湧きかえっていたと水野為長の日記に記されている。しかし、借金が出来なくなったことで生活に困り始めた旗本・御家人たちの不満が、年末が近づき物入りが多くなってくるにしたがって増大し、それに伴い棄捐令に対する不平が募ってきた。中には、追剥や盗人になる下級御家人まで現れた。★(wikipediaより抜粋)

世界が丸く治ることを願うしかありません。だって、地球も丸いんだから・・・・

庶民は、とにかくアクセク働くしかないナイのです。

アクセク働くという動詞を勉強しました。
bosser
Demain, tu bosse ? ( 明日、君仕事なの?)と言うように使うそうです。

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こんなTシャツもどうでしょうか?
ギリシャの人々に着ろと言っているわけではありませんよ。

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Le travail , c'est la sante 仕事すなわち健康

27日の休憩時間に先生とクラスメートのアドバイスをもらい歌詞の対訳をやり直しました。

引用は90ページの内容からです。
Le travail , c'est la sante
仕事すなわち健康

Depuis toujours, les français sont très attaché « valeur travail » ,
Plus qu' un gagne-pain , le travail est signe d'épanouissement.
« Le travail , c'est la sante ...» chantait Henri Salvador.
昔からフランス人は『仕事の価値』をとても重要視した。
食い扶持を稼げるから、仕事は満足の証である。《仕事すなわち健康》アンリ・サルバドールは歌っていた。 

というフレーズで始まります。

テキストにも、取り上げられるぐらい、フランスで有名な歌手、Henri Salvador(アンリ・サルバドール、1917年に生まれ2008年に90歳で死亡)
先生によれば、サルバドールは若い頃、すごく滑稽で面白い歌を沢山歌っていたそうです。
まずは、この曲。
歌の好きな娘が、彼女の才能を理解しない父親の元から逃げ出して、素晴らしいオペラ歌手になるというストーリーを歌ってます。
女装したり、何役も早変わりをしたり、幼い先生に強烈な印象を残したのだと思います。

Juanita Banana ファニータ・バナナ


次の曲、
Le travail , c'est la sante (仕事すなわち健康)
この言葉は、昔からあった格言のようなものだそうです。
日本で探せば、『早起きは三文の得』とか『一日一善』・・・ちょっと違うかな?
本来はポジティフな意味合いだったかも知れませんが、彼は思いっきり皮肉って、そのテーマを仕事人間達に突きつけたのでしょうね。
時は1965年。第2次世界他薦が終わり20年の時が経ち、経済が復興し、人々が豊かな生活を求めて都会に流れ、働き蜂と化していく時代だったのです。
仕事が健康だって!なんにもしないのが肝心だ・・・
Rien faire  (何にもしない)を、私は、始め、仕事以外は何もしないという意味かと思ってましたが、それは意味の取り間違えでした。仕事も他の事も、何もしないのが、 健康の秘訣なのですね。

かなり映像が劣化していますが、彼のマルチ人間ぶりがよく分かります。

Le travail c'est la sante
          (1965)  Henri Salvado –



Le travail c'est la santé
Rien faire c'est la conserver
Les prisonniers du boulot
N' font pas de vieux os.

仕事、すなわち健康
何をせずとも維持できる
仕事どっぷり人間は(← 仕事の囚人)
さっさと死んでしまうんだ (←古い骨を作らない=若くで死ぬ)
 
     
Ces gens qui courent au grand galop
En auto, métro ou vélo
Vont-ils voir un film rigolo
Ces gens qui courent au grand galop
En auto, métro ou vélo
Vont-ils voir un film rigolo
Mais non, ils vont à leur boulot

ドタバタと走りまわる連中
バイクで、地下鉄で、自転車で
喜劇映画を見に行くんだね
ドタバタと走りまわる連中
バイクで、地下鉄で、自転車で
喜劇映画を見に行くんだね
いやいや、彼らは自分たちの仕事に行くんだよ。


{Refrain:}
Le travail c'est la santé
Rien faire c'est la conserver
Les prisonniers du boulot
N' font pas de vieux os.

仕事、すなわち健康
何をせずとも維持できる
仕事どっぷり人間は
さっさと死んでしまうんだ 


Ils bossent onze mois pour les vacances
Et sont crevés quand elles commencent
Un mois plus tard, ils sont costauds
Mais faut reprendre le boulot

彼らはバカンスのために11ヶ月あくせく働く
休みの始めにはくたばってるけど
一月後には元気になる
でもね、また仕事に戻るしかないのさ


Dir' qu'il y a des gens en pagaille
Qui cour' nt sans cesse après le travail
Moi le travail me court après
Il n'est pas près de m'rattraper.

仕事の後も休みなく走り回る大勢の奴らが居るとはね!
おいらは、仕事が追いかけてきても
まだまだ捕まえられないぞ(← 仕事は私を捕まえるがたやすくない)


Maint' nant dans le plus p'tit village
Les gens travaillent comme des sauvages
Pour se payer tout le confort
Quand ils l'ont, eh bien, ils sont morts.

今、一番小さな村でさえ( le plus p'tit village=partout どこででも)
連中はバリバリ働く (← 野蛮人の様に)
めっちゃ楽に暮らしたくて
でも楽になったときは死んでるさ


Homm's d'affaires et meneurs de foule
Travaillent à en perdre la boule
Et meur' nt d'un' maladie de d’cœur
C'est très rare chez les pétanqueurs.

ビジネスマンやお偉いさん達は
仕事を失わないように働く
そして心臓病で死ぬんだ
ペタングする連中には、それは滅多に無いことだ。( ← それはとても珍しい)



********************
conserver 失わずにいる、保ち続ける、
Dire que ~ = c,est incryable 信じられない さしずめ、~って言うなんて!というニュアンスかなと考察します。
 en pagaille=beaucoup ,cour' nt=courent、 courir走る cesse 休止 courir après追いかける
Il(仕事は) n'est pas près(近くに居ない d)e m'rattraper
pas près 近くないと言うより、まだまだというニュアンスだそうです。
例文Je voudrais faire du ski , mais il n'est pas près de neiger. =il faut attendre longtems. 
スキーに行きたいんだけれど、まだまだ雪がない=長いこと待たなくてはいけない
dans le plus p'tit village もっとも小さな村の中で
私は、仕事ばかりしていて、職場という小さな世界しか知らないという意味かと解釈していたのですが、田舎であれ、大都会であれ、どんな所でもというニュアンスでした。
se payer 報いられる confort 快適、安楽 hommes d'affaires ビジネスマン
meneur 指導者 親分 foule 群衆 
chez les pétanqueurs(ペタンクをする人という意味だと思います。

150626-03
こんな本も昔はあったようです。日本に置き換えると《ゲートボールの友》とでも言えるでしょうか?


ユーモラスな歌ばかり作っていた彼が、凄く真面目なCDを作ったそうです。
みんなに「おれはこんな曲も作れるんだ」と見せつけた後、すぐに死んでしまったとの事。

2000年に作られたそのCD chambre avec vue
邦題は《サルバドールからの手紙》となっています。

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その中の1曲 Jardin d'hiver (冬の庭)


何とも言えない味わいがあって、私はすっかり気に入ってしまい、アマゾンで注文してしまいました。
無事に届いたCDは、今週の子守歌となっております。

この場合、日本語の使い方としては、婆守歌でないといけないのだろうか?
まあ、大人のための子守歌で妥協しましょう。

夜明け前だと信じたい

夜明けが早くなりましたね。
6月29日、午前4時30分の窓からの眺めです。
厚い雲が光をさえぎり、街にはまだ夜の闇が立ちこめていますが、朝がもうそこには待っています。

150629-00

この1週は、ほぼ毎日3時半に目覚めています。
だいたいそこで、もう眠るのは諦めて6時頃まで本を読んで過ごし、7時頃、朝食を食べます。
早起きは三文の得と言います。
朝早く起きたら、何だかんだと一日の仕事を早くやってしまえて、まあ言うならば経済効果があるという意味ですね。
『早起きは三文の徳』と書いている人も多いようですが、三文の徳では、徳が可哀相な気がします。
三文とは、いったい今の経済価値でいくらなのか?
時代によって価値は変動するのでありますが、落語「とき蕎麦」でもあるように、江戸末期、屋台の蕎麦は16文でした。
駅の立ち食い蕎麦が、だいたい300円ぐらいと換算すると 300÷16×3=6.25円
「早起きして6円か~・・・エエわ、ねてよう!」となるのが人情です。
三文の徳という言葉を持ってきてもしっくりしません。やっぱり、ここは三文の得でしょう。

私の場合、そのまま一日が始まれば、たしかに経済効果のある「三文の得」であるはずなのですが、これが違うのです。
なぜならば、朝飯後に休息タイムをとり、改めてうたた寝をしてしまうのです。
朝寝と言うのは、朝ご飯前に何時までも起きない事を言う。
朝ご飯を食べてから寝るのは、朝寝ではありませんね、朝のシェスタと言ったらいいのかしら?
とにかく、これでは三文の得になっておりません。単なる怠惰。

まあまあ、これも年寄りの特権と、私は今年から居直って生きる事にしました。
出来無いこと、出来てないことにクヨクヨしないと決めたのです。

異常気象と地殻変動で、山は動き海は上昇する。地球の形が変わるかもしれない。
宗教対立、経済格差で、人々は殺し合い、世界経済は混迷し先が見えない。
日本においては、見る見るうちにファシズム政権が肥大化している。
自民党の学習会で、「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」という百田尚樹の発言に、国会議員達が嬉々として同調し、経済界から新聞社に圧力をかけさせろなどと、信じられない発言が出ている。
それに対する意見を求められて、安倍総理が言っていた言葉に聞き間違いではないかと私は目を剥いてしまったのです。
信じられない!次のニュースの時に、同じ映像が流れるだろう、確認しなくてはと思っていたら、それは消えていました。
あんまり誰も取り上げてなかったけれど、その発言というのは
「(若手議員の発言に対して)それも表現の自由だと思いますので、どうこう私が言うことではない」
といような内容を言っていたと思います。
その数日後に、谷垣幹事長が7時のNHKニュースで一応謝りつつ若手議員に苦言をという意味だろうと思いますが
「うっかり気を緩めたら、大変なことになるので、注意をさせます」と言うような内容言ってので、それはないでしょうと思って、9時のニュースでもう一度確認をと注意をしていたのですが、その部分は美事に消されていました。
これって、本音で思うのはかまわない。うっかり本音を言うな!と言う事ですよね。
自民党が報道制限の圧力をかける以前に、NHKは率先して迎合しているとしか私には思えない。

品位も知性もない、そんな政権が、集団自衛権(交戦権、攻撃権だと私は思っている)を振りかざして起きるのは戦争しかない。
それでもまだ日本国民は経済効果という言葉に幻想を持つのだろうか?
支持率が50パーセント近いというのはなぜなのだろう?
もういい加減目を覚そうよ!

今は世界中、闇の夜に向っているように見えるかも知れないけれど、闇は朝になると光の中に消えていくのです。
闇を払うものは太陽です。
それは人間社会で言えば、やはり若者達だと思います。
60年、70年世代の学生運動とは違った、新しい若者達の動きが始まっていると私は思います。
元気を出して、私も何か出来たらと思うのですが、出来無いことはむりせずに・・・
とにかく、想いだけは持ち続けよう!

でもなあ、今の時代、集会やデモの情報も、今やほとんどツイッターやフェイスブックを使ってないと取り残されてしまうようです。
ツイッターやフェイスブックって、私は恐くて使えないのです。

まずは早起きしてIT機器の勉強しなくては・・・・
そうしたら、早起きは三文の得と言えるかも知れません。

21世紀、革命はスマホから!
時代が変わっていきますね。