赤目48滝の神々は怒り?

22日、日曜日
清らかな滝と紅葉を楽しもうと言う事で、三重県の赤目48滝に行って来ました。

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近鉄赤目口からバスに乗り換え赤目滝で降ります。
バスを降りたら、そこは21世紀の忍者村と化していて、チビッコ忍者達が忍び装束で飛び跳ねまわっておりました。

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頼んで撮させて貰った親子忍者です。
お父さんのほうが嬉しそうですね。
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日本サンショウウオセンターが入り口を兼ねており、400円を払って、スタンプラリーのついた入場券を貰います。
サンショウウオ達を見学し、その後ハイキングコースに向うのです。
はじめて実際に見るサンショウウオ。石ころに粟粒のような目がポチッとついてる姿は以外に可愛いです。
それぞれ、ハナちゃん、テルちゃん等名前がつけられていて、2 歳から推定60歳のサンショウウオ達が水槽に、ほとんど動かずにおりました。

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中国と日本の交配種にhybridと書かれてありましたが、hybridって今様の電気自動車のことを言うのかと思っていた私はビックリ。
このハイブリッド君の性格は、大陸的に鷹揚な様で、頭は後ろ向きで足の裏をドーンと突き出していました。
数えたら、足指の数は5本でした。

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このセンターを通り抜けて入り口で記念スタンプを押します。
生来疑い深い私です
「ホンマに48も滝があるのかな?」「なんで赤目って地名なんだろう?」
という二つの疑問を抱えてハイキングコースに向ったのです。
まず入ってすぐのジャンジャンの水の側に歌碑が建っていました。

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いつまでも見飽きないから 赤目って言うのか?
ホンマかいやと、半信半疑ながらも、次々と現れ出でる色々な滝の姿に目を奪われてしまいます。

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紅葉のピークは過ぎたらしくて残念でしたが、木々の中に現れる滝の姿は美しい。

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しかし、滝と言うほど段差はない流れでも、とにかく滝という名をつけてあるようです。
次から次へと滝があるので、数を数えるのも忘れておりました。
乙女滝
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乙女滝、不動滝を過ぎた辺りに、なにやら曰くありげな案内板がございました。
それによりますれば、赤目の由来は、役小角が滝に向って行をしていたら、不動明王が赤い眼の牛に乗って出現したとのこと、
「さっきの碑とちゃうやん、それに眼が赤かったら病院に連れていかなきゃ!」と私は思ったのであります。

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またその近くには、弘法大使がお籠もりしたという、護摩の窟(ごまのくつ)があるのでした。
「あのおっさん、何所にでも行ってたんやなあ?同じ所にじっとしてられへん性格なんやろかねえ!」
とつぶやいてしまった私です。
これらの不遜な言動が、赤目の神々の怒りを誘ったのかもしれません。
この後に出て来た大日滝は足場の悪い登山道を登らないと見ることが出来ない場所にあるのです。
登り始めたけれど、私には危険で、途中でギブアップして下で待つことになってしまったのです。
でも同行のT氏が、カメラの動画で滝の流れる姿を撮してきてくれました。
この大日滝が、最高のロケーションだったようです。
行けなくても見たぞ!
神の怒りも、デジタル機器は止められないと、ちょっここで私は強気に立ち直りました。
コース最後の岩窟滝。
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滝の道は無事終えて、無料休憩所の出合茶屋で、リーダーは持ってきたコンロで湯を沸かし、ぜんざいを皆に振る舞ってくれました。
疲れた後に食べるぜんざいの美味しいこと!

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ああ、これで本日は目出度し目出度しと、私は喜んだのですが、リーダーは、ニッコリと微笑んで言いました。
「まだこれから少しあるんですよ。頑張ってくださね。」
えっ、これでお終いだと思っていたのに!
甘いぜんざいは、次の行程への甘い罠だったのか?
最後の3キロは、ほとんどが下り一方の山道です。
歩けなくなった私は途中でポールを取り出して、4足歩行で、なんとか落合バス停に辿り着く事が出来ました。
この最後の下りのしんどさも赤目四十八滝の神々の怒りの報復だったのでありましょう。
口は災いの素だと、今さらながら思い知らされた次第です。

神々の怒りは、最後まで続いていたようです。
家に帰って荷物を投げ出しバタンキュー。
そして、翌日、コ・コ・腰が痛い・・・
その上、最後まで歩いて、押してきたスタンプラリーのカードが見当たりません。
物忘れがひどくなったせいか、神々の怒りか?
まあ、神様のせいにしておきましょう。

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Même pas peur・・・ 恐くないぞ!

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14日、パリでは13日の真夜中を過ぎた頃だったのでしょうか、自爆テロが相次いで起りました。
先週の授業で真っ先に話題になったのは、その事でした。
その時は、大変なことが起きているんだという思いで一杯でした。
が、時間が進むにつれ、私の心はますます重くなっていきます。
まるで夜の海の中にどっぷり浸かってしまった気分です。

金曜日の夜に友達と家族と出かけて、外での食事。
若者達はロックコンサート。サッカースタジアムでの観戦。
そんな、ごく普通の日常生活が一気になくなってしまったのです。
亡くなられた一人一人には、彼らを気遣う、家族、友人がいます。
どれだけの悲しみがあるのかと、心が痛くてなりません。

テレビニュースの画面で見たのですが、捧げられた花やロウソクと共に 
【 Même pas peur 】というプラカードがおいてあったのが印象的でした。

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pas peur は Je n'ai pas peur (恐くない) それにmêmeがつくと、感情が強調されて 
Même pas peur (恐くなんかないよ) 、恐れてたまるか!という強い意志を表すことになるみたいです。
こういうのって、NHK的言い方「恐くないぞ!」と言っても伝わらない。
方言で言う方がしっくり来ますね。
大阪人だったら 「恐(コワ)ないで!」その後に、アホンダラ、何しさらすねん!とつきそうですが・・・
博多人だったら 「いっちょん恐くなかばい!」と言います。
いっちょんとは、まったく、全然の意味です。
暴力に屈してたまるか! パリ市民の思いが伝わってきます。
 
そして、事件を起こしたテロリスト達の、あまりの若さにも、何とも言えない気持ちにさせられるのです。
フランスのニュースの中では、【カミカズ】と言う言葉が、何度も耳に入ってきました。
Kamikazes 神風の複数形で語尾に s をつけるので カミカズに聞こえてくるのです。
太平洋戦争終末時期に、日本の軍隊がとった戦法。
自分の命を捨てることを前提に敵に向う、神風特攻隊と自爆テロを重ね合わせているのでしょう。
でも、かって特攻隊員になった若者達は、やむなく兵士にさせられて、無念の思いを抱えながら死んでいったと思うのです。
その当時、彼らに選択の余地は残されていなかったから・・・
現代のKamikazesには、まだ選択する時間があったと思うのです。
何を考え、何を信じてか、彼らは自爆してしまったのでしょうか?

そんなことを思いつつ、図書館で目にした本がありました。
堤 江実さんが詩を書き、高橋邦典さんが写真という、写真集でもあり詩集でもあります。
《世界中の息子たちへ 》 ポプラ社

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この本を、改めて購入して、じっくり読んでみようと思います。

タイトルにもなった、始めの詩をフランス語にしてみました。
後で先生に直していただきましたが・・・
大義と言う言葉を、どう訳したら良いのかしらと迷いました。


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Pour les fils dans le monde entier

Même si c'était pour une bonne cause
Je ne veux pas voir que tu es tué.

En plus

Même si' il y avait une bonne raison
Je ne veux pas voir que tu tues quelqu'un.


Sur la vie
C'est seulement ton âme
Que tu dois protéger.


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

世界中の息子たちへ
                    堤 江実


たとえ
どんな大義があろうとも
私はあなたが殺されるのをみたくはない

それにもまして

たとえ
どんな大義があろうとも
私はあなたが殺すのを見たくない

この世に生きて
守らなければならないのは
魂なのだから
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

すべって転んで三国岳

11月1日、京都の北部にある三国岳を歩いて来ました。
予定では、養老山と三国岳となっていて、予定時間は6時間でした。
でも、私が参加したならば、1.5から2倍の時間を考えなくてはいけません。体力的にも、まず無理です。
なので、同行のメンバーが山に入っている間、私は綾部温泉で待っていようと、心密かに思っていたのでした。
ところが前夜、総まとめ役のS氏が、ニッコリ笑って言いました。
「これ以上楽なコースはないというのを決めてやったよ、歩くのは1時間半や」と・・・ホンマかいや?

と言うわけで、その日、二つのグループに分かれて、健脚組は養老山まで行って、同じ道を戻り、三国岳に行って下山する。
私達、三人のグループは、登山口から胡麻峠まで一緒に行き、三国岳のみをクリアして下山する。
昼までに下りられというので、何とかついていけるだろうと踏んだ私の考えは甘かったと後で思うことになったのです。

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林道分岐には、こんな道標指示板があるのだから楽そうに見えますよね。

9:00出発
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ところがです。辿る道は沢沿いで、ゴロゴロの石だらけで、私には歩きづらい道です。
先頭集団に、あっという間に遅れてしまいました。
でも焦って怪我をするよりも、一足一足確かめて用心深く沢を詰め終わると、今度は、かなりの斜面となり、両手に持ったポールに渾身の力を込めてすがりつくか、木の根をつかんで這い上がるかという有様。悪戦苦闘で汗びっしょりになりました。

目の前の倒木を超したところが胡麻峠です。
足の長いY氏の後ろ姿が憎らしい!と思った私でした。

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健脚組だけなら30分ほどで歩ける道を、50分かかって胡麻峠到着。
そこには、枯葉に埋もれた2体のお地蔵様が静かにおわしました。

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標識はというと無い。いや、あそこだ!
林道入り口と、あまりにも違いすぎですよね。
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ここで養老山グループと別れ、私達3人は三国岳に向うことになりました。
私は、ここまでで、もう十分に疲れ切っておりました。
西に向うメンバーに「また生きて会おうね!」と手を振り、泣き泣き東に向いて歩き出しました。
これでは、楽しい登山と言うより、人買いにに連れて行かれる安寿と厨子王の様ではありませんか・・・

でも胡麻峠から三国岳の道は、しばしなだらかな稜線で、色づきかけた広葉樹の間から舞鶴港を眺めることが出来る楽しい道でした。

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私の視線は、遙か彼方の舞鶴港に向います。
ここは青葉山も目に入る絶景ポイントですが、カメラがとらえているのは張り巡らされた送電線です。
そう、ここは高浜原発から、大量の電気を流すための通路なのでありました。

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登山者のつけたトレースはなく、送電設備を見回るために切り開かれただけの道のようでした。
赤白にくっきりと目立つ、この鉄塔は最近塗り替えられた物らしいのです。

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そうか、原発施設だけでなく、この膨大な送信設備を損にしないためにも、電力会社は原発維持に必死になるかと気付いたのでありました。
原発に依存しない産業を考えなくては、私達に未来はないなどと考えが過ぎります。

がとにかく、目的地に辿り着いた証拠を残しておきましょう。
10:00 三国岳
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ここが、今回の幸せポイントでありました。

ここから稜線沿いに南下して、出発点に戻るのですが、まったく道が見当たりません。
踏み後さえもない、右を見ても左を見ても、ただの山の斜面だけです。
山頂にあった道標もボロボロ。

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しばらく黙々と下った後で、リーダーは地図を見ながら言いました
リーダー 「分りにくい地形やなあ。」
私  「はあ~・・・」
たしかに、どっちを向いても同じような風景。
がしかし、私は、四条河原町の交差点でも北だと思って東向きに歩き出す人間です。
2万5千分の一の地図とシルバーコンパスで現在地を確かめるという事を、確かに昔教わりました。
教わったら理解できるというのは、私以外の人に当てはまることであって、私は想定外の人間なのです。
私がシルバーコンパスを活用するのは、大阪に行ったとき、地下鉄から地上に出て方角を知るときだけなのでした。
そうです。こんな想定外の人や物があるから、原発は廃止しなくてはいけないのだ!

もちろんリーダーも、私を当てにしていたのではなく、そのつぶやきは彼の独り言でありましたが・・・

どうやら私達は、道を東にとってしまったようです。
「そこで待ってろ!絶対動くな!」と言われて、残った二人は、あれこれと世間話で楽しく時を過ごしました。
戻って来たリーダーの命令で、少し登り返し、南に向うことになりました。

ここからが地獄でした。
所々、立木にテープが巻かれていたので方向は正しいのでしょうが、それも目だたず見にくいのです。
まったくトレースがない道は、脚を置きやすそうな所を探し探し行くしかないのです。
お天気続きに降り積もった枯葉を踏みしめれば、靴の底は滑り、体重を支えきれない脚は宙を蹴る。
跳ね上がった身体は、お尻からドッシ~ンと落っこちてくる。
ええい、こうなったら歩くという概念を捨てよう。背中で尻で、滑り降りたらいいのだ!
首をすくめて身を守る亀のような姿で、三国岳から転げ落ちながら
【 すべるころがる立ち上がる、歩く、倒れる、また起きる~ 】
うう、この頭によぎるフレーズは何だ!
これって水前寺清子の 《どうどうどっっこの歌》ではないか!
しかし、歌詞の出だしを考える余裕もなく、尻で滑り降りて、最後は後ろ向きで木の枝にぶら下がって下りて参りました。
途中で思ったこと 「しまった、山岳保険に入っておくべきだった。」
ここで、落ちて骨折して搬送となっっても普通の保険では保証されないはずです。

「ここを下りたら普通の道になるからね」と言われ、最後の気力を振り絞って・・・

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下りてしまって、やっと振り返り、カメラを向ける余裕が出て来ました。
転んだ所を撮しておいてほしかったなあ~
何はともあれ、歩ける道って最高です。

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私の前を歩くS氏夫妻。 

全山紅葉は、もう2,3週間先でしょうか?
下の道だけなら、また歩きに着たいものだと思いながら足を勧めました。

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秋の気配がただよう林道をしばし歩いて、出発点に戻った時間は12時30分でした。
最初と同じ道標のある地点に戻ってこられたのです。

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ということで、1時間半の予定コースを、3時間半かけて、無事戻ってまいりました。
何はともあれ目出度し目出度し。

ここで、我々はお昼を食べて、別働隊を待たず、綾部温泉に直行し、露天風呂で疲れを癒しました。
別働隊のメンバーは、2時間後には追いつき、綾部温泉において風呂上がり姿で合流したのでした。
ああ、彼らは何という早足でしょう!私と彼らは同じ種の動物であろうかと、ふと思ったのであります。

無事踏破とは、とても言えませんが、無事下山に間違いはありません。
ろくに歩けない私を助けて連れて行って下さった皆に感謝です。

最後に思いだしました。
どうどうどっっこの歌の出だしは
《勝った負けたと騒ぐじゃないよ~~後の態度が大事だよ~》

もちろん、私の後の態度は、メチャクチャでかい態度でした。

最後良ければ、全て良しで、十数年ぶりのお泊まり山行を終えることが出来ました。



綾部で里芋掘りと黒豆狩りの秋の一日

10月31日、この日は授業が休みになったので、念願だった綾部の黒豆狩りに行ってきました。
山の会の先輩S氏の実家、囲炉裏のある古民家に、まずお邪魔しました。
この家は、Sさんが定年退職後に大幅に手を入れて生まれ変わらせた家です。
高い天井の下の大きな囲炉裏と、繋がった広々とした台所がメインです。
いくつもある畳の部屋では、シュラフ持ち込みの我々ならばどこでもごろ寝が出来るのです。

長岡駅10時に車で出発。途中道の駅で、昼に食べる物を各自が買い、皆で食べる夕食の材料も調達しました。
今年は、こんな所にも、ハローウィンの飾りがされておりました。
ここ数年で、あっという間に、日本にハローウィンが定着してしまった間があります。

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S邸に到着し、お弁当を食べ終わったら、先に来ていたM氏一家と合流して、畑に向いました。
出がけに「君はこれを持って」と差し出されたのが、抜き身の包丁です。
そのままでは様になりません。
 「じゃあ、ちょっと郵便局に行って来ます」と刃先を前に向けたまま歩き出すと、「ダメですよ!」ストップ命令がかかりました。
やっぱりまずいかな~! 両手でソッと隠して村を抜け出したのであります。
なんで包丁かというと、里芋の茎を、それで切り取り、その後で、親芋の少し先に鍬を入れるのでした。
私がやったら 「小芋を切ってしまってるやないか!どけ!」と怒鳴られました。
う~ん、S氏、数年の畑仕事で、しっかり腰の入った芋掘りスタイルを身につけたようです。

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しかたなく、私は「コロボックルだ~い!」と、いつもの役立たずモードで遊んでしまいました。

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同行の一歳半のマサ君のこの眼差し。
「何、このバアチャン?」と、ものすごく不信の眼差しを向けております。
まあ、君はこれから、人生において様々な人達に出会うんだよ。早めに人間を見分ける習慣をつけなさい。

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掘りとった里芋は、塊のまま「敵将の首を取ったり!」と持って走り、畝の端っこに積み上げます。
その塊を裏返して地面に打ち下ろすと、周りに着いている小芋が剥がれ落ちるのです。
とれない物はそのままに、分離した小芋は袋にかき集め、軽トラに乗せて持ち帰り、水道の水をかけて泥を落とすのでした。
黒豆も枝ごと切り取って、後でちぎって、さっそく茹でて夕食に・・・

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囲炉裏にかかった鍋が煮え始める頃、後発の三人が到着して宴会が始まりました。
残念ながら、一歳半のマサ君はオネムなので退場です。またいつの日か会おうね!
七輪で、鮎や野菜を焼き、ジンギスカン鍋でイノシシの肉を焼く。

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お腹が張り裂けそうになった頃 「鍋も食べなきゃいけないわよ」

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ああ、喰った飲んだ・・・もうダメ。
そんな時、S氏がポケットから取り出したのが、ペットのモモンガー君でした。
おっと、これはご馳走ではありません。間違いのないように付け加えておきます。
手の平サイズのモモンガー君は、カメラを向けられて、目を白黒させています。

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まだまだ宴は続くと言いたいところですが、もう若くないご一行様は、11時過ぎにはお開きにし、各自シュラフに潜り込みました。
私が感心したのは、三分でいびきが聞こえてきたことです。
インスタントラーメンが出来上がる間に眠りにつけるのか!

これこそ、まさに寝技の極み

この極意を学びたいものです。