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2015-10-19 (Mon) 15:16

デュポン エ デュポンの初CD・朝と夜

わサブローと溝淵仁啓のユニット Dupont et Dupont が、この秋に待望のCDを出してくれました。
二人による曲目解説と、わサブローさんによる日本語訳も着いております。

シックでシンプルなデザインのこのCD。
最近とみに視力が落ちて読み間違いが多くなった私は 「蛸と夜」と読んでしまったのであります。
蛸と夜なら、なんと言っても、日本の冬の夜のおでん鍋ですよね。
それだと、「ククククククク 、ハイク~・・」でおなじみの歌《俳句》になってしまいます。
わサさんのCD、俳句も大好きなのですが、このCD、タコと夜ではありません。

朝と夜ですので、お間違いのないように・・・
私の中では「タコ夜CD」として頭の中に定着してしまいましたが、まあ、間違えるのは、私ぐらいでしょう。

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そして、この蛸ではない、「朝と夜」のカバーの左端に、真夜中におひとりでお聞き下さい、と小さく書いてあります。
たしかに夜の静寂の中で聴くのにピッタリのCDです。

このCDが届いた夜は、私は疲れ切っていて、しかも真夜中だったので、音量をミニマムにして聴きながら眠ってしまったのでした。
その時、「わサブローさんの声が同じ曲の中で変わってるような気がするけど・・・?」と思いながら。
翌晩、改めて、音量を上げて聴き直しました。
すると、とても興奮してしまい、何度も繰り返し聞いて、朝まで眠れなくなりました。
興奮しやすい人は、夜聴かない方がよいかもしれませんね。

私の、このCDに対する印象。
一言で言えば 「なんと不遜な輩(ヤカラ)であろうか!」というものであります。
既製の歌(あえてシャンソンとは言いたくない)という概念への挑戦。
そしてまた、肉声とギターが渾然一体となって歌になると言うこの調和。
でも、この人達、絶対お互いに妥協せえへんねん。
あえて主張しあって、なおかつ、それが調和の美になってる。
これはいったい何やねん!
まさに、闘い!だけど、なんという嬉しい戦争なんでしょう。
こんな戦争なら、世界は幸せなんだけどな~と思ったのでした。

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まるで、呟きのようなギターの音で始まる
《プレリュード》
痛めつけられた心を、そっと包んでくれるようなギターの音の優しさ。
まあ、私の場合、たいして痛めつけられるような人生でもなかったのですが・・・
そして、続いて、そっと忍び足で歩いてくるような
 《朝と夜》
静かなメロディーなのに、なんとも不穏な感覚に襲われるのです。
わサブローの声に、フランソワ・ロゼの声が重なり、溝渕のギターが、静かに彼らをそそのかす・・・・
そんな感じを私は受けてしまったのでした。
朝と夜、とても綺麗な歌詞で綺麗なメロディー・・・
なのに、まるで夜から夜明けの隙間に忍び込んでくる物の怪の様。
心の闇の中から起き上がってくる得体の知れないものが呼び覚まされるようゾクゾク感が襲ってくるのでした。

《サンチマン》
前夜声が変わったようなと思っていたのは、ワンフレーズずつと言うか一言ずつ、わサさんとロゼが交互に歌い込んでいたからだと分りました。
はじめのフレーズEntre sentiments をわサさんが、それに被せるように、ロゼの声が 次のEt centimètre と続いて、交互に進行していく。
二人の声が、まるで少しずつ重ね合わせて織り込んでいく絹の横糸のようで、それを支える縦糸が、溝淵さんのギターなのではと私は思ったのです。「まるで西陣織やわ!」
やっぱり、わサブローの根っこは京都やわと勝手に思ったりして・・・
と言っても、私は機織りの現場を見た事があるわけでも、糸の見分けもつかないので・・・
勝手な想像ですが、ごめんなさい。

《聞かせて下さい愛の言葉》が終わると、空白の時がある。
空白の時があるCDってのが良いね友達が言ってました。
ああ、そうなんだ!私は、そんな意識もなく聞いていましたが、このCDには自然な間がある。
それが聴き手に、何とも言えない余韻をもたらすのかも知れません。

《風の囁き》
ギターが風の声になり、その風に乗ってわサブローが歌う。
ギターは風にも水の流れのようにも感じる。
それにトロンボーンが入ってきて、ギターとトロンボーン肉声ののバトル。色々やってくれますね。風の音が余韻を残す。

《行かないで》
押さえた激情を歌うこの歌ってすごく難しいと思うのです。
それをを美事に歌い切って、ギターは、静かに強く、自分の心の発露をグっと押さえ歌を支えるのです。
 こんなすごいne me quitte pas は初めてです。

《金色の麦の歌》
広大な金色の麦の畑の中で、風に吹かれる気持ちで聞いて下さい。
ここで、大きく息を吸っとかなくては・・・・・
CD聞くのにも体力がいるのでした。

《田園交響曲》
なんとも怪しく色っぽく不穏な気配が漂う歌であります。
ある意味では翻訳不可能な歌でもあると解説で言ってるように、日本語に置き換えても意味を成さないらしいのです。
たしかに、訳された歌詞を読んでも、私には言葉からのイメージが掴めません。
でも、なんとも面白い、背中がぞわぞわしてくる様な歌・・
それを一掃あおりかき立てるギターの音なのです。

《ラグリマ》
ラグリマ (Lagrima )とは「涙」の意のスペイン語。
セーヌの川辺、ノートルダム寺院のステンドグラスに差し込む光と聖堂に響(こだま)するギターが交錯するイメージ。
(CD解説より)

《さくらんぼの実る頃》
フランス人の血の中に溶け込んだような歌です。
自由、平等、博愛の精神は、沢山の血を流した犠牲の中から生まれ今があると・・・

《ユカリ》
願いが実現するという夢の島、そこには妖精が住み私達を招く。がしかし、そんな国はない。
求めて止まぬ憧れを歌うこの曲が、またバージョンアップしました。
海の泡が消え去っていくような最後の〆が印象的です。

《サンジャンの恋人》
何所に行っても聞こえてくる、もっともポピュラーな歌を、またなんとも玄妙な味わいに着せ替えてくれました。
デュポン エ デュポンでなくては聴けないサンジャンです。

《 秋 》
このCDの中で、唯一の日本語の歌です。出会いには別れがある。
しみじみと秋。私の人生は、もう晩秋かなと思ったり・・・
ギターのみならず、わサブロー溝淵の2部合唱が素敵です。

《時の流れに》
Avec le temps (アベック ル トン )
この曲も、歌詞が難解です。自分で訳して見ようとすると、何かいな~と思うぐらい難しいのです。
ご心配なく、わサブローさんが、ちゃんと訳してくれます。
レオ・フェレは、この歌の美しく感動的なと言う評に対して、それは大いなる誤解であり、これは歌でなく50数年の人生の中に積み重なった絶望、悲観、瀕死の魂の叫びだと書簡の中で書いている (CD解説より)

そうか、私は絶望や、瀕死の心持ちが好きな人間なのか!とはたと気付きました。
そういえば、いつも、死にそうと騒いでる人間だからなあ~と・・・
たとえそうであっても、このCDの中で、どれを選ぶかと言われたら、この時の流れが、私の中ではベストです。

《聖母と御子》
スペイン、カタロニア地方に伝わる民謡。溝渕さんのギターで締めくくられます。


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結局、全部について、またダラダラと書いてしまいました。

まだ、購入してなくて迷っているなら絶対買って下さい。
でも、注文するときに「タコ一枚」などと言わないでくださいね。

8月からワサブローの名前がわサブローとひらがなとカタカナ混じりの表記に変わりました。
と言うお知らせを頂きましたので、今回から 「わサブロー」で書かせていただくことにしました。
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最終更新日 : 2015-10-20

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