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2018/01/31

2018年1月は 5勝2敗だったかな?

はじめ「1月の総合評価は5勝2敗」とタイトルをつけました。
入れた後で、なんだこれは!会社の人事評価か・・・
と気持ちが悪くなり改題したのであります。

人様の事であれ、自分の事であれ、評価 というのは気持ちが悪いですねえ。
何でこんな言葉が出たかというと、先週の授業の時、会社勤め人から、そんな季節だという話を聞いたせいかもしれません。
仕事を離れて十数年たちます。
人に指示、強要されず、自己判断で生きる。
不安に感じる時もありますが、ありがたいと思って生きています。

1月31日  7時の琵琶湖
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今年の初め、私は心に誓いました。
「アクティブに生きるぞ!」
実は「ポジティブに生きるぞ!」を思い違いしてたのでした。

一月が終わって、振り返ると、それなりに頑張っていました。

評価と言う言葉は嫌なのですが、自分になら許せるか!

一応自分の総合評価をしてみました。

水泳は 5勝2敗、70パーセントと言うところかな?
よくやりました。
私が小学校一年の時の先生だったら、このように褒めてくれたでしょうね。

5勝2敗の内訳は
この2週間を振り返ってみると
先週は21日から、日月火水と4日続けて泳ぎ、木曜日は気力負けで休み。
金曜日、また頑張って土曜日は休憩日。と
今週は、28日からの、日月火の3日は泳ぎ、今日の水曜日はパス。
これも気力負けです。
どうも私は、3,4日目続けると次がめげてしまうようです。
でも、明日とあさって行けば 5日になります。
と言うことで、 平均週5日、一日 約1500m、時間として1時間半ほど。

私の勉強。
フランス語の復習は、3勝7敗ぐらいでしょうか?
本当は落第点なのですが、退学制度がないから十数年続けられています。
授業を録音して持って帰っても、いつも半分聞き直したところで後が続いていません。
何かやり方を変えないといけないですね。
もっと重点的にチェックするポイントを決めないといけない感じるこの頃です。

私の理解力に進歩がないのですよ。

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31日のカレンダー言葉ですが、
「この椅子空いていたら、使わせてもらってもよろしいでしょうか?」「 ええ、もちろん!」
直訳すれば
「 もし、この椅子が自由ならば、あなたは私にそれを借りさせる事を許してくれるでしょうか?」
なんで Mais なのかと思ったら、会話では強調の意味で意味で使われる副詞だそうです。
Mais oui  で もちろん
naturellement  は 当然、もちろん、の意味があるので mais oui と一緒の意味だと思います。 

この部屋の椅子が足りないから、隣の部屋覗いて貸してもらえないか頼む。
そんな感じかなあ~
たったこれだけのフレーズを理解するのに、辞書を引いて、考えて考えてやっとと言う有様です。

まあ、間違っていてもいいか?
そう思うほうが、語学をするのには良いのかもしれませんね。
だって、間違っていても、世界の大勢に影響はないのですから・・・

右を見て左を見たら、もう忘れ物をしてる年頃なんです。
3勝7敗で、良しとしましょう。

月一の歌のレッスンについて
総合評価にしたら 0勝7敗でしょうか?

やる気が無いのに、続けている・・・・モチベーションなしです。

8年前から今のお師匠の元に月に一度通っています。
去年から、練習もせず、レッスンに行くだけになっていて、すごく罪悪感がありました。
そこで、一度、身を引くことを申し出たのですが、却下されてしまいました。
「なんで?」 (止める理由は)とお師匠が聞きます。
そこで、正直にストレートに言わなくてはいけないと思って言いました。
「私は歌に対する情熱もモチベーションもなくなってしまいました。」
「あ、そう!」
とお師匠が言ったので、私は思ったのです。
『さすが、フランス人、日本人と違って、四の五の言わずに了承してくれる。ああ良かった!』と
でも、休憩時間になって、彼は深遠な表情で言いました。
「モチベーションがなくなった理由は、自分で考えなくてはいけない。
えてして、それはコンプレックスから来る。
例えば、他の人の方が、自分より上手とか、自分より綺麗とか・・・」
「そんなの、よく分かってますよ!」
周りの皆も、私も爆笑してしまいました。
その上で重ねて言いました。
「せっかく上手になったのに、良い友達も出来たのに・・」

そして、駄々っ子のように言った 究極の発言 

「居たら面白いのに・・・」

何やねんそれは!私の存在価値って、それかあ〜

民族、人種が異なっても、お師匠は、私のことを、すごく理解してくれていたのです。
最後に、だめ押しで 
「来月も来るね!」と・・・・

こう言われると、止められないではありませんか。

今の私は、人前で歌う事は苦痛に感じられるのです。
でも、お師匠に聴いてもらって歌うのは楽しいのです。
この違いは何なのでしょうか?
彼は、本当に嬉しそうに私の歌を聴いてくれるのです。
そして、「心で歌ってるね!」と言ってくれるのですが・・・

私は彼を、歌の指導をしていただくには世界一の先生だと思っているのです。
それを、この有様では・・・本当にもったいない話です。

こういうときは、温故知新
以前さらった歌の意味を丁寧に取り直しやり直してみようと思います。

そう思って、最近の三ヶ月にICレコーダーに取り込んでおいたレッスンを聞き直してみました。
なんと11月から入れっぱなしの放ったらかしで、録音の音切りしてないのでした。
2011年9月にレッスンを始めてから、毎月録音したものは整理して
ICレコーダーで音斬り(30分の録音を細かく分ける)パソコンに取り込んで、CDに加工して保存しておりました。
それを思えば、いかに現在、歌に対する気持ちが疎かになっているか、よくわかります。

もうお終いにしても良いという気持ちと、それは逃げではないか?という迷い?
人様に聴いていただく気持ちはスッパリ切れています。
人に迷惑は掛けたくないからです。

でも、やっぱりシャンソンを好きな気持ちはあるのです。
古いフランスの流行歌の歌詞の素晴らしさ、哲学的だったり、表現の微妙さだったり。
韻を踏んだフレーズの言葉の響きの美しさ。
他人には伝え切れませんが、なんとも言えない世界に出会った気がしました。
それを感じている私を分かってくれるのは、おそらく、このお師匠だけだと思います。

だから、自分の趣味として、もうちょっと続けてみようかなと思います。
なにせ、お師匠も弟子ももう高齢者同士です。
いつまで続けられるか? それは、我らの体力勝負なのであります。
今年の末には、4勝3敗ぐらいの勝ち星を自分で感じたいと願うことにしました。

何はともあれ、肩の力を抜いて生きなくてはと思う今日この頃です。

明日から2月、寒さの中に春の気配を感じるようになりますね。
私は、もうしっかり春を感じています。
くしゃみが増えて、鼻の奥の毛細血管がムズムズして来ました。
もう、スギ花粉が飛び始めているのです。

春来りなば、鼻水流れくしゃみ飛び交う


これで一月の〆とさせていただきます。
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