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2018/08/23

さあて、人生一人遊びの時期が来たようだ

仏教およびヒンズー教には、人生には4四つの区切りという考え方があるようです。
きっと古代インドの人達の理想の人生観だったのでしょうね。

その四つとは

学生期 (がくしょうき)
  0歳~25歳 誕生してy人間としての生きる知恵をつけるための学びの時期
家住期(かじゅうき)
  25歳~50歳 社会人として伴侶を得て家庭を作り、仕事に励む時期
林住期  (りんじゅうき)
  50歳~75歳 仕事や家庭から卒業し林に庵を構えて
  自らの来し方行く末を深く瞑想する時期
遊行期 (ゆぎょうき)
  75歳~100歳 林(庵)から出て思うままに遊行して人に道を説き
   耳を傾け、人生の知恵を人々に授ける時期
(この区別は http://ncode.syosetu.com/n3501ci/ 古代インドの人生論。 林住期への道程から引用させてもらいました)

古代インドだったら、75歳って、超高齢者ではなかったのではと思うのです。
100歳にして遊行なんて、出来た人がいるのかなあ?

遊行が修行になったら、ちょっと辛いのでは・・・・私には、

頑張る yugyou-2 より yugyou-1 の方が良さそうです。

まあ、どっちにしても、この死生観は、男社会の発想でございます。
家にあろうが林の中にいようが、毎日のご飯は、どうするの?
買物は?洗濯は?・・・
女達には、人生を区切って遊ぶ暇はない、選択より洗濯だったのです。

が、時代も千年以上経ちました。
21世紀でも男女格差は続いています。
ですが、女性が一人で暮らしていても「何故?」と問う人は減りました。

夫が死んだら、一緒に火葬の炎の中に投げ込まれ葬られてしまうという国と時代がありました。
日本では、後家、又は未亡人と呼ばれて、髪を下ろし尼さんにならなければいけなかったとか・・

後家というのもあんまりな言い方ですが、
未亡人、まだ死んでない人=本来死んでるべき人って ひどい言葉ですよね。

まあ、女性が一人で生きているのが珍しくない時代になったのは確かです。
したがって、かっては考えることもなかった人生の区切りを女達も考え始めたのです。

今流行りの女性の終活という言葉は、この四つの区切りの内の、林住期、遊行期になるのかもしれません。

この私、まさに林住期のまっただ中、いえそろそろ遊行期に入りかけたかなと思う今日この頃です。

という大げさな前振りですが、最近、他人に合わせて遊ぶのが不得手になってしまったというだけのことです。
方向音痴で、地理感覚の無い私ですが、人に連れて行ってもらうより、ふらっと時間を決めずにどこかに行ってみたい。
ちょっとお~、それって、徘徊と言うのではないんかい?と言われそうです。

どこかに、しかも安く行きたくなって、青春18切符を購入してしまいました。
何という半端な時期。9月10日までに使い切らないといけません。
そこで往復で2150円を上回れば良し。
16日、大阪まで出て、環状線に乗って、地下鉄に乗り換えて、海遊館に行ってきました。
弁天町で地下鉄に乗り換えです。

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地下鉄とあるのに地上の線路だったので、間違えたのかと焦りました。

大阪港で下車すると、日本で一番低い山、天保山が目の前にあります。
それを横見にして、海遊館に向かいます。

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お盆明けの16日の午後3時というのに、大勢の人でした。
世界中から人が押し寄せてきているような感じでした。

入り口は巨大な透明トンネルになっているのですが、私には上だけしか見ることが出来ません。

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悠々と泳ぐエイの姿。目の前まで近寄ると、私と彼の目がしっかり合いました。
黄色い、冷ややかな目。

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もしかしたらお互い「美味しそうなタンパク質だ!」と思い合って交わした視線だったかも・・・

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エイは泳ぎ、人は働く。
この巨大な水槽を維持するためには、底の砂を、絶えずきれいに保たなくてはいけないようです。

瀬戸内の海、カリブの海、世界各地の海を模したパーツがありました。
イルカ君の回遊が上の階からでも下の階からでも見ることが出来ます。
いや、見ることが出来るはずなのです。
しかし、私の目の前には、巨大な人の背中の波が壁となって・・・見えない。
そうだ、小さい子達の様に、隅っこでしゃがみ込むと、ばっちり見ることが出来ました。
が、立ち上がろうとすると、ひ、膝が速やかに機能してくれません。
これが、遊行期の問題の一つなのであります。

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クラゲの水槽に群がる群衆。
私は思いました。
この地球上で、一番繁殖している生き物は、ヒトという動物であると・・・
人々は、クラゲの生態を見ているつもりかも知れません。
が、クラゲ君達は「何や、このけったいな動物たちは・・・メチャクチャ増殖してるやないか!」
そう思っているのではないだろうか。
この海月(くらげ)が売り物のコーナーは、暗室の中に、転々と水槽が置かれ、換気が悪い。
世界中から集まった人々の体温と異なる肌の匂いが暗室に混ざり合い、私は気分が悪くなってしまいました。

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順路をたどって、ようやく日光の下に戻ってきました。

死ぬまでに一度行ってみたいと思っていた場所でした。
しかし、おそらく、もう行くことはないでしょう。
最初で最後や!
夏休み前に、この表現をならったはずなのに・・・何だったっけ?

Je ne me suis pas près de revenir.

「直訳すると、私はすぐには戻ってこない」 だけど、もう来る気にはならないという意味なんだそうです。

夏休みの間に復習をしようと思っていたのに、全くしていません。

ええい、やけくそや、遊び倒そう!
何しろ、私は遊行期の女なのだから・・・
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